2006-02-21 03:29:59

「交響曲 オホツク海」は存在しない

テーマ:日本の西洋音楽

2月9日、毎日新聞に掲載された伊福部昭の訃報には誤りがある。当記事に関係のある限りで引用する。


  「ゴジラ」などの映画音楽、北海道の原野を思わせる雄大な民族色豊かな交響的作品などに
 よって幅広い人気を持つ作曲家、伊福部昭(いふくべ・あきら)さんが8日、東京都目黒区内の病院
 で死去した。
(中略)来日したロシア出身の作曲家、チェレプニンに近代管弦楽法を師事。「土俗的
 三連画」「交響曲 オホツク海」など独自の交響作品を次々に完成
させた。【梅津時比古】 

(毎日新聞2006年2月9日東京朝刊。強調は引用者による。以下同様)


結論から言えば、「交響曲 オホツク海」なる曲は存在しないというのが私の立場である。以下、論拠を二つ挙げたい。


この記事を書いた梅津記者にも確認したことであるが、ここで「交響曲 オホツク海」なる曲が存在するとする根拠は、1942年に東京日日新聞(毎日新聞の前身)に掲載された「新しきアジヤを雄叫ぶ 交響曲『オホツク海』 伊福部昭氏・作曲に精進」という記事である。しかし、この記事については伊福部昭自身が誤りであると証言している。以下の引用をお読み頂きたい。


  (『合唱頌詩「オホーツクの海」』が)戦中に完成していたというが、それはさて、いつのことな
 のか。確認はできないが、新聞記事に手がかりがある。一九四二(昭和十七)年二月二十五日付の
 「東京日日新聞」北海道版に、伊福部の記事が載ったのだ。……
(記事には)第一楽章分ができたと
 書かれている。二楽章、三楽章の構想を練っているとあるが、今日の『合唱頌詩「オホーツクの
 海」』は一楽章形式である。伊福部にこの点を訊ねたことがあるが、交響曲と表現しているという点
 も含め、記者の勘違いではないかという答えであった

(木部与巴仁『伊福部昭・時代を超えた音楽 』、2004年刊、カッコ内は引用者による補足)


伊福部は亡くなる直前まで思考明晰であったので、証言には信憑性がある(例えば、2004年の卒寿バースデイ・コンサートでは、終了後インタヴュー に答えている。また、この年には二十五絃筝曲「7つのヴェールの踊り」を完成させてもいる)。或いは、一般論として老人の証言が信用できないということであれば、毎日新聞は高齢者による歴史的事実についての証言を一切掲載すべきでない。同紙は、つい先日も89歳になるGHQ関係者の証言を載せたばかりである。


 参考:財閥解体 「銀行も対象」、GHQで対立――当時の民政局員証言 (毎日新聞2月15日朝刊)


また、この証言を支持するものとして、伊福部が「交響曲を書くこと」に対して持っていた強い緊張感を挙げることが出来る。多少長くなるのだが、伊福部の「交響曲観」を理解する上で重要なので、以下引用する。


  〔交響譚詩〕は、一楽章はソナタの形式をとっています。それなのになぜシンフォニーにしないの
 かと問われれば、これもチェレプニンのときがこたえていて、「伊福部はこの次にシンフォニーを
 書こうと思うかもしれないけれども、あなたの今の技倆で書くならば、おそらく音素材と形式との
 関連の点で、せいぜいビゼーのシンフォニー程度で、もう少し勉強してからでないとだめだろう」
 といわれました。それから八年たって書いたわけですが、やはりシンフォニーという題をつけるのは
 気おくれがして ”Ballata Sinfonica” という形容詞になっているわけです。

  そのとき出た話に、結局、民族的な伝統とシンフォニーという形を結ぶためには、バラキレフの
 ような天才でも二十九歳で書き始めて、できあがったのは六十二歳、一曲書くのに三十二年の歳月を
 つかっておりますが、その人が良心的で、ロシアの固有の語法とシンフォニーを抵抗なく融合する
 ためにはそのくらいかかってしまったわけなのです。第二シンフォニーはそれから四、五年ででき
 上りますが、三十二年という長さは、ちょうどロシアの民族的な語法とシンフォニーが結び合う歴史
 に符合します。

  そんなようなこともあって、この曲をシンフォニーとしなかったわけです。

         「伊福部昭*生命力あふれた音楽を」(『作曲家との対話』、1982年、所収)


 ●『シンフォニア・タプカーラ』について

  私は、ロシアの作曲家、チェレプニンから、1936年に、日本で、短期間ですけれども様々な教え
 を受けました。そのとき、彼は私にこう言いました。「バラキレフだって、シンフォニーを1曲作る
 のに30年かかった。おまえも、次はシンフォニーを書きたいと思うだろうが、そのテクニックでは
 まだ無理である。もっと勉強してから挑戦するように……」

