• 30 May
    • 地震日記 27  海岸公園1

      蒲生の海岸公園はどうなっているだろう。 閖上大橋は通行止めなので、4号線まで戻る。 海岸公園には野球場とテニスコートがあり、よく利用させてもらっていた。 4号線から蒲生方面へ曲がる。 海から4km地点で既に漂流物がある。 海から3km地点には船。 蒲生は漁港ではないので、船の漂流物は閖上ほど多くない。 この車の運転者は大丈夫だったのか。 車検証とか貴重品は持ち出せたのだろうか。 たまり水の油が陽光を反射している。 押し寄せたのはきれいな海水ではなく、油と瓦礫まみれの汚水だ。 転がる樽。何が入っていたのだろうか。 津波が通った跡は、どこも似たような風景になってしまう。 散乱する漂流物はすべて誰かの所有物なので、手を触れてはいけない。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 27 May
    • 地震日記 26  閖上3   

      名取インターから海側の閖上港線は通行止めになっていた。 緊急車両と地元民だけを通しているようだが、たまたま検問の自衛隊がいなかったので突破してみる。 海から2kmの距離に漁船が! 残った家屋に残る水跡を見ると、ここでも深さ3mの津波が来ている。 一帯に3mの水がある場面を想像することは難しい。 水田にはまだ海水が残っている。 今年の田植えは無理だろう。 かろうじて残った松並木。 防潮林として役立たなかったばかりか、根こそぎ流されて家屋に衝突し、被害を大きくした。 かつては松並木の中をサイクリングロードが通っていた。 雪印の牛乳箱。長年使いこまれていたものらしい。 3月11日の朝までは、これで牛乳が運ばれたのだろう。 もう片方はどこに行った? 逃げているときに脱げたのでないことを祈る。 何もかも泥の色になってしまった。 にほんブログ村 にほんブログ村

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    • 地震日記 25  閖上2

      中学の参考書が風にめくられていた。 蓋が開いた絵画の道具。 悲しげに持ち主を待つ。 片方だけの長靴。 履いていた人はどうしただろう。 想像はよくない方へ向かう。 泥だらけの畳が二つに折られている。 畳を折るにはもの凄い力が要る。 コの字に曲げられた電柱。 想像を絶する水の力。 生身の人間ならひとたまりもない。 自衛隊の車がひっきりなしに往来している。 この地域は、目下自衛隊の管轄下にある。 茫然とこの風景を眺める人。 津波は海水だけでなく、巨大な材木、鋭利な金属、ガスボンベ、電柱、車などを運んで来るから恐ろしい。 見つかった遺体は口の中まで泥が入っているという。 水の中は苦しかったのだろう。 この地区の遺体安置所は廃業した「空港ボウル」になっている。 閖上地区の入口である東部道路の名取インター。 ここは海岸から4kmあるが、津波はここをも越えて走った。 東部道路は現在山元IC~利府中IC間が通行できる。 閖上の海岸沿いにはサイクリングロードがあり、うちの子供たちはそこで自転車に乗れるようになった。 子供たちはそのサイクリングロードが大好きで、毎週のように遊びに来た。 帰りは美晴鮓で「大漁寿司」を食べて帰るのが楽しみだった。 美晴鮓は海岸の近くにあったが、跡形もなくなっていた。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 25 May
    • 地震日記 24  閖上(ゆりあげ)1

