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昔の事 引っ張り出して あれこれ話すのも イイケレド
足に波 ホホに風 シーブルーとホワイト

明日からこうがんかいし 何いうか へんだったりして 哲ちゃん マットウよ
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最近ちょっと重たいのは、大学の後輩のことが心のどこかに引っかかっているせいだと思う。Sは三つ下だ。

大学の囲碁部に入る前から碁の世界にいて、その点では私より数段上の先輩ということになる。彼のことを私の先輩は 出来立てのゆで卵 という。意味は・・・無邪気すぎて勝てないとでも言おうか。碁盤に向かっている時のSはそんな顔をしている。心から楽しい。まやかしの(言葉は悪いが)術が、通用するのは、相手が懐疑心や疑問(自分に対して)を持ったときだと思う。その隙間に這いりこむ、幻術とは人の弱さが生み出す自分自身の投影だ。

対戦相手の心を見ず、ただ、盤上の石の真理に熱中している人間には、そんな誤魔化しは通用しない。

碁の形勢の良し悪しに係わらず、ニコニコして楽しんでいる彼を見ているとそんな想像をついしてしまう。

そんな人間だった。・・・今もそう思う。

そして。社会に出てもそのように生きるだろうし、真直ぐ順調にこなしてゆく安堵感があった。その彼から、昨年生死を彷徨うような病気をし、会社と決別した話を聞いたとき、なんだかやりきれない憤りを感じた。

そして、病の魔の手の意図を疑った。彼じゃなくてはいけない理由がない。見当たらないのだ。私だったら、理解できるが。

幸い、健勝で第二の人生を送っているとのこと。

和歌山の地で囲碁の講師をしているとのこと。を聞いて少し安らぐ。


盤上 石無く 盤側 人無し


少し、囲碁のことが解った様な気がする。

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退院夜の自分の寝床の心地良さは、言葉にはならない。翌朝休日ということもあって惰眠を貪った。と言っても習いか7時にはおきた。きょうは会社は休日ではないらしい。息子と社員を送り出すため、起きてしまった。

メールをたくさんいただいた。ここで纏めては、失礼ながら、とりあえずお礼申し上げます。

あわてず養生しろの暖かい言葉の数々。深く感謝します。

丁度退院の日に、歳の離れた従兄弟が上京した。28歳。今年結婚した。医者である。彼は、血筋から医者の道を選んだわけではない。自分の父親の病死の時、小学生であった。告別の式典で、割と軽い表情をしていた。周囲の人間に悲しくないのかと尋ねた。・・・泣き切るほど、血が滲むほど泣いたらしい。

そして、医者への道を選び、そのようになった。久しぶりの彼は相変わらずの笑顔であった。悲惨さは微塵も見せなかった。彼の結婚披露宴の挨拶。

私は、幼くして父を亡くしました。きょうまで私を支えてくれた・・・思い出した父との永別の時のためか、言葉は泪となり途切れた。・・・その彼に、頑張れの声を一斉に掛けたのは誰あらん。


友だった。


私ももらい泣きしてしまった。泪が止まらなかった。

いい医者になれ。私には、その言葉しかない。



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SY長いコメントをありがとう。オールフェアの言葉には、体が反応。一斉にスタートラインを走り抜けるヨットのセイルの眩しさを思い出した。この前の、カントクTとの酒は、どうだった。また、ゆっくり話ききます。


急ですが、今日退院します。通院に切り替えるだけで病気が完治したわけではない。・・・当たり前・・・検査数値も安定しているので、主治医の先生も許可をくれた。

別の病院で新しい療法を受けることも妻の頭の中にはあるようで、まあ。この点に関しては、彼女に任せようと考えている。

細かい痛みなどは、一切言わない為、かえって心配しているようだ。

医者に聞かれたときもそうだが、困る。耐えられない痛みじゃない・・・は、痛いのだろうか。どちらにしても、自宅で療養するに家族の言うことを聞いていようと思う。


先日、大学時代の後輩から連絡をもらった。メールで長いストーリーを披瀝してもらったが、時の知らずの間の永さを、思った。一年前、脳梗塞を患い生死のハザマを彷徨ったようだ。今は、元気らしい。リタイヤして、碁の先生をしている。

