禍福人生 奮闘日記

タカラレーベン西日本の会長 二宮秀生です。

禍福人生 奮闘日記



 私は宗教家でも理想主義者でもありません。現実重視の実務家です。人は必ず死ぬ。二度と過去には戻れない。二度と生まれ変わることもできない。私たちは現実の今を価値あるものにしなければならない。私の仕事観・人生観は宇宙論から始まっています。


 人類が見ることの出来る128億光年の彼方に広がる大宇宙、私達の銀河系(星雲)の中には太陽のような恒星が2000億個もある。更に、そんな星雲が大宇宙には更に2000億個もあると言う。途方もない広さの宇宙の中の一点の地球に私たちは生きています。宇宙の誕生から138億年、太陽・地球の誕生から46億年、人類の誕生から500万年、人間らしくなって20万年、日本が出来て2000年、途方もない時間、悠久の命の繋がりの中の今の一瞬に私たちは生きています私たちは生まれ変わる事の出来ない一点・一瞬の奇跡の存在です。日々の出会いは奇跡の出会いです。どんな不動産の取引も、よっぽどのご縁による取引になります。


 小枝を集めて大木を流すという言葉があります。一得一失という言葉もあります。利他(譲歩)の決断で安寧なしあわせを手に入れた人がいます。小利小欲(執着心)にこだわって不幸(問題)を残した人もいます。太陽(地球)に寿命があるように地球最期の日は必ずやってきます。地球に寿命があるように人生にも終わりがやってきます。人生は禍福終始。良い事も始まりがあったものには必ず終わりがあります。悪い事も始まりがあったものには必ず終わりがあります。


 二度と過去には戻れません。二度と生まれ変わることもできません。人間万事塞翁が馬。終わってみなければ何が正しくて、何が間違っていたか分りません。終わってみなければ、どちらが勝者(成功)で、どちらが敗者(失敗)かも分りません。真に生きる。自分の死を覚悟して初めて真実の生を実現することが出来ると思っています。死の淵に立って正しい判断・正しい決断が出来ると思っています。


 生きている今現在の現実が全てです。過去も未来もありません。生きている今の自分の持ち時間が全てです。日々消滅して行く人生の中で、人とのご縁・仕事とのご縁・不動産とのご縁があります。時の流れの中で、誰の人生にも夢や希望に満ちた取得、進出や拡大の時期があります。また不本意な売却、縮小や撤退、後始末の時もあります。人生は大河ドラマです。時の流れは止まりません。全ては自分の持ち時間の中の出来事です。不動産を取得する事も手放す事も、ある意味では全て正しいのです。お客様の個別事情(人生観)に最適な選択が必要だと思っています。


 お客様の今にとって、又お客様の将来にとって何が大切か、お客様の人生観(立場)を重視して考えます。不動産の取扱いを通してお客様の本当のしあわせ利益)の為に、お役に立てればありがたいと思っています。たった一度の人生です。残りわずかな人生です。二度と来ない人生です。本当のしあわせ(成功)とは何か。皆さんへのお役立ちが私の仕事観・人生観です。あなたの人生哲学に沿って一緒に考えさせて戴きたい。お気軽にお声をかけて戴きたいと思っています。

 

 歳をとると夜明けが速くなります。本投稿はAM4時からAM6時の早朝散歩の前後の時間、ボケ防止と時間つぶしのために、思いつくまま気の向くまま一気に書きあげています。読み返しや推敲を重ねていたら書けません。思いつくままに書いています。支離滅裂で矛盾した文章、誤字脱字、変換間違いが多々あると思います。不遜な表現や不適切な表現もあると思います。不愉快な点は年寄りのたわごとと思ってご容赦願いたい。寛大な心でご笑覧戴きたいと思っています。

 

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禍福人生 奮闘日記 『生きたご先祖様(伯母)の天寿』

 

  伯母が亡くなった。103歳の天寿を全とうした。致死率100%とはいえ人が亡くなる事は寂しい。103歳だから奇跡の長生きである。何時死ぬのか自分でも気付かぬうちに心静かに眠る様に亡くなった。最高の幕引きである。お祝いに相当する長生きだが悲しいものだ。伯母は100歳を越えても、嫁ぎ先の子孫だけでなく、実家(二宮家)を気遣い、私たち一族を心配していた。父方兄弟姉妹7人(清香・孝治=戦死・勲=戦死・治子・栄光・清光・章一)の最後の伯母(清香)だった。これで父方の叔父叔母は全て居なくなった。母方姉妹(愛子・イソエ・クニ子)は一人が施設で元気に頑張っている。