        「ゆれくる」コールが収まったので、国道4号線を南下。 名取市役所前で左に曲がり、閖上(ゆりあげ)港線に入る。 2kmも走ると、道路脇に散乱した漂流物が見えて来た。 ここはまだ地獄の1丁目にすぎなかった。 海岸から3.5km地点。自衛隊が所々で検問を行なっている。 その後ろに見えるのは、 一面、瓦礫の山・・・ まるで爆撃を受けた戦場かと錯覚する。 ここは静かな住宅地だった。 かろうじて残った家屋もあるが、中はどうなっているだろう。 墓標のように傾く電柱。 ここが美しい水田だったとは想像できない。 晴れている空が、なおさら悲しく見える。 ひと月たってもまだ海水が残っている。 こういう田んぼは、数年かけて徐塩しないと使えない。 手前のマットレスはどこから来たのだろう。誰が使っていただろう。 農業ハウスも水が通り抜け、骨組だけになった。 ここでは仙台苺を作っていた。 元がなんだか分からない金属の棒。 ビニールハウスの骨組みだったかもしれない。 道路には乾燥したヘドロが層をなしている。 ヘドロには重金属、アスベスト、嫌気性細菌が含まれている。 作業する人は防塵マスクとゴム手袋と安全靴が必須。 あちこちに転がるプロパンガスのボンベ。 ボンベは栓が開いたまま津波で引きちぎられ、流された。 流されている間、ガスボンベにしがみついて助かった人もいる。 津波の夜はボンベからガスが漏れ、シュー、シューという音が一帯で聞こえていたそうだ。 この辺りは今でも火気厳禁だ。 家は浮き上がり、転がり、砕かれた。 地中に打ち込んだ基礎杭も、浮力で家が持ち上げられると、簡単に抜けてしまうのだそうだ。 自分の家がどこに流れて行ったかも分からない。 アルバムを探そうとしても無理だ。 閖上は美しい海辺の町だったが、色彩を失くしてしまった。 4月14日現在、宮城県の行方不明者は7965人。 この泥の下にも見つけられていない遺体が多数あるだろう。 四方に合掌する。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 23 May
    • 地震日記 23  4月6日 仙台港

      久しぶりにガソリンを満タンにした。 海の方はどうなっているか見ておかねば、と思い立ち、仙台港に向かった。 45号線を東に向かい、「夢メッセ」方面に右折する。 45号線にはもう瓦礫はない。 しかし県道10号線はこの通り。 通行できるよう道路だけはきれいにされていたが、周りの空き地には瓦礫が積み上げられている。 道路の瓦礫をとりあえずどけたという感じ。 キリンビール仙台工場前。 道路には車が散乱している。 工場の敷地内には無数のビール箱が転がっている。 地震からもう1カ月近く経っているのに。 津波でこの辺りに何万本という缶ビールが流れ着き、居合わせた人が拾っていったという。 名取のサッポロビール、福島のアサヒビールの工場も被災しており、全国的にビール不足を招いている。 東北はビールの生産工場なのだ 歩道に放置されたままの車。 港周辺にはおしゃれな店が並んでいたが、どこも閉店中。 津波の襲来が急だったせいか、シャッター、ブラインドもちゃんと閉められていない。 人影が全くない街は恐ろしい。 映画「I am legend」を見ているようだ。 あれは、はしかウィルスから作ったガン治療薬が原因で、NYの人間が死滅したのだった。 歩道はまるで砂浜のよう。 海砂をたっぷり含んだ海水がここを通りぬけたことが分かる。 横倒しの車。余震で倒れそうだ。 そばを歩くのは危険。 無人の街では、何かあっても助けを呼ぶことすらできない。 「三井アウトレットパーク仙台港」も波に洗われて、閉店していた。 ここは2008年9月12日のオープン。 敷地面積約8万7000平米、約120店を擁する一大ショッピングセンターだ。 開店して2年半でこんなことになろうとは、誰も想像しなかっただろう。 復活はあるのだろうか。 歩道がまるでゴミが打ち上げられた砂浜のようです。 事務用品の通販会社、ASKULも被災した。 1Fが水に浸かり、コピー用紙などが全滅したそうだ。 FAXで注文すると、「明日来る」のが売り。 うちもよく利用しているが、今は注文しても明日には届かないだろう。 海辺にいるときはiPhoneの「ゆれくる」をONにしている。 今、警報音が鳴って、「震度5の地震が10秒後に来ます」と出た。 一目散に西を目指す。 仕事でもないのに、のこのこ海辺に出かけて津波に遭ったら、人に笑われる。 (被災地の記録、しばらく続きます。) にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 21 May
    • 地震日記 22  「心が折れる」って言うな

