余命3ヶ月(在宅療養)

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在宅の担当医は、昭和大学病院の相談室からの紹介で、

奥沢にある青い・・・会にお願いしましたが

様々な問題がありました。


このブログが終わる頃になって書いたりしてと思いますが、

今だから書けるのかもしれません。


先生は週に二回の往診と

週1回一名の介護師さんが来てお世話をされます。

夫と私は、介護師さんの訪問を、お断りしましたが、そうはいかない感じでした。

一番不思議だったのは、始めの説明の時です。

介護士さんが夫を介護?してる時は、私は部屋から出ているように云われた事でした。


昭和大学の担当のTさんは熱心な方で、私一人では無理だと、

色々捜されて決めてくださった病院でした。

何とか、上手く付き合おうと必死でした、


腹水の治療が出来る大きな病院だといわれましたが、

唇から出血し、止まらなくなった時に救急車を呼ぶように云われ、

結局、昭和大学病院の救急室で縫って頂き、深夜息子の車で帰宅ました。

その時は必死でしたが、自宅で出来なかったのかと・・思ったりします。


週一の看護・・或る日夫と私は閃きました。

洗髪をお願いしようと~

前日、電話で頼みました、何も用意しなくて結構です!と云われ楽しみにしてました。

ところが来られて直ぐに

バケツ二個~

バスタオル三枚~

柄杓一つ~

シャンプーリンス(当然でした!)

ポリ袋大を三枚!!驚きました。

そして、42度の御湯~~でした。

私は走り回りながら何とか準備をしました・・・

あっという間に、手作りのシャンプー台が出来ていたのには驚きました。


看護師の方が帰られて総てを片付け、一息ついて夫と本を眺めてました。

介護用品の総てが載った本でした。


シャンプー台セットと称して、快適そうな電化製品が一万円代で在りました。

患者側が買う為のパンフレットです、


青い・・・会さん、何台も車をお持ちの病院です、その製品を幾つか常備されても良いのでは・・・・・・・yamatsuma

                                                                                                















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その後(奇跡)

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NK療法

見つけた!と思いました。

何冊も本を読み、余命三ヶ月の人が諦めない本!