 

  葬式に来ている従弟(79)の子(50)、その子の子(25)、又その子の子(3)、故人の血族が私の前の列で座っている。幼い子はかわいい。このチョロチョロしている子供たちは私の父の父、祖父(福松)の直系の子孫たちである。64年前に亡くなった私の祖父(福松)を血の原点にしたら、子の子たちは私を含めて皆、祖父・福松の直系の子孫たちである。祖父の血が見知らぬ関係にはなってはいるが私達子孫に共通して流れている。このチョロチョロしている子供たちもいずれ結婚して子供を産み年寄りになる。郷土の者達は何度も婚姻を繰り返している血族だと言うことが分かる。

 

  元気な高齢者を見ると心が落ち着く。未だ10年ある。未だ20年ある。未だ30年ある。未だ未だやれる。後に続く我々にとって未だ生きれると言う希望となる。先輩の生存は後輩達の励みとなる。自然の流れとはいえ親の代が消え去って行くことは寂しい。祖父が死に、父が死に、自分が死ぬ。子が死に孫が死に、ひ孫が死んでいく。これが理想的な葬式である。順番が狂うことこそ悲劇となる。とうとう自分達の世代が葬式の主役に近づいてきた。頑健な人が長寿になるとは限らない。病弱な人が短命になるとは限らない。寿命は天寿なのかもしれないと思う今日このころである。

 

 この亡くなった伯母から二宮家の先祖(曽祖父母)の思い出という内容で、私宛に20年前に手紙が届きました。先祖の記録として大事に保管しているものです。伯母の手紙の内容は伯母が小学生の頃の思い出です。今から九90数年前年前の思い出です。伯母が10歳前後で曽祖父(1838年生まれ)が75歳前後です。コレは1923年頃の思い出話しです。以下手紙の原文です。

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  私(葬儀の伯母)が子供の頃、年末に子供の多い近所の人から、『お正月にお米が無いので2斗(18ℓ×2)貸して欲しい』と祖母ハルさんの所まで頼みに来られた人が居た。そのことを夫(祖父=伯母の祖父)である孫三郎に伝えると、祖父・孫三郎は『子供が多いのに2斗位の米では何日も持つまい。お正月には子供達に充分食べさせてやればよい。』と言って2倍の4斗(72ℓ=1俵)を差し出した。そして4斗のうち半分の『2斗(36ℓ)は返さなくてもよい。』と言って、1俵を家まで持って行ってあげたそうな。そんな優しい祖父の心を思うと今もありがたい。

 

 祖父である孫三郎の父・孫之進は自分の弟の娘を孫三郎の嫁(ハル)として迎えいれた。物心ついてからの私は祖母(ハルばあちゃん)の不平不満や愚痴など一度も聞いたことが無い。優しい心の持ち主でした。六月始め、自分の体調を感じて『今度は死ぬが、今死んでは人様にご迷惑を掛けるので蚕が上がるまでは死ねない。』と言われた。私はばあちゃん子でした。六月六日の朝、『父ちゃんと母ちゃんを呼んでおくれ。』と言われ、枕元に両親を呼ぶと祖母は座って、両親の前に両手をついて『長いことお世話になったが、もう今日はオイトマゴイをするぞ。』と言って、何の苦しみもなく帰らぬ人となった。両親は『ばちゃん!ばあちゃん!』と呼べどさすれど答えなき人になってしまった。

 

 思い出せば、私が6年生になった時、お年玉として貰ったお金で、ハルばあちゃんに下駄を買ってあげた。ばあちゃんはとても喜んで、『孫がくれて嬉しい。新聞にでも出してやりたい気がする。』と言って、大切に出したり入れたりしていた。その祖母の懐(ふところ)のなかで、6年生まで1つの布団の中で寝た。祖母の肌のぬくもりが今でも懐かしい。優しかったハルおばあちゃん、時折思い出して涙さえ流す時がある。

