No.5-1~3 | アキヨシとカレン  ・・・少女漫画風恋愛小説・・・

No.5-1~3

 圧倒されていた。

 東京国際フォーラムBブロック7階のホール。

 音楽も照明も勿論衣装も髪型も、本番さながらのリハーサルだった。これがハヤセケイタの遣り方なのだとスタッフらしいひとがさっき興奮した声で話していたっけ。

 ファッションショーへなんか一度も足を運んだことのなかったわたしはそのスケールの大きさに、ただただ圧倒されていた。



 佐藤君が現れた。

 わたしは佐藤君の事務所の社長えみりさんのお母さんと一緒に、ホールの隅っこで立ち見させてもらっている。

「わたしの娘みたいな顔して立ってれば誰も文句なんか言わないわ。大丈夫よ」

 冷たい顔に似合わず優しい声でそう言われた。でも。こんな綺麗なひとの娘がわたしだなんて誰も思わないよ。って。それはちょっとうちの母に失礼か。

 佐藤君は、佐藤君じゃないひと、みたいだった。

 黒と金色のひらひらと長い服。足元はブーツ。頭には羽根のついた黒い帽子が乗っている。

「アキよ」

 耳打ちされるまでわからなかった。

 歩き方がモデルのものだった。いつもとまるで違う。上から吊るされたみたいな腰を使ってるみたいなモデル独特の歩き方。いつもはだるそうに腰のあたりに重心をかけてテレテレ歩いてる佐藤君とはえらい違いだ。実際の背丈よりずうっと高く見える。

 何より。存在感があった。

 他のモデルと比べても全然引けをとっていない。すごい。全身が総毛だつ。

 あれがモデル・Akiなのだ。

「あのコ全然あがってないわ。さすがね」

 普段は冷静に見えるえみりさんのお母さんの声が震えていた。高揚した横顔。

 自分が育ててきたモデルが踏む初の大きな舞台。やはり嬉しいのだろうか。

 佐藤君が現れたのはほんのちょっとの時間。上手にターンして帰っていく。

 姿が見えなくなったところで思わず安堵の溜め息を洩らした。

 


 「ちょっと出ましょうか? アキはもうこのあと出ないから」

  佐藤君がステージ上を歩いたのは三回。

  殆どが女性モデルばかりで男のひとの出演は少なかった。

「ごめんなさい。さっきアキにはリハが終わったらあなたとふたりで食事でもして帰ればいいわ、お金も出すからって言ったんだけど。無理なの。アキ、このあとハヤセケイタとちゃんとした顔合わせもさせたいし。それが終わったら明日の為に早く帰らせたいから。悪いんだけど、あなた、これで帰ってもらえる?」

 オレンジ色の灯りの点った通路に出るなりひと息に捲し立てられた。

「あ。はい」

 こちらはきょとんとしたままそう言うしかなかった。

 だって。もっともなことに思えたから。

 わたしだって佐藤君の仕事の邪魔なんかしたくない。さっきのいまだし。佐藤君。本当にかっこよかったから。ちょっと感動してる。明日の本番うまくいくといいな。

「あなたすごく素直ね。アキやうちのえみりとは大違いだわ」

えみりさんのお母さんは目許を崩して笑った。「あなたのご両親。いい育て方をされたのね」

 首を傾げ曖昧な笑顔を浮かべていた。いい育てられ方がどういうものなのか、わからないけれど。うちの家族はわたしにとっていい家族だと、それは思う。

 えみりさんのお母さんがバックから財布を取り出した。ちゃんと手入れのされた綺麗な指先が目に映る。お札を二枚引き抜くとそれをわたしの前に差し出した。

「悪いんだけどこれでタクシーでも拾って帰ってもらえるかしら?」

「あ。いりません。電車で帰りますから」

 ちょっとだけいやな感じがした。

「そう?」

「失礼します」

 頭を下げて去ろうとすると、

「あなた、平澤さんって言ったかしら」

「は、い」

「平澤さんはこれからもアキとつき合っていくつもりなの?」

「……」

 どう答えたらいいのかわからなかった。

 さっき、ここへ来る車のなかで、佐藤君のマネージャーさんが放った言葉が思い出された。

「いいんですかね、その、カノジョなんか連れて行って。俺、社長に言われてるんですよね、アキさんに悪い虫がつかないように見張るのもあんたの仕事よって」

「は? 悪い虫? 悪い虫とか言うな」

 いきなり後ろの座席から佐藤君の手が伸びてぺしりとマネージャーさんの頭をはたいた。マネージャーさんと佐藤君は結構仲がいいみたい。何でも言い合ってる雰囲気があった。時折ルームミラー越しにちらちらとわたしの顔を見るマネージャーさんの目には明らかに値踏みするような色が滲んでいた。まじで? ほんとにこれがアキさんのカノジョ? って感じ。もっといじけた考えをするなら、こんな女のどこがいいわけ? あれだけいい女が回りにいるのに、なんでよりによってこんな女? って。そういう風にも取れなくもなかった。

 さっき。舞台を見ていたときにも感じた思いだ。

 だけど。

 そんなことで佐藤君と離れるなんて、今はちょっと考えられない。

 わたしはもう佐藤君と当たり前みたいに唇を合わせている。そういう幸せを知っちゃってる。……まあ、まだそれ以上のことにはなってないんだけど。

 ゆっくりとえみりさんのお母さんの目に焦点を合わせた。

「わたしは、……そのつもりですけど」

 声が小さいな、自分。もっと堂々と宣言したっていいのに。

「そう。今日のアキの舞台を見てちょっとは考えが変わったかな、って思ったんだけど。いいわね。若いって」

 暫しぼうっとし。やがてかあっと顔が熱を持った。

 これは。やっぱ侮辱されてんのかな。

 どうなんだろう。

「いいのよ、別にカノジョがいたって。─── いいわ。帰って」

 唇をきゅっと噛み一礼して踵を返した。

 山手線の有楽町駅側にそのまま早足で歩いた。

 なんでだろう。足元が歪んでいた。泣いてると気づくまでに時間はかからなかった。