• 30 Aug
    • 地震日記 U建設のD君 1 (11回連続)

      U建設に勤めるD君が遊びに来た。 仕事の帰りだという。 陽に焼けて健康そうだった。 彼はお茶も飲まずに話し続けた。 ここ数年、不況で仕事が少なかったが、震災後急に忙しくなった。 今の仕事は沿岸部の瓦礫の撤去と損壊した家の解体だ。 並行して市内の被災住宅の修繕もしている。 市内で被害がひどいのは、泉、旭ケ丘、折立、緑ケ丘だ。 報道されてないけど、旭ケ丘は案外ひどい。 地滑りで傾いた高台の家を直してくれ、と頼まれたが細い石段しかない。 隣の家の塀と庭をつぶさないと重機が入らないから、どうしようもないとお断りした。 あれは手作業で更地にするしかないわな。 土地は太い道路に面してないと、あとあと困るよ。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 28 Aug
    • 地震日記 5月11日  地震から2カ月

      東日本大震災の発生から2カ月となったが、今も行方不明者の捜索は続いている。 大地震、大津波、さらに原発事故が加わった複合災害で、15000人近い人が死亡し、行方不明者も10000人に迫る。宮城県で第2の都市、石巻の被害者数が突出している。 この時期になると、行方不明者の生存の見込みはないというしかない。 合わせて25000人近くが亡くなったことになる。震災当初は「死者10000人を超す」と予想されたが、それを上回ってしまった。 遺族は、生存は諦めているが遺体だけは見つけたいと願っている。 遺体が海にあるのか、田んぼに中にあるのか分からないのでは前に進めない。 午後2時46分には各地で黙祷が行なわれ、犠牲者を悼み、復興を祈った。 あの日は雪と寒さに震えたが、今では新緑がまぶしく、半袖で過ごせる日もある。 季節の移り変わりは急だ。 避難所の子供が夢を聞かれて、「仮設に入ること」と答えていた。胸が痛む。 大人は(避難所では泣けないので、)仮設に入って思いっきり泣きたいと答えていた。 宮城県は9月末までに仮設住宅30000戸を供給したい意向で、既に約1300戸で入居が始まっている。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 26 Aug
    • 地震日記 5月10日  新聞の整理 2

      NZでも地震があったんだと、ようやく思いだす。 日本の地震もすぐ忘れられてしまうんだろうか。 このカンニング学生の記事はすっかり消えた。 新庄の若者だったが、震災で助かったと思っているだろう。 しかしウェブ上では、「新庄」といえば「マットとカンニング」、と定着してしまった。 3月5日に運行を始めた東北新幹線「はやぶさ」も地震で運転停止。 たった6日半の運転期間だった。 青森県民の喜びは1週間もたなかった。 この事件も、ずっと昔のような気がする。 殺した女の子をリュックに入れて運んだのだった。 どんと祭 御神火に「家内安全」の願いをかける善男善女。 1月14日の夜、多くの人が裸参りしたのに、宮城県にご利益はなかった。 大崎八幡神社では石灯篭10基のうち8基が倒壊し、あわや人命を奪わんとした。 国道48号線に面した灯篭はバス待ちのベンチを粉々に破壊した。 灯篭は頭が重い不安定な形状なのに鉄筋が入っていない。 残った2基もいずれ余震で倒れるだろう。 来年から八幡神社でお参りはやめる。 お守りも買わない。 わが家で断水しなかったのは、この耐震水道管のおかげだった。 仙台ではこの水道管が25%の地区で普及している。 阪神淡路大震災では、9%しか普及していなかったので、消防車が来ても火事を消せず、多くの命が失われた。 消防士は、水の出ない消火栓の前でホースを握りしめて泣いたという。 3月11日当日の朝刊。 今思えばのんきなl記事だ。 この日の午後に大震災が起こるとは誰も分からなかった。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 24 Aug
    • 地震日記 5月10日  新聞の整理 1

      5月14日は資源回収。 暮れからたまっていた新聞を一気に出すことにした。 紐で括ろうとして、ついつい見入ってしまった。 3月12日(地震翌日)の河北新報↑ 1枚だけの4ページ版だが、よく配達してくれた、と新聞店に感謝した。 11日夜はさぞ大混乱だったろうが、地元紙の心意気を感じた。 停電でテレビが映らない中 、唯一の視覚的情報になった。 朝日新聞は12日の配達がなかった。 13日に2日分届いた。 全国のニュースを知るには朝日、地元のことを知るには河北が必要だ。 私は暇なので、両紙を一字一句漏らさず読んでいる。 結構重大なニュースなのに、どちらかにしか載っていないことがよくある。 古い新聞を見ていたら、3月11日以前のニュースを殆ど忘れていることに気付く。 リビア、シリアはいまだに混乱の中にあるらしいが、日本はそれどころじゃなくなった。 いつのまにか八百長の処分は終わり、「技量審査」場所なるものが始まっている。 調査はどうなったんだか、よくわからなかった。 TPPってなんの略だっけ。あのときは覚えていたのに。 地震がなければ、大問題に発展していただろう。 性犯罪者にGPSを着ける案。 村井知事は、「宮城が日本で最初にやるんだ」と積極的だったのに、今はこの件に関してしゃべらなくなった。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 22 Aug
  • 20 Aug
  • 18 Aug
  • 16 Aug
    • 地震日記 5月5日  仙台空港 2

