海鳴り聞こえる かすかに聞こえる

昨日砕いた 帆柱に

吼えて うなった 海よ

昨日は昨日 よそろ よそろ

今朝はからりと凪の風 朝の海


加山雄三の唄ですね。急に浮かんできて、懐かしい。

確か、全国大会優勝の祝勝会のとき、みんなでうたった。


みんな集まってヨットに乗ろう。海岸で遊んで、春の海に遊ぼう。参加しますって言えば即オーケー。

だよね。K・M。


昨日別の病院でNKの点滴をしました。自分の血液を採取して、NKを培養、再度点滴します。ちょっと高額だけど、今朝は凪の海のように快調です。来月になったら退院します。といっても、通院はある訳で。回復したわけじゃない。気分的に、ただ、開放されたような背伸びの心地よさは、なんともいえないものです。


寝込んでなんかいられない。来春にそなえて体調整えていないと。ね。

久し振りの自分の寝床は、熟睡です。

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42

ヨットハーバーの片隅の、誰も知らないふるい船。

眠ったように、酔ったように昔話の繰り返し。

そんなじいさん見つけたら、焼酎もって揺り起こし

静かな海へ繰り出そう。

はる。のどかな南風。古い話と残り酒。結構走るね。まだ、若いもんには、負けん。

KM。うれしいねえ。春。南風(はえ)の吹き初めを楽しみに。

明日。デッキシューズを買いに行こう。

パーカーも少しお洒落な・・・なんでもいいか。あは!


ひょっとしたらね、ガキさんが48フィートのクルーザーに乗っけてくれるかもしれないんだ。

セールトリートは顎の保に任せて、おれはワイン片手に・・・アルチュール ランボーを決め込むんだ。

「酔いどれ船」

それはそれで、楽しみ。

二つ望んだら。神様は、意地悪したくなるだろうか。


この季節。春を思うこと程。すばらしく楽しい事はない。



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41

久し振りに週末を病院で過ごした。やけに眠さが纏わりついて、ダルさと眠たさが何かを誘っているような不思議な感覚だ。

二日前、消灯を過ぎてこっそりタバコに抜け出した。途中、エレベーターのところでメール。何かと思えば、哲ちゃんから、今福岡で”飲みようぜ”の写メールだった。外に出て、電話をして、気分だけは乗り込み酒飲んだ心地だった。久し振りのヨット仲間やみんなと話せて、気分は電話切った後も熱い。

今夜は眠れるかなあ。病室に戻って楽しい不安だった。ところが・・・隣の病室が大変だった。深夜、家族が、おばあちゃんと叫び呼び続け、慌しい廊下。テレビ消して、邪魔にならないように・・・嗚呼、眠れたもんじゃない。結局まんじりともせず、朝を迎えた。隣の朝からの静けさ。ひょっとしたら。看護士さんに、水を向けても、誰も何も言わない。夕方までの静けさのせいで忘れてしまった。が、翌夜、深夜にまた同じ騒ぎ。声が違うが。おばあちゃんに呼びかけている。・・・オモニ・・・何度も。やっと、理解できた。哭礼。儒教の教えにあるそれか。悲しむことを表現し、見舞う。

ちょっと安心し、その夜は眠れた。

週末の昼の陽気。夜の無風は、11月を忘れさせる。座るベンチの木の感触がいい。病院自体が、休息していて、安堵を覚える。それは、金属の音がしないせいだと思う。人の体は金属(刃物)に弱い。本能的に避ける。病院というところは、平気で金属の道具を使い、人に対する。点滴を射されたまま、「おうちに帰りたい」と泣く子。通りすがりの私に泣きながら、男なんだぞの、でも・・の視線をくれる。

いいんだ。俺も、いっしょ。同じ気持ちだから。早く通り過ぎたくて。あせり。


眩暈をおぼえた。


もう少し。もう少しで。・・・おうちに帰れる。

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40

先日のどんぐりの話は、焦るなの親心。理解していなかったのは、私だけだと思う。そのことに思い届かなかったため、日を改めた。なるほど・・・歩きながら気づいた時。何となく気恥ずかしいやら、うれしいやらで足取りが軽くなった。

