やどかり族の育自日記

やどかり族(宿借り族=転勤族)の妻の育児の日々。
つたない母と子供の成長を、鼻歌うたうように綴ります。
「好奇心」「対話」「自立」「多様性」がキーワード。今のとこ(笑)

ブログにご訪問頂き、ありがとうございます。
転勤族の妻で、2人の子供(2011年生まれ女児、2013年生まれ男児)を持つ母です。自己紹介はこちら

子育てする中で、「どの方向に向かって子供を育てればいいんだ?」と疑問にぶち当たりました。
正解はなく、常に、自分はどうしたいのか?の自己問答です。

子育てに向きあうほど、自分の未熟さを痛感する日々ですが、
同世代の子を持つお母さんに、少しでも共感してもらえたら嬉しいです。

私の育児のターニングポイント
WORK SHIFT(ワーク・シフト)を読んで、子育てで大切にしたいと思った4つの事。
私の育児史のターニングポイント
なんだ「いい子」だったんじゃん!
『あなたは大事だよ』を日常的に伝えるには?2
何のために勉強するのか Ver5

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※毛虫の画像は掲載していませんが、虫嫌いな方は

読まれない方が良いかもしれません(><)

ここの所、雨続きでしばらく徒歩登園が出来なかった。

毛虫ハウス(毛虫の画像はありません)』で書いた、

毛虫まみれの草も、その後どうなったか分からない。

 

先週の金曜日のことだ。

久しぶりにお天気が良かったので、歩いて保育園まで行き、

例の毛虫ハウスを観察してみることにした。

 

雨が多いからか、例年より周囲の草の生育が早い気がする。

ボウボウと草が生い茂り、

いつも赤々と咲いて目を楽しませてくれる彼岸花が、

緑の草に飲まれて目立たない。

 

彼岸花を探しながら数分歩いて、

毛虫ハウスの前にたどりつき、思わず息を飲んだ。

何と、葉っぱが1枚も無くなっているのである。

 

 

葉っぱが無くなるに伴い、あんなに沢山いた毛虫も

1匹もいなくなっていた。

エサを食べ尽くして、引っ越ししたようだった。

あの大量の毛虫はどこに行ったのか?

次の草に移ったということか?

 

道の脇に目線を移した次の瞬間、思わず叫び出しそうになった。

あそこにも、ここにも、こっちにも、あっちにも!

毛虫が列を成して歩いているじゃないですか。

次のエサ場を求めて、毛虫の大移動である。

 

「うぎゃ〜〜〜!あーちゃーーーん!毛虫がいっぱいだよぅ」

と、娘を呼ぶと、さすがのあーちゃん(5歳7ヶ月)も

「うっわ、気持ち悪っ」

と叫んだ。

 

草場の中だけでなく、コンクリートの道にも

あちらこちらに毛虫の姿が。こりゃぁヤバイ。

 

そして1回気づいてしまうと、毛虫ばかりが目につくようになった。

道端の草なんか、もう毛虫がびっしり。

毛虫の異常発生である。クラクラする。

 

道に座っちゃダメ、草も採っちゃダメ、

自由気ままな徒歩登園に一気に制約が増えてしまった。

 

そう言えば、いつも紅葉を楽しませてくれる桜の木も、

今年は葉っぱの数が少なかった。

毛虫にやられたに違いない。

 

「桜の葉っぱ食べられちゃったね。残念だね」

と、言うと、

「まぁでも、毛虫さんも生きてるんだからしょうがないよね」

と、あーちゃんが言う。

 

さすが、”人類みな兄弟”ガール。(毛虫は人類じゃないか)

しかし、あまりの毛虫の大発生に、綺麗事言ってる場合ではなくなってきた。

保育園への道のりだけならまだしも、

家のアパートの壁を5匹くらいの毛虫が這っているからである。

我が家は上階なので、すぐさま被害がある訳じゃないが、

これ以上毛虫が増えたら、我が家まで到着するのも時間の問題だ。

 

市役所に電話して駆除してもらおうか。

あぁ自然の生態系的には、毛虫を食べるのは誰にあたるんだろう。

聞いてみると、どうやら鳥らしい。

鳥、めっちゃ飛んでるのになぁ。食べてくれないかなぁ。

 

しばらく布団をベランダに干せそうにないし、

徒歩登園も、毛虫が落ち着くまではちょっとお休みだ。

どうやったって、道のいろんな物を触ってくる子ども達。

毛虫に襲われる事は無かったが、はる君の首筋に、

よく分からない小さな幼虫が歩いていた。

害がない虫だから良かったけれど、こんなに道に毛虫がいたら、

あの幼虫が毛虫に代わる事も十分考えられる。

 

