二つ望んだら、


神様は意地悪をしたくなるだろうか ・・・(50周目のピットイン)


先日、無事に・・・ブログにも書き、友人や家族に何度も話していた

yamauchiの夢が、叶いました!!


『絶対に治って!!!必ず乗る!!!』と、言ってたヨットクルーズです。


主人が旅立って直ぐに

テツさん,ヒロムさんを中心に、福岡ニコニコ会の方々が準備され、着実に計画を立てられ、家族を招待して下さいました。

その日を前に、予行クルーズを計画されたり、本番の日程をこちらの都合に合わせて下さったり、と

数々の御心使い、“有り難うございました”


その日は、皆様ご存知のとおり・・・台風が接近しており、

周囲は心配してましたが、私は何故か・・大丈夫だと呑気に構えてました。

当日、

テツさんから“とにかく集まりましょう!”の連絡で、

小戸ヨットハーバーに向かいながら、車のフロントガラスに叩き付ける雨に・・・

yamauchiの力を借りても・・・今回はさすがにムリなのかな・・・と、の思いが頭をかすめ始めました。

ところが、ヨットハーバーに着いた途端!何と・その雨が止みました・・・さっきまでの激しい雨が止んだのです。

そして、友人の皆さんと合流しました。

これから話し合いが始まると思っていた私達に

“じゃあ行きましょうか~~!!”と、躊躇いも無く言われて、皆とても驚きました!

テツさんに後で聞きましたが、車を駐車場に停め歩いて来る私達の頭上は、雲が切れ晴れ間が見え始めていたそうです。

それから、それまで烈しく降ったり止んだりしてた雨が、クルージングの間・・・数時間降らなかったのです。

時々パラパラと落ちてきましたが・・・すぐに止みました。私はそれが、yamauchiの嬉涙としか思えなくて・・・。

午後、丁度クルージング中に姉家族が都市高速を車で通っており、

博多湾の上空だけ雲が無くポッカリと晴れていて、とても不思議な景色だったと話してくれました。



それから、先月の16日、

もうひとつのヨットクルージングの夢も無事に叶いました。

やはりyamauchiが望んでいた

・・ガキさんのヨットで・・・の夢です。

いけちゃんさん、石やんさん、サミーさん、のお力添えで

計画が決まったのは、その一ヶ月程前だったと思います。

yamauchiの事を話す・・・私の言葉を受けて、直ぐに何とかして下さる

いけちゃんさん、石やんさん、サミーさんの、お気持ち・実行力には、頭が下がりっ放しです。

“有り難うございました”


実は、こちらも台風が日本に接近し始めてました。

その影響で天候が悪いとヨットを出せない事も・・・と聞き、ヨットの経験が無い私達は、総ての計画を

・・ガキさん!にお任せして、ひたすら天候を祈り続けました。

・・ガキさん!何から何までお世話になり、本当に有り難うございました。


その日の朝は・・・曇り・・でした。雨は何とか大丈夫・後は風と波が心配です。

ところが、沼津のヨットハーバーに着く頃には、殆ど雲がなくなり、いつの間にか

・・大快晴!!!

頭を雲の上にポッカリと出した見事な富士山~~~を眺めながら~風も波も静かで優雅なヨット日和になったのです。



神様は・・・少しだけ・・・台風・・という意地悪?をされましたが、

見事にyamauchiのヨットの夢を、二つとも・・叶えてくれました。


どちらも言葉では表せない程

心に残る・・・素晴らしい感動のクルージング~~でした。


家族一人一人が潮風の中、ヨットの上でyamauchiの存在をシッカリと感じました!!