      4月7日の最大余震のあと、ラジオのアナウンサーが 「せっかくここまで来たのに、こういう地震が来ると心が折れます」と言った。 これは流行語なのか、あちこちで「折れそう、折れるかも、折れた」と聞く。 この言葉が流行り始めたのは2009年、第2回のWBCでイチローが使い始めてからと記憶している。 ・・・キューバ戦でイチローが試みたバントは、三塁手への小飛球に。「あのバント失敗で、ほぼ折れかけていた心が さらに折れた。僕だけが(相手)キューバのユニホームを着ているように思えた」・・・ しかし最初に使ったのはイチローではない。 漫画「グラップラーバキ」である。(板垣恵介作、少年チャンピオン連載。) モンゴル人のボクサーがヤクザにボコボコニ殴られた時、祖父に言われた言葉・・・ 「倒されることなど真の敗北ではないのだ。 真の敗北というのはなユリー 、 心が折れることを言うのだ。 心の折れる音さえ聞かぬなら たとえチンギスハーンでもオマエから 勝利を奪うことはできない」 ・・・ を思い出して立ち上がるシーン。 それが格好良かったので色んなところでパクられている。 イチローにあやかりたいのか、この言葉を使いたいために、折れてもいないのに「折れた、折れた」という輩が増えた。 この言葉、折れたら元に戻らない「irreversible」な語感があってよろしくない。 「折れる」と言った途端、本当に心は折れる。 普通に「へこむ」、「めげる」、「くじける」と言った方が可塑的で立ち直りやすい。 余震のあと、停電したところはあるが、食料がなくなったり、ガソリンがなくなったりと最初に戻ってはいない。 原発だって、危機状態を脱してはいないが、「制御不能」、「要員撤退」、「建屋爆発」の見出しが踊った頃からすると、ずいぶん状況がつかめてきている。「3歩進んで2歩下がる」状態だ。 簡単に、「心が折れる」って言うな。 ついでにアナウンサーが最近連発する、「なので」、「ですので」も聞き苦しいから言うな。 「そういうわけなので」、「ということですので」と、きちんと言え。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 19 May
    • 地震日記 21  4月13日 作業員募集に応募殺到

      愛知県の人材派遣会社が、3月28日から募集した現地作業員の募集が、締め切りを待たずして早々に定員10人に達したという。 その募集要項を見ると・・・ 「東北地方のお手伝いをしに行こう!」 ■勤務地・・・福島県 ■仕事内容・・・電気関係施設の清掃、修復工事の補助など ■勤務時間・・・午前8時から午後5時のうち3時間  ■時給・・・1万円 ■休暇・・・不定休 ■応募条件・・・普通免許がある方大歓迎 ■学歴・・・不問 ■経験・・・不問 ■資格・・・不問  この募集、3月8日に公開され、翌々日の締め切りだったが定員に達せず、4月末まで延期された。しかし10日から11日にかけて、高額報酬を求める人が集まるサイトで話題になった途端、人材派遣会社の熱い呼びかけと、採用のハードルの低さが相まって応募が急増したという。 いったいどんな仕事なんでしょうね。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 16 May
    • 地震日記 20  こだまでしょうか?

      「大丈夫?」っていうと、「大丈夫」っていう 「漏れてない?」っていうと、「漏れてない」っていう 「安全?」っていうと、「安全」って答える 「ほんとはちょっと漏れてる?」っていうと、「ちょっと漏れてる」っていう 「やっぱり7?」っていうと、「7」っていう 「溶けてる?」っていうと、「溶けてる」って答える 「2 も、3 も?」っていうと、「2 も、3 も」っていう 「3号機は再臨界?」っていうと、「ポポポポ~ン」って こだまでしょうか? いいえ、イベリコちゃんです にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 13 May
    • 地震日記 19  4月11日 折立地区の地滑り

      沿岸部の被害に隠れてあまり報道されないが、仙台市内陸部でも地震被害のひどい地区がある。 仙台市青葉区の折立地区は被害がj甚大で、折立小学校は立ち入り禁止になっている。 新学期の授業は、折立中学校と市民センターで行なうという。 小学校付近(折立5丁目)の被害は凄い。 広範な地滑りが起こったとされている。 地盤沈下、地割れで、歪んだ家。 道路は各所で陥没して、通行不能。 擁壁が崩壊。片付けもままならない。 近くにいるのも怖い。 後ろにひっくり返ってしまった店。 駐車場が地盤沈下して、このトラックは道路に出ることができない。 幅70cmの地割れ。 ここは幅120cm、深さ70cmもある。 地割れに落ちた傘立て。 家人は慌てて避難して行ったのだろう。 傾き、歪み、波打つ家。 水平、鉛直でない建築物を見ていると三半規管がおかしくなり、まっすぐ立っていられなくなる。 当然、この家の住人は避難している。 青葉区でここまで被害が出た地区は珍しい。 仙台市では緊急ボーリング調査を行なう予定という。 ボーリングしたからといって、傾いた家には住めないだろう。 まだ何ともない家が今後どうなるかくらいは分かるだろうが。 にほんブログ村 にほんブログ村

