感性ゆたかなひと・感受性の強いひとのための「しあわせと成功の交差点」への道案内〜山口由起子オフィシャルブログ【ララマル】

感性ゆたかなひとや感受性が強いひとのための、自分らしい仕事や働き方、生き方を見つける後押しをしています。


テーマ:
 「がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる」ちびドラゴン物語。

1がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる。:ちびドラゴン物語~予告編
2役に立つことをすることが、良い人生?~がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる(1)
3会社に行けなくなり、長期のお休みに。~がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる(2)
4生まれたもの、失ったもの。~~がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる(3)
5生まれたもの、失ったもの。[2]~~がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる(4)
6過去を受け入れる、自分を認める。~がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる(5)
7がんばらない自分を、受け入れる。~がむしゃらをやめて、自分らしい世界を生きる(6)

主人公は、ふんわりイラストのとうこさん。 ちびドラゴンの作者さんです。

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物語は、終盤へ。

会社に復帰したものの、揺れる毎日を送るとうこさん。
周りのひととの関わりの中で、色々な感情がわいて、振り回されます。



周囲のひとの感情に、引きずられる感じがしたり。
過去の出来事への、強い怒りが湧いて来たり。
たくさんのことに、揺さぶられます。

手紙ほんとうに こまごまとしたことが、少しずつ心を重くします。
対処してもしても、なにかが出てきますが、それが人生なのでしょうか。

穏やかに生きていきたいです。


(略)
仕事や人間関係が辛い、眠れない、
などの相談が立て続けにありました。

一線こう心がけているのですが、どうしても、
ひきずられて一緒に気持ちが落ちてしまいます。

手紙上司も当時大変だったんだと思って、
それでも、組織的には、課長です。
同僚からの警告を受け取っていたんです。何かするべきだったのではないかと、思います。

助けられなかったのは、仕方ないです。
がむしゃらにやりすぎた私の責任です。

でも、「上司は何もしなかった」という思いがあります。

(略)

まるで、
スピードの速すぎる自転車レースの、目撃者全員を、責めているようです。

チームリーダーたちが謝ってくれたことで、わだかまりが解け、
助けようとしてくれた次長にまで、「あのとき見捨てたくせに」と怒り、
こんな性格に育てた、と、母を拒絶し、

私は、どこまで、どんなに縁遠い人にまで、
謝罪を求めるのでしょう。

仮に課長に謝ってもらっても、そしたら次のターゲットを探すのかもしれません。

こんなことは終わりにしたいです。
みんな精一杯だったのだと、許す、というか、誰のことも責めたくないです。


揺さぶられる出来事は、こまごまと、たくさん起こりました。

ただ、揺さぶられるがままに、流されていたわけでは、ありません。
その都度、「何かが、おかしいのでは。」「どうすれば、いいのかな。」と
ハンドルを握り直すようなことを、やっていました。


揺さぶられるばかりだったのが、切り替わってきた時。

手紙周りの人と距離を置いたり、関係を切っていくことが続いています。

踏み込まれたくないです。感情を乱されたくないです。

ひとにわかってほしいという気持ちがあるのに、
踏み込んでくるひとと距離をおいたり、関係を切っています。

合わないな、違和感がある、
そういうひととの関係を切っていますが、この調子では誰もいなくなりそうです。

心を乱す人間関係や仕事、全てから距離をおいて、
さみしくひとりだと思う気持ちがある一方で、
ほっとする気持ちがあります。

会ったときに、一目見て違和感があったひとからの連絡をずっと放置していたのですが、
きちんと理由を言った方がいいだろうと、
あなたのこういうところは良いと思うけど、
こういうところがどうしても受け入れられないから、連絡をとるのをやめると言いました。

とうこさんは自分のことばかりだと言われました。
自分でもそう思います。
自分しかみえていないと思います。
自分中心の、もともとの性質に拍車がかかっているような気がします。


こんな返信を、しています。
>良い方向に進んでいますね。

>今まで、「こんな自分ではダメだ、生きていけない」と
>塗りつぶしていた自分自身が戻ってきているのでしょう。

>塗りつぶしていた時の思いが残っているので、
>「こんな自分はダメなのではないか」と感じるのでしょう。

とうこさんからの、返信。
「これでいいのか?」という思いがほどけ、ひとつ、スッキリとした時です。

手紙切り替わりのときに、人が移り変わっていくことは仕方ないと、わかってはいたのですが、
どんなにささいな関係でも、終わっていくというのは寂しいことですね。

揺れていましたが、日が経って、すっと波もおさまりました。

自分にとって本当に必要な人、というのは、きっと、とても少数なのでしょうね。

リアルでもネットでも、人は通り過ぎていくなぁと思います。
仕事や住居、血縁関係という縛りがないぶん、ネットの方が、
通り過ぎていくスピードがとても速いですが。

そのとき、必要なこと、ひと、ものが、
そのときいてくれた・あってくれたことに感謝して、手放して、生きていくのだなと思います。

人が通り過ぎていく、わたしも手放していく、そのことは、とても寂しいですが、
それでも今は「自分で立つこと」が大切なのだと思います。

自分がこんなにも、くっきりと 「ひとり」 だとは、驚きです。
平面な世界で、ひとり、海から顔を出してしまった気分です。

そうやっていろんなひとが立っているのでしょう。
時がたてば、また新しい世界が見えるのでしょうね。


ひととの関わりの中で、大きく揺さぶられながらも、
「自分で立つ」ようになった、とうこさん。


周りの出来事に対し、かたく鎧を着て、冷静でいたのが、がむしゃらの頃。

次が、鎧がほどけ、感情がたくさん出てくるようになったものの、
周りの出来事に反応して揺さぶられるばかりだった頃。

「揺さぶられるだけの側」から、一歩外に出たのが、この頃です。


自分の世界の扉を開くのは、もうすぐです。


>>続きます。

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