文化と文明3

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文化。
閉鎖な時空。
文明。
開放な。自侭を思わせる。

日本は、私にとって、閉鎖な、長い時空だった。・・・所謂。何かの問いに、”ノー”が、ありき。だ。
今でも、その美学がある。・・・その、反対のなか。彼は、独り。歩き。灯火の消える前。母に、父に。それを、伝えた。。。。みたいな。絵。

生きているときに、その、栄誉や、富を享受できない。・・・それが、日本の、所謂。・・・違う道を歩む人々の。運命(さだめ)だった。

アメリカンドリーム。・・・それ。もしくは、これこそ。アメリカ。・・・どこまでも。いいとは、司馬さんは言わない。・・・ここにいる司馬さんは奔放の人。

踊るがいい。・・・自分は、できないが。の、呟きが。聞こえる。!!!
日本の若者よ。駄目はない。自分の信じるそのままの。今。見える道を。進めば。いいじゃないか。時代の動きは、加速を持って、いま、忙しい。
が。・・・忙しいは、振り。であり。本意ではない。生きるの(生命を維持する)心配が希薄な。
今の時代の、警鐘を。自由に生きる人々に託したい。司馬さんの。
・・・せせらぎを、見るように、日本の濃厚な人生を送る人々に。くれる眼差。
愛は。何時もムツで。鞭である。

傾いたテーブルから。・・・転げ落ちるように。愛蘭土人は、アメリカに。辿り着いた。・・・いま。愛蘭土人は、4000万人と言われる。・・・ある意味。と。
何を持って、自国の人口をその数値で表すか。数学は、何時も。感情的である。有機が、ある。だから。数学は。ムツ。・・・色々を統計学的に、集計するのは、いい。が。グラフの数値のくれ方に、細工は。無用だ。・・・まあ。ブログのランクに詳しい皆さんは。その道の。プロ。だが。

逞しさ。・・・愛蘭土人にある。それは。アメリカという広大な大地に適していた。のかも知れない。

日本に。。。ドリームはあるのか。?。心のままに。言わせて貰えば。乞度。

ある。・・・一人一人の。心の。

なかに。
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文化と文明2

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その彼女は、翌年も来た。・・・名古屋の岡崎に、案内?した。
新幹線の駅もあるし、大丈夫。・・・だと。
・・・実は、またしても、私の趣味の”万年青”の有名な。店というか、庭園と言うか。を、訪問したかった。徳川家康の城が、あるから、と。行ったのだが。

新幹線の駅を降りて、・・・まずい・・・直感した。何もないのだ。近代的な駅を一歩踏み出した途端。昭和初期の風景に。タイムスリップした。それは、嬉しかった。私には。

岡崎城も、いい城。とてもよかった。近くでなにか、こぎれいな店で、名物料理でも。・・・ない。家康は、そう言う文化を、此処に残す余裕がなかったのだろうか。
地元料理を食べるため、ホテルの夕食を、予約せずに来たことを。後悔した。

岡崎駅の近くで、古い蕎麦屋を見つけ、入った。・・・昭和初期だ。

その店のことは置く。おいしかった。し。悪気もない。私らが、エイリアンだった。のだ。

群馬でも感じたのだが、この岡崎も、どこか、中途半端に、何かの、”手”が、入っている。!!!それが、許せなかった。熟成された人々の固有の生活の中に、。
例えば、渋谷で見るような、人々を見。はい。此処からは、地元の風景です。なんて。
どう見ても、・・・アンバランスとしか、思えない。
何かを食い散らかして、さいなら。した人達。ミーティング。はい。集合。

人がそこで生活することを、無視と言うか。・・・

文化にちょいとだけ手を掛けた文明のさわりだけを、みた。というより。そこで生活する人に。・・・なにか、申訳なさを、感じた。

アメリカは、徹底している。・・・必然の努力と言えるかもしれない。
文化がない必死?そうかな。   時の流れのレングスの。
比較のなら、日本人のその発言に、アメリカ人は、沈黙してしまうかも。知れない。
確かに、頼まれもしないのに、世界中に、プロテクトシステムを、構築している彼らは、文明でしかない。

文化が、個別で、狭隘で、香りの強い漬物。だから。・・・でも、彼らにとって世界が狭隘で・・・あり得ないと思うが・・・だったら?