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    • 地震日記 18  石巻大川小の悲劇

      今度の震災の中でも多くの子供が亡くなった大川小学校。 最後の状況が少しずつ分かってきた。 【読売新聞】 4月9日(土)14時42分  東日本大震災で全校児童108人のうち7割が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小で、被災時の状況が目撃者の証言などから明らかになった。  児童は集団で高台へ避難する途中、すぐそばを流れる北上川からあふれた津波にのみ込まれた。当時の様子が知りたいという保護者の要望に応えて学校側は9日夜、説明の場を設ける。           ◇河口から4キロ◇  大川小は東北最大の大河、北上川右岸の釜谷地区にあり、太平洋に北上川が注ぐ追波湾の河口から4キロ上流に位置する。同県教委によると大川小の児童は56人が死亡、18人が行方不明。また教諭については当時、校内にいた11人のうち9人が死亡、1人が行方不明になった。校長は震災当時、外出して不在だった。  保護者や住民らの証言では、児童は11日午後2時46分の地震直後、教諭らの誘導で校舎から校庭へ移動した。ヘルメット姿や上履きのままの子もいた。保護者の迎えの車が5、6台来ており、「早く帰りたい」と、泣きながら母親にしがみつく子もいた。  同49分、大津波警報が出た。教諭らは校庭で対応を検討。校舎は割れたガラスが散乱し、余震で倒壊する恐れもあった。学校南側の裏山は急斜面で足場が悪い。そうした状況から、約200メートル西側にある新北上大橋のたもとを目指すことになった。そこは周囲の堤防より小高くなっていた。市の防災マニュアルは、津波対策を「高台に上る」とだけ記しており、具体的な避難場所の選択は各校に委ねられていた。           ◇想定外◇   午後3時10分過ぎ、現場に居合わせた男性(70)は、児童らが列を作って校庭から歩き出すのを目撃した。「教諭に先導され、おびえた様子で目の前を通り過ぎた」  その直後だった。「ゴーッ」とすさまじい音がした。男性は児童らとは逆方向に走り出した。堤防を乗り越えて北上川からあふれ出した巨大な波が、学校を含む地区全体に襲いかかった。住民や男性の証言を総合すると、津波は児童の列を前方からのみ込んでいったという。列の後方にいた教諭と数人の児童は向きを変えて男性と同様に裏山を駆け上がるなどし、一部は助かった。  宮城県沖で二つの断層が連動した地震が発生した場合を想定した津波浸水予測によると、河口付近の高さ5~10メートルに対し、小学校周辺は1メートル未満。だが、今回の津波は2階建ての同校校舎の屋根まで乗り越え、裏山のふもとから約10メートルも駆け上がった。また児童らが避難しようとした新北上大橋のたもとでも、電柱や街灯がなぎ倒されるなど津波の被害を受けた。  「ここまで来るとは誰も思わなかった」。同地区の住民は口をそろえる。同市河北総合支所によると、防災無線の避難呼びかけは一度きり。同支所によると、釜谷地区全体での死者・行方不明者は住民の約4割の189人。津波を見ようと堤防に行ってさらわれたり、自宅にとどまり犠牲になった人も多かったという。           ◇保護者の思い◇  県教委によると地震と津波で死亡した同県の小学生は127人で、4割以上が大川小の児童だ。8日には行方不明児童の1人とみられる遺体が見つかった。学校の周辺は今も我が子の手がかりを追い求める親の姿が絶えない。「当時の状況を知りたい」という保護者らの思いは切実だ。  3年生の孫を亡くした男性(61)は遺体発見まで3週間を要した。「せめて何年生が、どの方角に逃げたのかだけでも知りたい。捜索にもある程度の目星が必要。みんな早く見つけてやりたい一心なんです」と語る。  関係者から避難状況を聞き取った同市教委は「想像を絶する大津波だった。学校の判断は致し方なかったと思う」とする。市教委によると、校長が9日夜、生還した教諭から状況を聞き取った結果を保護者に伝えるという。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 11 May
    • 地震日記 17  4月9日  春の雨

