城南陸橋の下の「もと紀」のやきそば・たこ焼きセット。
ここは中学生のたまり場になっている。
目玉焼きとせいさい漬が付いて380円はお得。
辰つぁんは舌が肥えてしまったので、とっても美味しい、と書くのは抵抗がある。
下の写真は青のりの容器。
山本山の缶にドリルで穴を開けてある。(もう少しシンクロメトリックに開けられないものか?)
テーブルには水を入れて半分凍らせた大五郎の空きボトルが置いてある。
それを客が勝手に注いで飲むルールになっている。
花笠通りから東進するとこの洋館に突き当たる。
ここは城下町の名残で、道がクランク(鍵回り=かいまわり)になっている。
以前はしゃれた医院だったが、先生が亡くなると跡継ぎがなく閉院した。
風呂屋の息子と新明神社に初詣に行ってインフルエンザになった時、ここで診てもらった。
建物は健在で手入れもされている。人も住んでいる。
着物の山西はもはやテナントビルとなった。しかも空き階が多い。
この建物の上階は商売には使いにくかろう。ダンス教室が入っている。
闌(すが)れた町の雰囲気の中にも新しい息吹がある。
町中に残った蔵を商売に生かそうとする試み。
芸工大の学生が参画している。
今日は着物の販売会をしていた。
以前はジャズのコンサートをしていた。
冷やし中華で有名な栄屋は左隣。
右隣には昔JAWAという喫茶店があり、30歳くらいの妖艶な女性がママをしていた。
この店が学校で噂になり、早熟な高校生たちはママの横顔を一目見ようと、大挙して学校帰りに立ち寄った。
大人ぶるため、皆飲めないコーヒーをわざわざブラックで注文した。
・・・音大のピアノ科出て、歯医者と結婚して離婚して、今彼氏募集中なんだど。
この前、堀辰雄ば読んでだっけぞ・・・
誰かに聞いた話だったか、自分で作り上げた妄想だったか、もはや定かでない。
JAWAの入っていた建物は壊されて新しいビルになり、そこに入った衣料品店も閉店して、テナント募集の貼り紙があった。
中学の時、エレキギターが欲しかった。
ギターさえあればすぐ曲が作れて、加山雄三になれると思った。
赤いスイートピー♪
・・・自然に浮かんでくるメロディー。春色の汽車に乗りたいな。
スペースがあれば建物を建てる、ばかりが能じゃない。
E-NASの「ほっとなる広場」。ここで商店街のいろんな行事が行われる。
スケボーにいいと思うが、それは禁止されている。
ここにくればいつでもどんどん焼きが食べられる。
まじぇろさん御用達のまつのや旗店。
祝日に国旗を掲げる家も、小学校の制帽もなくなった。
旗、幕、腕章、徽章だけで商売になるのか?
元日活だったミューズ。
「母べえ」を上映していた。客は少ない。
鰻の染太。
東京からお客さんが来ると、ここのうな重を取った。
子供らもお相伴できるのでうれしかった。
ナショナルの店。
いずれ「パナソニックの店」に変わって、そして消えゆく運命だ。
経営の神様の呪縛のせいで、ブランド名を代えるのが遅れた。
経営の神様が、わが社はコンピュータに手を出すな、と指示したせいで
一時他社に後れをとり、「マネした電機」と揶揄された。
同じく東芝の店。
東芝はHDーDVD方式をやめると発表した。
数百億円の損失になるという。
わがやで初めて買ったテレビは東芝製だったが、
すぐにチャンネルつまみが取れ、垂直同期が壊れ、
そして何も映らなくなった。
何度直してもらっても1週間以内に壊れた。
当時のテレビは今の貨幣価値で150万円ほどもした。
東芝の店のおんちゃんはこっそり、「ナショナルの買った方がいいよ」と言った。
以来、わがやには東芝製品はない。
電池、電球の1個に至るまで。
15万円のHDーDVDビデオ(バルディア)も買わなくてよかった。
滅びて行くものに心惹かれる。
自らの運命を知りながら生きる姿は、朱鷺のように美しい。
消え行くものに大小は関係ない。
煙毒、不法添加物混入桃飲料、農薬餃子・・・
世の中に次々と害毒を流し続けるJTも消えゆく運命だ。
消費者に対する姿勢に問題があり、ついに盟友・日清食品にも提携を断られた。
そもそも毒と食品を同じ会社が売ることに無理がある。
「専売」、「公社」ともにいやな言葉だった。
JTは自らの運命に気がついているのかどうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
辰つぁんをねむらせ 辰つぁんの屋根に雪ふりつむ
純子をねむらせ 純子の屋根に雪ふりつむ
スズラン街で雪見っだら、40年前、母ちゃんと手つないで、降りしきる雪の中で空ば見上げでるおれの姿が浮かんで来た。
母ちゃんと手つないで、おれは幸せだっけ。
母ちゃん、雪てどっから落ぢで来るんだ?