豊かな自然に、沢山の癒やしと楽しみをもらっているけれど、

自然と人間との共存は、難しいなぁと考えさせられる1件である。

 

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ダンボールで出来た携帯電話を耳にあて、私に電話してきたはる君(3歳3ヶ月)。「もちもち〜、今からお膝に行っていいですかぁ?」と、膝の上を電話予約してきました。あー、かわいい。

 

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あーちゃん最後の運動会が、昨日終わった。

やる前から感動が高まり過ぎていた→『最後の運動会前夜』。

きっと、ここで凄く感動した、とまとめられれば、

物語的には綺麗なのだけど、

思い描いていたような最後の1ピースがはまった訳では無かった。

 

親の中で、勝手に期待のハードルが高まり過ぎていたのだと思う。

それは、私だけでは無かったようで、

隣に座った同じ年長さんのお母さんと、

「ん?あれ、もう少し何かないの?って思ってしまったよね」

と、年長さんのお遊戯のあと正直過ぎる苦笑をした。

 

緊張した面持ちで小さな動きで踊る子どもを前に、

今まで見てきた年長さんと比較してしまったり、

家の中でニコニコ大声で歌っていた子どもと比較してしまったりして、

上がっていた期待のハードルが、しゅ〜んと萎えていくのを感じた。

そして、それがいかに自分勝手な都合であるかも自覚している。

 

「でも、去年のこの子達を思ったらさ、すごく成長したよね。

比べるのは去年の年長さんじゃなくて、

去年のこの子達じゃないといけないよね」

と、隣のお母さんと話す。

 

子どもには、いつだって”絶対評価”で接してあげたいと思う。

相対評価は、集団の中でどれくらいの位置にいるかを評価するもので、

絶対評価は、周囲は関係なく、一定の目標を達成できたら評価されるもの。

 

運動会のような場に行くと、

どうしても我が子を相対評価したくなってしまう。

ニコニコと無邪気に演技している子と比べたくなったり、

颯爽と駆け抜けていく子と比べたくなったり。

比べる相手は、その場にいる誰かではなく、去年の誰かであったりもする。

 

でも、相対評価は誰でも出来るけど、

子どもの成長を絶対評価出来るのは、親しかいないのだ。

以前に比べてどう成長したのか、その成長の軌跡を褒めてあげられるのは、

ずっと近くで子どもを見てきた親しかいない。

 

他人の子には「あぁ成長したなぁ」と絶対評価出来るのに、

我が子の評価がつい世知辛くなってしまうのも、

表には出さないけれど、湧き出る本音。

 

あーちゃんは、普段どろんこになって遊んでいるのに、

→『泥まみれのハルゴロウ

運動会の場になると、少し砂がついただけでも几帳面に払いたがった。

緊張の現れだったんだと思う。

浮かない顔でずーっと肘や膝の砂を払い続けるのに、もどかしい思いをしたりした。

(汚れてもいいから、ちゃんと踊ればいいのに)なんて。

 

他人の子にウルっときて、我が子にケチをつけたくなるのはなぜ?

期待値と注目度合いの違いなのか、

不思議な心理だなぁと客観的に自分を見ている。

 

でも、その”絶対評価”の観点で、

あーちゃん(5歳7ヶ月)を超絶に褒めてあげた1件がある。

 

障害物競走で走り縄跳びを披露する場面があった。

縄跳びで走りながらトラックを一周するもの。

趣味、子育て。』で書いた、植物園で練習した走り縄跳びだ。

 

ところが、あーちゃんは来賓席の前で転んでしまう。

呆然とした顔でしばらく起き上がらず、

後からスタートした子にも追い抜かされていき、目は涙目だった。

先生から助けられて、ようやく立ち上がり、膝の砂埃を払う。

すっかり意気消沈して、そのまま棄権しそうな勢いだった。

 

「あーちゃん、頑張れーー!」

と、大声で叫ぶ。

旦那さんも、周りにいた友達のお母さんも、叫んでくれた。

 

先生は無理やりに連れ出すでもなく、

あーちゃんの意志を確認し、待ってくれた。

私達の方をチラリと見て、すっかり弱気な眼差しを向けるも、

最後は先生に向かってコクリとうなずいて、再スタートを切った。

 

ポロポロ泣きながら走っていたけれど、

あぁよく頑張った、頑張った、最後まで走って本当に偉かった、と

心の中でいっぱい褒めた。

 

最後まで諦めないのがかっこよかった、素敵だった、

お母さんはとっても嬉しかった。

いっぱいそう伝えてあげたいと思っていたら、

旦那さんが私が言いたい事は全部上手に伝えてくれた。

 