      今日は久しぶりの雨。 もう雪の心配はない。春の雨。 秋に撒いたホウレンソウが嬉しげに立ち上がってきた。 行者ニンニクも元気いっぱい。 これは青シソの芽。 イオン、生協より商品が豊富だと聞いて、荒巻のヨークベニマルに出かけた。 ここは震災直後から一番品揃えがよかったらしい。 店内のパン屋「モンペリエ」。 もう普通通りにパンが焼かれている。昨日生協に行ったら、パンが1個もなかった。 総菜も、 牛乳も、 ヨーグルトも、 肉も、 魚も、 そして卵も、この通り。 食材が豊富にあるのを見ると、なぜか泣きそうになる。 本屋にもようやく新しい雑誌が入荷した。 1か月雑誌を読まないと、世の中から1世紀も遅れたようだ。 活字に飢えた市民がレジに長い列を作る。 で、買って来ました。 一昨日の余震では電気もガスも水道も止まらず、「振り出しに戻る」にはなりませんでした。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 09 May
    • 地震日記 16  4月7日  大きな余震

      4月7日(金)、午後11時32分、夜更けの仙台をまた地震が襲った。 震度6強、M7.4。 わが家では一瞬電気が消え、また「振り出しに戻る」か? と思ったが、すぐに灯りが点いた。 幸い水道、ガスも止まらなかった。 それでも部屋の中は再び物が散乱した。 本震の時ほどではないが、CDも、ビデオも。 崩れるように積んだものは、必ず崩れる。 犬たちはびっくりしてそこいらを走り回った後、寝てしまった。 眠い目をこすりながら落ちたものを積み上げる。 どうせまた崩れるのに、不条理なことだ、と思いながら。 人々はまた海辺に家を造るだろう。 何十年か、何百年か先、必ずまた流されると知りつつ。 神々がシジフォスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、 ある山の頂まで運びあげるというものだったが、 ひとたび山頂にまで達すると、 岩はそれ自体の重さでいつもころがり落ちてしまうのであった。 無益で希望のない労働ほど怖しい懲罰はないと神々が考えたのは、 確かにいくらかはもっともなことであった。                 カミュ 『シジフォスの神話』 翌朝、近所の様子を見に行く。 近所の取り壊し中のアパート。 ここは本震で壁が崩れ落ちて解体が決まった。 丸裸になった屋根が今にも崩れそうに歪んでいる。 重機自体が瓦礫の上で、危うくバランスをとっている状態だ。 前の道路は小学生の通学路になっているし、今日中に壊してほしい。 栗生、落合あたりは朝になっても停電中。 信号機が止まっているので危険。 パトカーもおっかなびっくり。 愛子まで来ると信号が点いている。 今回の停電地区はまだら模様になっている。 せっかく復旧した仙山線もまた運休になった。 通勤客もなく、駅前は閑散としている。 修復中だった仙台駅も再び損壊した。2階の水道が破損して水漏れ中だという。 この余震では宮城野区の被害がひどく、4号線沿線では電気屋のガラスが落ち、岩切では家屋が倒壊した。 愛子地区の停電は午後から夕方にかけて復旧した。 午前中、ガソリンスタンド、スーパーには再び列ができた。 これは不安に駆られたための行列だったので、物があることが分かるとすぐに解消した。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 07 May
    • 地震日記 15   4月6日 Operation Tomodachi