  それから、一体、自分はいつになったらシンフォニーを書けるかと、ずっと自問自答してきまし
 た。1943年の『交響譚詩』のときは、第1楽章をソナタ形式にしたし、これをシンフォニーと銘
 打っても……という気持ちもありましたが、結局そうせず、戦後改めて挑戦して、ついに『シン
 フォニア・タプカーラ』を書きました。これは3楽章仕立てで、何となく交響曲らしいとはいえ、
 第1楽章はきちんとソナタ形式のかたちをとっていないし、『シンフォニア…』と付けるかどうか、
 実は随分悩んだのです。最終的には、日本人にとっての、ありうべきシンフォニーとして書いてみた
 ということで、多少破格でも、『シンフォニア…』としました。

(1995年9月4日、伊福部邸にて。「譚 ― 伊福部昭の芸術1 初期管弦楽 」他解説書所収)


 §ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲について

  作曲の意図としては、とにかく当時、大きい作品を書きたかったのです。この前に『日本狂詩曲』

 (1935年)と『土俗的三連画』(1938年)を書いておりますが、後者は室内オーケストラで15
 分ほど、前者は大オーケストラを使っていても、やはり15分ほど……。

  そこで今度は、長めのシンフォニーをという気になったのですが、私は師匠のチェレプニンに
 「バラキレフは最初のシンフォニーを書くのに30年かかった」と釘を刺されている。なら、独奏
 楽器を入れて協奏風交響曲にし、シンフォニーから一歩引いたら良いのではないか……。

 (1997年8月13日、伊福部宅にて。「楽 協奏風交響曲&協奏風狂詩曲~伊福部昭の芸術5 」解説書
 所収)


伊福部が「シンフォニア・タプカーラ」以外にも交響曲を書いたとなれば、以上引用したところから看取せられる伊福部の「交響曲観」に対して或る程度の修正が必要となる。この点で、この問題は重要な意味を有しているのである。


私はこの記事の訂正を求めたが、梅津記者曰く、訂正を出すことは東京日日の記事が捏造だったと断定することになるので、容易には出来ないとの回答であった。通常、記事というものは取材を経て行うものであるから、たった一行(『交響曲という点も含め~』を指すのであろう)で否定することは出来ないのだそうだ。「たった一行」ではなくて、先に挙げた伊福部の証言を支持する他の史料も存在するのだが。一方、東京日日の記事が正しいことを支持する史料を梅津記者は提示できていない。


しかし、性急に結論を出すべきでないという主張は理解できる。そのように述べた以上、梅津記者には誠実に調査を進めることをお願いするばかりである。


また、新聞社という組織は、毎日のように「事実を認めるべきだ」「うやむやにしてはならない」と主張していることを忘れるべきでない。それどころか、今日の一面コラム(『余録』)では以下のように述べているのだ。


 ……真実に少しでも近づいて名誉を回復する機会は、当事者が健在で、世間の記憶が薄れないうち

 でなければ、意義に乏しい。

                   余録:「フランス救国の聖女ジャンヌ・ダルクが…」                                   (毎日新聞2月20日朝刊)






この場合、当事者とは伊福部先生ということになろうか。しかし、先生はご逝去されてしまった。であれば、せめて「世間の記憶が薄れないうち」に結論を出すべきであろう。


※この記事の作成にあたり、木部与巴仁氏にご協力を頂きました。謹んで御礼申し上げます。

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コメント

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5 ■李さん、汪さんへ

>李建宇様
お役に立てれば幸いです。明らかな間違いを放置しておくわけにはいきません。

>汪様
すぐに木部さんの本が思い浮かんだわけではなかったのですが、交響曲を書くことに対する緊張感については伊福部先生が繰り返し表明しておられたので、記事を読んですぐに「こんな曲はあるはずがない」と思って調べてみたら木部さんのご本に伊福部先生の証言があった、というわけです。

4 ■TBありがとうございました

オホツクの件、初めて知りました。
ありがとうございました。
詳しいことや、実際に話を聞かないと、わからないですよね、こういう事は。
どちらかで、何かしら、聞いたことがあったのでしょうか?

3 ■コメントありがとうございます

わざわざ、ブログの記事の訂正をありがとうございます。
毎日新聞記事の引用、と明記していたので、このようにx1wand様に訂正していただけました、ありがとうございました。

2 ■non さんへ

伊福部先生ご自身の証言が残っているわけですから、東京日日新聞や毎日新聞の方が間違っていると考えるのが自然でしょう。そう考えれば放置しておいても良いかなとは思ったのですが、記事に書きましたように、間違い方が悪質です。伊福部昭の音楽観に対する無知から生まれた誤報だと思います。それでつい訂正せずにはおれなくなってしまいましたが、ずいぶん疲れたなぁ、というのが新聞社とのやり取りを終えた後の率直な感想です。

コメントありがとうございました。

1 ■無題

 件の記事は私も気になりました。

「オホーツクの海」の間違いかとばかり思ってましたが、なるほど、言われてみて思い出しましたが、木部さんの本にも書かれてましたね。

 ともあれ、結論としてはありもしない事がわかり切っているわけで、訂正しないなら、いつまでも記者と新聞社が恥じを掻き続けるだけのこと。

 新聞なんて所詮これから廃れ行く運命にある前時代的なメディアですよ。放っておけばよいのでは?

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