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 これが20年前に戴いた伯母(清香)からの手紙の原文です。1920年ころの様子です。今あるのは先祖あってのお陰です。私たちは自分ひとりが勝手に育ったような態度ですが、私達には10代100代1000代前の先祖がいます。先祖の血と心の延長上に今があるのです。先祖は見ています。先祖は自分の体の中で自分を見ているのです。昔の人は100年後の為に植樹しました。子孫を思う天使の心が先祖の心です。先祖供養とは自分を大事にすることです。この手紙で気付いたことですが、終末期を在宅で迎えた場合、ハルばあさんの様に自分の死さえも自分でコントロールできると言うことです。この亡くなった叔母はここ数年、『あと何回桜の花が見れるだろう。』と言っていたのが心に残る。先祖に感謝し大事な大事な命であることを改めて確認し、命の重さを読者の皆さんと共有したいものです。この手紙に手を合わせ、仏様に仕舞わせて戴く。

住宅情報館 社長日記 住宅情報館 社長日記

 

祖父福松と著者(秀生) ハルさんとは福松の母  昭和35年ころの実家、カメラの位置は現在は森林

 

 

 

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禍福人生 奮闘日記 『融資業務の行き詰まり』

 

日銀の平成286月からのマイナス金利政策によって貸出金利が下がり続けている。昨年末で日本全体の銀行の貸出総額は471兆円となり2年前の445兆円より貸出総額が約6%増えているが、金利の方は随分下がったもので平均で0.946%になっている。0金利にもかかわらず預金残高は2年前に比べて12%も増えている。タンス預金もあるので預金ばかりが増えている。金利が付かなくても将来の不安の為の貯蓄志向になっているのだと言う。預金高は融資高にリンクしなければ銀行業務は行き詰る。

 

  銀行経営は我々素人が考えても銀行経営は厳しいと思う。しかもITの活用で自動送金や自動出金が出来る。IT会社が銀行業務を始めた。ITを駆使して直接金融が始まっている。仮想通貨も始まった。にもかかわらず黒田日銀総裁の続投が決まった。ゼロ金利を続けて銀行を追いこむと言うことは、銀行の再編誘導を意図しているのだろうか。これからの日本は絶対安心・絶対安全な大企業は無くなる。どんな会社もいつどこで窮地に落ちいるか分からない。バンカーも我々も自分の身は自分で守るだけの防衛戦略を立てなければならない。個人も法人も生き残るために誰にも負けない強み(専門知識+行動力)を持つことだと思う。

 

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禍福人生 奮闘日記 『若い力、羽生弦五輪連覇、将棋の藤井聡太優勝』

 

 年末に怪我をしていた羽生弦(23=ANA)が五輪を連覇した。初出場の宇野昌磨(20=トヨタ)も2位となった。連覇と金銀である。2人が同じ表彰台に上がるとは驚きである。日本のフギュアスケートのレベルの高さに驚く。普通の演技では上位入賞にとどまる。トップに立つ為には人がしない事、困難な技術にチャレンジしなければならない。見たことの無いイナバウワや4回転ループの連発である。個人の努力はもとより指導者を含む支援部隊の勝利だと思う。夏のオリンピックでは井上康生率いる日本柔道が大勝した。スポーツにはお金がかかる。失われた20年の時代には全てが下り坂だったように思う。スポーツ競技における勝利は国力(元気な企業力)に比例しているように思う。

 

  17日将棋の最年少プロ藤井聡太5段(15)が朝日杯オープン戦で初優勝した。そして中学生では史上初として6段に昇段した。準決勝で羽生善治二冠(47)を破り、決勝で広瀬章人八段(31)破っての勝利だった。過去の最年少優勝は加藤一二三9段(78)が1955年に達成した15歳10カ月を15歳6カ月に塗り替えた。藤井聡太君の頭の中はどうなっているのだろうか。将棋の場合、相手の打つ手を先読みしなければならない。忖度(そんたく)拓と忖度との戦いだと思う。裏の裏を読む。その又、裏の裏の裏を読まなければならない。

 

   裏の裏にはその先に限りが無い。裏の裏の行きつく境地は無策の策、自然体でいくしかない。自然体とは宇宙との交信・神との対話である。将棋を引退した加藤一二三9段の言動は人間離れしていて、どう見てもおかしい。人間の反応ではない。神武以来の天才と言われたひふみんが、やっぱり宇宙人であった事が暴露され始めた。世界には多くの宇宙人が居る。500桁の数字を耳で聞いたその瞬間で覚えきる宇宙人が居る。地球上には3桁の数字10個の足し算を一瞬で暗算できる宇宙人も居る。もしかしたら羽生弦も藤井聡太君も宇宙人かもしれない。

