その後(家族)23

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そのホテルに入って驚きました。

ビラは、まさに夫が求めていた究極の場所でした。


藁葺き屋根の建物は勿論、どの場所も、置かれた物、沢山の植物、至る所に咲いた花、

プール、水の音、ゆとりの空間、その場所の何もかも、総てが、夫の好みで溢れてました。

娘と私は、暫らく言葉をなくし・・・二人とも、

「連れて来られた・・・」何故だかそう思いました。


ビラの中央に、小さなキャビネットが置かれ、

その棚には、夫が好きなBOZEのオーディオが納めてありました。

迷うことなく、その上に夫の写真を置き、レイを二つ掛けてあげました。


娘は、何故かCDを山の様に持ってきており

その中から、たった一枚のCD・その曲があまりにもその場所にピッタリで、

結局最後の日まで、その曲だけを流していました。

映画、『高慢と偏見』の挿入曲です~今でも、その曲を聴くと、

その場所を想い出し、蘇って来ます・・昨日、娘も同じだと言ってました。


それから私は、その贅沢な場所で、癒されるにつれて、

夫と来たかった・・・そう何度も思い苦しみました。


勿論、娘に云う筈もなく、暫らく私のその思いは消えませでした。

こんな素敵な場所に、何故夫と来れなかったのかと・・・



ところが、その場所で過すうちに、少しずつ娘が夫に代わって行きました・・・・・yamatsuma





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想い出の場所(家族)22

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“優しいプレゼント”


一昨年のクリスマスは、夫とノートにメニューを書きながら考えました。

ローストチキン・牛のタタキ・サラダ・魚・・・他にも沢山、そんなに食べれられないのに

豪華なメニューが、今もノートに残っています。


結局、その中から数種類だけを作り、夫は少しだけ食べました。
私達は、静かなクリスマスを過しました。


そして昨年のクリスマス

TA君と娘からも、優しいプレゼントを頂きました。
ある本屋さんに、大人の塗り絵コーナーがあり

しかも、とても充実してます。


子供のころ、塗り絵で遊びました。

木登り、塀歩き、ビー玉、縄跳び、ゴム縄、手鞠、ボール遊び、缶けり、

ブランコ、鉄棒、暗くなるまで外遊びを夢中でしながらも

家で、塗り絵をしたり絵を描くのも大好きでした。


江原さんの著書に、

天職を捜す時、子供のころ、何をして楽しかったかを思い出しましょう!と、在りました。


昔、絵を描くのも好きだった事を、思い出しました。


クリスマスの日、TA君と娘と夕食の材料を買いに出かけ、

帰る前に、本屋さんに立ち寄りました。


暫らく自由行動~という事で色々な処を彷徨っていましたが、

そのコーナーに居る二人を見つけてしまいました。

遠慮しようと思いましたが、つい懐かしさで声をかけてしまいました。

塗り絵!!懐かしい!大好きだったのよ。


二人は、私に買うつもりだったらしく、満足そうでしたが

ある二冊で、揉めていました。

一冊は、22色の色鉛筆付き塗り絵!TA君推薦。

一冊は、熊田千佳慕さんの絵葉書塗り絵!娘推薦。

どっちがいい?  聞かれましたが、とても迷います。


塗り絵も迷いますが、二人のどちらを、選ぶべきでしょう?選べません。

二人で決めてね~その場から逃げました。


その夜、皆で食事をしました。

二人からのプレゼントは、

シクラメンの花と、二冊!!の塗り絵でした、感動です(笑)。


TA君は、夫にもプレゼントをくれました。

皆、考えてなかった・・・父へのプレゼントを。


綺麗な花束を頂きました!


TA君、有難う感謝します・・・・yamatsum



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想い出の場所(家族)21

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現在、私はリハビリ中です。


昨年の年中行事は、辛くてあたりまえだと覚悟してました。

昨年が無事に終わり・・・

最後の行事“クリスマス”に、息子がくれたプレゼントは、指輪と工具セットでした。


指輪は、娘の勤め先の物で、私が娘に頼んでいた指輪でした。

一昨年前、娘が母の日にプレゼントしてくれたネックレスと揃いの物です・・・そろそろ催促しようと思っていました。


工具セット、これも娘の会社の物でした。

ただ何故?そうです、以前家族で話したことがありました。


娘と息子は、ずっと働いてます。私も今後、働かなくてはいけません。

福岡に住む事が決まる前に、東京で仕事を探してました。

ところが、いつも二人が、「未だ良いよ・未だ無理だよ・ゆっくりしてなよ・」と云い、

何もせずに過して来ました。


そんな中で、アクセサリーを作る会社で働いている娘が、

何か少しやってみる?と云ってくれた時がありました。


内職です、その時の私にはピッタリの仕事だと、私は乗り気でしたが、

福岡に帰る事が決まり、その話は消えてしまいました。

やはり永く引き受けられなくては無理だとの事でした。


工具は、将来いつか・・の為に、少しずつ練習しなよ~と息子のプレゼントでした。


ところが先日、その会社で急に人手が足りなくなり、猫の手も借りたい状況だと云われたのです。

しかも一時的にで良ければと、願ってもない条件です、断る理由は在りません。

勿論、喜んで!  今、娘と共に出勤し、代官山で職場の人とランチをし、と凄い事になってます(笑)。


ただ、実際仕事に行くまでには、少し不安がありました。

ただでさえ暢気でぼ~っとしてる私が何が出来るかと・・・娘にしつこく聞きました。


『何をするの?大丈夫かな?ミスしたらどうしょう』  あんまり聞くので、娘が言いました。

『何だか不安になってきた・・でも、難しい事させるわけないから大丈夫、

好きな石に触れるから絶対癒されるはずだし、

とにかく、いい機会だから、リハビリ!リハビリ!私も隣室に居るから安心でしょう?

