今から37年前のことになる。


「花笠定期」という商品があった。

テレビでも宣伝していたが、もはや検索エンジンにかけても出て来ない年代物である。

 

「花笠定期」は当時の■銀が華々しく売り出した定期預金だった。

 


ある日仙台の拙宅を、「■銀長町支店の外渉」と名乗るMという人物が訪ねてきた。

 

仙台県人会の名簿で私が山形出身であることを知ったのだという。


「預金獲得のノルマがある。件数を稼ぎたいから同郷の縁で、いくらでもいいので預金してもらいたい」と懇願され、手持ちの1万円を渡した。


Mは名刺の裏に受取りを書くと、2、3日中に通帳を持参すると帰って行った。


しかし1月経ってもMは現れなかった。

家内は、「馬鹿ね、銀行員が名刺を受取りにするわけないじゃん。それ詐欺よ」と言った。


私は警察に届ける前に■銀長町支店に電話をしてみた。


「そちらにMという外渉はいますか?」

 

すると、「いる」という。

そしてなんとMが電話に出てきた。本人であった。

 

Mは銀行の労働組合の副委員長に祭り上げられて忙しく、通帳のことはすっかり失念していたという。


その夜、Mと長町支店長が雁首を揃えてわが家にやってきた。

 

作ったばかりの通帳と菓子折り持参だった。


それは1年定期だった。私は満期当日にそれを解約した。

 

100円ほどの利息がついていた。


 

表紙に紅花がデザインされた通帳は今でも引き出しに入っている。 

 

むろん通帳のその後は空欄である。

 


そのときのメモ帳↑

しっかり取ってある。



仙台に■銀の支店は3つしかなくて、それも不便なところにあった。

店内はいつも空いていて、お客さんはたいてい山形出身の人だった(言葉でわかる)。


山形大学の授業料の振込みか(山大の指定金融機関になっている)、山形から仙台の大学に来ている子弟への送金に使われるくらいしか仙台では存在理由がないのだろう。


 「■銀」、(後の)「き○やか銀行」と聞くと私はこの花笠定期の事を思い出す。

 顧客より労働組合が大事なのは伝統だ。

それは名前がき○やか銀行に替わっても同じである。

私は山形県人会の名簿から自分の名前を削除してもらった。

(続く)






 



 

 

 



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