奇跡を起こしてくれる可能性があると知り、

夫を説得し九段クリニックまで行き、ワンクール頑張りましたが

結局、効果があったのかどうかは判らず・・・でした。


ただ、その病院の傍には、豚骨ラーメンのお店が二軒あり

毎回、治療後に駄目だと云われたラーメンを食べ、夫は満足してました。


二週間に一度採血をして又、点滴で戻す治療ですが

未だ国では認められておらず、保険外です。

なので夫は迷い、始めたのは遅く、とても残念でした。

西洋医学で、新しい治療法だと云われてるので

一日も早く国に認めて頂きたいと思っています。


一度だけ電車で行きましたが、

やはり身体の負担を考えて車で行くようになりました。

数回めに夫は待合室で待つのも辛くなり

最後の血液は私が取りに行き自宅で在宅の先生に打って頂きました。


その日、夫の血液を受け取り九段でタクシーを拾いました。

ドライバーは女性の方で、何だかホッとして・・・

いつの間にか自宅までの長い距離を楽しく御喋りしていました。

その方は、お子さんが重病なので昼夜働いてますと明るく云われ

私も夫の事を話しました。

他人に話したのは初めてで、自分でも驚きました。

お互いに頑張りましょう~と元気づけられ夫の待つ家に戻りました。


いつも元気な女医のA先生が直ぐに点滴を始めてくれました。

どうか効きますように・・・と祈りながら見守りました・・・・yamatsuma




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奇跡14

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病気が判って

夫が御酒を口にしたのは、その時だけでした。


帰宅して、

夫の気持の切り替えは早く、

「大病院なんてあんなものだよ!どうって事ないよ」と、云いました。

私への気遣いだという事が、直に解りました。


ただ、夫はシッカリ書き残してます。

題名は

『Tノ門のゴリラ』です。

それで、夫は怒りを収めたのだと思います。


でも、私は納得が行かずに病院に電話をしました。

苦情担当?・・・落ち着いた声の年配の男性が辛抱強く聞いてくれました。

そのK田先生が肝臓癌の専門ではないと云われ、驚く私に

専門の先生を紹介します、と云われました。


その事を夫と喜び、電話を待ちましたが、連絡は来ませんでした。

夫は、「もし連絡があっても、あの病院には行く気はなかったよ」と、静かに云いました。


その日から私達は、病院そして主治医を見失ってしまったのです・・・・・yamatsuma


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奇跡13

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夫と病院を後にして、

夫の哀しみや怒りを、どう受け止めようかと思いながら歩きました。


夫はとても冷静に見えました。

そして、病院を出て直ぐにタクシーを拾おうとする私に意外な提案をしました。


それは、お蕎麦を食べて帰る・・・という事でした。

確かに昼時でしたので、少し迷いましたが、近くに在ればと同意しました。


私達は、直ぐに御店を見つけて入りました。

そこで夫は、お蕎麦と共に「ビール」を注文しました。


在り得ません、在り得ない事です、ずっと・・・あの日からずっと禁酒してきたのです。


私は、一見冷静に見えた夫のその行為が、その時どうしても理解出来ず、

乾杯を躊躇いました。


夫は、私が止めるのを聞かずに一気に飲み乾しました。

そして、あっという間に手を付けなかった私のグラスの分も、飲みました。


笑顔でした・・・哀しい笑顔でした。


私は、何故その時に、乾杯をしてあげられなかったのかと、

ずっと、後悔し続けています・・・・yamatsuma





奇跡(10)

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その日は、娘と一緒に病院へ行く事になりました。

一人で行く事に、慣れてましたが、誰かと一緒だと、とても心強いものです。


父に、少し明るいシャツを!と、娘が言い

買い物を済ませて病院に行く事にしました。

考えたら、こんな気持ちは久し振りでした・・少し気が楽な自分が居ました。


いつもは一人で、何も考えないよう真直ぐに夫の病院に向かっていました。

家族だから哀しみも分かち合える・・・そんな気がしました。


自由が丘の駅


改札を出た時に、携帯が鳴りました。

息子への連絡は携帯だったようですが、

私の携帯が鳴ったのは、初めてです。


その電話は病院からで・・・担当の先生の声です!

何かあったと直感しました。


「何か・・」

「今宜しいですか?」

・・外出中の駅前の人込みの中です、

でも、とにかく聞かなくてはと思い、直に訊ねました。


「何か?何でしょうか?」

「転移が見つかりました!」


「えっ?!」私は歩きながら話してましたが、

ただ事ではない内容だと娘が気付いたので、目で合図をし、

人の流れを避け道の隅に行きました。


「2箇所です!もし仮に今、

強く跳んだり座ったりすると、下半身麻痺になりかねません。」

「・・・・・・」

あまりのショックで何も言えませんでした。

転移・・だけでも衝撃なのに麻痺・・・麻痺?!眼の前が真白になりました。


先生は

「ご主人には、どうしましょうか?」

「下半身麻痺・・になるかも・・」そんな大切な事を、本人に隠せるのでしょうか!

主人は元気なのです。

その言葉に思わず

「そんな・・早く言わないと、夫は軽く飛んだりしてます!!」


・・・夫は、毎朝の散歩を、何よりも楽しみにしてました。

止めるように云った事もありましたが、病院側も大目に見てくれてたようで、

早朝散歩は、夫の日課になっていました。

その時に軽いストレッチをしていたのです。


夫は、この病気で、体力を温存する事より、今、出来る事を選び過ごしていました。

それを止めさせる事は、私には難しい事でした・・・。



昨年の今の時期?いえもう少し前?

