今日、全生園に隣接するハンセン病資料館に行ってきた。これは、国のハンセン病政策は間違いだったと断罪した熊本地裁判決を受け、内閣総理大臣談話として表明した「ハンセン病資料館の充実」に基づき、一年半かけて改修し、今年四月に新たにリニューアルオープンしたものだ。

どんな資料館ができあがるのか、とても楽しみにしていた。

が・・・・。この気持ちをどう表現すればいいのだろう。腹立たしい限り。なんじゃこりゃ、だ。どこが「資料館の充実」なのか。

元々そこには、社会に向けて実態を知ってもらいたいと、入所者が寄付金を募って工夫を凝らした展示があった。私がハンセン病問題に関わるきっかけになったのは、その展示の数々に衝撃を受けたからこそ、取材しなければならないと思ったからだ。

が・・・・、予備知識が乏しい中、今の資料館を訪れたら、どんな感想を抱くだろうか。ふーん、辛かったのに、よく頑張ったんだな・・・。おしまい。


違う。何だか、全然違うのだ。様変わりしてしまった資料館の異様な空気。まさか、この説明はこれだけじゃないでしょ、まさか、まさか、と思いながら進んでいって、本当にそのまさかのまんまで終わっているのだ。信じられない。


具体的に思いついたことを列記していこう。


まずは、ハンセン病の歴史年表が写真、展示品とともに並んでいる。最初に、病気の医学的知識。これはまあいい。その後、絵巻物等の展示で、歴史的にこの病気は忌み嫌われていたのだ、ということを表現している。まあ、その通り。でも、別になくても構わない。日本のハンセン病の問題の大事な部分は、法律によって、重大な人権侵害を新たにした、という点だ。古来からの差別の話とごっちゃにされては困る。裁判の時に厚生省側がよく使った主張、「元々社会的な偏見があって差別されていた。今にはじまったことじゃない」等という論点をはぐらかそうとする苦しい言い訳を思い出してしまう。


●その後、法律ができて、取り締まるようになって、しらみつぶしに収容する無らい県運動が起きて・・・。このときのキーパーソンは一体誰?どうしてこんなことになったの?というのがさっぱりわからない。

文化勲章まで受章した光田健輔をA級戦犯のように扱う、ということに異論があることは承知しているが、隔離の必要のない人まであぶり出していった無らい県運動を強硬に推進していった人物を何故きちんととりあげないのか。神谷美恵子、小川正子もハンセン病を学ぶにあたって、とっかかりになる重要、有名人物だ。避けて通っているのが何ともいやらしい。

遠藤周作の私が棄てた女のモデルになった井深八重も出てこないし、熊本の回春病院をたちあげたハンナリデルもないに等しい。以前あった資料館で私が足を止めた人たちの記述が全て削除されていたということだ!

資料館に来た人は、何に興味を持ち、心を打たれ、学んでいくのだろうか。


●年表が終わって、メインスペースに行く導入部、左手の壁に、入所者の切ない短歌が映し出される。右手には強制隔離への道のりが写真とともに・・・と思ったが、言葉がいちいちひっかかる。絶対隔離、強制隔離なんだからそう書けばいいのに、「事実上、強制に近い隔離」うんぬんとある。そのもってまわった言い回し。自ら歩いて療養所に行った人もいるし、療養所に行きたいと思って行った人もいる、ということを主張したいのか。そのように追い込んだのは何だったのか。熊本地裁判決を不服として控訴しようとしていた厚生労働省だ。小泉元総理のサプライズな控訴断念があったので仕方がないけれども、本当は、判決内容には承服できないという気持ちが随所随所に滲み出ている。


●重監房の展示がないのでは・・・・とドキドキしていたが、これはありました。戦後まもない時期にNHKが取材して放送した貴重なVTR(私もその映像を使いたくて貸して欲しいと言ったが、断られた)も見られるようになっていました。重監房がいかにえげつないものだったかは、よくわかります。

が、しかーし。重監房に何故収監されたか、という極めて大事な話がすっかり抜けていました。例えば、山井道太さん。以前の資料館では、大きな顔写真とともに、説明書きがありました。要約すると、「全生園の洗濯場主任だった山井さんは、自分たちの長靴がすり切れて、水が染みこんでくるので新しいのに変えて欲しいと園に訴えた。園の職員は新品の長靴を履いていたにもかかわらず、そんなものはないという返答だった。それに抗議して洗濯作業をストライキした、そのために、洗わなければならなかったガーゼが腐ってしまった、という罪状」

・・・長くなって、ちっとも要約になっていないけれど、例にとると、そんなことで草津重監房送りにり、収監された挙げ句、亡くなったのだ。

網走刑務所で、正規の裁判を経て収監されたのとは訳が違う。療養所の監禁室には、罪なき人が送られていた。仮に、罪があったとしても、死刑に値する刑ではないはずだ。にもかかわらず、22名が死んでいる。