私の出る幕はないかなぁと思ったが、寝る前に

「今日、恰好よかったよ。あーちゃんはお母さんの宝物だよ」

と、伝えた。

「宝物ってさ、キラキラしてるんだよ。ルビーとかサファイアみたいに。

でも、あーちゃんはキラキラしてないよ」

「ママには、キラキラして見えるよ」

「どこが?」

「うーん。この辺りとか」

笑いながら、あーちゃんの肩の付近で手をひらひらさせる。

「あと、」

薄暗い常夜灯に照らされた、大きな黒目を見る。

「目」

 

小学校に上がり、中学校に上がり、

子どもが集団生活の中に入って成長するにつれ、

きっと一緒に過ごす子どもの個体差は今より何倍も出てくるだろう。

 

走るのが早い子、勉強が出来る子、気が強い子。

どんなに他人と比べまいとしたって、

時に(うーん、うちの子大丈夫?)と思ってしまう事もあるかもしれない。
 

でも、私の宝物は、

周りの環境が変わっても価値が減るものではないよ、

と自分で自分に肝に銘じたい。

 

本人が誰かとくらべて自信を無くしていたとしても、

大丈夫、あなたはずっとキラキラしていて、今も変わらず素晴らしいよって、

伝え、励まし続ける存在でありたいと思う。

 

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はる君(3歳3ヶ月)の出し物はすぐに終わってしまい、観客席で最後まで見るのが大変でした。ずっとお菓子食べてました。

 

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一番最初に今の保育園の運動会を見たのは、今から2年前の秋だった。

→『運動会は園庭でやって欲しい

 

自分の記憶にある幼稚園の運動会とも、

また、以前娘が通っていた保育園の運動会とも、少し違っていた。

 

まず、年長さんはスタッフの一員であること。

道具の出し入れ、年下の子ども達のお世話、ありとあらゆる場面で、

子ども達が走り回っていた。

 

そして、一風変わった年長さんの障害物競走。

”競争”という形ではなく、どちらかと言うと”運動発表会”に近い。

子ども達が自分の出来る技を、出来る形で披露するのだ。

跳び箱の段数は子どもごとに入れ替えられ、

各々が、自分の出来るめいっぱいを見せてくれる。

 

跳び箱については、うまく飛べないと”やり直し”だ。

出来るまで”やり直し”になるので、

周りで見ている親達は手に汗握って眺めることになる。

 

それでも、誰一人として失敗で終えた子はいなかった。

失敗してヘラっと照れ笑いしていた子が、

先生に促され、表情が変わり、真剣な眼差しで再度、踏切板を蹴り飛ばす様子は、

我が子でもないのに鼻の奥がツーンと痛くなった。

 

当時、あーちゃんはまだ3歳7ヶ月、はる君は1歳3ヶ月。

あと2年したら、本当にあんな風になるんだろうか。

眩しい年長さんの背中を見ながらそう思ったものである。

 

点で見れば、遠くかけ離れているように感じる姿も、

なだらかな線でつながれると、違いがわかりづらい。

早かったような気もするし、長かったような気もするが、

あーちゃんは、ちゃんと”あんな風”になった。

2年前の年長さんと遜色ないくらいに成長した。

 

とうとう今日は、あーちゃん最後の保育園運動会である。

 

先生が「一生懸命ね、跳び箱5段飛びに挑戦中なんですよ」と教えてくれた。

もちろん、年長さんの障害物競走に向けて、だ。

運動会で何段を飛ぶかは、自分で選ぶ事が出来るらしい。

一昨日、あーちゃんに

「運動会で何段飛ぶの?」

と、聞いてみた。

 

あーちゃんが「5段!」と答える。

「5段なの?挑戦中なのに?4段の方が確実に飛べるんじゃない?」

頭の中には、2年前の運動会があった。飛べなかったら再チャレンジだ。

2回も3回もやり直す子どもに、

(このまま飛べなかったらどうなるんだろう)

とヒヤヒヤしたのを思い出す。

 

「4段は簡単じゃけぇ、5段にする」

と、あーちゃんが言った。

 

あぁすごいなぁと思う。

ちゃんと自分に出来るめいっぱいで挑戦するんだね。

失敗したらどうしよう、なんて微塵も考えずに。

 

2年前の年長さんの、踏切板の音が耳の中でこだまする。

記憶の中の子どもの背中が、今日、自分の娘に入れ替わる。

 

 

また、あーちゃんのお手伝いの役割は、

はる君のクラスの出し物のサポートだそうだ。

あーちゃんがお店屋さんに扮し、はる君達が買い物に行く、という設定。

 