      復旧した仙台空港を見たいと思い、出かけた。 仙台空港への道。もうすぐ東部道路をくぐる。 この辺りはまだ電気が来ていなくて信号が作動してない。 警官が交通整理している。 空港が見えてきた。道路はきれいに片づけられていた。 米軍の「Operation Tomodachi 」のおかげだ。 なんだかんだ言っても、日本の友達はアメリカしかいない。 ただ空港周囲はこの通り。破壊されたままのガソリンスタンド。 ターミナルは全く津波の跡を感じさせない。 道路脇にはまだ手が回ってないが、やがて瓦礫の一個まで片づけられるだろう。 日本人の集中力、作業能力は素晴らしいと思う。(原発の扱いは全く駄目だが。) 仙台駅と空港を結ぶアクセス鉄道は不通のまま。 車両が駅に停まったまま。 9月の全面復旧を目指している。 新千歳 からの日航機(JAL4956)が着陸する。 航空大学には、あれっ? あの練習機が突っ伏したままだった。 CoCo壱番屋名取店では、災害ボランティア向けに1000円のお食事サービスを行なっている。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 14 Aug
    • 地震日記 5月5日  仙台空港 1

      津波が押し寄せている仙台空港。 (写真は河北新報より) すべてが水没した。(写真は河北新報より) 松林が折れて運ばれてきた。(写真は河北新報より) 航空大学では練習機が無残な姿に。(写真は河北新報より) 仙台の空の玄関を再開するために、米軍が「Operation Tomodachi 」を展開。 仙台空港の国内線臨時便は4月13日から1日6往復の運航を始め、4月21日から8往復に増えた。 国際線は9月末から運航再開の見通し。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 12 Aug
  • 09 Aug
  • 07 Aug
    • 地震日記 5月2日  チェレンコフ光 4

      【case 3】 推定1~4.5シーベルトの被曝をした作業員C(当時54歳)は、一時白血球数がゼロになったが、放医研の無菌室において骨髄移植を受け回復。12月20日に放医研を退院した。 被曝した3人は臨界の意味さえ分からず、どれだけ危ない仕事をしていたかという自覚もなかった。 ウラン濃縮加工という危険な作業を、彼らは風呂の水汲み同然の杜撰さで行なって、いや、行なわされていた。 収束作業を行なった7人が年間許容線量を越える被曝をし、事故の内容を十分知らされずに駆け付けた救急隊員3人の2次被曝が起こった。 最大の被曝は120ミリシーベルトで、50ミリシーベルトを超えたものは6名だった。 さらに周辺住民207名への中性子線等の被曝も起こった。最大は25ミリシーベルト、年間被曝線量限度の1ミリシーベルト以上の被曝者は112名だった。被曝者総数は667名であった。 日本の原子力史上、初めての死者を出したこの事故は日本社会特有の無責任体制と自己保身、隠蔽体質の結果である。 日本人が原子力を扱うことが無理だと教えている事故である。 これを書き終わったとき、下記のニュースが飛び込んで来た。 2011.5.2 19:34  日本原子力発電は2日、運転中の敦賀原子力発電所2号機(福井県敦賀市、出力116万キロワット)の1次冷却水の放射性物質(放射能)濃度が上昇していると発表した。規制値を大幅に下回る値だが、核燃料から漏れだしている疑いがあるとして今後、原子炉の運転を停止して調べる。同社では、東海第2原発が地震で、敦賀原発1号機が定期点検でそれぞれ停止中。両機が再開しないままだと保有するすべての原発が停止することになる。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 05 Aug
    • 地震日記 5月2日  チェレンコフ光 3