●療養所での大きな問題の一つに、断種、中絶がある。その記述はあったのだが、生きて産まれてきた子供を殺した事実は、なかった。裁判でそのことが明らかになり、衝撃を持って多くの人が涙した事実に全く触れられていない。退治標本の問題は記憶に新しいはずだが、それもなし。隠しておきたい国の恥部なのだけど、それを隠しちゃったら意味がない。この資料館は何のための誰のための資料館なのか。さっぱりわからん。


●展示スペースの残り半分は、療養所の人たちの文化的な営み、例えば、パッチワークや陶芸や俳句、文学、などを取り上げていた。とりわけ音楽サークル活動には力が入っていて、ドラムセットから、壁一面の大パネルには演奏する人たちの写真と歌詞。ハーモニカを吹く人の映像も凝った見せ方だ。この資料館の目玉?いや、それが悪いというのじゃないけれど、優先順位からいうと、過去の検証・反省がきっちりあって、その次にくる展示でしょう?


●療養所で生きた人たちの証言を新たにVTRに収録してあり、それを視聴することができるようになっていた。アイデアはいい。だけど、一人につき30分ぐらいで相当な人数にのぼる。全部見ようと思うと、閉館時間になってしまうだろう。広々と高級ソファーを配し、贅沢に空間を使っているけれども、それは、ライブラリーに保存して、見たい人が借りて片隅の視聴覚コーナーでヘッドフォンをすればいい。一般に展示するなら、誰もが足を止めて見る限界の尺(5分ぐらいだろうか)のダイジェスト版を流す方が懸命でしょう。少しでも確実に見てもらわなければ意味がない。


●申し遅れました。何か足りない、と感じるのは、国家賠償訴訟・熊本地裁判決のことです。何がいけなかったのか、非常に端的に言い表している文言が判決文にはたくさん並んでいるというのに、一切見あたりませぬ。原告が何を求めて闘ったのか、ということも触れておりませぬ。1950年代の予防法闘争はあるのに、それはないんじゃないの?と思いました。


●強制隔離に一貫して反対した小笠原登医師の扱いにもやや疑問を感じました。これは、私の思い入れがあるからかもしれません。小笠原医師と並んで写真が飾られていたもう二人の医師を知らなかった、私の勉強不足からそういう印象を受けたのでしょうか。


●扱いに困るのかもしれませんが、やはり、ハンセン病を学ぶ上で欠かせない、元厚生省の役人でらい予防法廃止の立役者となり、裁判でも重要な証言をした大谷藤郎さんのことは知らしめてもよいのではないか・・・・。


等々、本当にまだまだ細かい部分では言いたいことがたくさんありますが、このへんでとどめます。説明不足なところがあり、知らない人にはわからないと思います。ごめんなさい。


ちょいと長くなりましたが、要するに、40億円もかけて改修した「国立」ハンセン病資料館は、責任の所在を曖昧に、あるいは隠蔽しようとする意図が見え見えのトンでもない資料館だった、ということです。

後味悪っ。


資料館見学後、療養所の知人を訪ねた。安さん、良蔵さんはお元気でした。私を見て、痩せすぎだから、もっとちゃんと食べなさい、と甘いものをたくさんごちそうしてくれました。痩せすぎ・・・では決してないんだけど。本にも登場して頂いた渡辺しげのさん、去年亡くなったそうです。どんな思いでこの世を去っただろう。いくら想像しようとしても、しげのさんの気持ちは本当のところはわからない。納骨堂前でただ手を合わせるしかなかった。鈴木禎一さん、資料館にはお怒りでした。そのうち、大きな声で問題提起なさるでしょう。長い時間、道ばたにしゃがみ込んで話をしました。


療養所は新たな問題に直面していた。隔離されたとはいえ、住み慣れれば療養所は我が家だ。平均年齢は、78歳。もはや家を離れることはできない。後遺症で障害を負った体には、病院も変わることはできない。病院の存続は不可欠だ。だが、入所者の減少とともに、病院経営が危ぶまれているという。


その病院は、「ハンセン病」専門病院なんかではない。もはやハンセン病からはとっくに回復している人たちを診ている、高度な技術を持った老人医療の病院だ。患者数が減って立ちゆかなくなるのなら、その病院を療養所の外の人も利用できるようにすればいい。療養所を老人介護施設にすればいい。と思うのだが、それを阻むものがある。それは、「らい予防法の廃止に関する法律」だ。そこには、ハンセン病療養所は、ハンセン病を患った人だけが住む場所で、病院は、ハンセン病だった人だけが利用する場所だと規定している。


そんな邪魔な規定はなくせばいい。でも、法律って簡単にはなくせない。だから、今、「らい予防法廃止に関する法律」の廃止と療養所の将来構想をすすめる基本法の制定を求めて署名活動が行われている。

詳しくはこちらのサイト にあります。私は、これを応援することにしました。

最後の一人まで、約束通り、蔑ろにしないでもらいたいと心から思う。


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