街はクリスマス一色でした。


娘は、話を聞く前に用事を済ませたいと言い

私は、そのまま亡霊のように娘の後を付いて歩いた・・と思います。


そして、一件用事を済ませ、

交差点に面したスターバックス・夫は勿論、娘とも行き慣れた御店です。

そこに入るのがやっとでした。


どこか他の静かな御店が良かったのかもしれません・・

そういう事を考える余裕もなかったのです。

大きな窓側の席が一つだけ空いていました。

娘と二人で向かい合って座り、


「先生は何だって?」

「転移したって・・」

「・・・」

何か云おうと思いましたが、

それからの言葉が出てきません、娘もきっと同じ想いです。


店内の音楽が在り難く、暫らく二人とも、ただ窓の外の人の流れを見つめてました。


色んな人が居る筈なのに、何故か幸せそうな家族連れ・・ばかりに目が行きます。


何か話そうと思っても、なかなか次の言葉が出てきません。


やっと、

「云わなきゃだよね、」

「そうだよ」

「今、跳んだら・・下半身・・・」


私は、娘に話した事で気が緩んでしまい、迂闊にも泣いてしまいました。

我慢してた娘も、泣き出しました・・私の涙が原因です。


御店の中の人、外を歩く人が、不思議そうに見て行きますが、

そんな事は私達にはどうでも良く

その時は、

何も出来ない自分達と

これからの夫の事を考えると

悔し涙が溢れてどうする事も出来なかったのです・・・・yamatsuma





奇跡(9)

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その後、特に何の治療もされないまま、夫の入院は続きました。

実は、入院して直ぐに夫は、右顎の激しい痺れを訴えていました。


なかなか検査をしてもらえず、

さすがに夫は苛立ち始めていました。


ある日、やっとアイソトープという検査をすることになり

誓約書にサインをしました。


それまでにも、何通の誓約書を書いたでしょう。

「この検査で、何があっても責任を問わずに、承諾します」という内容です。

初めて書く時、その内容に私はとても不安を覚えました。


『アイソトープ』

この検査後、夫はとても体力を消耗しました。

いつか、詳しく知りたいと思っている検査の一つです。


夫が、毎日のジョギング中、胸の辺りに痛みが・・

と訴えたのも、この頃でした・・・yamatsuma








奇跡(8)

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あの手術が検査だと知ったのは、

保険の請求から、暫く経っての事でした。


保険で手術代が出ない、そんな事は、その時の私にはどうでもいい事で、

その手続きに時間を使った事が、ただ虚しかっただけです。


もしも、その事を検査だと言われていたら、

夫は、随分気が楽だったのではないかと思いました。

きっと、何も躊躇わずに、直ぐに受けていたと思うのです。


私達は常に時間と戦っていました。

その他の事、多くは望んではいなかったと思います。

そんな余裕は、無かったからです。


ただ、先生への不信感が増え、

何の為に余命を宣告したのか・・・宣告した意味が無くなる事が、一番辛い事でした。


医学的に、どんなに病状が悪くても、生きる気持ちは前向きでいたかったのです。

その頃夫は、とても元気でした、そして私達は奇跡を信じてました。


私達は、『手術』という言葉の重さに、いったいどれだけ振り回されたのでしょう

・・・yamatsuma


奇跡(7)

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手術が終わり、

病室に戻った夫が言いました。


『ゴメン、駄目だったよ、カテーテルが入らなかった・・・。』

残念な結果なのに、明るく言ってくれました。

部分麻酔で、会話が全部聞こえていたそうです。


え・・・誰も言葉を返せません


『でも、先生が細い管が一本入ってると言うんだよ。』

不思議そうです。

『本当!!良いじゃない!細い管でも』

朗報です、先生に詳しく聞かなくては、と思いました。


その機会は、直ぐに来ました。

手術後のチェックをされた先生が、退室される際、

ドアの所から、とても厳しい表情で合図されました。

『こっちに来い』

まるで、そう言われた気がしました。


『デボ・・お姉さん!一緒にお願いします!』とっさに言ってました。

とても一人で聞けない、そんな迫力が先生には、ありました。


先生は、手術は出来なかった、そして病状は、やはり最悪・という事でした。

目の前が真っ暗になりましたが、先程の件・思い直して聞きました。

主人が細い管を入れてあるらしいと言ってますが、

『いいえ入れてません』

きっぱりと即座に言われました。

何故?心で叫びました。何故ですか?何故嘘をつかれるのでしょうか・・・。


ショックを受けながら、

その話を、ナースの方が行きかう、ナースステイションの真中にある

カウンターで聞かされてる事に、不快感を覚えました。

初めは、あれ程気を使われた説明の場所が、今では誰もが聞ける場所なのです。

そこまで、その日が来てるから?もう、皆が知ってるから?