その話はまた後日したい。

海鳴り聞こえる かすかに聞こえる

昨日砕いた 帆柱に

吼えて うなった 海よ

昨日は昨日 よそろ よそろ

今朝はからりと凪の風 朝の海


加山雄三の唄ですね。急に浮かんできて、懐かしい。

確か、全国大会優勝の祝勝会のとき、みんなでうたった。


みんな集まってヨットに乗ろう。海岸で遊んで、春の海に遊ぼう。参加しますって言えば即オーケー。

だよね。K・M。


昨日別の病院でNKの点滴をしました。自分の血液を採取して、NKを培養、再度点滴します。ちょっと高額だけど、今朝は凪の海のように快調です。来月になったら退院します。といっても、通院はある訳で。回復したわけじゃない。気分的に、ただ、開放されたような背伸びの心地よさは、なんともいえないものです。


寝込んでなんかいられない。来春にそなえて体調整えていないと。ね。

久し振りの自分の寝床は、熟睡です。

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ヨットハーバーの片隅の、誰も知らないふるい船。

眠ったように、酔ったように昔話の繰り返し。

そんなじいさん見つけたら、焼酎もって揺り起こし

静かな海へ繰り出そう。

はる。のどかな南風。古い話と残り酒。結構走るね。まだ、若いもんには、負けん。

KM。うれしいねえ。春。南風(はえ)の吹き初めを楽しみに。

明日。デッキシューズを買いに行こう。

パーカーも少しお洒落な・・・なんでもいいか。あは!


ひょっとしたらね、ガキさんが48フィートのクルーザーに乗っけてくれるかもしれないんだ。

セールトリートは顎の保に任せて、おれはワイン片手に・・・アルチュール ランボーを決め込むんだ。

「酔いどれ船」

それはそれで、楽しみ。

二つ望んだら。神様は、意地悪したくなるだろうか。


この季節。春を思うこと程。すばらしく楽しい事はない。



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久し振りに週末を病院で過ごした。やけに眠さが纏わりついて、ダルさと眠たさが何かを誘っているような不思議な感覚だ。

二日前、消灯を過ぎてこっそりタバコに抜け出した。途中、エレベーターのところでメール。何かと思えば、哲ちゃんから、今福岡で”飲みようぜ”の写メールだった。外に出て、電話をして、気分だけは乗り込み酒飲んだ心地だった。久し振りのヨット仲間やみんなと話せて、気分は電話切った後も熱い。

今夜は眠れるかなあ。病室に戻って楽しい不安だった。ところが・・・隣の病室が大変だった。深夜、家族が、おばあちゃんと叫び呼び続け、慌しい廊下。テレビ消して、邪魔にならないように・・・嗚呼、眠れたもんじゃない。結局まんじりともせず、朝を迎えた。隣の朝からの静けさ。ひょっとしたら。看護士さんに、水を向けても、誰も何も言わない。夕方までの静けさのせいで忘れてしまった。が、翌夜、深夜にまた同じ騒ぎ。声が違うが。おばあちゃんに呼びかけている。・・・オモニ・・・何度も。やっと、理解できた。哭礼。儒教の教えにあるそれか。悲しむことを表現し、見舞う。

ちょっと安心し、その夜は眠れた。

週末の昼の陽気。夜の無風は、11月を忘れさせる。座るベンチの木の感触がいい。病院自体が、休息していて、安堵を覚える。それは、金属の音がしないせいだと思う。人の体は金属(刃物)に弱い。本能的に避ける。病院というところは、平気で金属の道具を使い、人に対する。点滴を射されたまま、「おうちに帰りたい」と泣く子。通りすがりの私に泣きながら、男なんだぞの、でも・・の視線をくれる。

