何かの折に、

同じ曲でも、


生田流は「吾妻獅子」と表記して、

山田流では「東獅子」と題名を表す事が多い、

という話から、



「どうして?」

「そもそも『東』と『吾妻』はどう違うの?」


という話になりました。



咄嗟に答えられず、

「宿題にさせてください(^-^;あせる


と伝えましたので、
今日は、その記事を(^^)音譜



まず、手に取りましたのは、


歴史的な観点から調べやすい、

星 旭著「日本音楽の歴史と鑑賞」(音楽の友社 昭和46年発行)




ん~汗

三絃(三味線)の
手事(唄以外の技巧を聴かせる部分)の発達の例として、


一つだけの表記で『東獅子』と書かれておりました……しょぼん

もしかして、割と新しく(楽譜が出版される様になった昭和から)、


生田流と山田流で表記の違いに分かれたのかな、

という疑問が浮かび……


次に、
大正4年発行の
「生田流 全、箏曲歌集」を


手に取りましたら、


『吾妻獅子』となっておりましたので、
以前より、

生田流では『吾妻獅子』と、
なっていたのは間違いなさそうですクローバー




では、『吾妻』と『東』の違いとは何でしょう?


一見、さっくりと「東の方」という意味に感じます☆


朝日新聞社編「日本歴史人物事典」の

「ヤマトタケル」のページに寄れば、


房総半島(千葉県)に向け海を渡ろうとして「渡の神(わたりのかみ)」に妨害され、

ヤマトタケルの乗る船が進まなくなり
后の弟橘比売(おとたちばなひめ)が入水して荒波を鎮めた。

東征を果たして、帰途に、

足柄の坂で

「吾妻はや」(わが妻よ……)と、
后の犠牲を三度嘆いたことから


足柄以東の東国を

アヅマ「吾妻」と呼ぶようになった。


アップ
と、あります。


そして、

元々、「東国」は「東の方の国」(静岡県から南関東地域と甲信地方)という認識もあり、


「吾妻」=「アヅマ」という音=「東」

と、なり、

今では、

「だいたい東の方」という意味としてどちらも使われるようになりました。



……どちらも、同じような意味じゃないですか(^-^;

では、敢えて生田流では

『吾妻獅子』と表記しているのでしょう?



以下は、
個人見解ですm(__)mクローバー


『吾妻獅子』とした場合、

やはり
ヤマトタケルの「吾妻はや……」の、

妻への想いを感じとれる気がいたします。


『吾妻獅子』は、

恋心も唄の中に含まれておりますので、

あえて
『吾妻』の文字を使った気がいたします。


山田流では、

生田流との曲の構成の違いを分かりやすくする為と

唄の始まりの方の
「東下り」という言葉から

なのではないでしょうか?



今年は何故か、

『吾妻獅子』の曲の当たり年。


年内でも、まだ聴くチャンスのある演奏会がございます音譜


日頃、邦楽に縁のない方でも是非(^^)/ラブラブ


私の好きな曲の一つですドキドキ音譜


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#10月最初のお稽古日♪

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#10月最初のお稽古日


まずは長女のお稽古から。


昨日は、
扉を開けた瞬間に、

めちゃくちゃ不機嫌顔の長女。


そんな日は、
楽器を弾く気持ちにもなれない様で、


練習せずに
お稽古場に来てしまいました(>.<)


お稽古をつけていただいてる間、

気分新たに、丁寧に弾いていて

音も綺麗なので


見守っている私も嬉しいです(*^^*)♪



さて、次は私の番☆

今日も一つ何かを掴めるように

がんばりますp(^^)q


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