 

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禍福人生 奮闘日記 『ビットコインはびっくりコイン』

 

  仮想通貨の勉強会に参加した。ウェブ上のテナントビルの床面積が買えると言う。例えば100万円分の現金で100万円分のバーチャル床面積が買えると言う。しかも100万円相当のビットコインも貰える。バーチャルの床面積を区画して第3者に転売が出来ると言う。その床面積は自動車展示場でもよいし、ブティックでもよい、事務所でもよい。商品が多ければ広く買うことが出来る。パソコンにVR3Dメガネをつけてそこの事務所や店舗を訪問することができる。アバター(自分の分身キャラクター)が店舗の店員と商談したり購入ができるようだ。別途所有している100万円相当のビットコインは必ず値上がりするという。値上がりは2倍や3倍ではない。値上がり率が100倍1000倍とか1万倍とか言うから訳が分からない。ぼろ儲けした人がいると言うことで、損失した人が無いのがおかしい。誰かの役に立つことの対価としてお金が貰える。そこには労働の喜びがある。彼らに仕事観・人生観があるのだろうか。

 

 

  先日、仮想通貨交換会社コインチェックから580億円分の仮想通貨ネムが流失した。仮想通貨取引口座の不正売買でベトナム人達4人が逮捕された。ネットバンキングから預金者になり済まして現金を引き出しビットコイン(BTC)に交換し送金したのだと言う。日経新聞の報告では、昨年ベンチャー企業4人がスイスの山村に現れ、寒さを利用して仮想通貨の拡大を受け入れるサーバーの建設を始めたと言う。ビットコインは何故か採掘と言う言葉を使う。現在の仮想通貨の時価は100兆円だと言う。1年前の40倍だと言う。しかも発行上限が2100万BTCと決められている。今後の採掘余地は25%(今の価値で25兆円?)しか残っていないと言う。25%の奪い合いの様だ。奪い合いだから更に高騰する。訳の分からない話である。正常な取引なら何で日銀がやらないのだろうか。私にはビックリコインだ。どう考えても理解できない。

 

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禍福人生 奮闘日記 『奇遇な御縁、人類は皆兄弟』

 

 昨夜は余戸の酒井邸において八幡浜高校柔道部の同級生4人(酒井・中村・成実・二宮)の同窓会が行われた。大坂の成実君が松山へ出張で戻ってきたことでの同級会である。成実君は私が創ったNBFビルの管理責任者としての来松である。しかも担当責任者である。奇跡の不思議なめぐりあわせである。酒井邸の隣が奇遇にも松山大学柔道部の同級生福島邸である。さらに奇遇な事は福島君がNBFビルの設計者であることだ。福島君を呼び出し5人で随分盛り上がった。

 

 酒井君は30年前に頸椎を痛め車いす生活である。奥さんの明るい性格によって障害者を感じない。酒井君の奇跡の回復は奥さんの努力以外の何ものでもない。ご苦労は計り知れない。 酒井君と成実君は同郷でしかも隣家である。中村君は独立の準備期間を当社に在職していた時期がある。現在は仕事の傍ら棟田道場の指導者でもある。私と福島君は棟田先生と柔道の先輩として50年来のお付き合いがある。気の置けない50年来の仲間である。奇遇が重なりこうした楽しい時間が持てるのもよっぽどの関係だと思っている。血縁以上の他人だと思っている。命の不思議、御縁の不思議を感じる。

 

 人間は民族を越えてホモサピエンスとして同じ遺伝子を持っている。悠久の昔から続いた先祖の結婚(交配)を遡って考えると人類は皆兄弟になる。人間は小川のメダカの群れや遡上する紅鮭と同じように、子子孫孫の私達は同じ先祖の遺伝子を持っている。魚の受精を考えると一世代で無数の兄弟・従弟が出来る。世代が進めば遺伝子どころか一匹一匹の個体はクローン的分身と言える。私達人間の遺伝子も現代から2の2乗で先祖を遡った場合、400年前には1000人の先祖が居る。800年前では100万人、1200年前で10億人、1600年前には1兆人の先祖が居たことになる。当時の人口は極めて少ない。世代を遡れば私達現代人は共通の先祖が何度も結婚を重ねて今があることが分かる。