個室でなくても、せめて部屋の隅で聞きたかった・・そう思いながら、

カウンターの椅子に、必死で座ってました。


説明は、簡単に終りました。

『これからも、どうぞ宜しくお願いします』 その時、

デボ~お姉さんが丁寧に挨拶して下さいました。

そうです、お願いしなければ・・・でも私の頭の中は、

手術の結果に加えて、様々な不信感でいっぱいで、

『有難う・・ございました・・・』何とか、云えました。


病室に戻った私に、母が成功でしょ?何度も聞きました。

夫が、そこに居るのです。

ええ・・・としか云えず、顔が引きつっていたのだと思います。


母は・・・その日に、福岡に帰ります。

哀しい思いを、あえてさせられるでしょうか?

私は混乱してました。


病室から出て直ぐに、母が云いました。

あんな顔したら、息子が心配するでしょう!笑っててくれなきゃ。

『スミマセン』

本当にそのとおりです、しっかりしなければ、と改めて思いました。


デボーお姉さん、

どれ程救われたか解りません。

結局、何も打ち合わせられず・・・失礼しました。

多分、私の頭の中は真っ白だったのだと思います。

数え切れない沢山の御気遣い、御心使いに、感謝しています。


そして、お二人が帰られ、

夫の事が、待ち受けていました。

細い管の事を、手術の事を、何と言ってあげれば良いのでしょうか、いつかは判る事です。

夫は、元気なのです、とても元気でした。


でも、その心配は、すぐに解消しました、傷口の付け替えで判ったのです。

そこに、何も付いてないのですから・・・。

直ぐに判る嘘を、先生は何故つかれたのでしょうか?

その事は、どうしても理解できません。


その時、夫が先生に何と言われたのかは、聞いてませんが、

その日から少しずつ、夫が先生に対して信頼を無くし始めたのは、確かでした。


そして、その・やっと出来る事になり、でも、結局は出来なかった『手術』

実は手術ではなく、『検査』だったのです。


その日からずっと後に、私達は知りました・・・yamatsuma













奇跡6

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9月も半ばを過ぎました。

主人の病気が判った日から一年が経ちます。


ずっと昔の事のような、少し前だったような・・・時間の流れが不思議です。

奇跡・を信じて過ごしてきた日々を思い出しながら書く事が最近少し辛くなり・・・何となく間を空けてしまってます。

ポリアンナ・・・が少しは身についてるのか、もう忘れて行かなければと・・思う気持ちが現れ始め、

あえて思い出さない方が・・・と、心のどこかで思ったりしていました。


でも、やはり、書かなくては・・・と思います。

最後まで癌に負けず明るく頑張った主人の事を伝えたいと思います。

ゆっくり少しずつですが・・・。



腹水と言われた主人の腹部の腫れは、

殆ど判らないモノでした。


そして、その為に手術が出来ないと云われた

主人と家族のショックはとても大きいものでした。


その頃、偶々先生と2人の時間があり、思い切って尋ねました。

何故、こんなに早く・・・何故、手術を早く・・・

(周りから何度も聞かれた事です)

先生は、私もこんなに早く腹水が現れるとは・・・とだけ言われました。

いつからか詳しい説明は減り、“良くないです”を繰り返され、

その度に、ただ落込むばかりでした。



その腹水が改善されたのです!!

それを聞いて主人は勿論・皆とても喜びました。


病気が判って初めての朗報・と言っても過言ではない程、嬉しいことでした。

私達は、そういう事で一喜一憂する生活をしていたのです。



それから直ぐに先生は

例の手術が出来なくはない・・・と言われました。

一瞬耳を疑いましたが、嬉しくて!あまりに喜ぶ私に、何度も殆ど無駄に終わるかもしれませんよ・・・とも、


殆ど、という事は可能性も有る!という事です。

私には、この提案が奇跡!!に結びつくとしか思えず、是非・お願いします!と、強く頼みました。

この機会を逃して、後、何が出来るのか解りません・・・


先生も、悩まれたのだと思います。でも、その時の私は

先生の気持ちを考える余裕は無く

主人の事しか考えらませんでした。



手術当日、先生は病室に、なかなか顔を出されず、主人はとても不安気でした。

麻酔の前の注射も他の先生がされ、主人の母が間違え、“お世話になってます宜しくお願いします!”と言いましたが、

私に言われても、私は担当医ではないですからと・・・その時、皆で笑いましたが

わざわざ、否定されなくても・・と思いながら、病室に来られない担当の先生の事が気になってました。


その日朝から私は、主人の事を気にしつつ、主人の母が用意してくれた御礼を渡すために担当の先生を捜してました。


手術直前に、やっと別の病室のナースステーションで会えました。

宜しくお願いします!これは、母からの・・と、渡しかけた時

先生はとても不機嫌で、こんなもの要りません!