ただ、文化だったら、どこの国も受け入れないだろう。・・・疑問がある。
ロマーナ・・・その前に。なんとかがついていた。パスクだったけ。
ローマがきた。占領されたから、の、例の、東洋人には、理解できない。ステイタスだ。アメリカは、自国を、ローマと思っているのか。・・・私には。解らない。
しかし、それに比する国力は。ある。

・・・日の出る国の何某が、ひれ伏している。

それにしてもbell-ruelleさんは、素晴らしい。風景写真とスタンスが、変わらない。私の癒しです。



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文化と文明

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しまった。と思った。世間知らずと言うか。大統領の選挙がいつ始まるとも知らない。無知な馬鹿。リアルタイムは書かないと言いながら、・・・またしても。でも。大統領選を書く、能力はない。アメリカは違う港から、入港する。・・・が。これも、ムツ。嫌な果実をつかんだかも知れない。

本書の中に、文明と文化の定義が書かれている。

無臭と有臭。排他と共存。・・・笑顔としかつめ顔。・・・たぶんに私の主観が入っている。・・・が。

本書の中で、一番強調されたのは、単一民族と多種民族だと思う。

文化は、日本を語るのが、一番安いかと思う。幸い、ここ二年。アメリカから違う日本を見たい方がいて。
・・・実は、どうも違うようで、見せたい、と言う私のわがままか。
自分も確認していない、ストレンジを。楽しみたいを満足させたい自分が、居た。
最初の年は、江の島。鎌倉の寺院を廻っての、お決まりのコース。百年以上の歴史を誇る旅館に。宿泊したが。雰囲気として。多分、そこは、釣り人の休み処だったような気がした。彼女からは、何の感想も、聞けなかった。
彼女が。結局、喜んだのは、新宿のハンズの、パーティーグッズの被り物のコーナー。大ブレイク。
皆、隠れた。・・・

・・・結局。。。文化を、古い物と同一に扱っていた私の勘違いなのだろうか。


(すいません。今日は、ここで。siba-sennseiさん、ご心配かけて。申し訳ありません)

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「走らんか!」 

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博多ついでに。
過去に、NHK連続ドラマ。走らんか。というのが、あった。視聴率最低の。
・・・そのあと。最低の最低を作ってくれたお陰で。ブービーになっているが。
山笠を、中心にして。そこに、博多の人々の、生き様を描いている。
博多の人間は。多分、視なかった。と。思う。

ちょっと説明がムツ。・・・自分んで(すすんで)スィッチを、入れない。・・・

誰かが、見ているそれを。横目で。・・・知っとう・・・なんて、コメントのくれ方をする。
テレというのかなぁ。自分が生活している生を。ヴィジュアルで視ることに馴がない。
自己自慢を極端に、嫌う不思議な人種。・・・扱いにくい。と。思う。褒めて。殴られたら。
誰でも怒る。
・・・字にしたり。ドラマにするのは。はなから、間違っとう。・・・
博多弁は、ムツ。顔を見ないと、意味をつかめない。・・馬鹿・・笑って言われたら。愛情表現。
???えらい!じぇったい(絶対)馬鹿にされている。きっと、遠くを見ている。
博多の場合。言葉は聴くものではなく、

               見るもの。

ドラマは。言葉の違和感だけが、朝から、延々と流れた。見ているこっちのほうが、哀しい。
山笠の評判は。良いだけに。博多も。現に、博多に転勤された方は、皆、博多に嵌っている。無愛想に見える博多っ子にも。   残念。
出演されていた小松の親分さんは、学校の先輩だった。(しぇんぱい)
「博多っ子純情」の長谷川法世さんも。・・・