ヨット・そして海を愛し、クルージングを友人と共に・・と、

望みながら旅立った・・・父であり夫であるyamauchiに感謝します。


その遺志を、

追悼クルージング・として、計画し・一緒に実行して下さった

友人の皆様に、心から感謝致します。


有り難うございました、そして、お疲れ様でした・・・yamatsuma






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奇跡6

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9月も半ばを過ぎました。

主人の病気が判った日から一年が経ちます。


ずっと昔の事のような、少し前だったような・・・時間の流れが不思議です。

奇跡・を信じて過ごしてきた日々を思い出しながら書く事が最近少し辛くなり・・・何となく間を空けてしまってます。

ポリアンナ・・・が少しは身についてるのか、もう忘れて行かなければと・・思う気持ちが現れ始め、

あえて思い出さない方が・・・と、心のどこかで思ったりしていました。


でも、やはり、書かなくては・・・と思います。

最後まで癌に負けず明るく頑張った主人の事を伝えたいと思います。

ゆっくり少しずつですが・・・。



腹水と言われた主人の腹部の腫れは、

殆ど判らないモノでした。


そして、その為に手術が出来ないと云われた

主人と家族のショックはとても大きいものでした。


その頃、偶々先生と2人の時間があり、思い切って尋ねました。

何故、こんなに早く・・・何故、手術を早く・・・

(周りから何度も聞かれた事です)

先生は、私もこんなに早く腹水が現れるとは・・・とだけ言われました。

いつからか詳しい説明は減り、“良くないです”を繰り返され、

その度に、ただ落込むばかりでした。



その腹水が改善されたのです!!

それを聞いて主人は勿論・皆とても喜びました。


病気が判って初めての朗報・と言っても過言ではない程、嬉しいことでした。

私達は、そういう事で一喜一憂する生活をしていたのです。



それから直ぐに先生は

例の手術が出来なくはない・・・と言われました。

一瞬耳を疑いましたが、嬉しくて!あまりに喜ぶ私に、何度も殆ど無駄に終わるかもしれませんよ・・・とも、


殆ど、という事は可能性も有る!という事です。

私には、この提案が奇跡!!に結びつくとしか思えず、是非・お願いします!と、強く頼みました。

この機会を逃して、後、何が出来るのか解りません・・・


先生も、悩まれたのだと思います。でも、その時の私は

先生の気持ちを考える余裕は無く

主人の事しか考えらませんでした。



手術当日、先生は病室に、なかなか顔を出されず、主人はとても不安気でした。

麻酔の前の注射も他の先生がされ、主人の母が間違え、“お世話になってます宜しくお願いします!”と言いましたが、

私に言われても、私は担当医ではないですからと・・・その時、皆で笑いましたが

わざわざ、否定されなくても・・と思いながら、病室に来られない担当の先生の事が気になってました。


その日朝から私は、主人の事を気にしつつ、主人の母が用意してくれた御礼を渡すために担当の先生を捜してました。


手術直前に、やっと別の病室のナースステーションで会えました。

宜しくお願いします!これは、母からの・・と、渡しかけた時

先生はとても不機嫌で、こんなもの要りません!

こんなもの頂かなくても皆一生懸命やります!


当然だと思います、勿論・規則も知ってました、

・・・以前姉に相談して聞いた方々の意見は皆同じでした。

“先生方は必ず受け取られ、後々色々と良くして下さる”

しかも以前私は、その先生に御礼を(CTとMRIのレントゲンをコピーして頂いた時に)渡しました。

その時、何も言わずに受け取られたのです。


今回は、母からの手術の為の御礼なのです、その事も伝えましたが、

何故かとても気分を害された様子で・・・

無理なのに手術をするんです!期待しないで下さい!

カテーテルが駄目でも、とにかく抗癌剤は、とりあえず流し入れてあげますから!!

強い口調でした。



御礼を受け取られなかった事も困りましたが・・

殆ど仕方なく、する手術・・だと止めを射された事が、とてもショックでした。

少しの間も、期待してはいけない・と言われた気がしました。

確かに私は期待してました・・・


・・・解りました・・・お願いします・・と、やっとの思いで言い、

もう直ぐ始まる手術の前に、その封筒を持ったまま、暫く・・廊下で呆然としてました。


でも、とにかく時間がありません、病室に戻らなくては・・・

どんな顔で戻ったかは全く覚えてません。


そこには、いつもと変わらず明るく陽気な主人が居ました!!

