篠山城は、城跡で。井戸が残るくらい。石垣と。桐が城と呼ばれていた。
霧が多い篠山で。桐の字を使ったのは。霧を嫌う気分のようだ。
何もない城址からの景色は美しく。・・・霧の景色は神秘的でもある。

司馬さんの街道をゆくでは。
城址には、行くが。・・・城には行かれていない。
例えば。郡上八幡城。山城では、一番と言う。・・・昭和の再建ではあるが。
も、避けるように急いだ。・・・多分。・・・

永平寺にも。・・・そうだが。
所謂。その時代の、風を感じたい。気持ちが。・・・そもそもの旅の趣旨。

・・・でかい観光バスで埃だらけの、城に行っても。時代の風どころでない。
まして。須田剋太画伯が一緒なら。・・・端から。無理というものだ。

冬の朝霧のなか。・・・盆地を掻き抱くように。連なる山々。
・・・印象深かった。ようだ。

司馬さんは、旅をするにあたり。地図を携帯されている。・・・白地図。

それを。タクシーの運転手さんに。見せ。希望を言われる。・・・無理な時もある。・・・この道は。通れませんよ。・・・なんて会話は此処其処にある。

篠山から立杭への道も。そうした。杣道に近い道だったようだ。
義経が。一の谷に行くのに通った道を目指している。

篠山街道をゆけば。不来坂を通ることになる。

不来坂・・・とは。義経が来なかった坂。・・・と言う意味だ。

篠山を通って、ひよどり越えをした。義経。

義経自身の。陽は。・・・まだ。高かったようだ。


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謀反城

明智のあと。昭和に謀反があったようだ。この地は。

昭和は触れない。司馬さんに習って。・・・生生過ぎる。

・・・例えば。司馬さんが逝去された後に。ノモンハン事件の資料の膨大なるが。発見されたらしい。・・・そういえば。時期的に。小説は、草原の・・・から。途絶えてはいた。

坂之上の雲。・・・あたりが限界かと。思う。

昭和の軍部に関する。思想は。充分に。固まっていたと。推察する。時期の問題だったと思う。

聞きたかった。・・・ようで。少し。怖かった。

昭和の政治。軍部に対する。印象は。”この国のかたち”に充分に。披瀝されている。
・・・ただ。一冊のストーリィにするには。時間と。いろんな人との空間が必要だったような、気がする。

この。丹波篠山の街道も。幕末。時代に巻き込まれた。・・・ただ。

幸いなことに。敵と味方を。判じる能力が。欠落して。篠山城の城主は。軍を。とにかく。押し出し。武士の面目を保った・・・素振りを。・・・ふっただけであった。
行軍の往復をしただけだった。・・・よかったかもしれない。

時代的には。・・・平和で。それでよかった。・・・かもしれない。
・・・そう思う。・・・マグネシウムが燃え盛る。坩堝に。参画して。利はない。

事なきが一番。・・・日本とは。そう言う国だった。でいられた。

丹波篠山は。なにか。狸のイメージが私の中にあって、しつこく読み直したが。・・・勘違いだろう。狸は化かしにこなかった。

狸は。明智光秀だったのか。青山城主だったのか。どこかにくっついて。

只管、楽!を、したい日本人なのか。時代と人を。見るには。

面白い地であるかもしれない。

勿論。その地を馬鹿にしているわけでない。・・・象徴として。語っただけである。

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青山

篠山城は。江戸時代。譜代の城主が据えられた。
京から近く。徳川幕府は、あくまでも、慎重であった。

青山氏は、徳川の中では、名将でもなく、所謂、処理家。平凡が取り柄であった。

ここの所は、外様との、配置の妙といい。・・・怖がり。慎重の。徳川風が。感じられる。

帝都に。今も。青山の地名がある。・・・墓地など。と。・・・
青山は広い。ここから、馬で、駆けた分を領地として。よい。と、言われ。

随分。駆けたものだ。・・・ただし。この、青山氏は篠山の。・・・ではなく。

郡上八幡の、青山氏である。

土地が値上がりし。・・・今は。高級一等地。
馬の一駆け。幾らぐらいだろう。馬の。名も。・・・残っていない。

・・・ちょっと。いやらしい。・・・話でした。
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光秀2

剥きになっている。訳ではないが。現代の社会の中で。光秀は。ある意味。いると思う。
部署。・・・好きだったのに、・・・人が人を配置することのムツは、ずーっと。ついてまわる。