 

  ホモサピエンスの登場までさかのぼった場合、人種や民族を越えて人類は皆兄弟になってしまう。キリストはそれを知っていたのだろうか。将来はどうなるのか。これから未来も同じ計算で子孫は増えていく。幾ら血縁関係はないと言っても100年単位、1000年単位で見れば、全ての隣人は同じ血が流れている。将来は子供たちの結婚によって、私達他人どおしと思われているDNAは更に重なりあう。宇宙から見れば、人間は小川のメダカの集団にすぎない。半分がナマズに食われたり、台風の濁流に流されている。半分生き残れば上等である。

 

  大自然の生き残りは過酷である。天敵のナマズとは事件や戦争である。濁流とは噴火や地震などの天災である。生き残っているメダカの集団は奇跡の存在と言うことになる。今生きている地域の仲間・職場の仲間はよっぽどの御縁の関係にある。キリストが言うように隣人は同じ血が流れている隣人と言うことになる。酒井君の生存も奇跡の生存である。そしてまた私たちの生存も奇跡である。昨夜は持病を自慢し合いながらの酒宴だった。重病の方が偉そうになる。酒井君がいればこその同級会でもある。酒井君には何時までも元気でいてほしい。

 

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禍福人生 奮闘日記 『ツキディデスの罠』

 

 日経新聞でトゥキディデスの罠という言葉を見つけた。興味深い言葉である。人の世の下剋上と同じように国家間における覇権争いの言葉のようである。古代アテネの歴史家ツキディデスの言葉だと言う。従来の覇権国家と新興国家がぶつかり合う現象を指すそうです。約2400年前、古代ギリシャ時代、覇権を握るスパルタに対してアテネが台頭し両国は長年にわたって戦争を継続した。既成の支配的な大国に対して、急速に台頭する新興国が覇権争いにチャレンジする際に発生する戦争を言う。新興国が追いつき力が拮抗しライバル関係に発展する際に、それぞれの正当な立場を巡って摩擦と対立が起こる。当初は互いに望まない抗争が、不本意ながら武力衝突になってしまう過程をツキディデスの罠と表現するようだ。

 

 現在では、国際社会のトップにいる経済大国・軍事大国のアメリカはその地位を守るために現状維持を望んでいる。台頭する中国はトップにいるアメリカに潰されることを懸念し、既存の国際ルールを自分に都合が良いように変えようとパワーゲームを始めると言う。まさに現代のアメリカと中国の関係である。中国は尖閣諸島周辺や東シナ海の島々を自国の領土領海で核心的利益だと言う。当然の権利として海洋強国を目指している。アメリカトランプ大統領はアメリカファーストを掲げ将来に亘って中国の優位を認めない。相手を認めないことで軍事的な争いに発展しがちな現象を指すようだ。「戦争なんて望まないのに、相手国が何で分かってくれないのだろう?」思いながら戦争に突入して行く。

 

 各国の元首は自国の利益・自国のプライドの為に存在している。誰だってプライドの為に戦わなければならない時がある。プライドが私利私欲にならない事が大事だと思う。プライドがどんな形で社会貢献できるかが問題だと思う。戦いは双方を疲弊させる。戦って勝つよりも譲歩協調した方が絶対に得である。孫子も言っている。百戦百勝は善の善なるにあらずと。人間とは本当に厄介な動物だと思う。

 

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禍福人生 奮闘日記 『積極性は成長要件』

 

仕事は盗むもの。上司や同僚が居ない時はそのチャンスである。担当者が不在の時に訪問客があればチャンス、または電話一本からチャンスが始まる。「どういったご用でしょうか。私で分かる事でしたらお聞きしますよ。」この積極的な言葉が使えるかどうかで、将来では天地の差が付く。上司の言いそうな事を先手先手にやる。上司から指示が来たら「それはやってますよ。それは届けていますよ。」痒い所に手が届く社員が素晴らしい。現代版の木下藤吉郎である。相手は何が言いたいのか、何を望んでいるのか、何処まで要望にこたえてあげる事が出来るか、頭の中がクルクル回っていなければならない。お客様と会社にとって最善の方法なら上司と対等で恐くない筈である。

 

