反省

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以前から、”街道をゆく”を、たくさんの方が読んだら、どんなに、いいだろうと思っていた。巻数が多いため、何読む?って悩むかな。・・・下手でもいい。こんな事書いてあるよーってな、ミニマップ書けたら、いや、誰か書かないかな・・・と。

でも、自分で書き始めたら、あはっ、これじゃちょいとの紹介だ。・・反省です。

34巻は、この京都紫野の大徳寺篇と、中津篇で、構成されている。冒頭書いたように、大徳寺はもっとページ数が多いと勘違いしていた。

大徳寺篇には、真珠庵や、多くの寺院のことが書かれている。真珠庵は観覧希望が最も多いと聞いている。一休開祖ゆえか。
私は、仕事でいけなかった。代わりに、大徳寺に行った方に土産要らないから、真珠庵の写真撮ってきてと頼んでおいた。
生憎と言うか、当たり前に、中には入れず、くれた写真は心のこもった部分写真。
私の気持ちを察して、キット、ここが見たいんだ!・・・だった。
それはそれで有難かったが、ちょっと、残念・・・ただ、思ったより小さい寺だねの言葉に、少し、エヘン!エヘン!だった。

京町家友の会の方々が、昨年拝観されたと、聞く。私も、一度、宗純の風を感じてみたい。ものです。
一休話でなに・・・終わりかよ。です。あまり書くより、また気分で34巻をプレゼンしたいです。・・・と言うか、独白ですね。

・・・さて、ギネスビール、お好きですか?
私は、結構な愛酒家。しかし、黒いビールはねぇ・・・。
ある日、家に帰って驚いた。娘がギネスとフィッシュアンドチップスで、歓談中。
訪れた友達と・今度、アイリッシュパブに!いっこうよ。(結構仕切ってるなぁ)

愛蘭土に、行ったからって。私の司馬書庫の愛蘭土紀行に、感化されただけじゃないか!
・・・と言うことで、愛蘭土紀行に、行こう!



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が、

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狂雲集。一休こと狂雲子が88歳の時編纂された。死の年である。
七文字x四行=28文字。大体、そうなってます。言葉としては、やはり、中国の故事に、拠っている。だから、ヒントの無いなぞなぞ。
解説書を頼りに・・・徳間書店さんの、訳、二橋進先生のを、手に入れた。...して
読んでも難解。

養叟(兄弟子)に、とても辛くあたる。売僧(まいす)呼ばわりです。それに対して養叟は、怒らない。・・頭掻いて、しょうがないなあ。一休は・・・。てな、感じかなあ。
例えば、寺の再興のため、一休を慕い、挙って献金を申し出た富家。受け取った養叟が、責められる。
自分は何をしているのかと言えば、髪を伸ばして、帯刀し、娼家で酒を飲んでいる。傍には、美女。時には美男子。

が、大燈国師にある清貧さを慕い、須臾の真実を、億劫虚空に向かって叫ぶ姿。羅漢の悟りでいい。と拗ねた子供の様な言葉。不思議な悲哀と愛着を抱かせる。

狂雲集の行間に、垣間見るその悲しさ・・・母への愛慕・・・
司馬さんは、余り深く追わなかった・・・と、思う。

老熟の破戒僧を司馬さんは愛情こめ、掻き抱くように章を閉じた。


  風飧水宿無人記
  第五橋辺二十年    
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京都に思いをはせて

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何かの拍子かな。今日読み直してあれれ・・・こんなに短い・・・だったっけ
でも、インパクトはやはり、すごい。”街道を行く”34巻。
大体、司馬さんは、禅は、解らないと言うが、京都の記者でもあったせいか、寺院や、禅の話になると、なんて言うか・・・そう、指が撓る!
そんなリズムが、ずっと本から目を離させない。
大燈国師は、初めて聞いた名前。大徳寺の開祖。・・・でも、知らない。
ただ、”億劫須臾”の言葉には、ガンときた。

億劫離れて須臾も離れず、尽日対して刹那も対せず

を略して、高橋新吉が、書いた。
何かの言葉が心の琴線に響くのは、いま、じぶんがそこにいると言う事。
今日会議でバカ言ってる奴に投げつけてやりたい。・・・ジョーク

大燈国師の話は、結構短く、花園天皇との、印加を与えるくだりの露柱の話になる。
が、一休の中に国師は濃密に、生きていた。

アニメでしか知らない一休さん。
孫引を嫌いな司馬さんに、嫌われないように、読んだ。

が、
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