どのような自分を創り上げていくのか。
その未来に対するイメージは、なかなか言葉にして表現しずらい部分はある。
自分を創っていくプロセスの中で、そのイメージは形を変えながら日々進化していく。
フットボール選手としてもそうだし、もちろん、人としても。
自分を創りだすのは自分の意志であって、自分で描いた絵を創りだすプロセスに面白さと楽しさが詰まっている。
そして、その描いた絵はほとんどといっていいほど、いつの日か具現化されることになる。
5年前にどんな未来を描いていただろうか?
5年前に描いた自分になっているだろうか?
私が5年前に描いた自分。
その自分が今、実際に存在している。
それは確かな事実。
その自分が存在している今、どんな未来を描いているだろうか?
描いては存在し、そうやって自分自身にしか創れない自分、そして未来を創造し続けていく。
フットボール選手として、結果を出すことを常に求められるポジションで挑み続けられることを、幸せに感じている。
そこで挑むことでしか感じられないもの、経験できないものって沢山ある。
ゴールを生み出し続けることのできる確信はある。
その感覚を言葉にして説明することだって出来る。
ただ、それだけでは面白くない。
色んなゴールの生み出し方があるだろうし、毎日同じ現象がピッチの上で起きないところに、フットボールの面白さがある。
これは少し広い意味でのフットボールの面白さと私は捉えている。
フットボールは、相手あってのスポーツ。
相手の発想と駆け引きする楽しさが、私にとってのフットボールの魅力。
ピッチの上で色んなことを考えながら試し、どうやってゴールを生み出すかを考え、その答えを自分なりに見つけ出しゴールに繋げていく作業を、私は楽しんでいるだけ。
そして、そのプロセスを歩んで行けば、色んなことに気付くし、気付かされる。
そこで描いた自分になるには、今あるモノを壊し、進化しなければならないことも事実。
だから、新たなことにチャレンジし続けなければならないし、自分の身体だって進化させ続けていかなければならない必然性も感じる。
毎年、私の身体は変化していると思う。
筋肉の付き方、姿勢、フォーム、速度、バランス、他にも沢山・・・
そういった身体の変化を感じることだって私にとっての楽しさでもあるし、進化した自分を実感できることほど嬉しいものはない。
だから、今あるものを壊し続けることに対して不安や恐怖という感情を抱くことはない。
身体の進化、精神の進化、思考の進化。
そうやって自分自身の変化を感じながら、未来に描く自分自身を創り上げていくことは、私にとっての人生の楽しみ方。
こうやって楽しむことができるのも、フットボールを通して挑むことのできる環境があるから。
もちろん、人としても。