遠い国からだよ。
そごさ誰いるんだ?
死んだ人は皆いるよ、おまえの爺ちゃんも婆ちゃんも、空からおまえのこと見てるんだよ。
悪れごどしてんのもが?
いいごども悪いごどもみな見てるんだよ。
いいごども・・・悪れごどもが・・・
おれはこうして母ちゃんといる時間がとっても幸せだな、て思った。
んでもこういう幸せな時間は永くは続かねんだ、母ちゃんもそのうぢ遠い国さ行ってしまうんだ、て知ってだっけな。
月も満ちれば欠けるだげ、夏にはすでに秋の気配が忍び込んでで、幸福にはすでに不幸の影さしてるんだ、てゆうごどばり考えでるやろこだっけな・・・
ときどき、理由もないのに、どうしても雪が見たくなることはありませんか。
それは「理由がない」のではなく、何か大きな力に導かれているのかもしれません。
「雪のカフカ」 了
旭座から北へ歩くと千歳館が見えてくる。
水色の壁と独特の車寄せは昔のまま。
(注 : これは白黒写真ではありません。クリックしてみて下さい)
千歳館に接して花小路の入口がある。
明治44年の大火で焼けた後を三業地にしたのが花小路の始まり。
三業とは芸妓を置く「置屋」、宴会をする「待合」、仕出しをする「料理屋」をいう。
紅花商人が上方の文化を伝え、昭和の初めに花柳界の姿が完成した。
昼間はなんということのない小路だが、夜はネオンが怪しく手招きする。
昭和初期には置屋、待合を合わせて五十軒を数え、関東以北の花柳界で最も隆盛したという。
右へ左へ細い道が枝分かれし、何回か角を曲がると東西南北がわからなくなる。
夜なら脱出不能な迷宮となる。
しばらく見ない間にずいぶんグローバル化した。
台湾、韓国、トルコ、ベトナム、シカゴ(ピザ)などの各国料理が揃っている。
高校生の頃、ここを通って帰ろうとしたら、赤い顔をした担任とばったり出会った。
おこられるかと思ったら、先生も知らんふりをしてくれた。バツが悪かったのはあっちの方かもしれない。
仙台では見られなくなった氷柱。昔は2~3m大のものが林立した。
迷わないように一応マップがあるが、すでに平衡感覚を失った酔っぱらいには役立たない。
この界隈に百軒近くの店があり、入れ替わりも激しい。
山形ではここになじみの店がないと一人前の社長とみなされない。
迷っているうちに北口に出た。ここは山形東高へ続く道だ。
ここに遊学館という建物が建ってから、北口でなく遊学館口というらしい。
かつて県民会館にあった県立図書館がここに移転して遊学館となった。
山形の除雪車は大きい。仙台の倍の大きさがある。
文翔館は大正5年に建てられたルネサンス様式の建築物。
かつては県庁だった。国指定重要文化財。
一時、これを取り壊して駐車場にする暴案があった。危ない所であった。
これは八文字屋のベル。
この裏に教科書供給所があって、大学生の頃、夏休みに教科書返品のアルバイトをした。
まじぇろさんが大好きであったろうエビスヤ。
ばあちゃんの法事のときはここから仕出しを取った。
母校、第一小学校。
二宮金次郎像。
最初は銅像だったが、戦時中の金属供出令のため周りの鉄柵ごと取り払われた。
代わりにコンクリート製の像が置かれた。銅像は階級章にでも鋳造仕替えられたのだろう。
戦後も銅像に戻さないのは、金属供出令があったことを後世に伝えるためだという。
以前は西校門にあったが、駐車場工事のため東校門に移転された。
スズラン街。昔はアーケードがあり、「何でもそろう横のデパート」と呼ばれたが、閑散としている。
郊外にどんどん町ができる。行政は山形の未来予想図をどう描いているのか?
