三輪厳島道-深見東州とワールドメイト-ワールドメイト会員のブログ

ワールドメイト現会員のブログです。ワールドメイト現会員が書く、ワールドメイトと深見東州先生(=半田晴久氏) の活動について、お話しするブログです。ワールドメイトは、福祉などの公益活動が盛んな宗教法人です。


テーマ:
インターネット上の誹謗中傷の問題に取り組んでいる弁護士さんの話が記事になっていたので、紹介してみたいと思います。

-----引用ここから-----

「インターネットの闇は深い」 匿名の「誹謗中傷」と戦う唐澤貴洋弁護士インタビュー

弁護士ドットコム
2015年5月25日(月)11時0分配信

インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷がたえない。個人に対する悪口から、読むに耐えないおぞましい罵詈雑言まで、毎日のようにネットのどこかで書き込みがされている。インターネットの怖いところは、そんな悪意のある言葉が、匿名の多数の人間によって拡散され、増幅していくところだろう。

---(中略)---

 インターネットが社会に広まって約20年。このような問題はこれまで何度も指摘されてきたが、解消されていない。むしろ悪化しているようにも思える。ネット上の終わりのない匿名攻撃に、私たちはどう向き合えばいいのだろうか。

 インターネット上の誹謗中傷問題に専門的に取り組み、その副作用として自分自身もネット上で根拠のない誹謗中傷を受けながら、1年で100件を超える個人や企業から相談を受け、被害者を救済すべく精力的に活動している唐澤貴洋弁護士にインタビューした。

●「動物的な感情」のぶつけ合いが野放しになっている

――匿名掲示板をはじめとして、インターネットには誹謗中傷の言葉があふれています。どう見ていますか?

---(中略)---

 他人を傷つける誹謗中傷をおこなっている人は、想像以上にたくさんいます。

――どんな恐ろしいことがあるのでしょうか?

 いったん、攻撃の対象になってしまうと、情報が本当なのかウソなのかきちんと検証されないまま、悪口がどんどん書き込まれます。しかも、真偽不明であるにもかかわらず、たくさん書き込まれることで、あとから見た人が「本当」のことだと思ってしまう。

---(中略)---

もちろん、きちんとした議論が行われて、成熟した民主主義に貢献するような言論だったら、問題ありません。しかし、あるのはディスカッションではなく、刹那的な「動物的な感情」のぶつけ合いです。そんな状況が野放しになっているのです。こういう状況に対して、弁護士として取り組みつつ、もっと多くの人に、問題があることを知ってもらいたいと思います。

---(中略)---

――ネットの誹謗中傷対策というのは、具体的に、どんなことをやるのでしょうか?

 まず、権利侵害にあたる記事の削除を請求します。ネット掲示板では、誹謗中傷が匿名で書き込まれているため、誰が権利侵害をおこなったのかを特定する必要があります。そのため、掲示板管理者に対して、IPアドレスを開示してもらう裁判手続きをとります。それが開示されたら、今度は、IPアドレスを管理する経由プロバイダ―に対して、「発信者情報開示請求訴訟」を起こします。そこで発信者情報の開示を受けることができたら、ようやく損害賠償請求などの手続きに入ることができます。

 権利侵害とは、名誉毀損やプライバシー侵害などです。また、刑事告訴も何件もおこなったことがありますし、実際に逮捕者が出たケースもあります。

――難しいことはありますか?

 ウェブサービスが変化すると、権利侵害も多様化していく点ですね。たとえば、10年前には、ツイッターというサービスは存在していませんでした。その後、サービスが生まれて、今度はツイッターを使った権利侵害が登場しました。そういった環境の変化に適応していく必要があります。

---(中略)---

――その道を切り拓くうえで、今後どういう制度が必要でしょうか?

 権利侵害をおこなった加害者の責任をより追及しやすくする制度が必要だと思っています。発信者情報を獲得するまで、時間とコストがかかりますが、現状では被害者がそれを負担しています。このような状況は、被害者にとって、酷です。

---(中略)---

――私たちは、ネット上の誹謗中傷とどう向き合えばよいのでしょうか?

 インターネットを良くするのも悪くするのも、利用している私たちしだいなのだと思います。誹謗中傷をはじめとする権利侵害は、他人ごとではありません。自分の問題として捉えてほしいです。

 ネット上の加害者になるのも、自分しだいなのです。どうも、多くの人は、その危険性を知らないのではないかと危惧しています。安易に誹謗中傷を繰り返すことで、人生を棒に振るようなことがないようにしてほしいと思います。


-----引用ここまで-----

ということなのですが、要は、誰が書き込んだ誹謗中傷なのかを特定することは可能で、実際にそうして特定されて逮捕者も出ている、ということなのです。何かネット上に書き込みをしたいと思っている人にはこの事実をよくよくわきまえておいて欲しいものです。

