No.441:本質
テーマ:水先案内:recommendおはようございます。番組からは、「罪の意識」などさらさらないのが伝わってきました。
証券取引法違反事件で公判中のライブドア前社長、堀江貴文被告が3日、テレビ朝日の番組に出演し、昨年のニッポン放送株を巡るフジテレビジョンとの争奪戦後、ソニーの買収を考えていたことを明らかにした。
堀江被告は、番組で、ソニーの買収について問われ「思ってましたね」と述べたうえで、「(買収を)できるできないかで言ったら、できる可能性はありますよね」と述べた。理由については「一番大きいですからね。ソニーなんかを買収して、ある程度の大きさになるじゃないですか。そしたら世界一が見えるか、あるいは世界一になって、その時点で(ライブドアを)やめようかなと」などと説明した。
彼にとっての「世界一」とは、いったい、「何の世界一」だったのでしょうか。
No.441:本質
・ 本質:物事の本来の性質や姿。それなしにはその物が存在し得ない性質・要素。
週末から、「日本経済に関する7年間の疑問」という新書を読み始めました。これは、作家の「村上龍」氏が編集長を務める「JMM(ジャパン・メール・マガジン)」の創刊7周年を記念し、そのエッセイを再編集したものです。
- 村上 龍
- 日本経済に関する7年間の疑問
「JMM」は、「村上編集長」の、主に金融・経済に関する「質問」に対し、専門家が「回答」するというスタイルで、「わかっているようで、わかっていないことを明らかにしていくこと」を、言い換えれば、「本当はわかっていないんだということを、わかること」を、目指したということなのですが、この本にまとめられたエッセイを読み進めていても、村上氏が、物事の「前提」や「本質」を、ものすごく大切にしており、見極めようとしている「姿勢」が伝わってきます。
執筆活動と並行していることもあり、氏の興味・関心が、そのときどきの著作とリンクしているところも見受けられ、実際、メール・マガジンで体験していた人は、実に臨場感があったのではないでしょうか。
すべての事象の「本質」を見極めようと、ちょっと立ち止まり、視点を引いたり、裏返したりしながら、考察していっていますが、決して堅苦しいわけでも、説教くさいわけでもありません。
「単純な疑問」を投げかけ、それに対し、考える「きっかけ」を与えてくれているという気がします。
まだ、読了していませんが、取り急ぎ、「メール・マガジン」の配信登録を済ませました。
ホームページ には、「メールメディアの意味」として、こんなメッセージが掲載されています。
今、おそらくほとんどの日本人が言葉にならない不安感を持っているのではないでしょうか。変化を実感しながらも将来の展望がなく、不安を抱きながらも危機感を持つことができないでいるような気がします。
そういった状況は、今までのようなトップダウン型の指示だけでは打開できないのかも知れません。大事なのは、目先の解決にだけこだわるのではなく、わかっていることと、不明なことを、 とりあえずはっきりさせることだと思います。
しかし既成のメディアがその役割をきちんと担っているとは思えません。メディアは金融界と違い、日本語に守られていて、「競争」がないので、遅れているのです。しかし、既成のメディアを批判するのは飽きました。わたしはメール配信サービスを使った新しいメディアの実験を始めることにしました。 そして、シンプルにそれをジャパンメールメディア、JMMと名付けました。
JMMを始めてから既成のメディアへの苛立ちが少なくなったのは確かです。既成のメディアへの苛立ちは、結局自分が情報の受け手でしかないことに起因していました。
JMMでは、おもに金融・経済を中心に扱うことにしました。専門家によるネットワークを作り、どこが不明なのかを、わたしの質問にネットワーク参加者が答える形で、あるいはネットワーク参加者とゲストによる座談会などの形で明らかにしていくことにしました。既成のメディアは、すべての問題を「わかっていること」として伝えようとします。当たり前のことですが、現実はわからないことのほうが多いのです。繰り返しになりますが、今大切なのは何が不明なのかを知ることだと思います。
たとえばリスクという英語に対応できる日本語がありません。同様に、インセンティブ、という言葉も日本語に翻訳できません。近代化途上の旧来の文脈においては、もともと「個人」という概念さえ非常に希薄です。個人という言葉には最初から集団に疎外され、集団と敵対するニュアンスがあるような気がします。
しかし、各メディアや本屋に並ぶ経済本には「個人的なリスクテイクのインセンティブを促す」などと書いてあります。まるで百年前からインセンティブという概念があったかのようです。
JMMでは、「ビジョンの創出」や「新しい政策を巡る論議」といった大きなテーマに沿うのではなく、論議の基盤となり得る考え方や、論議に耐えうる概念や言葉の検証をおもに行ってきました。既成のメディアでは、考え方や概念や言葉が曖昧なまま論議されているような気がしたのです。
たとえば、「一人一人が個として自立し自己責任においてリスクを取る時代に日本人はどう生きるべきか」というような文脈には明らかな矛盾がありますが、そういう矛盾が放置されているような気がします。一人一人が個として自立することが求められているときに、「日本人はどう生きるべきか」という問いは無効なわけですが、そういう指摘はほとんどありません。
JMMでは、解決策を示すのではなく、本質的な疑問を示したいと思っています。これは私見ですが、金融・経済において問われているのはコミュニケーションそのものではないでしょうか。情報開示、新しい労働市場、フェアな能力主義、合併や事業統合、各種のセイフティネット、規律ある市場など、それらはすべて、個人対個人、労働者対企業、企業対企業、個人対国家、企業対国家、市場対国家、資本対資本、国家対国家、などのコミュニケーションの変化が不可欠です。
JMMはその変化を正確に見届けようという方針と意志のもとに作られています。
JMM編集長:村上龍
氏の、「問題意識」や「危機感」の高さに、改めて敬服いたしました。
PS.
「カンブリア宮殿」などで観るあの「朴訥」とした雰囲気とは違って、切れ味鋭いエッセイが満載だ。





1 ■ネ刀(○´ω`○)ゞ⌒☆
(。・ω・)ノ゙ コンチャ♪
ボトメ拾って参りました。
お子さん、可愛いですね~w
歌ってる場面が浮かんできますw
またお邪魔させていただきますね^^
ではヾ(*'-'*)マタネー♪