その顔を見て思わず泣きそう・・になりましたが

病室に、デボ~お姉さんが義母と一緒に笑顔で居てくれました。

何とかユックリ・・・平静を取り戻す事が出来ました。

その時、どれ程救われたか解りません。 

“有り難うございました”



いよいよ、手術です・・

主人が寝かされた手術用のベッドを、

看護師さんが、たった一人で荒々しく運んで行きます。(ブログにyamauchiが書いてます)


その後ろを、ハラハラしながら三人で着いて行きました。



奇跡が起る事を祈りながら・・・    yamatsuma









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思い出の場所(音楽)4

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もう一曲

yamauchiとの思い出の歌が在ります・・・

先日、CDからカセットテープに~

相変わらず私の枕元にはラジカセが・・・


あの日から、なかなか聴けなかった歌です

少し聴けるようになりました。


yamauchiとの結婚式

1980年1月20日

キャンドルサービスで流れた曲です。


エディット・ピアフの “愛の賛歌”


ずっと欲しくて、

昨年の春、やっと買ったのは古いCDでした。

歌詞カードも無く、歌詞の意味はよく解りません。


確か・・・以前、何方かが日本語の詞で歌われました。

なので、ただ漠然と、そういう愛の歌だとは思ってました。

越路吹雪じゃない?娘が教えてくれました・・・そうだったような?


結婚式で流れたのは、フランス語のピアフの歌です。

親への花束贈呈の時にも流れました。


何故詳しく覚えているかというと、その時のビデオがあるからです。

結局、26年で3回・・しか観てません、意外にもそんなに観るものではないみたい・・です。


歌詞は解らなくても、

その歌声~曲~を聴くと、その時の懐かしさと、その頃の思い出で、とても胸が熱くなります!!



先日、美輪明宏さんの唄を初めて聴きに行きました。

江原さんを尊敬し、その流れから・・・又しても


いけちゃんさん!に、チケットを取って頂きました。(私の自立は無理かも・・)

お世話になり過ぎて、もう、足を向けては眠れません!

先日・そう伝えましたら、洗ってたら良い!と言って下さいました。(感謝です!)


その席が、なんと・前から2番目!!しかも真正面です。

とても緊張しました。


美輪さん!話が御得意なのは、テレビで知ってましたが、

コンサートで、あれ程沢山話されるとは思わなかったので。

唄声を聴ければ!!と思ってた私は~~得した気分でした。

ご自分の略歴を話しながら、とても流暢に~テレビの話、社会風刺、戦争の話、

その中でも特に従軍慰安婦の話は、衝撃でした。

全く知らない内容に驚きました。


その気持ちを歌にされ、その詞は、あまりにも哀し過ぎて

戦争だけでなく、一部の政治家への怒りが込み上げ、

どうしていいか解らない気持ちに駆られましたが


美輪さんが、唄で絶叫!!(私にはそう聞こえました)されました。

それと共に、不思議に・・・気が、落ち着きました。

物凄い声量!力強さ!

歌・・・ではなく唄

あれがまさしく唄・・・なのではないかと思いました。きっと会場の誰もが思われたのではないでしょうか・・


一曲一曲唄う前に

丁寧に唄の内容の説明、そして感情移入!!されて歌われます。

まるで、ミュージカルを観てるような・・・しかも物凄~い迫力!!でした。


その日は江原さん!!も、来られてたそうです!!!