はる君は運動会の練習中、あーちゃんを前にしてテンションが上り、

笑ってふざけて先生に怒られたらしい(笑)

姉弟の2ショットをこんな形で運動会で見られるのも楽しみだ。

 

「涙が出るくらい素敵な運動会にするんよ」

と、あーちゃんが言う。

もうね、前情報だけで既に涙が出てきますよ。


いっぱい練習してきた事を発揮し、めいっぱい力を出し切ったら、

毎年そうであるように、運動会後は一皮むける事だろう。

→『運動会マジック

子どもの成長の瞬間に立ち会える今日を、

めいっぱい心で感じ、目に焼き付けよう。

 

フル充電された電池をカメラにとりつけ、
緊張と感動と感謝が入り混じる、人生初めての気持ちで、

お気にい入りのカメラを鞄にしまうのだった。

 

 

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昨日、歩いて保育園から帰っている途中、先を歩いていたあーちゃんが私の方に振り返り、次のポーズで「なな!」と叫んだ。どう見ても「はち」だよ。

なな

 

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【はじめに】
「あーちゃんの宝さがしシリーズ」は、娘が好きな事を見つけ、それに夢中になる過程を応援、記録する記事です。過去記事はこちら。息子の「はる君の宝さがしシリーズ」もあります。

 

ちょうど約1ヶ月前。

石鹸の白い粉はオシロイバナの種の中身に似ているから、

石鹸も種から出来ているんじゃないか、とあーちゃんが仮説を立てた事を書いた。

→『【あーちゃんの宝さがしVol.20】図鑑で開け、世界の扉

 

私は、石鹸は何で出来ているのか?と疑問に持つところも、

別の知識を結びつけて仮説を立てる目のつけどころも、素晴らしいな、と思った。

もう少しこれを広げてあげたかった。

 

あの後、

「石鹸はね、油から出来ているんよ。一緒に作ってみよう!」

と声をかけ、少しタイムラグはあったが、実際に廃油から石鹸を作ることに。

 

ネットで調べてみると、廃油に混ぜる薬剤はかなり危険そうだった。

手に触れないようにゴム手袋をし、目にも入らないようにゴーグルをしろ、と。

はる君(3歳3ヶ月)もいる手前、そんな危険な物を家に置いておきたくない。

 

そこで、混ぜるだけで石鹸が出来ると謳う、

下記の商品を購入したのだった。

 

 

結果から先に言ってしまえば、

石鹸づくりには成功だったけど、あーちゃんの学び的にはやや失敗だった。

 

石鹸づくりは非常に簡単で、上記商品の空袋に廃油を入れ、

中に入っていた液体と粉末を投入して振るだけ。

ただ、やはり液体と粉末は劇薬だったので、投入は私がやることに。

あーちゃんがやった作業は、廃油を空袋に入れる所と、袋を振る所だけだ。

 

「あーちゃん、油にね、この液体とこの粉を混ぜると石鹸になるんだって!」

 

と、説明すると、あーちゃんはやや興味を示したけれど、

私自身が、理由を把握していないのでそれ以上話が膨らませられない。

 

油にこの粉と液体を入れると、何で石鹸になるのか?

油で作った石鹸が、どうして油汚れを落とすようになるのか?

やや黄味がかった液体が、薬剤を入れると白くなるのは何故か?

どうして薬剤を入れて放置すると、油が固体になるのか?

 

興味のフックは沢山あったはずなのに、

自分自身が無知過ぎて、また前準備も何もせずにやってしまって、

ただの”作業”になってしまった。

 

それでも、

 

「ねー、ママ、石鹸できた?」

 

と、石鹸の出来具合を気にかけ、

翌日、真っ白く固まった石鹸に感嘆の声を上げてくれたので、

多分、無意味、では無かったんだと思う。

 


無意味では無かったけれど、

もう少し波紋を広げてあげたかった。

彼女の興味の広がりに、ちょっかいを出したかった。

 

その場で「へぇこうやって出来るんだ!」と綺麗に納得するのではなく、

あと一步、モヤモヤを投げかけたかった。

 

ジョン・デューイの『経験と教育』の中で、

学びにつながる良い経験の事が、次のように書かれている。

・いい経験とは、次の経験の呼び水となるもの(「連続性」)

・本人に気づきがある事(「個人の内部で進行して初めて意味を持つ」)

→『何のために勉強するのか Ver.4

 

この観点でいくと、今回の石鹸づくりは、

次につながる波紋や興味を投げかけることも、

何かに気づかせるような問いかけも出来なかった。

 

私自身が、思いついた発想を実行するだけの、

通り一辺倒な自己満足に終わってしまったような気がする。

 

