思い出の場所(青春)4

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二枚のレコード

久し振りに聴きました。


その中で、

yamauchiが、気に入ってた歌が数曲あります。一曲だけ・紹介します・・・


知らず 知らずのうちに  君を好きになって

知らず 知らずのうちに  夢を 見ていた

知らず 知らずのうちに  君の名前覚えて

知らず 知らずのうちに  街を歩いていた

知らず 知らずのうちに  君の家をみつけて

知らず 知らずのうちに  電話帳を開いた



知らず 知らずのうちに  君と歩き始めて

知らず 知らずのうちに  時も流れた

知らず 知らずのうちに  君と暮らし始めて

知らず 知らずのうちに  離れられなくなった

知らず 知らずのうちに  ・・・・・・・・・・・・・・・       yamatsuma             




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思い出の場所(青春)3

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夏が来ると、思い出します

ちょうど・・

今頃から始まりました・・夏休みのアルバイト


yamauchiと、私は

某デパートの那ノ津商品センターのアルバイトで、偶然同じグループになりました。(砂糖の担当です)


二人とも学生最後の夏でした。

一つのグループに、女子が一名と男子が数名で、商品別に10以上のグループがあったと思います。

それなりに親しくは、なりましたが、いつも怒られながら仕事をしてた私は、

周りの同情を一心に集めてました(笑)。


殆ど二人だけで話す事は無かったのですが、ある日少しだけ、二人の時間がありました。

音楽の話題になり、何のレコードを持っているのかと聞かれ、あまり持ってない中から、男性向きを、あげてみました。


三歳違い・・・大先輩、しかも厳しい人です、とても緊張して話したのを覚えてます。


や・矢沢栄吉・・・とか、ダ・ダウンタウンブギウギバンド・・とか・・かぐや姫・・松山千春・・アリス・・サザン・・

yamauchiさんが気に入るのは、多分・・持って無いです・・・


最初の二枚!    えっ?

その二枚だけ貸してもらえるかな?断る理由が見当たらず、数日後、バイトに持って行き、渡しました。

どちらにも、LPならではの、素敵な歌が入ってます。なんとなく・・気に入ってくれる、そう感じました。



ところが、そのレコード!

バイトが終わる数日前になっても、返してくれそうもなく、

ふと・不安になって、あのぅ・・返してくださいね、  レコード・・あの・レコード二枚・・・

その時、確か、かる~く無視されたと思います。  レコード・貴重な時代です!!


ガーーーン  貸さなければ良かった…後悔の気持ちでいっぱいになりましたが、

なすすべもなくバイトの最終日になりました。 

とうとう持ってきてくれません。


仕方なく~メモ紙に、

今までのお疲れ様と、残りのバイトの励ましと、(短大生は先に終わります)

一番・重要な事!!  いつか~レコード返して欲しいので、宜しくお願いします。

電話番号・名前と書き残して、バイトを終えました。


それから、一ヶ月ほど経って、諦めかけてた頃、突然・電話がありました。

レコードを返すから~~と、逢う約束をしました。


天神コアの4階の伊達、(ダテです、イタチと読んだ人少なからず?(笑)もう今は無さそうです)という喫茶店で待ち合わせて、返してもらいました。  良かったぁ・・・

久し振りです、バイト以外の場所で会うのは初めて、しかも苦手な先輩です。

緊張で、殆ど何を話したのか覚えてません。あまり話してないような・・


では、これで!という時に、

船!  船を見に行かないか?と唐突に言われました。

船といえば、海?海!! 私が大好きな海・そして船・・空想が止まりません!

見たいです~~と思わず返事をしてました。


じゃあ行こう!!