先日。友人が。東京同窓会の、会場で。叫んだ。(こやつ、顔が。ひろい。通称ガキさん)
(JALのパイロット。インドネシアあたりで、今頃ヨット三昧・・かな)
yamacchi! はしぇがわしぇんぱいじぇ。!!(長谷川先輩)(じぇ=is here)
挨拶しやい。(しやい=must)

私は、それまで、隣の友人と。有名人やけん(やけん=becouse of)って、大きな顔しやんな。(しやんな=must not)・・・と、話していた。

先輩の前に立った途端。・・・

しぇんぱい!!ずっと。ファンです!!

友人に殴られた。・・・っこの!!ッ調子もんがぁ・・・(通称石やん。または石)

何を話しているか。理解していただけないと思う。
大さんの記事と、朝刊と、ニュースを、見比べている。(2004/10/31)

大さんの、剥き出しな言葉に、フォローをくれたくなった。・・・そして、事実は。・・・嗚呼。
彼はかなしい時空の中にいる・・・と。思う。

それが、言いたかった。     どこが、アメリカ素描なのか。文明と文化。考え続けている。
失礼。しました。大さん。・・・まさるさんでした。大さん
田川出身。福岡の。・・・川筋男の。血が!!騒ぐ!かな。

siba-senseiさん。三笠公園ですか。・・・坂の上の雲。・・・
大さんもそうだが。お二人とも。雲に嵌って。らっしゃる。
羨ましい。

もっと、早くに。・・・若いときに・・・私も。読みたかった。shiba-senseiさん

戦艦三笠の中で。秋山好古。真之。の、御子孫に、小説を書くに当たっての、懇談の様子が書かれている。・・・坂の上の雲・・・のあとがき。だったと思う。
他の方の御子孫も。時代的に、なまなましいことどもには。司馬さんは、慎重である。
ネット時代、見習うべきだと。おもう。人間の、良心が欠片もない字達が、跋扈している。

坂の上の雲の登場人物に対する。愛情というか、司馬さんの気持ちが、伝わってくる。
・・・戦闘シーンは。ちょっと苦手。だが。

田舎の母に、blogのことを。伝えた。携帯で読めるからと。
返事が来た。・・・動く文字は、苦手です。コピーして送って。・・・

嗚呼。紙に書いてあるやつを。親戚じゅうで見ている。

訪問者が。いっぱいいる。・・・ジョーク。

手紙がまたきた。次のを送って・・・と。ファンが沢山居るらしい。

書く意欲を、、、あは。                     苦笑い。
アメリカ素描は、スピードがあり。捕らえにくい。読むには、いいが。
此処に、プレゼンは、無理かな。読み直して、そう。思う。ちょっと。ナヤミンゴ。ん?  一本足かな。  古!

偶然か。・・・ありがたいのこと共では。ありません・・・驚くような。コメントと、えーっと。そう。トラックバック。を。頂いた。

知らないと言うことは。怖い。トラ何とかに、レスポンスすること。を。知らない。・・・と言う訳で。今日は。その。方々に。お礼の言葉を書きます。

一人の方は。先日書いた。博多ラーメンに。トラックバックして頂いた大さん。
・・・多分ひろしさんだと。。。。いや、読み方が。
博多の方だと思う。HPにお邪魔した。まだ。・・・例えると、事務所を今日、開設しましたの。雑多が。此処そこにある。そんな所。・・・大さん。ごめん。

でも。元気がいい。・・・私も博多っ子だが、っ子は。違うかも知れないが。・・・最近。こんな博多っ子らしいは。珍しい。見たことがない。

山笠には。にがの笑いをくれるしかない。(このくれるは。。。建築言葉。くれるとか。かうとか。知らなくて。職人さんに、感覚で教えてもらった。)
狭い話だが、エリア限定と、言う意味。私自身。山笠の千代流れには懐かしい思いがある。私の、友人がいる。