ちょうど病院の裏に駅まで続く歩道に沿って、水路がある。人工のものだが、流れも穏やかで、水もきれい。人には心地よい。この水路に沿ってウォーキングをしている。

落ち葉をちりばめたときは風情さえもある。看板を見ると、湧き水だそうで、清らかさはそのせいである。

しかし、なにか変なのだ。無機質・・・そう生き物がいない。水の嵩、流れの速さが障害となってただの水の流れになってしまっている。残念である。


光坊のコメントの中に「韓紅」と文字が、あった。

たとえば、日本の詩で秋という季節を歌うとき、選ぶだろうか?と、ちょっとためらう姿の文字である。

色が、出てこないことと、字面としてあまり見慣れていない所為だと思う。

では、短歌や俳句にないかといえばそうではない。皆さんご存知の在原業平の歌にある。例の・・・


千早ぶる神代も聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは


昔から聞いたこともないほど、真っ赤に染められた竜田川よ。の意であろうか。真っ赤というより少しピンクかかっているのが韓紅らしい。どこかで見た経験がある筈なのに、その言葉を一緒に経験しなかったせいで、私のなかに別の籠に入ってしまい、出会うことがなかった。ということのようだ。

それとも、「業平」から無用の邪推をし、深読みしようとしてできず諦め、放置の袋の中で”がらくたって”しまったのであろう。この歌に他意はないようだ。百人一首ゆえか。ないために百人一首か。

それは、解らない。

39

鷹井さん。ありがとうございます。頑張ります。

鷹井さんは、アイルランド・廃墟と伝説のHPの管理人です。このブログを書き始めてアイルランドのルインのイメージが湧かない時、辿り着いて、その、映像の素晴らしさに魅入ってしまったのです。新しくアップされたと言うことは、また、旅に行かれたということですね。丁寧なコメントはHPの感性そのものです。また、お邪魔します。


秋は、例えば植物の世界では、充実期というらしい。(春は成長期)稔り、収穫。立場こそ違うが、その至芸の技は、目を見張るばかりである。秋だなあ・・・なんて、感傷は人の感情の投影であり、自然界の真理ではない。それにしても、蔵王のどんぐりは、彼にしても、人から見ても、間違いなくひとつの真理ではあると思う。ポイントでしか自然を残せず、プレゼンするしかない日本人の心の狭さは、結局、どんぐりを車であわただしく次のショウ舞台に運搬して催すしかないのだが。

それは、福井の永平寺にいって、逃げ出した剋太画伯と司馬さんを思わせる。禅の真理の追究に、観光バスの金属と排気ガスは、排他的で、無用なはずだが。・・・怒りより、逃げ出すしかない人の行動が悲しい。

最近の温泉地の荒廃は、そこら辺に原因があるように思う。いくら、温泉に行きたいと思っても、写真には惑わされない学習が、私にさえも、ある。


それよりも。

鷹井さんの写真の・・・天使のギフトを見ることのほうが癒される。・・・当たり前だい!ではあるが。


早過ぎる外出は、天気予報とは違う風の強さ。

早く起きた君が、悪い。のだが。


追記

どんぐりの白根育む雪ノ下・・・は、明日書く

鷹井さんのHPは右BOOKMARKS参照。ぜひ、一度見てください。天使のギフトは、本当は妖精のギフト。

妖精もいろいろだし、ティンカーベルを連想していただけたら・・・ゴブリンでは台無しです。

38

宴の後の余韻か、RI検査で体内に注入された薬のせいか、模糊とした時間をすごしている。睡眠は20時間を数え、ただ昼に夜を重ねただけの二日間であった。体調はどうであろうか。少し、重い。数値もあまり動かず、薬の特攻性を期待していたわけではないが、少し惰性で過ぎていく時間に、いらだっているのかもしれない。