空想から、一気に現実です。


とても困った事がありました。

実は、友人と別の喫茶店で、すぐに逢う約束をしてました。

レコードを受け取るだけと思ってたし・・・

まさか、こんな流れになると思わず・・・


凄く迷いましたが、思い切って聞きました。

友達も一緒にいいですか?(面識ある友人です、あの日・志賀島の海~ビアガーデン) 

勿論いいよ~~笑顔です。(後で、あの時・お前なぁ~~と、何度も言われました)

その頃には、

こんなに優しい人だったんだ~~と思い始めてました。


友人と合流して、歩き始めました。

車?バス?

yamauchiは、どんどん先を歩きます。


友人と必死で付いて行きました。

意外と早く着きました、

船のある場所に・・・


なんと、そこは・・・天神からすぐの、競艇場!!!でした。

驚きつつ・・そして、友人に、目で謝りました。

でも、二人とも・初めての場所に、チョッと興奮気味でした。



私は、その日・姉の白いワンピースを、こっそり借りて着てました。

その観覧場所?には、木の長椅子が、段々に並んでます、何一つ解りません。

yamauchiに聞きました。

ここって、座って良いんですよね~

勿論!!笑顔で答えてくれました。


友人と並んで座り、yamauchiが、チケットなど購入する間に

その初めての場所の、独特の雰囲気を観察してました。

その中で、間違いなく、友人と私は、完全に浮いてました。(笑)

やはり、友人を誘って良かった!と思いました。(ゴメンネ友人さん)


yamauchiが戻り、もし、これで勝ったら、これから食事~2次会~何でも奢ると言いました。

そんなぁ~!!突然の嬉しい提案に、驚いているうちに、

レースが始まりました。

大変です!!しっかり応援しなくては!!!


ところが、始まってビックリしました。

一瞬・前が見えなくなりました。

そうです、その長椅子に、皆さん靴のままで上がり、総立ちで応援し始めました。


えーッ!!慌てて、借り物のスカートが大丈夫かを確かめて、友人にも直ぐに

目で謝りました。


その間に、レース?は終わり、見事に負けてしまったようでした。


yamauchiは、さっきの約束どおり、じゃあ、負けたからこれで!!

あっさりと言い、本当に帰って行きました。


もうひと勝負すればいいのに・・と、秘かに思いました。(後に、そう言ってみました。バカか!!勝負は一回・所持金全部だったんだ!と怒られました)


友人と私は、初めての体験で、

その日は確か~その話題で食事をし、

満足して帰った・・・と思います。





それから、2ヵ月後~


何となく・・そのレコードが聴きたくなり、取り出しました。


そのレコードの間に、 一通の手紙が入ってました。    yamatsuma     
































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その後(スピリチュアル)4

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友人から、メールが届きました。

コメントに挑戦してくれてますが、難しいそうです。

良かった!PC苦手なのは、私だけでは無かった。

私の姉は、一人でネットを開く事も出来ません(驚愕ですが、事実です)

友人さん!!安心してね、ってレベルが違いすぎで励ましにならないね。


そのままの文を書かせてイタダキマス


「ヒロ~ごめんね。コメントの書いたんだけど送信方法が解らなくて・・・( ^^ ;メールにします。

この間の何とか現象の事ですが、友人に聞いてきましたので・・・{この友人さん!確か色々・見える人なのよね!!~yamatsuma}

「「 シンクロニシティ(シンクロ)とは[意味のある偶然の一致]のことで、日本語では「共時性」って意味だけど「シンクロ」という呼び方が一般的。

シンクロは同じ事が同時に起こる現象です。偶然の一致から自分が心の中で考えていたことの答えがピッタリのタイミングで来る場合までシンクロも様々。

シンクロの凄いところは、心の中でイメージしてる事が他の世界に現れちゃうことですって。うーん確かにそれってある(><)

心配事を引きずったりクヨクヨしてるときは、なんか嫌なことばかり起きるし、ワクワク感が続いてる時って運がいい!」」らしいです!  

で思い出したのですが28年前、熱出してお布団の中で このまま入院してみたいな~って思って、風邪だろうと、病院行って検査後即入院したの思い出しました*これもシンクロですよね。

映画ゴーストバスターズで頭に思い描いた、マシュマロマンが現実化したのも・・・?{ゴメンナサイ、観てません、絶対・観なくては~yamatsuma}

良い事が近付いて来るようイメージトレーニングしなくては・・・

(^^)そう、千の風ですが・・・私もあれからNHKつけてまた聴きましたよ~

新井さんではなく、声楽家の人が歌っていました。(^^) 」 {え~っ!!二回も観たんだ(・・)凄い!!yamatsuma}


以上 友人からのメールでした。

友人さん有り難う!!