ほぼ日記(江原さんのブログです)に、書いてありました。


第一部の戦争の話や従軍慰安婦の話と唄の時に、

悲しい歴史を訴え、軍人や慰安婦の霊が集まって、呆然とされたそうですが

後半、がらりと変わったセットと唄の中で、天界のエナジーが流れ、

見事に昇華して行ったそうで、安心されたそうです。


残念ながら、私にはオーラも霊も見えませんでしたが、確かに明るさが全く違いました!

照明のせいだけだとは思えません。


第一部のヨイトマケの唄は、想像通りの凄い迫力の唄でした。でも、それ以外は、あまり知らない唄で・・・少し残念。

日頃から、もっと、沢山の曲を聴かなくてはと思いました。


第二部は、シャンソンを・・・と言われ休憩時間15分間!

シャンソン!何か知ってるかしら・・・と思いながら、ふと頭をかすめ始めました。

あの、愛の賛歌は、もしかしてシャンソン?違う?

いや、シャンソン!だと思う、一人で考え始めて止まりません。


第二部が始まって、一曲終わる度に、次こそ唄って美輪さん!!

いつの間にか願ってました・・・美輪さんに唄ってもらいたい!!

今度は祈り始めました・・・でも、知らない唄が続きました。


次は・・・“最後の唄です”  美輪さんの言葉です・・・

え~早いわね~  後ろの人の声が聞こえてきました。


ほんと・・早い・・・もう最後・・・・なんだ・・・残念だけど

そう・・・でも・もう十分聴けたし、何を望んでいるのでしょう!

私は、自分に言い聞かせました。

チケットを取ってもらい、しかも観に来れて、これ以上

望んだらバチが当たる・・・・と思いました。


ところがその時!美輪さんが・・・


では、最後の唄   愛の賛歌・・・です


うそ!!!頭の中が爆発しました!!!

隣のいけちゃんさんに、さっき一言でも言ってれば、目で合図して、

気が済んだはずなのに・・・この感情を誰に~?!この感動を誰に~?!

心で叫んでました。立ち上がって、ブラボ~~!!と言ってしまいそうでした。


勿論、最後の曲も説明され・・・少し違いました。

この唄は、フランス語の歌詞を直訳!!します・・・と、


静かに話し始められ・・・もう感動を抑えられず涙になりました・・・

やはり愛の唄・・・でしたが、完全にyamauchiとの事に置き換えてしまう・・そんな詞でした。

そして最後に、死が2人を別ち合っても・・・その先で・・・又一緒に・・・

その・・美輪さんの直訳だけで、もう十分でした。もうこのまま帰ってもいい・・・そう思いました。

感動・・・とにかく感動・・・


素晴らしい唄でした!! 絶唱です!熱唱です!

身振りを交えた・・・もう、これ以上ここに書く言葉が浮かびません、表現できない感動でした。


美輪さん、大きな感動を有り難うございました。


いけちゃんさん、チケットを有り難うございました。

足は洗っても、やはり向けては眠りません!       



追伸

再来月・再び、縁があって美輪さんの唄を聴きに行きます。

来月はケルティックウーマンの歌を聴きに行きます。何方と行くかは次の機会に~~ゆっくりお知らせします!