いつかは社会に出るんだから、頑張りなさい!』


完全に親子逆転です(笑)。


その仕事初めの日、出勤して驚きました。


工具を使う仕事を、させてもらえるはずは無いと思ってましたが、

最初の仕事は・・・息子からのプレゼント!

あの 『工具セット』 を、詰め合わせる仕事だったのです(笑)。・・・・yamatsuma









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思い出の場所(夫婦)

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数年前、10月の或る日

夫と、皇居内の庭園を散歩しました。


その広大な庭で、一番感動したのは、一本の木でした。

その木は桜の木で、秋なのに花が咲いていたのです。


その木には、『10月桜』と表記されてました。

その時の写真があります、あまりに綺麗だったので何枚も写しました。


10月は、夫の誕生月です。


昨年、junjunと京都に行きましたが、まだ紅葉は観られませんでした。

帰宅して、息子とその話題になり、

京都の或るお寺では、紅葉と桜の両方を同時に観ることが出来ると聞きました。

多分、10月桜ではないかと思ってます。


昨年末のテレビ

“千の風になって”特集の中で、 

その唄を歌っている、スーザンオズボーンさんの話に感動しました。


お母様を亡くされ、辛く哀しい毎日を送る中、ふと庭の桜の木に眼が止まったそうです。

その日は10月13日、

初めて日本に行った時にプレゼントされ、庭に植えたその桜の木に花が咲いていたのだそうです。


やはり、10月桜でしょうか・・・

葉は紅葉してるのに、何故か花が咲く、詳しく知りたいと思ってしまいます。


その後、スーザンさんは、何かのメッセージではないかと

写真を撮り続け・・なんと・その花は、雪の中でも咲き続け、

とうとう4月23日までの半年間、咲き続けたそうです。


4月23日、因みにその日は私の誕生日です(笑)少し嬉しく思いました。

そして、夫の誕生日は10月15日、少し残念でした(笑)。


ただ10月15日は、私の祖父の命日でもあります・・・・yamatsuma







想い出の場所(家族)19

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[持家が無くて良かった事]

家族全員が、家に執着せず、新たな一歩を踏み出せること。


私の姉は、昔から強烈にネガティブで、タラレバの話が大好きな人です。

その姉の御陰で、低レベルですが、私はポジティブになるしかなく、

しかも、タラレバの話が大嫌いです。なので、姉にはとても感謝しています。

ただ、私にとってイザという時には、一番!頼りになる姉ですが(笑)。


時間が経つにつれて、沢山云ってくれました。

「家を買ってたらね~ 」 「でも、借金が残ってたら困るかも。」

「今は、チャラになるのよ~」 「 ・・・・」

「宝くじが当たったら、家を買ってあげるのにね~ 」 唖然としつつ「買ったの?」

「まだ買ってないよ、買ったらね~ 」  「・・・・・」


驚くことに、この宝くじの話は、実母もしてくれました。

「宝くじに当たったら、あなた達に家を・・・」

でも、残念ですが、私の知る限り母が宝くじを買ったことは過去に一度もありません。


妹として、娘として、

他人には、絶対に、そう云う事を言わないようにとだけ、忠告しました。


ただ、いつも親の云う事を聞きながら育って来た私は

何故だか秘かに宝くじを買い続けています(笑)・・・・yamatsuma





想い出の場所(家族)14

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楽しみだった娘と夫との三人旅~のはず・・でしたが、

残念ながら、それは叶わない事でした。


その旅は、娘と二人の旅でもなく、愕く事に夫と私との二人旅だったのです。



以前にも書きましたが、私達家族は夫を中心に過ごして来ました。

子供達が成長し、親離れする頃まで、家族は出来る限り一緒に行動しました。

夫は、どこまでも子供に厳しく、お蔭で私は、ただただ呑気な母で居れました。

その事を、今改めて夫に感謝しています。


きっと、子供達は私を親だとは思ってないと思います(笑)。

何方かが云ってました、近頃の親は・・・と、間違った教育の一つに挙げられていた、

『友達のような関係』を、私は、ずっと望んで接して来ました。


自分が子供の頃、親に、して欲しかった事が沢山ある、不満だらけの子供だったからです(笑)。

それを子供達に総て実行して来ました。なので私は子育てに何も悔いはありません。


それが果して子供達に良かったのかは別です、或る日小学生の娘に言われた事がありました。

「もっと、お母さんらしくして!」と(笑)。

でも多分、二人の子供達とは、わりと好い関係で、今日まで過ごして来れたと思っています。



そして、やはり呑気な私は、家族全員で行けなくなりましたが、

この旅を本当に楽しみにしてました。

娘とノンビリ過ごせれば・・・と、その他の事は何も考えていませんでした。


この旅行を閃いたのは私でした。

お正月、喪に服す・・のならば、何処かへとフト思ったのです。


いつもならば、呑気な考えの私を嗜めるはずの娘が、突然涙して、行きたい・・と言い

何故泣くのか自分でも解らないけれど涙が出ると・・とても驚きましたが、きっと何か・なのだと、決めた旅行でした。


それから、Ta君、娘、息子と相談しつつ場所を決めました。

その時、私は数箇所・提案しましたが、即座に総て脚下されていきました(笑)。


後で聞くと、私が駅で貰ってきたパンフレットの中に、

その場所は、あったらしいのですが・・・何故だか全く覚えていませんでした。


私は、娘に旅行の総てを任せました・・・yamatsuma