 それにしても、ネット上の誹謗中傷の最大の問題点である



「情報が本当なのかウソなのかきちんと検証されないまま、悪口がどんどん書き込まれます。」

「しかも、真偽不明であるにもかかわらず、たくさん書き込まれることで、あとから見た人が『本当』のことだと思ってしまう。」



という部分については、何とかならないものかと思って頭の皮がムズムズしてしまいますね。


『同じことがたくさん書き込まれているからといってそれが本当の意味で真実だとは限らない』、


この点も、ネット利用者としてよくよくわきまえておかねばならない点ですね。ステルスマーケティングも結局はこの理屈を利用しているわけですから。


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アンチの目的としていることは何かというと、それはワールドメイトの活動が衰退すること、深見東州先生の活動を妨害することです。

そしてそのために具体的にどういう方法を取っているかというと、疑心暗鬼を生じさせるようなものの言い方、ものの考え方をどんどんブログやホームページで見せる、というものです。疑いの心が妄想をかきたて、様々な不安を呼び起こすことになるのですが、この最初の疑いの心を読者に持たせるために、ブログやホームページを作成しているのです。

疑いの心を持たせれば、後は自動的に読者が自分から不安を感じて、「私のやってきたことは間違いだったのではないか?」「私の納めた寄付が不当な使われ方をしているのではないか?」「私が信じていることが実は全く意味のない事柄なのではないか?」と次から次へと妄想して、自滅していくわけです。

明るくて、やる気と元気が出るようなことが書かれているホームページなら、おそらく、少なくとも怨念霊は出てこないだろうし、邪気も普通は潜んではいないでしょう。

ところが、アンチのページは、読み手の不安を煽り、読み手の不信感を煽り、読み手の焦燥感を焦る、という内容なわけですから、当然「人の心を不安にして地獄に突き落とす」といった類の邪気が潜んでいて、読んだ人の霊界にそういう影響を与えます。読み手が書かれている内容に賛同し納得すると、邪気がしっかりと頭やおでこ、後頭部などにくい込んで、離れなくなるのです。そうして、歪んだままの思い込み・勘違い・間違いをそのまま信じこんで、正しくない勘違いした知識を抱え込むことになります。その人の霊体は、当然不安、不信感、焦燥感で一杯になり、霊的に穢れることになるのです。

「納得」という言葉を辞書で調べると、「他人の考えや行為などをもっともだとして認めること」とあります。つまり、納得とは「他人の考えや行為などを道理にかなっていて当然だとして、受け容れる」ということです。受け容れる時には自分の心を開いているのですから、なんでもかんでも認めていると、正しいものにも邪なものにも、清浄なものにも穢れたものにも、何にでも染まってしまうことになります。やはり読んで大丈夫なもの、触れて大丈夫なもの、読後感がよいもの、自分の霊体を汚さないもの、こうしたものだけを、取捨選択して絞り込んだ上で見ていくようにしないといけません。

何でも見たり聞いたり触れたりしてかまわない、ということではないと思います。

そして、どこかのページでワールドメイトについて書かれていたことを読んだらすごく不愉快になって、それ以来支部に行く気がしない、神事に参加する気がしない、お取り次ぎをしたいという気持ちにならない、といった場合、その「どこかのページ」に邪気が含まれていて、それに触れたからこそ、前向きな気持ちを保てない自分に変わってきてしまっているわけですから、そのページが原因なのだと明確に理解・認識して、まず神化咒をあげまくる。神化咒をくり返していると、500回目くらいからスカーッとしてきて、邪気が消滅し始めているのがわかるような感じになるのではないかと思います。

邪気を消滅させて、同時に想念が明るいものに戻れば、それでようやく霊的に回復してきた、ということになると思います。

自分の感情ほどアテにならないものはありません。神気に触れればすぐにやる気満々になってしまうし、逆に邪気にふれてしまうと全然やる気は出ず、悪意の強い言葉ばかり口に出してしまうということになるのです。

自分の心に正直に生きるなんてことはしてはいけません。自分の心の手綱を自分で握って、すぐ感情に流されてしまう自分の心を、知性と理性と国語力で言って聞かせてコントロールしていくべきなのです。心がけを常に持って、感情に左右されない自分を確立することが大切なのです。

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ワールドメイトの会員の皆さんは、まず、常に、正確に「自己診断」ができるように心掛けるべきなのです。

私がここで言いたいのは、自分の今の境地が「明るく楽しく前向きで発展的で積極的」かどうかをいつもチェックして欲しい、ということなのです。なぜこうした自己診断が必要かというと、今、自分が明るく前向きになれないのなら、そこには何か理由があるからで、それはおそらくほとんどの場合、浮遊霊か地縛霊か自殺霊に憑依されているか、自分の家伝の怨念霊が浮き出してきているか、人としてまともな考え方をさせまいとする悪霊、すなわち動物霊に憑依されているからなのです。