子どもの好奇心から、知的な興味を引っ張り出していくには、

教える側が物事を知っていないと難しい。

一緒に調べる、という方法もあるけれど、

そこに持っていくにも、”問いかけ”が必須である。

 

ぼーっとしてると、問いかけるタイミングを逸するし、

そもそも問いかけも思いつかないし、

「あー、あれ言っておけばよかった」と後から思いついて後悔したりする。

 

もうじき、植物園からオシロイバナの種が届くだろう。

(植物園に忘れてきたオシロイバナの種は、無事見つかり、郵送してもらえる事になりました)

→『趣味、子育て。

 

次は、もう少し上手くやれるかな。

どういう風にやれば、子どものワクワクを引き出せるだろうか。

頭の片隅で、悶々と暗中模索している。

 

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すりむいた膝に貼った絆創膏を剥がした、あーちゃんの一言。「ママ、見て。ニッポン」。白い中央のパッドに、赤い血の丸が1つ。

 

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たまに、ママ友達と何歳の育児が一番大変だったか、という話になる。

新生児、という人もいるし、イヤイヤ期という人もいる。

環境や赤ちゃんの状態、自分の性格も関わってくるので、

大変さのピークは人それぞれである。

 

私の場合は、下の子が生まれたばかりの、

あーちゃん2歳、はる君0歳の夏と、

あーちゃん4歳、はる君2歳の1年間だ。

 

今は、あの時を思えば楽になったなぁと思う。

しかし、去年まであまり手のかからなかった坊や(はる君(3歳3ヶ月))が、

本領発揮し始めて、たまに遠い目になる。

為す術なくその場に立ち尽くし、時が経つのを待つ私の目。

 

イヤイヤのスイッチが入って泣き叫ぶのもそうだが、

コレは10分待てば気が収まるので、まだ良い。

 

一番困るのが食事中である。

食事が大変なのは今に始まった事ではないし、

あーちゃん(5歳7ヶ月)が落ち着いた分、去年よりはマシなのだが、

全然座って食べない息子を前に、

あぁ〜この年齢がやってきた・・と頭を抱えている。

 

昨日は、口に含んだ牛乳を床にぶちまけた。

誤って吐き出したんじゃなくて、わざと。

一口食べては立ち上がり、歌って、踊り、笑って、ふざける。

 

「立ち上がったらごちそうさまの合図だよ、片づけちゃうよ」

と、優しいモードで接していても、これが全く効果がない。

本当に片付けては、「食べるー!」と泣きつかれ、

台所と食卓の間を食器を持って何回も往復。

 

最終的には、

「いい加減にしろーーー!!もう片付けるよ!」

と、母さん火山大爆発である。

そして、私のエネルギーは怒りで使い果たし、床に倒れ込む。

(怒ると疲れるんですよね・・。)

 

子どもはこういうもんだ、と理解しているつもりである。

今ふざけていても、時が来れば落ち着くのも、

あーちゃんを見ていて知っている。

でも、この年齢の食事の時間は、何回やっても苦痛だ!

 

でも、どんなに叱られても、

全くめげないのが、はる君の困った所でもあり、いい所でもある。

 

昨晩は、ガツンと怒られた後に、

「ママー♡絵本読んで〜」

と両手に1冊ずつ絵本持ってやってきた。

 

右手と左手を交互に上げたり下げたりしながら、

「どーちーらにしーよーかーな、てーんのかーみさーまの言うとおり!」

と、ニコニコ笑顔で歌う。

こっち!と右手の絵本を上げたかと思えば、

やっぱりこっち!と左手の絵本を上げ、

やっぱりどっちもー♡と、ケラケラ笑いながら、2冊を私に突き出してきた。

 

無邪気過ぎて、力が抜ける。かわいいじゃないか。

これも彼の策略なのか?と思う。

手のひらで転がされているような気もする。

→『おさるのはる君

自分が不都合な状況に追いやられると巧みに話題を変える、おさるのはる君。

 

3歳男児はかわいいのだ。とにかくママ命である。

こんなに誰かに愛される事は、この先二度とないだろう。

しかし、ゆっくり大きくなってね、という気持ちと、

あぁこの年齢すっとばしたい、5歳までワープしたい・・と思う気持ちが混合している。

 

子育ては、可愛くて幸せなだけでも、大変なだけでもない。

現実は、簡単に白黒割り切れるものでもなく、

矛盾した気持ちが混在しているものなのだと思う。

 

この大変さがあっての、成長の喜びなんでしょうね。
 

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ずーっと上の子の方が大変、と思ってきたのに3年経って逆転しました。

 

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