早速・こんなに!!詳しい説明を送ってくれて~感激です。


シンクロニシティ・・・

江原さんの、必然!!と同じ?気がしたけど・・・少し違うかな・・・全く違う?

難しいです、私にはまだまだ・・・


ただ、NHKは、観なくては!!

それから、

もうひとりの友人に、伝えなくては!!あの好みのタイプでチョッと太めの方が、

新井満さん!!では無かった事を!!!


新井満さま!重ね重ね申し訳ございません。   yamatsuma


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S保険の方が 来られました。

初めてお会いして、(いつも電話だけでしたので)驚きました。

あまりにも、高齢な方でした。


道に迷われ、近くまで迎えに行きました。歩くのも、お辛そうでした。

体調が優れず、病院に毎日行くのが辛いと言われました。


階段が多い家なので、やっと上がって頂き、主人に挨拶をして下さいました。

まさかこんな形で、お会いするとは~と言われ、私は絶句しました。


リビングまで又階段です、何とか上がって頂きました。

その方の、ご主人の話をされ、ずっと、聞いてました。


62歳で肺癌で亡くなり、末期の時にICU室から、自力でトイレに行かれてたそうです。 すかさず、うちの主人も部屋から自力で最後まで、行きましたよ!!と伝えましたが、聞こえなかったようです。


立派な家を、某有名会社を勤め上げらて、建てられ、残してくださったそうです。羨ましいです!!と言いましたが、これも聞こえなかったようでした。 

ご主人は一度も住まれなかったそうで、亡くなった時、霊柩車で見せるために、家の周りを廻られたそうですが、運転手さんが、道を間違えられて、二周する事になってしまい、よほど、住みたかったのでしょう と言われました。 そうかもしれない と、少し感動しました。


お子さんが3人、お孫さんが、9人いらして、7人が男の子で、大きくなるとつまらないと言われ、楽しみは、孫に将来渡せる貯蓄保険をかけてあげる事だと言われました。

あえて、反論はしませんでしたが、そういうものなのかな~私はそうは思わないと、思いました。


その間、身体の不調を何度か言われ、とても暑い日でしたが、クーラーは止めて下さいとのことでしたので、私ひとりだけ、汗が滝のように流れてました。

話は、娘さんの事になってました~~さすがに、午後に予定があることを告げましたら、やっと要件を言われました。


老婆心ながら~~~説得力ある、この人が言うと、と思いながら聞いてました。

奥様の是からが心配です!!と、  いきなり!初めて、我が家の話です。


暑さでボ~ッとなってた私に

いつのまにか、年金を勧められて

いつのまにか、入ってしまってました。


来週、神戸に一泊で行かれるそうです。

一応、仮にも仕事中です、年齢的にも法事か何かだろうと思い、神戸は良い所ですよね~と、つい言ってしまいました。

なんと、会社で、成績優秀の方々のパーティーがあるそうなのです。ドレスを渋谷の西武で(あそこは、ましな服があるから)オーダーして~~~もう、この後は、さすがに、丁重にお引き取りいただきました。

ゆっくり階段を降りられ、手を引き、玄関の少しの段差も教えないと、心配な感じでした。



帰られてから暫らくして、主人の事を思い出しました。

その方の、あの時の言葉に、悪気はなかったんだと思います。

どう考えても、10月の状況では、主人の方が全然元気でした。  yamatsuma













先日、

上京した友人が、CDを持ってきてくれました。

偶然、自宅にあったのよ~~と、コピーしてくれて!!


お母様が、いつも聴いてらしたそうで!!!とにかく

スピリチュアルを感じると、言って渡してくれました。

勿論、江原さんを尊敬する友人仲間です。


コピーする前に、どんな歌か聴こうと自宅のプレイヤーで流しだした途端に、

偶然付けてたテレビでも、その歌が流れたそうです。これは・・・いくらなんでも

凄すぎます!!何とか現象というそうです。忘れたそうで、次回のスピリチュアルで・・(友人さん、メールくださいね~待ってま~す)