      今度の震災後の各国の日本に対する援助 Operation Tomodachi 『友達作戦(Operation Tomodachi)』は、米海軍の原子力空母『ロナルド・レーガン』による自衛隊ヘリコプターへの給油活動や国内外基地からの復旧支援活動、福島第一原発への専門家2名の派遣などの被災者救援活動を総称して名づけたもの。 かつて、大戦時には敵国として戦いを交えた国が、小さな島国のために多くの人とお金を動かしてくれている。 “Tomodachi”という作戦名が泣かせる。日本の唯一の友達はアメリカだ。(アメリカしかいない。) 米を上回る 台湾の義援金100億円突破 親日ぶり示す 2011.4.1 22:05 【共同】  台湾外交部(外務省)は1日、東日本大震災の被災者への義援金が官民合わせて37億3833万台湾元(約106億9千万円)に上ったと発表した。うち9割以上が民間からという。  米国赤十字社が3月29日に発表した義援金1億2千万ドル(約98億9千万円)超を上回っており、人口が10分の1以下の台湾で米国以上の義援金が集まったことは、その親日ぶりを示している。  台湾では3月18日に馬英九総統らが参加したチャリティーイベントで、日本円換算で20億円以上の義援金が集まったほか、台湾の運輸大手、長栄グループの張栄発総裁が23日、個人で10億円の義援金を日本赤十字社を通じて拠出すると発表した。 中国が燃料油2万トンを無償提供 水・手袋も 2011年3月29日22時44分 【asahi com】  中国の新華社通信などによると、東日本大震災を受けて中国が日本に無償提供するガソリン1万トンとディーゼル油1万トンを積んだ輸送船が29日、遼寧省大連の港から出港した。  ガソリンは広島県江田島市に、ディーゼル油は愛媛県今治市に送る予定で、総額1億5千万元(約19億円)相当。早ければ4月1日ごろには日本に届くという。国有企業の中国石油天然ガスグループ傘下の大連石化が15日から、中国政府の指示を受けて生産していた。また、ミネラルウオーター6万本、ゴム手袋325万枚の計96トンの支援物資も28日に北京の空港から成田空港に空輸されたという。 ただし3月9日にこんな記事が。日本の窮状に乗じてことは進んでいるのでは・・・ 日本 中国によるガス田開発開始に遺憾表明 9.03.2011, 11:09 【Asahi com】  日本政府は、中国が両国間の合意をかいくぐって東シナ海のガス田開発を開始した事に関連して、遺憾の念を表明した。 これは、東京での記者会見で、枝野官房長官が述べたもの。  朝日新聞が9日、中国の石油ガス企業スポークスマンの発言を引用して伝えたところでは、中国側は「白樺」ガス田海域でポーリング作業に着手した。 日本政府は「こうした行為は、2008年に調印した東シナ海におけるガスの共同採掘に関する合意に矛盾する」と捉えている。 ロシア紙 「ロシアは北方領土を日本に返還すべき」 2011年4月6日 07時00分  【週刊ポスト2011年4月15日号】  ロシアの大衆紙モスコフスキー・コムソモーレッツは3月18日の紙面で、東日本大震災に見舞われた日本への同情の印として、「ロシアは北方領土を日本に返還すべきだ」とする驚愕のコラムを掲載した。  筆者は女性記者ユリヤ・カリニナ氏。これまで領土返還に反対だったという。しかし、「地震と津波ですべてが変わった。日本に降りかかった不幸を和らげるために、クリル(北方領土)を今すぐ無条件で引き渡すべきだ」と主張している。いわば人道的見地からの返還論であり、「ロシアは広大な国土面積の0.035%にすぎない4島に固執する必要はない」と太っ腹な意見を開陳している。  図らずも、同じ日にロシアの著名な政治学者が「日本への敵視政策を世論の力で転換させよう」との対日宥和論を展開していた。  カーネギー財団モスクワ支部主席研究員のリリヤ・シェフツォワ氏は自身のブログで、震災後も秩序を守る日本人は「世界に道徳的優位性を示した」と称賛。「いまやクレムリン(大統領府)も日本を脅すやり方に戻ることはできないだろう」と述べている。さらに、旧ソ連が1945年に一方的に日本に宣戦布告したことや、シベリア抑留などにも言及し、「ロシアは日本への懺悔を考えるべきだ」とまで宣言した。 (ジャイアンが急に、「イチローのサインボールやるよ」と言ったが、のび太はどうしていいか分からない・・・) それに比べて韓国は・・・ 韓国が竹島の海洋基地建設 今月中にも基礎工事 産経新聞 4月4日(月)21時4分配信  日韓両国が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)近海の洋上で、建設が構想されている韓国の「総合海洋科学基地」について、韓国政府が今月中にも基礎工事に着手する方針であることが4日、分かった。聯合ニュースが伝えた。  この方針は、韓国国会の「独島領土守護対策特別委員会」に提出された政府資料に示されているもので、やぐらの鉄骨組み上げなどの基礎工事が行われる。工事は年内に終える予定という。  海洋科学基地は竹島の北西約1キロの地点で建設が計画され、韓国政府は2013年の竣工を目標とし、既に300億ウォン(約22億円)の予算を認めている。  日本政府は、ヘリポートの大規模改修など韓国側が竹島とその周辺で実施してきた措置について、不法占拠を既成事実化するものとの立場を取っており、日本領海内にさらなる構造物が建設されれば、新たな外交問題に発展する可能性がある。  基地建設をめぐっては今年2月、韓国海洋研究院が工事の入札を公告。いったん取り下げた後、3月になって再び公告していた。 逆境下では相手の本質がよく分かる。 韓国とは永遠に仲良くなれない。KARAとか少女時代とかに目を奪われてる場合ではない。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 05 May
    • 地震日記 14  4月6日  ライフライン完全復旧