フコイダンは10月13日から1ヶ月

それにアガリクス、ウコンを加えた時間差投薬を始めて、2週間。

まだ、効果をどうのこうのと判断する時期ではないことは解っているが、マスコミの年末の広報のせいかやはり焦っているようだ。


夜、喫煙で外に出た。一際目立つ火星。月は満ちているときは火星に寄り添うようにいたが、欠けはじめて何処かに行ってしまっている。もうすぐ、そういえば新月だ。

気がつけば、桜の葉は色づき散りはじめていた。風の語らいに肩を並べ一緒に舞っているよう。少し、さびしい気がいていたが、よく見ると、次の蕾を小さいが、つけている。来年の春のための準備は出来ていて、黄葉は安心して風と旅立ったのだ。

アポトーシス・・・落ち葉をそう呼ぶらしい。がん細胞が普通の細胞と同じように自然死することもそう名付けられている。

私の中のがん細胞も、来年の花のために、はやく散らしたい。


風よ。吹け。

37

麻のパジャマの話。高級なと言ったが、これは店への敬意。linenbirdと言う。

http://www.linenbird.com を見ていただければ、解っていただけると思う。

元来、麻は縄文の着衣。寒さに耐えるものではない。たとえば、江戸時代、開墾ではじめて北海道に行った人々は寒さに困惑していた。そのときも、綿はなく、麻の着物だったらしい。綿入れがせめてあれば、人々の苦難も少しは緩和できた。司馬さんは言う。

だが、私が袖を通したパジャマは申し訳ないが、とても暖かく肌触りがいい。高級とは、そういう意味だ。

自宅での睡眠は心地よく、久しぶりの朝寝をした。その日の夕方の宴を思いながら。

入院したての頃、毎年の同級生の忘年会に出席は無理と諦めていた。それどころか、その頃・・・毎年11月の中旬に集まる・・・は、こっちが危ないかもしれなかった。無事参加できて、嬉しかった。有言無言に、力をくれた。気を使わせたのは、申し訳なかったが。・・・

甘えて。皆さんご免。ありがとう。夢のようだった。


翌日、近頃嵌っているbook offにいった。司馬本を探すため。司馬さんの本はほとんど99%揃っているが、文庫本。いつか、ハードカバーの本を揃える。それは私の数年前からの夢である。たかが本。されど。である。

別に、蒐集家ではない。しかし、数年前、学芸大学の駅近くの本屋で、街道をゆくの本がずらっと並んでいるのを見て、いつか、きっと・・・そう思った。そのために仕事に邁進していたのかもしれない。力の源であった。

子等が家を去るときに渡す唯一の私だよの本である。そのとき、そう決めた。ほかに渡すものがないから。

新しく買えば3000円近くするものが105円!価値とは、そういうものかもしれない。小躍りして抱きかかえんばかりにレジに向かう私を見て、妻は笑うばかりであった。


そんなもので世界を征服したように喜ぶ私が、幼く見えたのかもしれなかった。

そういえば、同窓の忘年会で妻は私をおしのけて、みんなと談話していた。


36

同級生ではないが、突然連絡をもらった。大学のF先輩からである。クラブの先輩で絵に描いたような遅すぎたバンカラであった。すでに小さい時から長崎では有名人だった。・・・後から知ったが。

この先輩、新入生の時、囲碁部の勧誘の公開指導碁に顔を見せた。指導の上級生が打ち下ろした碁石を、ことごとく勝手に動かした。上級生がF先輩を部室に案内し・・・ぎゃふんと言わせたかった・・・勝負に及んだ。悉くF先輩が勝って、上級生は長い時間講釈を聞かされたらしい。私が入部した時には二人の間に、蟠りはなかったように見えた。F先輩の手筋だったのかもしれない。

私は丸っきりの初心者だったため碁を打っていただいたのは数回しかなかった。この人は、碁盤の盤上のことよりも,盤外や盤下のことを教えるのに熱心だった。

対戦中、講義開始のチャイムがなった。当然のように立ち上がり講義に行こうとすると、

「碁を放置して何処へ行く」

「えっ」

驚いた。講義より大切な物が学校にはあるらしい。それからと言うもの。朝からずっと部室に入り浸った。

下宿にも行った。・・・連れて行かれた。飲むこと。人と話すこと。この先輩は目新しかったし、面白かった。

今考えると私の脳が動き始めたのは、この頃だったのかもしれない。

合宿に来いと言われた。どうせ囲碁部のそれ。ヨット部の厳しさをおもうと、なんともない。高を括って参加したが、運動部の合宿だった。何より、寝坊し早朝練習に遅れ、数時間正座で碁を打たされたのは、辛かった。