仕事が発生した時「私にさせてください。」と志願すべきです。志願したその瞬間から頭の中がクルクル廻り始める。休日前の夕方、やるべき仕事が終わらない時のやり取りです。「明日休日ですが、出てきて仕上げます。」優しい上司は言った。「俺が仕上げてやるから明日はゆっくり休め。」これは社員のやる気の芽を潰す言葉です。部下の成長を望む上司なら「そうか。凄いのう。そうしてくれ。しっかり頼むよ。」出来上がったらねぎらいの言葉をかけてやれば更によい。優しい温情の上司は部下のやる気と成長を阻害していることに気付くべきである。誤解されては困るのが冷徹で横暴上司を容認しているのではない。

 

  新人は上司の意志で仕事を進めることから始まるが、自分の意志で仕事が進むようになった時から一人前となる。積極的行動が取れ始めた時、社員の飛躍が始まる。仕事を面白くするには控え目で消極的な社員から、積極的で「出すぎた杭」になるべきだと思う。やるべきことはやる。言いたい事は言う。組織の中に居ながら組織からも上司からも自立した対等な意志(魂)を持つべきです。雇用契約とは双務契約です。決められた仕事をやり遂げた場合、相手が誰だろうがプライドを持って堂々と言うべき事を言えば良い。上司との対等な議論がお客様にとっても会社にとっても良い結果を生むと思う。

 

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禍福人生 奮闘日記 『沖縄旭橋橋再開発を視察』

 

  沖縄県と愛媛県、那覇市と松山市は150万県民50万市民で人口構成がよく似ている。道後温泉とリゾートとしての共通点があったが、松山市はインバウンド面において沖縄に随分置いて行かれた感がある。連休を利用して沖縄旭橋橋再開発を見学してきた。場所は沖縄県庁とモノレール旭橋の間の元のバスターミナルの跡地である。開発区域は4.5ヘクタールで松山市のL字地区と面積は全く同じである。容積率も似たようなものになる。建物敷地面積が32,000㎡で建築延べ面積が7棟近く合計で153,000㎡となっている。沖縄最大の建物になるだけあって迫力があるが、公開空地のないことが気になる。

 

  沖縄旭橋橋再開発現場は県庁のすぐ近くで国際通りからもすぐ近くで、モノレール旭橋に隣接しており那覇空港まで10分くらいである。住んでよし買い物よし、そういう意味で交通の利便性は抜群である。開発区域内には複数の街区として複数の建物が建つ。開発メインコンセプトは県民及び来県者が集う場所、沖縄を代表するビジネスセンターがメインテーマである。補足目的として①人と自然の共生②人と街の共生③人と人との共生④歴史や風土との共生を挙げている。これもまた松山市L字再開発コンセプトと類似している。良い面でも悪い面でも旭橋橋再開発は参考になる。

 

  沖縄では3年前に新都心地区に30階建ての分譲マンション330戸が2棟建っている。660戸だが完成までに完売している。管理は地元の業者でやっていると3年前に聞いている。モノレールおもろまち駅徒歩6分の場所で高級住宅ビルになっている。空港の南側の長瀬島には地中海ギリシャような丘陵を利用したウミカジテラスと言う店舗が立ち並んでいる。空港も過密回避のため一本建設中である。沖縄県は観光客集めの為に色々と工夫をしている。沖縄には電車が無いためにタクシー移動とバス移動が中心となる。沖縄市も高齢化が進んでいる。タクシーの運転手は皆70歳以上の年齢の様だ。バスの運転手も似たようなもんだ。彼らの引退までにAIによる自動運転が果たして間に合うかどうか気になるところである。名護あたりで流しの車を拾おうとすると大変なことになる。まずタクシー拾うことが出来ない。私は1日も早く北の端の辺戸岬まで電車を敷設すべきだと思う。我々忙しい者にとって「いちゃればチョーデ-。ナンクルないサー。」とはいかない。

 

 

 

 

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禍福人生 奮闘日記 『試練2、人生観は宇宙観』

 

 天文学は哲学だと思っている。私の場合、八方ふさがりになった時、満天の星空を眺める。私の悩みは「そんなこと大したことではない」と天文学が回答を出してくれる。天文学の世界では以前からダークマター(黒い物質)の存在が提唱されていたが、遂に物理学の研究は物質と反物質の存在に辿り着いた。人の心にも攻めの心と逃げの心がある。プラス思考とマイナス思考の心が同居している。宇宙のあらゆる物質(マター)には電気的に正反対の性質を持つ反物質(アンチマター)が存在していると言う。人の心も同じだと思う。この2つは衝突すると高いエネルギーを発して共に消滅する関係にあると言う。宇宙の誕生(ビッグバン)の時に大量の物質と反物質が誕生したと言う。その直後、大量の物質と反物質が互いに打ち消し合って消滅した。しかし物質が少し多く反物質物が僅かに少なかった。その僅かな誤差で星雲(物質=恒星)が出来たのだと言う。

