2007年。4月30日 劇団アルターエゴ。退所。


私、谷内友美は長年お世話になった劇団を辞め、再出発することになりました。

もう一度初心に帰り、頑張っていきますので、これからも宜しくお願いします。



虹ぼちぼち活動開始虹

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2011-10-19 21:38:00

刀剣博物館

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「古刀新刀名作展」


模造刀を所持する程度には昔から好きでしたが、函館の博物館で日本刀を一度に数本見て・・・とどめを刺されました!!!!


複数あることで、1本1本の魅力がより際立つといいますか。こっちのが好みだなーとか☆



今回その数、約30本。


拵を見て「サメみたいだなー」って思った刀があったのですが、見るとなんと


「藍【鮫】鞘九曜紋金具肥後打刀拵」



【鮫】の字が!!!なんか感動ー!!!!


すると資料館のおじさんが「その鞘は鮫の皮でできた、めずらしいものなんだよ」


それから度々おじさんが、


「その刀は日本で3番目なんだよ。いい刀はなかなか無いんだよ。」「横に回って見てごらん。反りがまた素晴らしいよ」「切先の方からも見てごらん」「この部屋、熱くないかい?大丈夫?」


これはもう、見込まれたに違いないと!笑。


そしてラスト1本にさしかかろうとした時・・・・


「これは、新撰組の近藤勇で有名な刀なんだよ」


「長曽祢虎徹!?」


「そう。虎徹だよ」



もちろん本人所持のものではありません、虎徹の脇差です。いかにも骨太な感じで、近藤っぽいなーって感じなんですよねぇ。


いまのところ私の好み。


【太刀】より【打刀】。【反りは浅め】【細身】【帽子小さめ】です。笑。



そしてもし自分が刀を持つなら、絶対に拵に小柄は付けよう!!!大刀を損じれば小刀を抜きなさい。です。


万が一、刀を取り落としても小柄がれば!!!!


拵もあまりキラキラ豪華なもの地味目なものがいいなあ。o('∀'*o)




美術館のおじさんと色々話せて、鑑賞手引きと取り扱い法の冊子も持ち帰ってきたので!!


もう少し詳しくなって是非また見に行きたいです。国宝級の刀を。



2011-10-07 16:44:00

碧血録

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ずいぶん時間がたってまいましたが、これだけは書いておきたかった。


【碧血碑】


「義に殉じて流した武人の血は3年たつと碧色になる」



明治8年5月 箱館戦争で戦死した土方さんや中島三郎助さんをはじめ、旧幕府脱走軍の霊を弔うために榎本さん大鳥さんが柳川熊吉さん協力のもと、遺体の埋葬地に建てた慰霊碑。



碧血碑に行ったのは3回目。ここは本当に他の史跡とは違う独特の雰囲気があって、もしかしたら怖いと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私は好きです。

神社やお寺のようなスンとした空気と、簡単に踏み込んではいけないような、それでいて全てを受け入れてくれるような・・・そんな気持ちになります。15年前も感じたもの。

そして少しは自分も大人になったのでしょうか?また色々なこと想い、知って、新しい気持ちが生まれたのでした。




侠客、柳川熊吉さん。この方なくしては語れません。

箱館戦争終結後。

明治新政府軍にとって旧幕府軍はあくまでも賊軍。その反乱に対しての見せしめ、報復として、旧幕府軍兵士の遺体を弔う事を一切禁止しました。

埋葬を許されずに箱館市中に放置される旧幕府軍の遺体の惨状にも、住民達は政府からのお咎めを恐れ誰も手が出せずにいたなか

「死ねば皆仏、官軍も幕軍もあったもんじゃねぇ。奴らの腐った根性が許せねぇ!」


と真向から異を唱え、打ち首を覚悟で、函館・実行寺の住職とともに遺体を回収・埋葬して回ったのが柳川熊吉さんです。


そしてその男気に惚れた新政府軍。

熊吉さんはお咎めを受けず無罪になりました。

その後、函館山中腹に土地を買い、実行寺から幕軍戦死者の遺体を改葬。その場所が、ここなのです。




時系列でみると一層こみ上げてくるものがあったので、まとめてみました。



明治2年 箱館戦争終結。新政府、旧幕府軍の弔いを禁止。熊吉さん、命を懸けて旧幕軍を埋葬。


明治4年 熊吉さん、土地を買い遺体をこの地に改葬。


明治5年 榎本さん、大鳥さん、釈放される。



そして・・・


明治7年8月 政府が賊軍とされた戦没者への祭祀を許可。


明治8年5月 熊吉さん、榎本さん、大鳥さん達協力の下、遺体の埋葬地に慰霊碑を建て、これを「碧血碑」と名付けました。



明治8年は奇しくも七回忌にあたる年。


この6メートルもある大きな石工にどれほどの製作時間がかかるのかわからないのですが、前年8月に祭祀の許可がおり、翌年5月には江戸から運ばれこの石碑は建ったのです。


きっと祭祀を許可がおり、すぐにこの碑はつくられたのではないでしょうか。そんな【人の気持ち】が見えてくるように思えます。こんな年表の見方、学校では教えてくれなかったな。


台座裏に 「明治辰己実に此の事あり 石を山上に立て以てその志を表す」とあり、これは


「明治2年、この事は実際にありました。山上に石を建てて悲しみの気持ちを表します」という意味です。


誰が、何のために建てたのか・・・とてもあいまいな文章。


箱館戦争から6年、弔いが許されたとはいえ、やはり憚られたのでしょう。この言葉が当時を物語っている気がします。そんななかでこの碑を建てたのだと知ると、グッときました。