何時聴こうかと迷いながら~~1週間が経ちました。友人に感想・御礼も言わねば~~などと思いながら、凄く迷ってました。  友人さん、ゴメンネ、

イメージが壊れないかな~とか、とにかく色々考えてしまって、怖かったのです。


何を思ったか、私は、あえて自然体で聴こうと思い、ランチのカレーをつぎ(不謹慎すぎです)

主人の部屋ではなく、リビングで流してしまいました。

(泣く可能性がある事は、極力避けるようにしてきました。今の私の生活の知恵です)


静かに歌が始まり~曲も穏やかで違和感がなく、気付いたら聞き入ってました。

慌てて、自然に自然にと言い聞かせて、一口カレーを食べましたが、喉を通りません(当たり前です)


歌詞は暗記してます、ひととおり歌が終わりました。終わらないで欲しい・・・と思いが通じたかのようにゆっくりゆっくり音楽が続きます~~オーケストラ?そんな感じでした~~穏やかな音楽~~その時、

思いがけず・・・朗読!!!が始まりました。

新井満さんの声だと思います。


もう、その時私は、スプーンを置き泣いてました。声が男性であるから?

声は全く違うし、関係ないのかも・・何度も目で読んでいた詩です・・・

語りかけられたのは、勿論初めてです。

やはり主人からのような気がしてきました~~

ひと言~ひと言~心に沁みました~~そして、音楽~~そして、最後にまた、歌が始まりました~~ゆっくりとゆっくりと、心が満たされた時に~静かにおわりました~~。


素敵な~素敵な~CDでした。


ありがとう!!友人さん!!!本当に聴いて好かった。

もしも、頂いてなかったら、聴かなかったかもしれない。      


素敵なCD・大切にしますね。


ここで、改めて、この詞をプレゼントしてくれた

デボ~お姉さま、そして、

ご友人さま、に感謝致します。



つい先日、別の友人からメールが来ました!!

なんと、又

テレビで流れた~~!!!メール文をそのまま書きます。


「あのね、今、何気にNHK観てたら~えっ何か聴いたことあるような詞・・・

そして、素敵な私好みの男性が(チョッと太めダッタケド) {爆笑です!!多分、新井満さんです!友人が失礼な事を!お詫びします!}

歌い始めて~柔らかく優しい曲で涙出そうになって・・・千の風になって?だったの  

ブログの中のだよね、確か すぐに教えたくてメールしました。  本当に感動しました。」


ありがとう!!もう一人の友人さん!!! そうです、その歌です。


でも、千の風になって~~福岡のテレビでは、よく流れてるのでしょうか~~って、私がテレビを殆ど観てなかったのでした(笑)

オーラの泉は、必ず観ます(微笑)。 


余談ですが、


「千の風になって」の初めての30枚だけの、CDのレコーディングは、

目黒の大鳥神社の近くの幡龍寺という古刹の境内の一角にある、

バンリュウジ・スタジオで、録音されたそうです。


この大鳥神社は、以前傍に住んでいて何度もyamauchiと参拝した神社でした。

酉の市で有名です。

昨年の夏にも、今の自宅から往復歩いて、お参りしました。

定かではないですが、今年・千年!!!祭(鎮座されて)だと聴きました。

                                                   yamatsuma

その後(美術館)2

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先日、友人が上京しました。

久し振りで、美術館巡りをしました。


彼女とは昨年、銀座の画廊めぐり~に始まり、

福岡で、銀座の画廊の方に教わったアジア美術館へも行きました。




銀座の画廊めぐりのきっかけは、

彼女の娘さんの提案で~うちの娘に画廊を聞き~


私達は,ただ地図を片手に、必死で廻った。というのが事実ですが(笑)


画廊が無料で拝見できる事も知らず、

妙に遠慮がちに見て廻ったのを覚えてます(私だけかも?)。



今回は、恵比須の写真美術館・と目黒区民美術館を廻りました。


東京都写真美術館では、世界報道写真展2006  7月末まで。

この美術館へは初めて行きました。ここは息子の薦めです(偶には自分の意思で行きたいものです)

報道写真というだけに内容は衝撃的です。


判断は友人に任せました。 
是非見たい!!  早速入館しました。

友人の感想は、想像以上に良かったそうです。 今の私には、少々刺激的でしたが、興味深い写真が沢山ありました。

友人は、衝撃的な中に何かを感じ取ったようでした、鋭い感性の持ち主です。


この写真館は、お互いに、ゆっくりと観る事ができました。適当に座って~

ここは、中央に長丸椅子?が置いてあり、

そこからも座って作品が観れました。いつも、作品より設備が気になる私は、

椅子は絶対に必要だと思ってましたから、嬉しくて何度も座りました(笑)。

好きな写真の前に、ボ~ッと座って観れる!!快感でした!!(私だけでしょうか?)