長崎の実家にも世話になった。正月前後の家族団らんに一人変な奴・・・私がいた。帰りますと言ったが長の逗留になった。碁会所の朝の掃除、対局。茶汲み。ちゃんぽんはやはり、美味かったなあ。

先輩はクラブを全国大会に導いた。初めてではなかったか。

時々、アマチュア戦の全国大会出場で上京された。そのとき会う機会に恵まれ、家にも来てもらった。

息子が、学校を早退して翌日のF先輩の試合を見に行ったとあとから聞いた時は、正直驚いた。彼は結局、碁はやらなかったが。なにかに魅惑されたのは間違いないようだ。


毎年正月にOB会がある。しばらくご無沙汰しているが、その誘いだった。久しぶりに会いたいなあ。


今日、高校の忘年会である。F先輩のことも重なって、郷里のことどもが妙に懐かしい。

また、会えるさ!


35

night medicineと言う言葉がある。

多くの人々がその人の無事回復を願う事が、大きな効力を持っているらしい。現代の先端の医学技術と相容れない事のように感じるが、医者が言う言葉である。アメリカでは、当たり前のように病院の中に教会があるらしい。日本は難しい面もある。寺があるとその線香で違う連想を生み出す。千羽鶴は同じ発想かもしれない。

そう考えると、私は幸せな椅子に座っている。九州から友が多くの頑張れを呉れている。少し皆酒を控えているようだ。九州人の諧謔から見れば土佐鶴を見舞いに持ってきた光坊が真っ当?なのだが。・・・

良くなっての応援と、良くなるぞの気持ちが、とても大切なのだ。頭の中では解っていても中々行動には難しかった。が。頑張ろうと思う。


帰宅した。一時帰宅だが。

ラーメンを食べにいった。替え玉をした。

娘がベッドをプレゼントしてくれた。高価なパジャマも・・・二子玉川の麻の店。


明日は忘年会。久しぶりに友に会う。


退院も間近い。新しい闘病がはじまる。

二ヶ月前、初めて病気を知った時の恐怖感は今は、ない。


家族4人で上京し、肩寄せ合って生きてきた。その家族の今更ながらの暖かさがとてもうれしい。冬本番に向かっている。が、何にも変えがたい温かみをたくさん感じている。

34

実は、東京駅に行ったのは本が目的ではなかった。地下街の博多うどんを食べたかった。本当の博多うどんかと聞かれれば、うーんと唸るしかない。しかし、透明なスープが目の前に来ただけで安堵する。醤油は苦手である。ある人曰く。醤油味は蕎麦に合う。逆に博多のスープは蕎麦には合わない。そう言えばそうだ。

ゴボウテンも田舎でこうだったか。やはり違うような気がする。ラーメンだって以前はそうだった。なかなか関門橋を越え切れない博多ラーメンだった。いまや、嬉しいかな博多ラーメン同士の競争が帝都にある。

いつか、うどんもそんな時代が来ると思う。・・・望む。


言葉。コメントをいただきすべてに返事をするつもりだったが、時には考え込んで迷路にはまるときがある。考えること、それ自体が、私は好きなのだが。・・・言葉は、だんだんと重く少なくなり、ついには無口になってしまう。季節が深まると言うか、歳を重ねるというか。それはそれでいいと思う。

仕事柄、そうもいかない人もいるだろうが。噛みしめる感覚がほしい。軽い返事は易いが、重みがない。


ブログを考える時間は夜であったり、出会い頭だったりいろいろだ。ただ、深夜考えたことは、だいたいぼつになる。翌朝は、そういうどろどろとしたことは書けない。


朝の自分は、頗る健全と言うことだろうか。


昨日、自分の血液を顕微鏡で見た。医師曰く、さらさら。NK細胞も元気で数も問題ない。血圧、体温も申し分なし。食欲あり。・・・一体。私は、病気なのでしょうか。暇を持て余しているということかもしれない。