      昨日(4月5日)、ついに当地区も都市ガスが復旧した。 静岡から来たというガスマンが開栓してくれた。 今日(4月6日)、給湯器と風呂に使う灯油を燃料店が満タンにして行ってくれた。 これで風呂も毎日入れる。電気が通じた3月13日から入れたのだが、灯油倹約のため隔日にしていた。 風呂に入る時は、被災地に向かって合掌し、すみません、すみません、と唱えている。 ここにきて復興は急である。 長蛇の列だったスタンドが、昨日からガラ空き状態。 レギュラーもハイオクも、いくらでも入れられる。24時間営業も復活した。 3月10日までは当たり前だと思っていたことにひどく感激する。 スーパーに食品がふんだんに並んでいるのを見ると、涙が出そうになる。 馴染みのスタンドで満タンにした。 ちょうど1カ月ぶりの給油になる。 これで往復2時間の自転車通勤も終わりだ。 ついに給油の列に並ばなかった。 不足の時はいくらでもいいから給油したいと思ったが、急に値段が気になてきた。 このひと月でハイオクが145→163円/l に上がっていた。 わが家では、地震後26日にしてライフラインが完全に復旧したことになる。 ガソリン事情が改善したためか、通行量が急に増えた。 被災地に向かう道路も渋滞し始めたという。 壊れたライフラインが自然に復活することはない。そこには無名の人たちの見えない努力がある。 地震直後の食糧難は、個人商店の頑張りで救われた。店頭の焚火は心まで暖めてくれた。 電気、水道の早い復旧は、雪の中で作業してくれた電力マン、水道マンのおかげだ。 ガスが予定より半月も早く復旧したのは、新潟ガスからのパイプラインと、全国から駆け付けてくれたガスマン達のおかげだ。 ガソリン不足は想定外だったが、北海道、関西で増産し、タンクローリーがフル輸送してくれたおかげでそれも解消した。 「放射能が怖い」と家に閉じこもっていた我々のために、彼らは朝4時起きで働いてくれた。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 03 May
    • 地震日記 13  4月4日  仙山線復旧

      JR仙山線が4日、仙台―愛子間(15.2キロ)で運転を再開した。 久しぶりに見る仙山線の雄姿。東北福祉大前駅で。 昨日まで自転車かバスで通勤していた人たち。 学校が春休みなので車内は空いている。 普段は東北福祉大、東北文化学園大、広瀬高校などの学生が乗るので満員なのだが。  久しぶりに乗客を迎え入れた愛子駅。 窓口には、運転休止期間中の定期券の払い戻しを受ける人の列ができた。 こういうお知らせが出ていました。 定期の払い戻しは、有効期間が終わってから。 地震発生前に買った切符は、1年間払い戻しに応じるとある。 私も3月12日に金沢に行く切符を買っていて、74,000円の払い戻しを受けた。 手数料はかからなかった。 にほんブログ村 にほんブログ村

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  • 01 May
    • 地震日記 12 4月4日 漂流犬救助

        無事だワン!  気仙沼市の沖合約1・8キロの海上で、漂流していた屋根の上にいた犬が第3管区海上保安本部所属の特殊救難隊に3週間ぶりで救出された。 首輪をつけた犬は、海保の巡視船の中でビスケットやソーセージを食べ、おとなしくしているという。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 気仙沼の沖合のがれきの上で3週間も漂流していた犬。 救助されるところ。 今日、飼い主のもとに戻りました。 2歳のメス、バンちゃんです。 あ~うれしい、うれしい。 ワタシモウレシイワン! ほんとに良かったね。 にほんブログ村 にほんブログ村

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プロフィール

辰つぁん

お住まいの地域:
宮城県
自己紹介:
山形市生まれ。仙台市在住。 ダックスフント2匹を連れて毎日広瀬川遊歩道を散歩してます。

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