そして、気心が知れた友人と時々声をかけあって、お互いに、時間を気にせず楽しめました。



その後、

こちらが本命でした。

前日、ネットで確認済みです。ハイ、調べたのは息子です。(自立せねば、私)

自宅から一番近い目黒美術館、


「花、虫、スローライフの輝き」  その、テーマで決めました。

何だかよさそう・・・いい加減な私でゴメンネ、友人さん。


でも、大当たりでした!!


熊田千佳慕 展  

くまだ ちかぼ・ 素敵な名前に惹かれ~~有名な方でした。 


まず、作品の数が多いのに驚きました。

開催されたばかり、平日、夏休み前、がら空きで観やすく

ゆっくりじっくり、しかも、お喋りしながら観れました。


プロフィールを少しだけ、

実は、名前から女性だと思ってましたが、男性でした。

95歳!!なんと現役でいらっしゃいます。


本名、熊田五郎  

チョット笑ってしまいました、男兄弟の五番目だったりして~と言いたい放題言ってました。当たりでした(失笑)。


絵本作家

1950年   初めての絵本「みつばちの国のアリス」で、受賞

       講談社の絵本「みつばちマーヤ」「ピノキオ」

「ライオンのめがね」「オズの魔法つかい」

1981年~1983年  コーキ出版より「ファーブル昆虫記」1~3巻刊行



1930年代のデザイナーの時の作品も、充実してました。

是非、必見です。私は、ポップなクリスマスカード!!に魅せられて~~もう一度、行きたいと思ってます。 

9月3日までです。


友人と自宅に戻り、写真展の事を話してました。

迷ってたので、やっぱり観て良かったね~~と。


息子が聞きました。  それで大賞は、何だった?

えっ??そんなのあるの?あった?


大賞・・観て来なかったの・・・

全部観たから・・絶対観てるはずです。


・・・あ~~きっとあれだと友人と同時に気付きました!!多分、チケットに載ってる写真です。


2006年 世界報道写真大賞  フィンパー・オライリー(カナダ/ロイター)

「緊急食糧支援センターの母と子」ニジェール、タウア 


7月30日までです。

もう一度、行かなくては・・・。

                         yamatsuma













主人の退院中に、必ずすべき事がありました。


トニカク早く!とお願いしても、ナカナカ進まない、保険!!

リビングニーズの手続きです。


S生命のセンターに何度コールしても、

動かれるのは、ただ一人・何々レディの方だけなのです。


専門の方が、速やかに動いてくださると期待してましたが、見事に裏切られました。


まず、ビックリしたのは、こんなことは(リビングニーズの事です)