      事故発生当初、JCO職員は誰も臨界状態を収束させるための作業をしなかった。 (逃げることしか頭になかった。) 国の代理人が「あなた達でやらなければ強制作業命令を出す」と促した。 その結果、「うちが起こした事故はうちで処理しなければならない」と覚悟を決めた同社職員らが数回に分けて内部に突入。冷却水を抜く、ホウ酸を投入するなどの作業を行い、連鎖反応を止めることに成功した。 中性子線量が検出限界以下になったのが確認されたのは、臨界状態の開始から20時間経った、10月1日の午前6時半だった。 この事故では3名の作業員が多量の放射線(中性子線)を浴びた。 作業員らはヘリコプターで放射線医学総合研究所へ搬送され、うち2名は造血細胞の移植のため東大病院に転院し、集中治療がなされた。 短時間に8シーベルト以上の被曝をした場合には、最新の医療でもほとんど手の施しようがなく、当初から回復は絶望視されていた。 【case1】 16-20シーベルトの被曝をした作業員A(当時35歳)は染色体が破壊され、新しい細胞ができない状態となった。 まず白血球が生成されなくなったため、実妹から提供された造血細胞の移植が行われ成功したものの、経過と共にその細胞の染色体にも異常が発見され、一旦増加の傾向をみせた白血球数が再び減少に転じた。 事故から約2ヵ月後、この作業員は心停止状態に陥った。一旦蘇生したものの、心肺停止によるダメージから臓器の機能が著しく低下。事故から83日後、多臓器不全により死亡した。 彼の被曝量は致死量を越しており、入院時から死は時間の問題であったが、本人は「いつ頃退院できるでしょうね?」とのんきに聞いていたという。 【case2】 6~10シーベルトの被曝をした作業員B(当時40歳)は、造血細胞の移植が一定の成果をあげ、一時は警察への証言を行うまでに回復した。しかしその後容態が急変。事故から211日後の翌2000年4月27日に多臓器不全で死亡した。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 03 Aug
    • 地震日記 5月2日  チェレンコフ光 2

      東海村から住民に対し屋内退避を呼びかける広報が始まったのは、ようやく12時30分からのことだった。 次いで事故現場から半径350m以内の住民約40世帯への避難要請、500m以内の住民への避難勧告、10km以内の住民10万世帯(約31万人)への屋内退避および換気装置停止の呼びかけ、現場周辺の県道、国道、常磐自動車道の閉鎖、JR東日本の常磐線水戸 - 日立間、水郡線水戸 - 常陸大子・常陸太田間の運転見合わせ、陸上自衛隊への災害派遣要請といった措置がとられた。 この事故の原因は、高速増殖炉の研究炉「常陽」用核燃料を加工を担うJCOのずさんな作業工程管理にあった。 JCOは燃料加工の工程において、国の管理規定に沿った正規マニュアルではなく「裏マニュアル」を運用していた。 原料であるウラン化合物の粉末を溶解する工程において、正規マニュアルでは「溶解塔」という装置を使用するという手順だったが、裏マニュアルではなんと、ステンレス製のバケツを用いた手順に変えられていた。 事故当日はしかし、この裏マニュアルをもさらに改悪した手順で作業がなされていた。 つまり、最終工程である製品の均質化作業で、臨界状態に至らないよう形状制限がなされた容器を使用するところを、作業の効率化を図るため、背丈が低く内径の広い(いわゆるバケツのような)、冷却水のジャケットに包まれた容器(沈殿槽)に変更していたという。 その結果、硝酸ウラニル水溶液を(不当に大量に)貯蔵した容器の周りにある冷却水が中性子の反射材となって、溶液が臨界状態となり、中性子線等の放射線が大量に放射された。これは制御不能の原子炉が出現したようなものである。 ステンレスバケツで溶液を扱っていた作業員の一人は、「約16kgのウラン溶液を溶解槽に移している時に青い光が出た」と語った。 「その青い光を見た者は早晩死ぬことになる」とは、冒頭に書いた。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 01 Aug
    • 地震日記 5月2日  チェレンコフ光 1

      その青白い光が出るときは、紙の束で机をたたくようなバシッという音がするという。 それは原子炉が臨界に達した時に現れ、見た人は早晩死ぬことになっている。 12年前、茨城県東海村の株式会社JCOが起こした原子力事故を覚えているだろうか。 JCOは日本核燃料コンバージョン。(JOCは日本オリンピック委員会。) 1999年9月30日、JCOの核燃料加工施設内で核燃料を加工中に、ウラン溶液が臨界状態に達し核分裂連鎖反応が発生。 これにより至近距離で中性子線を浴びた作業員3名中、2名が死亡した。 国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル4の事故にあたる。 (今ではレベル4なんて驚かなくなっちゃったけど。) 9月30日10時35分、転換試験棟で警報。 事故の第一報は、「てんかんの急病人が出た」というものだった。 これが「転換試験棟での事故」の聞き間違い、と分かるまで時間がかかった。 事故が本当に起こるなんて誰も考えていなかったためのお粗末な事態だ。 11時52分になって、被曝した作業員3名を搬送するためようやく救急車が出動。 にほんブログ村 にほんブログ村

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辰つぁん

お住まいの地域:
宮城県
自己紹介:
山形市生まれ。仙台市在住。 ダックスフント2匹を連れて毎日広瀬川遊歩道を散歩してます。

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