故郷の雪を見た。
冬の空気を存分に呼吸した。
オーヌマホテルの最後を見届けた。
そういえば山形に泊まったのは26年ぶりだ。
田村カフカ君も霊界に足を踏み入れたが、危うく引き返した。
辰つぁんも11時10分の仙山線で帰ろう。
またしばらく元気で暮らせそうだ。
父ちゃん、母ちゃん
おれはこんな生き方でいいのかな?
ときどき、理由もないのに、どうしても雪が見たくなることはありませんか。
それは「理由がない」のではなく、何か大きな力に導かれているのかもしれません。
田村カフカ少年は、夜行バスで海辺の町(高松)に行きました。少年は図書館に通い詰め、会えるはずのない姉と母に再会します。
辰つぁんは仙山線で、雪の山形に出かけました。
遊学館に通い詰めたら、生きていない誰かと出会い、幼児期の心の欠落が埋められるかもしれません。
3日前に13cm積ったと聞いたのに、駅前はこの通り雪が少なかった。
出迎えてくれたのはハモニカおじさん。
このおじさんには去年の春、霞城公園でも会った。高校の校長先生にそっくりだと思った。
のどが渇くのだろうか。手許には牛乳とそば茶が置いてある。
おじさんは辰つぁんに、「ふるさと」「ユモレスク」「鉄道唱歌」を吹いてくれた。
大福まんじゅうが20個ほど焼きあがっていた。
「おばちゃん、ひとづけでけろ」
この焦げ具合が絶妙。焼きたてを歩きながら頬張るのが一番うまい。
どうしても気になる場所、東宝(スカラ座)跡。
かろうじて「東宝」のマークが残っているが、年々文字は薄くなっている。
驚くことに「スカラ座」の看板はそのまま。解体する資金もないのか。
七日町交差点の梅月ビルは1階にドトールが入っている。
渋谷食品店でも大福まんじゅう販売中。(今日はもういい)
去年閉館した旭座はさらにくすんだ感じになっていた。
周辺に全く人通りがない。
そうそう、南側の非常階段にはいつもこのように雪が積もるのだったな。
閉館の決まったオーヌマホテル。
部屋は空いているそうだ。
庭園にはドッグ・カフェもあった。わが家のdaisukeにそっくり。
夜、金山君の店に行ってみる。金山君は「金山君のクリスマス」で登場した幼馴染。
店は普段がら空きなのに今日は満員だ。
「珍しい人(辰つぁんのこと)来たからったな。今から雪降っぞ。」
そういえば古い付き合いなのに、二人で撮った写真が1枚もないのだった。
ものすごい降り方で、道路はあっというまに真っ白。
雪の降る山形を歩くのは何年ぶりだろう。
辰つぁんは大喜び。
ウィスキーと本があればどこでもわが家になる。
それにしてもこのホテルは落ち着く。
本はもちろん「海辺のカフカ」を持ってきた。
深夜、父と母が枕元に立った。
父は黙って笑っていた。
母は、「辰つぁん、まだこっちに来てはだめ」と言った。
父にもらった「時」は たゆまず刻まれている。
母にもらった「愛」は まだ暖かい。
そこにばあちゃんもいるの? 痛がってないか?
と聞いたら、父も母もセピア色に変わり、そして消えてしまった。
二人は寺町に眠っている。ホテルから目と鼻の先だ。
思いがけなく息子が来て、驚いただろうか。
それとも滅多に来ない息子を呼んだのだろうか。
寺町は繁華街に隣接した霊界であり、このホテルはその北東、すなわち鬼門に当たる。
ホテルのどこかに、神々が出入りする「穴」があるのかもしれない。
「ナカタさん」が雪を降らせ、冥界の扉を開けたのだろうか。
・・・はい、ナカタが雪を降らせ、石の蓋をどけたのであります・・・
なんてね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人気の洋風朝食
1泊朝食付で5000円だった。朝食1260円+宿泊料3740円はお得。
このホテルの営業は3月30日までだが、宿泊は3月11日で終了する。
専称寺
雪はいい。すべてを無かったことにしてくれる。
旭銀座(シネマ通り)
父も、母も、祖母も歩いた道。
車道の雪は歩道に寄せられ、歩行者は車道を歩くようになる。
向こうから来るのは父ではないか、と一瞬思う。
昔、新宿の占い師に、あなたには強力な守護霊がついている、と言われたことを思い出した。
雪の道を歩けてよかった。
雪の上を歩いていると、転ばないようにする以外はなにも考えなくても済む。
心の中で何かがリセットされた。
Amebaおすすめキーワード