30年この仕事をしてますが、初めてなんですよ!と驚かれた事でした。

そうなんですか~と言うしかなく、困りつつ、大丈夫なのかと不安になりました。


書類は総て揃っているのに、まず、ご本人との面談!!があると言われ、

その日程がなかなか忙しいとかで決まりません。 

月曜、火曜、待ちきれず電話をしますと、必ず週末ですね~と言われ、

週末になると、必ず土日挟むので~~この繰り返しでした。

暫らく、我が家では、土日挟むから~が流行言葉になってました(苦笑)。


やっと、退院中にと決めて、待ちましたが午前中の約束が~なかなか来られず、

とうとう午後になり、それを断ると又、いつになるか判りません。

その日私は午後、歯科に予約をしてたので慌てて予約を変更しようとしましたが、

主人が烈火のごとく怒りました。 私の生活を自分が変えさせてると思ってたのでしょう、

とても、神経質になってたのです。変更を諦めて、私は仕方なく出かけました。


結局・主人は、一人で応対しました。

なので、主人からの話ですが、とても、無礼~だったそうです。

余命三ヶ月には見えませんね~~お元気そうですね~や、

まだお若いのに~お可愛そうに~~お気の毒に~

忘れましたが、まだまだ沢山あったと思います。

私達家族からすれば、禁止用語の連発です。


私が慌てて戻った時に、

主人は、すっかり病人の顔になってました。

もう少し、気を使って欲しかったと思います。


でも、とにかく、やっと面談が終わりました。

主人は、すぐに元来の明るさを取り戻し、

最後に、死にませんから!!と言っておいたよ、と笑ってました。

凄い台詞ですが、主人らしいと思いました。



明日、その方が、来られます。

やはり、なかなか連絡が取れず、あの日以来~初めてです。

何度も土日を挟み~やっと明日です。


まだ、諸手続きが残ってます。

少し、気が重いです。



そして、結局・そのリビングニーズ保険ですが、

受け取るまでに、約2ヶ月!!かかりました。 yamatsuma






その後(スピリチュアル)3

テーマ:

あの日から

音楽は、欠かせませんが、テレビは、殆ど観なくなりました。

つけても直ぐに消してしまいます・・・何となくです。


何故か先程、スイッチを入れてしまい、

江口洋介さんの台詞に、聞き入ってしまいました。

しかもこれは、まさに主人がブログで書いてたシーンです。

ついコメントをしてしまいました。あまりの偶然に嬉しくて。



映像は、美しい松島奈々子さん・・・確か新婚で、夫を亡くした後のようです。

そうです、私はこのドラマ・主人が観ていた時から(録画してた為に)

結局まだ観てません。


江口洋介さんが、言いました。

「私も、随分前に妻を亡くしましたから、あなたの気持ちは判ります。」


松島奈々子さんが、聞きました。

「やはり時間が・・時間が解決してくれるのでしょうか?」  


ドラマにしては、とても長い間がありました。

答えを期待しました、(時間・・・きっとそう言うんだろうな・・と思いました)

更にまだ長い沈黙が続きます。


そして・・・

江口洋介さんが、呟くようにゆっくりと言いました。


「時間が・・・  時間が・・・解決するわけでは・・・ない、(期待を裏切られました)


その時間に・・・誰かと話して・・・何かを感じてきた・・・だから、ここに居られる。

ただ、閉じこもってはいけない。」


完璧に、覚えてないけれど、そういう台詞のやりとりでした。



主人からの・・・伝言だと、思いました。  yamatsuma


奇跡3

テーマ:

一時退院

~自宅での二週間

主人は少しブログに書いてます(50周目のピットイン・7・8)


短い余命を宣告され、手術をひかえ、 まだ、特に症状が表れてない、

今の主人が何を求めるかを、私は沢山想像してました。 いえ、確信してました。

26年、一緒に暮らしてきた主人の事です、自信さえありました。


もし自分だったら~と置換えつつ、思い描いた様々な事。

まず、これからを考え話し合うために、夫婦で旅に出るのだと思ってました。

それから、いつも話してた、海が見える二人で暮らせる小さな家を、探し始めると思ってました。 他にも色々・・・ 

今思うと、それはその時私が望んでいた事だったのです。 


でも・・・少なくとも 

主人の様々な夢は、叶えていくと思ってました。   

ヨット・・ 海外・・故郷の海・・



ところが、主人は、この二週間に、そのどれも望まなかったのです。

少しでも、子供達と一緒に過ごしたい、と言いました。

そして、越してきたばかりの家で、

普通の暮らし~をしたいと。

植木を切り、万年青を手入れし、本の整理、



私は、すぐに理解する事が出来ず・・勿論、主人には平静を装いました。

その主人の気持ちを受け入れるのに数日が必要でした。

その間、どうしても独りで消化出来ず、娘に話しました。

父さんは、もう母さんと二人で何かをするつもりはないのだと、

そう言葉にして、更に哀しくなりました、

その時はただ、哀しかったのです~娘は黙って聞いてくれました。


主人は、とにかく落ち着いてました、焦る私に、

まあ待て。

これを何度も繰り返しました、

まあ待て。


でも、これは、主人が必ず治る、治す、という気持ちで考えた事だと、後で判りました。

やはり、夢や望みは一緒でした。ただ、違っていたのは、治ってから!!