・・・信長の中の光秀は。光秀自身が思う以上に。大きかった。ようだ。 喜ぶべき、なのだが。

・・・人は。いつも。思惑と違う反応をする。精神がついてこない。
・・・上司には、解ってもらえないと思う。

人の。精神の。・・・神経の持続の限度。 寸鉄。人を刺す。の、俎板の上に。いつも。いる。

可哀想。・・・竜馬の長州を例えた。言葉。・・・どこまで。南洲翁に。伝わったか。無理だと思う。

日本人は。律儀。都会において。違う文明が進みつつあるが。自分を捨てて、尽力する・・・その地のために。・・・無理して。・・・そんな人には。忠誠を。密やかに、持続する文化があるように思う。・・・いい。し、好きだ。

明智。その。文明的とも。思える、姓。・・・端(はな)から、日本人が嫌う気分の、字面。ではある。

・・・姓とは。不思議なものである。 歴史がなく。明智ではなく。豊臣のように。とって付けた。にわかであったならば。。。。

光秀も違う、楽な。歩みを。したのではないか。笑いがある秀吉のように。

・・・ずーっと。思っている事である。 心・・・は。大きく変わりはない。

あ。   うん。    が、少しずれただけ。 大きくはあるが。

・・・可哀想ではないか!司馬さんが竜馬に言わせた言葉。

私の中に。・・・光秀の。弁護に。
言いたい。気分ではある。

今夜のように。雨の中の。

冷たい風吹く時に。

光秀

国盗物語を。・・・司馬さんは道三のクダリで、終わる予定だった。と、聞いたことがある。・・・ついつい。だらだらと。・・・そんな言葉を見たような気がした。

いつか。どこかで。また。見つけることもあると。思う。

道三の後を。書けば。信長に決まっているのだが。・・・司馬さんのペンは。少し、違ったようだ。

光秀の。視点。心・・・からの。言葉が。多い。

丹波。篠山も。そのような。気分が。濃密にある。

日本の。姓は。藤原。橘。源氏。平。・・・出生が。あやふやな中。功績に。後からついて来る。ものの。ようだ。

明智は。その意味。功績者に。見られない。坂本竜馬が。明智を。語るクダリが。竜馬がゆくに。あるが。・・・なにか。早逝の。暗示の様でもあり。
今となっては。哀しい符合の。ようだ。

明智は。ある意味。忌み嫌う。・・・ような。気分がある。

しかし。・・・丹波には。・・・密かに。・・・光秀を祭っている。痕跡が。ある。
江戸時代までにも。

戦略巧者。と言うより。治世が。性にあうようだ。・・・光成と同じように。

民の信頼をやっと。得。素晴らしい、治世を。に。喜びを、見出した。光秀に。信長の。大きすぎる。計画は。見えなかったようだ。

秀吉や利家とは、年齢的にも。差異があり。新しい一歩を。踏み出すには・・・無一文で・・・大なる。ウープが。あったように思う。

本能寺前夜に。歌会で。囲碁を。打った。
三劫。・・・専門的になるが。・・・無効試合。になる。・・・が。出来。不吉と。囁かれ。顔色のよくない。光秀の行く末が。案じられた。

別段。天下が。・・・欲しい訳では。なかった。

民のため。・・・呻きとしか思えない。悲壮さを。

老の坂。・・・の名は。今も。亡霊のように。存続させて。いるようだ。