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漁礁は育つのに、(そんなに大袈裟なものでなくても)どの位の年月が必要なのか。広い海をみんなで分割して、レジャーや他の目的に撒き与えたとしても、単に貝のために十分な時空間を与えることが可能である。今の時代、地上もそうだが、地中の基本的土壌作りが必要な時期だと思う。その中で貝に良い環境を造るということは、最も人間が大切にしなければいけないことである。

ここ数年、人々は見た目に美しくないものを海際や潟、その近辺から排除しようとしてきた。例えば、諫早湾。この暴挙が生物になんら影響を及ぼさない・・・。目を上げて自信を持って言える奴は一人もいないと思う。

堅苦しい話になったが、恋愛ものが好きで、『不機嫌なジーン』をよく観ていた。

政治的な問題は嫌いだ。ただ海を大切にするということは、私がこよなく愛して食しているアサリのために、一番良い環境を造るという再研究課題である。

特に唐津のアサリは、あか貝の混じっている比率が非常に高く、北九州地域でも、超高級という素晴らしいアサリである。この地域を忘れずにみんなで育てていくことは、九州にとってとっても大切なことだと思う。

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久し振りです。気紛れの君の挨拶に嫌気がさして。弥生ズルイ手にでちゃいました。(mail友からのです)

一度。切ります。


もう、こんな時間です。ヨット部のM。本当に久ぶり。相変わらず。漁協のひと、皆様、いじめないでください。本当に海が、好きなんです。私も博多っ子。唐津が好きなんです。


屹度。M解って貰えるまで頑張ろう。おまっさんが、いうとおり、ばらけて元気にはなれないよ。

元気なあさりと。。ヨットはケンカ・・・・・・しないよ!!!

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嗚呼・・・なんという    ドジ

天気予報も、ミマゴウ。全体敵に暗いが、暖かな    日々が続いている。

本格的は

まだ、無理としても、 


少し、あの日に、近づいている。


数えることが、楽しいのは、好きだ


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如月は。

我儘なまま・・・冷たい一週間を残すだけになった。


息子にタイピングさせてblog書くと、便利過ぎて今はとても不便。。。ただ、仕上げの絵  だけは確認するのが。いいと思う。


何故か今月は好天気の想像していた。2月に勝手過ぎるが、・・・。確かに高温の日々もあったが、心を動かすまでは、いかなかった。


周囲はしきりに私に焦るなと、くる。風と遊ぶ・・・その日は・・・


もう。 そこに見えている。



ああ 碧さよ

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コメントのひとつひとつに返事を書く時期よりも、

ブログの中でいろいろな仲間に会うのが楽しいときがある。

えてしてそういうときは心の中の、当たり前のことだが、波の音が静かだ。

今回再開して一番驚いたのは、たぶん一番不精である宏樹が一番にコメントを書いたことだ。

もう一週間も放置して、申し訳なかったね。

とてもうれしかった。

まだ誰にも返事を書いていない。光坊の側に返事を書けば、手間がかかるし、彼自体が次回ここに訪れるのがいつかと考えたとき、放っておいてもなんら問題はないかもしれない。

監督Tが部員募集を始めると、うれしいコメントをもらった。

そういえばもうすぐそんな時期かもしれない。

口でしか応援できないが。

考えてみれば、寒い風の中、如月の日曜日の夕方に、見舞いと称して訪れた(安)。

四月にヨットを走らせるとして、二月の中旬の今そろそろ私の身体の体調を整える時期だと知らせに来てくれて、それが一番の目的だったと思う。

(安)は、10年ほど前まで現役でヨットに乗っていた。お前にすがるしかない。


それにしても今回の再会のテーマ、「いつか青い波と」は、私の昔からある想像の場面の青さである。

本当は干潮でガラスのように引いた潮。凪いだ夕方、裸足で犬と遊ぶ。

そう、場所は百道あたりの景色の中で。


本当にヨットに乗れるのかどうか・・・。

初めて神と出会った学校の横、三十数年ぶりに通り過ぎても、

彼は春の準備で忙しいはずだから。


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昨夜の、妻の名前で作るという蕎麦の話。

私の頭の中では、120%の現実として、厳然とそこにある。


愛すべき妻が。

そうやって周りの人から愛されることほど嬉しいことはない。

どんな「ごくろうさま」より、パワーの源になる。


一方彼女は、一晩中の私の我儘に、トイレから戻ってきた私に対し、

最終宣告をした。


これは、私と妻の戦い。


お互い心の中に持っている、物事や気分の、真偽の戦いである。


彼女が勝利するまで、私のはっきりしたこの記憶は。

全て、曖昧模糊とした霧の中で作られた、幻想でしかない。

実際妻の話を聞いてみると、彼女は120%正しく。

私は、例によっていつもの朝霧の白樺の夢の泉のそばにいた。


妻はわかってくれて、お互いのレベルをゼロに戻してくれ、

少し休むように私のシーツをきれいにしてくれた。

私は少し不満ながら、もう妻の中国名、弘-理、を忘れようと深呼吸して目を閉じて


次の目覚めは、遠くからのものだから、

春の兆しの暖かさに包まれた、心地よいものであると。

娘は言った。

でも、私の心の揺らぎは、娘ではない。

悲しみでもない。

喜びでもない。

自分でもなんとも表現ができない、中に、あって。

娘が出かけた後、妻と二人でいた。

説明しようとするが。

言葉よりも先に、涙があふれて、心は、光の若葉を、一枚ずつ、静かに重ねることで。


私は、敬虔なクリスチャンではない。

学生のころ受けた洗礼も、どうせ学校で毎日祈るんだったら、クリスチャンっていったほうが

父のためにはいいのかな

くらいの軽いノリでうけたものだった。

地元親戚の仏壇に手を合わせるということと、

お土産にたくさんつまれていた饅頭をくすねるということ。

全く同じことだった。

およそ宗教という意味からいえば、

私は悪食の孔雀でしかすぎない。


その私が、姿は見えないが、たくさんの人から

ありがとうありがとうと、声をかけられ、

体を拭かれながら、どんどん、軽くなっていく。

もういいよ。

もう大丈夫だよ。

その人たちが、私にそう言ってくれている。

決して私は自分の病気が、

完治するなんてことは考えてもいない。

だが。

生きてきて、これほど軽い心になったことはない。



                                                 豊代筆

哲ちゃんと

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針 灸の先生が時間を、共有、不思議な治療なので 一度見て欲しかった。

私が彼から見ると、催眠状態の、ようだったらしい。


終わった後、息子と三人で、マッタリシテイタ。

少し疲れているのだろうか

試験場の息子へ思いか


温泉に入って。

ユクリしたい・・・・・・・そう思った


春の嵐 まだまだ先は


永い


神は。私にも少しバレタインノプレゼント残してくれてるのだろうか