それが、私との違いでした。

主人も、全く同じ事を思ってました。

ただ、私は、治す前に叶えて欲しい!!その思いで、一杯だったのですが~



自宅での生活は、毎朝起きて直ぐのジョギングから始まりました。

コースは同じ、近くの(碑文谷八幡様)まで、その先の(雀のお宿公園)まで行った日もあります。


このジョギング、初め私は猛烈に反対しました、身体が心配だからです。

でも、全く聞き入れてくれません、さっさと出かけてしまいます。

仕方なく一緒に楽しむことにしました。


すぐに、反対した事を謝りました。

行く道すがら、犬の散歩の方と顔見知りになり、挨拶を交わし~

家々の季節の花を眺めては~~沢山の話をし、


主人は、活き活きとしてました。


ちょうど、二人が大好きな金木犀の香る頃で~

清々しい素敵な時間でした。


今、その道を独りで歩くと切なくなります、

それくらい、心にやき付けながら、毎朝歩いた道です。


八幡様では、毎日少し、お賽銭を持参して、お参りしました。

願い事は、毎日同じ、 奇跡を!お願いします!



八幡様の敷地では、朝陽を浴びながら、それぞれに軽いストレッチをしました。

一度だけ、二人で、背中合わせで腕を組み交互に乗せあう(元気な時に自宅でしてました)のをしました。

主人は、人目を気にする事が全くなかったので、平気な顔をしてます、私は周りを見渡してしまいます。

結局いつも主人の云うとおりにするのですが、~~人目を気にするのをヨク叱られました。


でも、その時~

主人の背中で見た、朝陽を浴びた木々と、その隙間から見える空が眩しくて~~~とても感動したのを、今でも思い出します。


そして、

主人はホントに病気なのか~と思える程~~元気でした。



昨日の事のようです。      

                                  yamatsuma


奇跡2

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その後、

主人の顔面麻痺の治療は順調でした。

先生との相性は良く、気が合うんだよ~と、その先生の治療を楽しみにしてました。


ブロック注射というのを毎日するのですが、

ある日主人が忘れて、看護師さんに、その旨を伝えていただきました。


ところが、先生は心配され、わざわざ病室に来られて、(予約でいっぱいの、お忙しい先生です)

診てくださいました。


白衣、キャップ、マスク、殆ど真っ白の姿で突然病室に入って来られ、ビックリしました。私は、結局お顔を拝見してません。

主人も、マスクを外された先生を知らないと話してました。

いつも、そのスタイルで、治療室を飛び廻っていらっしゃったそうです。

勿論、お名前は忘れません。



そして、その日、その病室で、

yamauchiさん!良かったですね~もう完治、完治ですよ!!と言って下さいました。

今でも、その時の主人の嬉しそうな顔と、病室の温かい空気を忘れません。


この病気だけであれば、どんなに良かったかと、おそらく・・・三人が思いながらも

一つの、大変な病気との戦いが、終わった安堵感が、ありました。




それから、すぐ

主人は、担当の先生に

今後の話をしたい、と伝えました。


先生は、お子さんはどうされますか?と聞かれましたが、

主人は笑顔で、妻だけで!!きっぱりと言いました。


先生と三人、相談室で今後の打ち合わせをしました。


主人は、

例の手術をお願いします。

来年のお正月、お屠蘇も飲みたいですし!!


笑顔で言って、私に眼で合図をしました。

そうです、先生には、本人に余命三ヶ月を話した事を、伝えてません。

早い決断と思われたのか、何故か先生は意外そうでした。


そして、お屠蘇はともかくとして・・・と、真面目に言われ、

病院側の予定に合わせると、急いでも二週間後です。


その間、主人に、仕事を整理されたり、やりたい事も色々、おありでしょうから、

手術まで、一時退院という事にしましょう、と言われました。



突然の入院から~~初めての退院です。



これからの戦いを前に

主人、そして家族に、与えられた貴重な時間です。



その時私は、

その後判る、主人の考えとは、全く違った様々な想いでいっぱいでした。     yamatsuma