こんなもの頂かなくても皆一生懸命やります!


当然だと思います、勿論・規則も知ってました、

・・・以前姉に相談して聞いた方々の意見は皆同じでした。

“先生方は必ず受け取られ、後々色々と良くして下さる”

しかも以前私は、その先生に御礼を(CTとMRIのレントゲンをコピーして頂いた時に)渡しました。

その時、何も言わずに受け取られたのです。


今回は、母からの手術の為の御礼なのです、その事も伝えましたが、

何故かとても気分を害された様子で・・・

無理なのに手術をするんです!期待しないで下さい!

カテーテルが駄目でも、とにかく抗癌剤は、とりあえず流し入れてあげますから!!

強い口調でした。



御礼を受け取られなかった事も困りましたが・・

殆ど仕方なく、する手術・・だと止めを射された事が、とてもショックでした。

少しの間も、期待してはいけない・と言われた気がしました。

確かに私は期待してました・・・


・・・解りました・・・お願いします・・と、やっとの思いで言い、

もう直ぐ始まる手術の前に、その封筒を持ったまま、暫く・・廊下で呆然としてました。


でも、とにかく時間がありません、病室に戻らなくては・・・

どんな顔で戻ったかは全く覚えてません。


そこには、いつもと変わらず明るく陽気な主人が居ました!!

その顔を見て思わず泣きそう・・になりましたが

病室に、デボ~お姉さんが義母と一緒に笑顔で居てくれました。

何とかユックリ・・・平静を取り戻す事が出来ました。

その時、どれ程救われたか解りません。 

“有り難うございました”



いよいよ、手術です・・

主人が寝かされた手術用のベッドを、

看護師さんが、たった一人で荒々しく運んで行きます。(ブログにyamauchiが書いてます)


その後ろを、ハラハラしながら三人で着いて行きました。



奇跡が起る事を祈りながら・・・    yamatsuma









奇跡5

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二週間の退院が終わり

病院に戻ると、すぐに手術の予定でした。

やっと、癌と戦う事が出来るのです。

西洋医学の中で、たった1つだけできる手術です。


その手術を明日に控えて、私は夕方病院から帰宅しました。

何も知らずに・・・

その日の事は、yamauchiが、詳しく書いてます。

売店に行かされた事、自分で準備をした事、


病院側には、ひとこと言って欲しかった!と思いました。

確かに、本人は元気でしたけれど・・・

後で聞かされて、切なくなりました。何の為に私は毎日・・・と、


その日の夜、携帯に主人から電話があり、

とにかく詳しい事は明日話すから~明るい声でした。

それは、私が落ち込まないようにする為の

主人の優しさだと直ぐに解りました。

でも、それよりも何よりも

中止・・・なのです!耳を疑いました。

翌朝、病院に駆けつけて聞きました。

何故?!

腹水だって!やはり明るい主人です。

出来ないの?!みたいだね、気付いて良かったらしいよ、手術前に。

そう・・・・

どうなるのでしょう・・・言葉がありません・・・

とにかく、薬で何とかしてみましょう!が、病院側の意見でした。

利尿剤を増やし、他の薬も・・少しずつ・・・


13の喜びの中の、一番大切な事が・・・消されました。

でも、主人が言いました、気付いて良かった・・・そうです、そう思います。

とにかく、そう思う事にしました。


その日、担当医から、家族一緒に、その説明をしますと言われ、

改めて話しを聞く日を指定されました。


そして指定日に、先生は、主人と家族との間に、

とても不自然な感じで、数分・の時間の差を、つけられました。

家族だけを先に部屋に案内され腹水の事を言われ、

このような状態では、手術は無理だと言われました。

主人が来ないように何度も廊下の様子を伺いながら、です。

とても嫌な感じでした。


主人が、良いでしょうか~と、後から遠慮がちに入って来ました。

結局・同じ事を言われた・・・と思います。

なので、何故・・・時間の差を、つけられるのか、とても不思議でした。


それから、一週間程して・・・

順調に薬が効いたのだと思います、

あの腹水が、消えました!!

私達は、奇跡!!!だと思いました。             yamatsuma