手話は言語なのだ

テーマ:
手話は言語なのだ。
 
なんて、改めて言われなくても、そんなことわかっている、と
反論されるかもしれない。
聴覚障害の人が、手話でコミュニケーションしているのは
みんな知っていることだから。
 
でも、そういうレベルの話ではない。
日本は、長い間、手話は日本語を習得するための妨げになるとして
ろう学校では手話を使用することを禁止し、
手話ではなく、口話法を身に着けるよう、指導してきた。
でも、生まれながらにして、耳が聞こえない人、
幼児期から聞こえなくなった人にとって、
耳が聞こえる人たちと同じような音を発声することは、
とても、とても難しいことに違いない。
自分の思いを伝え、会話するためには手話が便利。
だから、手話は、自然発生的に生まれ、発展してきた。
手話は、単に日本語の音をカタチにおきかえているのではなく、
独自の文法体系をもつものだという。
 
耳が聞こえる多数派の使用する言語を強制する理由はどこにもない。
ろう者の習慣、文化を尊重するのは多様性を尊重すること。
2006年の国連障害者権利条約で「手話は言語」と確認された。
日本では2011年の障害者基本法改正で「言語に手話を含む」と明記された。
 
日本でいち早く、手話を言語として認識させた
関西学院大学人間福祉学部の松岡克尚教授。
 
{E9AB27D4-8A79-434B-94AD-F3F8FC9B5635}
 
同大学では「日本手話」という科目が語学の必修の第2言語科目として
位置づけられています。
つまり、フランス語やドイツ語、中国語とならんで、「日本手話」を
選択できるということ。
 
手話を使っている人たちは、違う言語をもつ人たち。
なんだか、目からウロコなとらえ方でした。
そうだ、そうなんだ。
違う言語を使う人たちと、共生していくためには
お互いが、お互いの世界を理解しようと努めることが一番。
だから、手話を学ぶ機会をたくさん作るというのはもっともなことだ。
どちらか一方に負担をおしつけるのはおかしいのだ。
 
そんなことが、共通認識となり、鳥取県ではいち早く手話言語条例を制定し、
さらに、全国で手話言語法を求める動きが高まっている。
 
これは、障害者の障害はどこにあるのか、という問題ともつながる。
 
聴覚障害者の障害は、耳の機能という医学的な要素は一方であるけれど、
それ以上に、社会の側の偏見、無理解が大きな障害として立ちはだかっている。
障害を乗り越えなければいけないのは、
障害者の側にあるのではなく、社会の側にある、ということ。
 
これがまさに、この春から施行されている障害者差別解消法の精神だと
私は理解している。
 
ああ、こんな流れで、
松岡教授と24時間テレビの話になった。
私はただひたすら、すみません、ごめんなさい。というしかない。
日本テレビは、本当に一体、いつになったら気づくのでしょうか。
 
障害者が頑張って、自分の壁を乗り越えるという姿を強調するあまり、
障害者の障害は、社会の側が作っているという、最も大事なメッセージが
まるで抜け落ちてしまっているのだ。
 
障害があっても、車いすがあれば、白杖があれば、補聴器があれば、
どこにだって行けるし、自立できる。豊かに暮らせる。
障害となっているのは、段差であり、点字ブロックの上におかれた荷物、自転車だ。
ハンセン病の元患者さんが社会に出られなかったのは、
ハンセン病の後遺症による障害ではない。社会の偏見の目なのだ。
 
頑張らなきゃいけないのは、障害者じゃなく、障害者を取り巻く社会の側、企業の側。
そこにようやく目が向けられたからこそ、障害者差別解消法ができた。
4月から施行され、障害者に対して、自治体、企業は、
合理的配慮をする義務が課せられている。
合理的配慮さえすれば、障害者の活躍の場は広がるだろう。
そうなってはじめて、社会に新しい視点がうまれ、高齢者や女性や子供や、
全ての人に優しい、成熟した社会へ向かうことが可能となるのだと私は思っている。
松岡教授とお話しして久しぶりに、熱くなってしまった。
 
AD