いいんだ。俺も、いっしょ。同じ気持ちだから。早く通り過ぎたくて。あせり。


眩暈をおぼえた。


もう少し。もう少しで。・・・おうちに帰れる。

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先日のどんぐりの話は、焦るなの親心。理解していなかったのは、私だけだと思う。そのことに思い届かなかったため、日を改めた。なるほど・・・歩きながら気づいた時。何となく気恥ずかしいやら、うれしいやらで足取りが軽くなった。

ちょうど病院の裏に駅まで続く歩道に沿って、水路がある。人工のものだが、流れも穏やかで、水もきれい。人には心地よい。この水路に沿ってウォーキングをしている。

落ち葉をちりばめたときは風情さえもある。看板を見ると、湧き水だそうで、清らかさはそのせいである。

しかし、なにか変なのだ。無機質・・・そう生き物がいない。水の嵩、流れの速さが障害となってただの水の流れになってしまっている。残念である。


光坊のコメントの中に「韓紅」と文字が、あった。

たとえば、日本の詩で秋という季節を歌うとき、選ぶだろうか?と、ちょっとためらう姿の文字である。

色が、出てこないことと、字面としてあまり見慣れていない所為だと思う。

では、短歌や俳句にないかといえばそうではない。皆さんご存知の在原業平の歌にある。例の・・・


千早ぶる神代も聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは


昔から聞いたこともないほど、真っ赤に染められた竜田川よ。の意であろうか。真っ赤というより少しピンクかかっているのが韓紅らしい。どこかで見た経験がある筈なのに、その言葉を一緒に経験しなかったせいで、私のなかに別の籠に入ってしまい、出会うことがなかった。ということのようだ。

それとも、「業平」から無用の邪推をし、深読みしようとしてできず諦め、放置の袋の中で”がらくたって”しまったのであろう。この歌に他意はないようだ。百人一首ゆえか。ないために百人一首か。

それは、解らない。

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鷹井さん。ありがとうございます。頑張ります。

鷹井さんは、アイルランド・廃墟と伝説のHPの管理人です。このブログを書き始めてアイルランドのルインのイメージが湧かない時、辿り着いて、その、映像の素晴らしさに魅入ってしまったのです。新しくアップされたと言うことは、また、旅に行かれたということですね。丁寧なコメントはHPの感性そのものです。また、お邪魔します。


秋は、例えば植物の世界では、充実期というらしい。(春は成長期)稔り、収穫。立場こそ違うが、その至芸の技は、目を見張るばかりである。秋だなあ・・・なんて、感傷は人の感情の投影であり、自然界の真理ではない。それにしても、蔵王のどんぐりは、彼にしても、人から見ても、間違いなくひとつの真理ではあると思う。ポイントでしか自然を残せず、プレゼンするしかない日本人の心の狭さは、結局、どんぐりを車であわただしく次のショウ舞台に運搬して催すしかないのだが。

それは、福井の永平寺にいって、逃げ出した剋太画伯と司馬さんを思わせる。禅の真理の追究に、観光バスの金属と排気ガスは、排他的で、無用なはずだが。・・・怒りより、逃げ出すしかない人の行動が悲しい。

最近の温泉地の荒廃は、そこら辺に原因があるように思う。いくら、温泉に行きたいと思っても、写真には惑わされない学習が、私にさえも、ある。


それよりも。

鷹井さんの写真の・・・天使のギフトを見ることのほうが癒される。・・・当たり前だい!ではあるが。


早過ぎる外出は、天気予報とは違う風の強さ。

早く起きた君が、悪い。のだが。


追記

どんぐりの白根育む雪ノ下・・・は、明日書く

鷹井さんのHPは右BOOKMARKS参照。ぜひ、一度見てください。天使のギフトは、本当は妖精のギフト。

妖精もいろいろだし、ティンカーベルを連想していただけたら・・・ゴブリンでは台無しです。