2016-08-14 02:45:29

真夏のニール

テーマ:イージー・ゴーイング
 男はしばらく考えていた。
 沈黙。
 やがて、男は言った。
「いいでしょう。それでは、あのテーブルの上をかたづけて下さい」
 男は、窓際に置かれた丸テーブルを指さした。ぼくは立ち上がり、テーブルの上に置かれたカメラや郵便物、ブルースを吹くためのハーモニカ、ぼくが撮った写真が掲載されている雑誌、パンフレット、銀行からの振り込み通知、カード会社からの請求書などをきれいにかたづけた。男の言葉には、そうさせずにおかない不思議な力がこもっていた。
「明かりを消して下さい」
 ぼくは明かりを消した。ブラインドを下ろしてある部屋は、仄暗くなる。島路大助とぼくは、カシの木で作った丸いテーブルをはさんで向かい合った。
「わたしの手のひらの間を見てください。心を落ち着けて、この世界で最も良きものをイメージするのです」
 男は、今までとは違った静かな調子で言い、左右の手のひらをテーブルの上に、焚火にでもあたるようにかざした。ぼくは彼の手のひらの間を覗きこむ。
「さあ、心を落ち着けて、この世界で最も良きもののことを考えるのです」
 深い湖を覗きこんだ時のように、男の手のひらの間にすいこまれてしまいそうな気がした。やがて、男の手のひらの間がぼんやりと光りはじめる。きらきらした透明な光は、やがてサッカーボールほどの大きさの球になった。
 光の球がテーブルの上に浮かんでいる。透明な光は、中心から、少しずつグリーンに染まっていく。ぼくは息をのんだ。
 よく見ると、輝くグリーンは森なのだった。陽光をいっぱいに浴び、新鮮な葉を風にそよがせる樹木がくっきりと見える。テーブルの上に浮かんだ森が、美しい光を放っているのだ。
「マインドランドです……」
 男の声が、どこか遠くから響いてきた。


真夏のニール


抜粋: 山川健一“真夏のニール.” 株式会社幻冬舎. iBooks.



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