 

 科学における研究と発見は目を見張るものがある。科学の蓄積(プラスとマイナスの電気信号)は遂にAI(人工頭脳)に辿り着いた。人間の頭脳も人工頭脳も電子信号で目には見えない。頭脳は意識なのか物質(マター)なのか。人間とは物質(肉体)に意識が加わったものである。宇宙には意識があるのかもしれない。人は苦しみ悩み考える。意識はどこからやってきたのか。葬式で意識は何処へ行くのか。生身の人間はオギャーと無意識から生まれ感覚を持つ。感覚が学びとなり、学び(意識)から知恵が始まる。知恵の集積が知識となる。知識に経験が重なり思考に発展する。ここらで悩みが生まれる。悩みに知識が加わり見識となる。見識に覚悟が出来て胆識となり、その胆識も葬式で再び無意識に辿り着く。

 

   銀河系には太陽のような恒星が2000億個あると言う。物質と反物質の誤差の数である。大宇宙には銀河系のような銀河が更に2000億個もあると言う。2000億×2000億で計算が出来ない。人類が一番遠くに見える銀河は131億光年の彼方にある。光が131億年かかって届く距離である。北極星は地球まで光が1000年かかって届く距離である。北極星までの1310万倍の距離、これも計算できない彼方である。人類はそんな無限宇宙の無限時間の一点一瞬の奇跡の存在である。そんな人間が一点一瞬の出来事に喜怒哀楽している。生きておれば職場や家庭で色々なことが起こる。広大な宇宙から見ればどんな試練も小さい。悠久の宇宙歴から見れば(死んでしまえば)どんな悩みも小さい。宇宙の法則を覚悟した時、どんな悩みも成るようにしかならない。私の仕事観人・生観はここが原点にある。悩み苦しんでいる社員を見ると心が痛む。これもいつかは過ぎ去るものだ。肩の力を抜いて自然体で生きてほしい。

 

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禍福人生 奮闘日記 『試練1、呪文これも何時かは消え去るものだ』

 

人生は試練だと思う。長いこと人生をやっていると色々なことを経験する。そしてしたたかになる。鈍感力が身について少々のことでは驚かなくなる。狸爺なのかボケなのか、良く言えば懐の深さとも言える。八方塞がりの状態を私は何度も経験している。負債と言う十字架が下せない。逃げるに逃げれない。仕事を止めるに止められない。経営者を辞めるに辞めれない。経営者のピンチは次から次と出てくる。前に進める事が出来ない。引き下がる事も出来ない。右に行きたいが左へ一方通行である。しかもUターン禁止の行き止まりである。社員もいる。家族もいる。ギブアップもできない。じっとしている以外どうする事も出来ない。しかも冬眠のフリりは凍死と背中合わせとなる。

 

中小企業の経営者は殆どが連帯保証人となっている。地獄の底まで道連れの十字架を背負っている。自営業者が倒産廃業した場合、一生かけて残された債務の償いをしなければならない。不平不満を言う社員を見て「甘ったれるなよ!」と言いたい。経営者やその家族は自分の報酬を後回しにして社員に廻している。自営業者は社員の生活まで考えている。社員は「あれが不満、これが不満」と自分の仕事や家庭の事だけを考えている。経営なんてガカバカしくてやってやれない。自営業者の悲哀など社員に分かる筈がない。経営者は社員の様に何処かの会社で再スタートなど許されない。私には苦境の時の為の呪文がある。「これも何時かは過ぎ去るものだ。」と自分に言い聞かせてきた。長い人生、苦難困難に耐え、または煩に耐え、または閑に耐え、様々な試練に耐えなければならないことが起こるものである。次々と襲い掛かる試練は経営者も社員も同じである。社員には別の苦しみがある。人生は試練を乗り越えていく旅だと思う。八方ふさがりとなった時、「これも何時かは過ぎ去るものだ。」と呪文を唱えてみればよい。

 

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