そして碧血碑の後ろには




大きな石。


これもまた、確かではないのですが、ここに土方さんが埋葬されているという説があり。


かなり信憑性にかける伝説の域なのですが、でも・・・偶然ただ石があるって風でもないんですよね。コレ。明らかに人工的に、意図的に置いてある感じはします。う~ん。






FANの心遣い。みんなの気持ちがつづられていくノート。お線香、お数珠、蝋燭、ライター。

お線香が湿けらないように、湿気取りも一緒に入っています。やさしいね。あたたかいね。


どんなに歴史を追いかけても真実はわからないけど、こういうノートを見ると真実なんてどうだっていいって思うときがあります。こんなにも今、現代を生きている人の力になっているのだから。


昔は色んな石碑や、お墓にも個人的なノート置かれていたりしてマナー問題になったことがありました。が、ここはちゃんと管理されてますし、1冊のノートが受け継がれていくことはステキだなと思います。




碧血碑から見える海。


榎本さんが後に「土方君に一番重きを置いて建てた」と語った碧血碑。文字は大鳥さんのものだと言われています。


真実はわかってません。筆跡鑑定とかでわからないのかな?でも、大鳥さんだとしたら・・・



どうして榎本さんが書いてくれなかったのかしら?と、フと疑問に思い、榎本さんを追いかけてみた明治8年5月はロシアで条約を結んでおりました。


ということは。この石碑を建てたとき、その場には榎本さんは居なかったわけで、彼はここに来たことがあるのかあ?帰国して、いつか一人で碧血碑を訪れていてくれたら、うれしいなあ。


そんなことを思って少し調べてみたのですが、榎本さんが碧血碑を訪れたという話はまだ私、裏を取れてません。笑。 


どこかの文献にあるかもしれないし、ともすれば榎本FANには当たり前すぎて表記するようなことでもないのかもしれないし・・・・・こういうフとした疑問がどんどん湧いてくるのでいつまでたっても幕末から卒業できません。




恥ずかしながら若かりし頃私は、戦死した土方さんや中島さんに比べ、榎本さんはじめ降伏し新しい明治の世で出世をした方達を快く思っておりませんでした。



でも歴史は人。


 


敵だと思っていた薩摩藩の黒田了介氏がらみで見つけたこの文。



■□■□■□■□■□


総攻撃を翌日に控えた黒田は榎本に使いを送った。



「翌朝、総攻撃を開始するので降伏するなら申し出て下さい」。榎本は使者に、「降伏する気はないので存分に攻めて下さい」と回答した。


この時、敵の大将に好感を持った榎本は、肌身離さず持っていた「海律全書」を使者に渡し



「オランダから持ち帰った大切な本で、戦禍で焼けるのは惜しい。これを日本のために役立てて欲しい」と伝言した。

黒田も榎本に好感を持ち、「武器弾薬の不足はありませんか」と再度使者を送った。



これに対し榎本は「申し出はありがたいが、弾薬は十分にある」と答えた。



黒田は酒樽を五稜郭に運びこませ、もう一度降伏を勧めた。榎本は弾薬はことわったが、酒樽は敵将の好意として受け取った。


絶えて久しい武士道を相手の武将の中に見た榎本は、部下の命と引き換えについに降伏勧告に応じ、自らは切腹しようとしたが側近に制止された。



■□■□■□■□■□




知れば知るほど。


榎本さんがほんとうに土方さんをとても想ってくれていたんだなという証言が色々あり、嬉しく思い、そして好感を持ってしまいます。笑。




結局私は、佐幕派で、新選組派で、旧幕府軍土方派。





2011-10-05 23:09:00

【重い本】と【軽い本】

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『暮しの手帖』松浦弥太郎さんの古書メインのセレクトショップ『COW BOOKS 』南青山店、リトルプレスフェアへ行ってまいりました☆



~リトルプレスフェア~


自由な発想、自由な手法でつくられた、数ある本のなかに、
作り手の想いが特に強くこめられた、少部数発行の小冊子があります。
それは、綴られた文章や写真、紙や印刷、造本など細かな部分にまで、
表現したいという作者の意思が注がれた、特別なリトルプレス。
ものづくりや表現に対する、取り組みや姿勢が、より深く込められた
リトルプレスを、ひとつひとつお手に取ってお楽しみ下さい。



http://www.cowbooks.jp/



オシャレな外観。


本のジャンルも様々でちょっと不思議な感じです。


言わずもがな目的は、恥ずかしながら小林賢太郎さんの作品。


【重い本と軽い本】


真っ白い表紙にタイトルだけが印刷された、シンプルな二冊の本と「手に取って見てください」 という、指示書のみで構成された、展示型


実際に、誰かが、二冊の本を交互に手に取っている光景やその反応、表情などを含めて完成するインスタレーションの要素を持ったこの本は、舞台演出なども手がける小林賢太郎さんならではの作品といえるでしょう。ぜひ実物に触れて、その面白さと驚きを体感してほしいリトルプレスです。


・・・というわけで、作品に触れ手にとってみました。本のタイトルは



「人類の悲しい歴史」「世界のパーティージョーク」



もう、自分でもどーかしてるってゆうか!!!!やっぱり、大好きだなあ。(//・_・//)

本を手にしただけで、驚きと、笑いと、ずっしり心に残る重さがあって。


思いがけず、「腑に落ちない展」の腑に落ちない文庫も展示されていて、このシリーズも大好きっ☆



「せっかくだし、行ってみよー」って軽い気持ちだったはずが、「来てよかった!!!損しちゃうところだった!!!」って全力で思いました。



販売してる小物もかわいいんです。七色の文字が書ける「虹色の鉛筆」とか♪






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