歌って本当に良いものだと思います、友達って本当に有難いと思います、そして又、そのチケットを取ってくれた優しい友に感謝します・・・  yamatsuma








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思い出の場所(友人)4

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子供の頃、

二人姉妹の末っ子?の私は

両親に甘やかされて育ちました。

成長していくうちに~

何故?この家に生まれて来たのだろう?と、時々考える事がありました。

何故?この家族なんだろう?・・・と。

何か・・違和感?のようなものを、どこかに感じてました。

勿論・両親をずっと慕ってましたので、それを思う事は、良くない事・不満を感じてる事・だと、打ち消して来ました。


ところが、江原さんの本の中に、

魂は皆・別で・・・子供が親を選び、肉体を通して沢山の経験をし、感動する為に産まれて来る・・・

そして学び終えて、戻って行く・・・と、ありました。

又、家族は魂の学校!!親と子は先輩後輩の関係なのだと、解り易く例えられてます。

その事を知った時は、驚きましたが、まさに目から鱗が・・・

長い間のもやもやが解け、そうだったんだ!!と素直に理解出来ました。

その後、とても気が楽になり更に人間の不思議~を学びたいと思ってます。



私が幼い頃から、母も仕事をしてました。

様々な行事に私は一人で他の家族と一緒に出掛ける事が多く、

寂しいと思うことも有りましたが、それよりも出掛けたい気持ちの方が先でした。

とにかく、外で遊ぶのと何処かに行くのが好きな子でした。

子供は皆そうなのでしょうが・・・


ただ、姉は違いました。何故か、いつも行かない!と言いました。

対照的な姉妹なのです・・・多分、お互いに何かを学ぶ為なのでしょう。

(今はそう思えますが長い間、気が合わない事が苦痛でした)

幼い頭で考えて、あの手この手で、何度も誘いましたが、

意志が固く・本当にガッカリしたのを覚えてます。

せめて姉だけでも一緒に居て欲しかったのです・・・

結局、姉が行く事は殆ど無かったと思います。


でも、そのお蔭か・・・私にとって、友人は絶対に大切な存在になりました。

友人と居ると心からホッとしました・・・今でもそうです。

友人には、とても恵まれている!!と思います。



まさに『幼なじみ』と呼ぶに相応しい友人が居ます。

幼稚園の頃から、近所に住んでいて、いつも一緒でした。

一緒に学校に行き、帰ってきても、日が暮れるまで一緒に遊び~

その家の子供だったら、と何度・考えた事でしょう!


そして、その一家に、私はとてもお世話になりました。

何度も・あの頃では珍しいドライブ!!に連れて行ってもらいました。

自家用車があることが珍しい時代だったと思います。

“スバル360”可愛い車でした!家族プラス私です。

なんて、優しい一家でしょう!!自分が大人になって家庭を持ち、

よく連れて行って下さった・・・と、改めて感謝してます。



その友人は、

yamauchiと私の結婚式の日、控え室で大泣きしてくれました。

お化粧が台無しの写真があります。

とても優しくて、可愛い性格の友人なのです!

きっと・姉妹の心境だったのだと思います・・・嬉しい事です。


結婚して奈良に住み、ご主人とレストランをされてて~

いつか行きたい!逢いたい!と思いながら・・・

最近は、年賀状だけの付き合いでした。

今年も届きました・・・その年賀状には、


“体が元気なうちにと、大旅行にでました。

ただいま世界一周旅行中です!!

クリスマスはマチュピチュで、

新年はインド上のモルディブで迎えました。"


あまりにも羨ましい内容でした・・・その時・まさに、主人が闘病中の私には。

友人の旅行を直ぐに喜べず、そうなんだ・・・そうだよね・・・

元気なうちに・・元気なうちに・だよね・・と、ただ呟いてました。


毎年、楽しみな年賀状・・・沢山頂きましたが、今年は物悲しく眺めました。

今思えば、苦しく辛い時でした・・・

実は、今年の年賀状、何方から頂いて何方に送ったのかを記憶してません

失礼をお詫びします。

幼なじみにも返事を書いたのかどうかも・・・これから確かめなくては。


でも、その時、

主人は、確かに病気と戦ってましたが、

家族と一緒に、自宅で明るく過ごしていました。

不思議なのですが・・・病人とは思えないくらい明るかったのです。

そうです、

“とても・・・幸せでした”


友人は何も知らず、偶々主人が病気だっただけの事です。


今は、大好きな友人が、

ご夫婦で~素敵な旅行をされた事に、とても感動してます。

いつか、大旅行!!の話も聞きたいです。



まだ・・・幼なじみの友人に、主人の事を伝えてません。

来年、奈良のレストランを訪ねてみよう・・と思ってます。   yamatsuma