今もって。博多の同窓会のHPがある。・・・高校の同窓会・・・東京に。同窓生が、かなりいる。
懐かしい自分の文化の言葉でコメントできる、そこは。・・・所謂。心地よい。
緊張した ここ が。緩む。・・・帝都にいるを忘れる。本名を明かし、HPを公開し。彼は。正真正銘の!!!博多っ子。である。・・・嬉しい。

osugichanは、旅人。だと思う。記事は。日本でのヒッチハイカーのダイアリー。
・・・何時か。

世界のどこか広大な大地での。ヒッチハイクを、見ることが出来る。・・・そんな、気がした。

人と会話する。気を使うとき。気儘に話すとき。色々があるが。・・・”阿る”がない。対等な人と人との距離。(・・・”おもねる”です。)とても好感が。
と言うより。日本人に。今から必要な。感覚だと。思います。

アメリカ素描が書きにくいのは。・・・言訳でなく。・・・特別な人。風景。遺跡に。会うのでなく。普通の人に会う。眺めるの、司馬さんの、立ち位置がある。
何々教会を我慢して通過し。韓国の人の日常を見に行く。

全般にそんな風景があり。心地よい。いま。・・・取り沙汰される。国とは違う。

週末の、安堵の酔いの中。・・・なにか。心地よい何かが。

私の中に。・・・ある。

お二人には。。。。司馬さんの言う処の。触媒。の風景を。感じた。

siba-senseiさんのはなしは。明日。ブログを郵送しろの母の事も。








あとがき

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はなから。あとがきですか。
私は、アメリカ素描を購入したとき。街道をゆくの一巻と、勘違いしていた。
勿論、新刊を購入する余裕のない時で、古本ですが。
目次を見て不思議だったのは、あとがきがあった事。

所謂。街道をゆくには、あとがきがない。

・・なぜ?。必要がないからだ。・・・と思う。ちょっと自信がある。
紀行の終わり方。司馬さんは、・・・言い終えり。(34巻の花園上皇の言葉)の雰囲気を、出されている。。旅と共に、書き物として。時には、人を掻き抱くように。

・・・頬にあたる風の感触として、やさしい・・・(これが、ぜっ絶品で。ずーっと。はまってます。)

だから、街道をゆくではない。・・・のです。
画伯の挿絵もない。司馬さんの遊び絵が表紙の装丁だったり。アメリカの写真が冒頭にあったり。どこか、遊び心が明るいヤンキー(蔑称ではなく、気分として)の歓声と共に聞こえそうだ。

あとがきにある。・・・私にアメリカに行きませんか?はジョークだと。あり得ない。
常に中国の白地図が頭にあり。周辺として日本やベトナムなどの国々が存在する。それが、唯一の娯楽だと。だから、アメリカには・・・そう言う意味だ。

あとがきにある。・・・と言うより、みっけ。頭のどこかには残っている言葉だった。が、活字を見つけられずにいた。所謂。小説を書く姿勢である。

それは。・・・たとえば、室町時代。で。始まっている。

解釈として。
室町時代の風景を、例えば。ビルの屋上から見るように、ここそこの人の動きを俯瞰図として見ている。
そして。ビルから舞い降りて、そこに立ったとしても、自然に話が出来る(言葉だけじゃなく、文化風評も含めて。)ぐらいじゃないと、歴史小説は書けないと。

司馬さんは・・・錯覚・・・と言う言葉を使われた。

膨大な本の読破の上に作り上げられた自分の小説。その自分の位置を。
・・・錯覚と。・・・

・・・なにか。いま読み直しても。アメリカ素描は。これで、終わりにしてもいいかなぁ。

の気分だ。