• 25 Apr
    • オビサンの社長さんの記事

      オビジョウの記事を書いた後、グッドなタイミングで「山形コミュニティ新聞」(2016年4月22日)にオビサンの社長さんの記事が載りました。以下http://www.yamacomi.com/5808.html  からの引用となります。オビサン(山形市) 社長 小嶋 寛之さん小嶋 寛之(おじま・ひろゆき) 1970年(昭和45年)山形市出身。山形東高から東京外大中国語学科へ進み、同大卒業後、94年に三井物産入社。東京本社、シンガポール支店での勤務を経て2000年に退社、家業の紙卸売業のオビサンへ。取締役、常務を経て12年に社長就任。46歳。創業は明治31年のお茶・紙問屋――「オビ××」っていいう屋号の会社、山形市内に幾つかありますよね。「分家した親戚同士で、16家あります。『オビ』という屋号は家紋の『(オビ)』から。弊社の場合、『●』だからオビサンというわけですね」「横のつながり? それぞれが独立独歩で商売していますし、商売をしていない家もありますので、顔が分からない小嶋さんもいらっしゃって恐縮してしまうこともあります」――御社のルーツは?「分家した初代小嶋源三郎が1898年(明治31年)、三日町でお茶と和紙を扱う『小嶋商店』を開いたのが始まりとか。和紙は印刷用というより包装材。明治末期から昭和初期にかけて印刷用に和紙が洋紙に切り替わり、その転換の波に乗って業容を拡大していったようです」「個人商店だった『小嶋商店』は41年(昭和16年)に有限会社『小嶋源三郎商店』になり、62年(昭和37年)に株式会社『オビサン』になりました」――現在も扱いのメーンは紙なのかしら?「印刷紙と包装資材を含めた産業資材が約7割、残る3割は事務所の什器や備品、システム構築などをアシストする事業です」「時代の移り変わりに伴って扱い品目は増えましたが、お客様と顔を向き合わせた商談の形態は今も昔も変わりません」

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  • 23 Apr
  • 16 Apr
    • 霞城公園の桜 2016

      山形の霞城公園の桜。仙台より1週間遅れて満開。おかげで仙台と両方楽しめます。 南大手門から入り、時計回りに歩きます。 石垣と桜、堀と桜はよく合います。 二の丸の土手の上にぐるりと桜がある。 仙台と違ってアルコールを飲む人がいないのは不思議。別に禁止ではないのに。 土手上の歩道はきれいに舗装された。 桜の絵を描く人。 西門 ダックスも花見に来た。 石垣からルアーを投げる子供。 水面すれすれまで伸びる枝。 ポカポカ陽気でついつい昼寝。今日は21℃。 中央広場の枝垂れ桜。 山形の春たけなわ。 ちょうど限定寒ざらしそばの露店があった。 600円。ちゃんと美味しいです。さすが蕎麦処山形。 伊達武将隊を真似たか、最上義光武将隊。 桜、堀、線路が並ぶ、山形独特の風景。 昨日の強風で散った花びらが花筏を作りつつある。 そこへ山形新幹線がやってきた。 桜の下、ダックスも幸福そうだ。 仙山線も徐行運転。乗客はみな窓側に寄っている。 これは私にとっての記念樹。 来年は撤去される予定の県体育館。 太ったダックス。 本丸復元工事現場。本丸の設計図とか写真が1枚も存在しないので、建物の復元はできないそうだ。 済生館には桜が似合う。 内部は無料で見学できる。 ピンクの玉手箱のような霞城公園。いずれこのジオラマをNゲージで作ろうと思っている。霞城セントラル24階から。 すっかり雪が消えた龍山。山形は最も良い季節を迎えた。明日は雨の予報。地震の続く熊本県のことが心配だ。

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  • 11 Apr
  • 09 Apr
    • 一目千本桜(船岡~大河原)

       白石川(船岡~大河原)の堤防沿いの一目千本桜を見に来ました。船岡駅で降りて、堤防を南下します。今日は満開で快晴!河川敷は市民農園になっています。これは!?一昨日完成したばかりの「しばた千桜橋」。渡河するためではなく、桜を見るためだけに作られた橋です。堤防から、東北線の線路と車道を跨いで船岡城址まで直接行けます。しかし柴田町は年に2週間だけ活躍する橋にいくらかけたのでしょう?橋を渡ると船岡城址公園。船岡城址公園は堤防との間に線路があるため、去年までは行く人は少なかった。今年はほとんどの花見客が誘導されています。効果は抜群。城址からの眺め。確かに一目千本!千桜橋も小さく見える。船岡城は大河ドラマ「樅の木は残った」の舞台。大きな立て看板。これがその樅の木。柴田町観光物産課のHPより引用今もなお船岡城址公園に残る1本の大きな樅ノ木。時代の生き証人として、その樅の木に秘められた柴田町の古い歴史を紐とくとき、寛文事件がたどった悲哀の運命がまざまざと蘇ってきます。今から約340年前(万治3年)仙台藩62万石3代目藩主、伊達綱宗が不行跡を理由に幕府から隠居を命じられ、3歳の亀千代が家督を相続したことに端を発する、のちに伊達騒動とも呼ばれる寛文事件。その寛文事件をテーマにした山本周五郎作のNHK大河ドラマ「樅ノ木は残った」(昭和45年に放映)に登場する原田甲斐は、今までの逆臣説から一転、伊達政宗の子、兵部を利用して仙台藩のとりつぶしを狙った酒井忠清の陰謀を未然に防ぎ、伊達家の安泰を守った忠義の人物という新見解によって描かれており、これまでの定説を覆す、新たな甲斐として注目を集めました。寛文11年、酒井邸での「郡境の件尋問」の後、流血騒動となり、甲斐は斬死、一族の男は切腹、女はお預け、多くの家臣は帰農となり、悲哀の運命をたどりました。ドラマがテレビで放映されると、船岡城址公園に残るゆかりの樅ノ木を一目見ようと、多くの人が柴田町を訪れました。平成23年10月には、樅ノ木周辺を整備し「樅ノ木は残った展望デッキ」が完成し、白石川堤が眺望できるようになりました。桜の季節には、「一目千本桜」が一望できます。千桜橋までが柴田町。それを過ぎると大河原町になる。ここから大河原町。歩道脇を東北線の列車が頻繁に通る。船岡駅でもらった案内図にはここまでしか載っていない。この先の地図は大河原町でもらってくれということらしい。行政区が変わっても桜は美しい。桜と白石川と蔵王が同時に見られるビューポイント。今日は21度。ポカポカの気温。昼寝する人も。桜には1本1本番号が付けられて大事にされている。穏やかな川面を屋形船が行き交う。外国人もこの桜には満足そうだ。大河原駅付近の川原では露店が並び、大道芸人のリュウ君のジャグリングが喝采を浴びていた。外国人だけの大宴会。花見客はここで飲食をしてお金を大河原町に落とす。千桜橋に巨額投資した柴田町には露店もなかった。そういう屈折した思いがあの案内図になったのだろうか。

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  • 04 Apr

プロフィール

辰つぁん

お住まいの地域:
宮城県
自己紹介:
山形市生まれ。仙台市在住。 ダックスフント2匹を連れて毎日広瀬川遊歩道を散歩してます。

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