だから、自分の想念がおかしいな、と感じたら、天下国家のことを祈り、自分の生涯の大目標を祈り、自分の本当に愛する人達のことを祈って、自分にとっての損得を含まない、一切の打算計算を含まない祈りに徹するのです。そうすれば、あなたの霊層が上がって、結果として想念のレベルが低い人霊の憑依は解けます。しかし動物霊はあなたの霊体にくい込んであなたの想念を操ろうとしますので、前向きで明るいお祈りだけで想念がおかしくなったのはおそらく改まらないので、咒をあげるしかないのです。

とにかく、自分の想念の状態を常に確認して、自分も他人も幸せにできるような想念をいつも保っているよう、心がけることが大切ではないかと思います。

話をアンチの記事に戻しますが、私も皆さんもひとことも見たり読んだりする必要はないのですが、もし見てしまってなんだかそれ以来自分がモヤモヤする、という人は、その不安定な想念こそ、アンチの言葉の邪気邪霊がもたらしているものだと考えて、成田山、川崎大師、白山比咩神社に参拝して、魔物を祓うことが大切です。いやな言葉を思い出さない、不愉快な映像が薄れてもうほとんど思い出すことがない、という状態になってくれば、ほとんど自分の中の霊界から消えているのではないでしょうか。

深見東州先生の大天運の112ページにあるように、「よきものに触れるのが成功の秘訣」なのです。112ページには、

「さて、私たちの前世の記憶、前世で積んだ無形の宝は、他からの刺激によって飛び出してくるということがわかった。(中略)あくまでも、何かと出会うことによって出てくるのである。

 (中略)要するに、すばらしい人、すばらしい書物との出会いを大切にし、俗悪なもの、醜悪なものを避けるようにすればいいのである。

 よきものに触れれば、よき前世の記憶が出てきて、ますます人生が実りあるものとなっていく。悪しきものに触れれば、悪しき前世の記憶が出てきて、ますます人生が暗く不幸になっていく。こう考えると、私たちの人生は、いかによき前世の記憶を引き出し、才能を開花させ、その才能で現世を実らせていくかという、ひとつの宝探しのようなものといえる。

 (中略)人を苦しめたり、あるいは殺したりしているかもしれないのだ。そうした悪事も、私たちの御魂の奥にしっかりとインプットされているのである。

 それゆえ、条件さえ合えば、至極簡単に前世の悪しき記憶が出てくるのだ。これは恐ろしい。ひとたび、悪しき記憶が出てくると、よいものまですべて食い散らかされてしまうからである。

 「悪貨は良貨を駆逐する」

 という、経済学者グレシャムの法則どおりの世界になってしまうわけだ。

 だからこそ私たちは、ある意味では命をかけるくらいの気持ちで、よき人、よきものとの出会いを大切にし俗悪なもの、醜悪なものを避けなければならないのである。」

とあります。

だから、わざわざアンチの書いた悪意しか感じられないようなものを見ても、いいことなどひとつも起きないのです。

(次回に続く)

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ワールドメイトの会員を辞めた人、もしくは辞めようと思っている人、こういう人達の中に、挫折感でどうしようもなくなっている人達がいるみたいですね。

自分が挫折したことを認めるのがしんどいので、それで自分ではなく、自分が辞めた会が良くなかった、つまりワールドメイトに問題があった、という話にすり替えてしまうわけです。

ワールドメイトは、いつでも好きな時に退会できるので、辞めたい人はすぐにも辞めることができます。でも、実は辞めた人というのは、自分の家を代々怨んできた怨念霊の念力に負けた人か、アンチのブログやホームページの邪気に圧倒されてしまって、確信を砕かれ、霊的な隙ができたところに邪気が居座って、その邪気のもたらす悪気により想念が悪いほうに影響され、前向きな気持ちもなくなって、明るい気持ちもなくなって、自分が退会したことを正当化するために批判するために批判をして、批判を続けるために罵詈雑言を言うようになり、自分の出す悪気によって自分が縛られて、どんどん自分の霊層が落ちて自分のもたらす気が悪くなっていく、という負の循環に陥ってしまっている人なのです。

今、自分がどんな気持ちでいて、どんな想念の状態にあるとしても、自分が「神様に誠を捧げるために、自分の真心の発露として、ご奉仕をいたします」という気持ちでした、体施や物施は、永遠の宝として天に積まれているのです。

それを、アンチの書いたものを見たり読んだりして、自分が納めた玉串のことについて後悔したりして、「あの時払った料金は何だったのか!」と言い直したり思い直したりすると、真心でご奉仕したはずの玉串が、おかげ信仰の、おかげ欲しさに払ったただのはした金になってしまうのです。

さらには、アンチの書いた間違いだらけ・ウソだらけのブログを見て、「私が払ったお金は無駄だったんだ」と思って納得してしまうと、今の今まで天の倉に積まれて黄金色に輝いていたあなたの徳分が、本当にゴミ屑、石ころに変わってしまうのです。

アンチの使う言葉、アンチが書いているウソまみれの記事にはそういうマイナスの霊力と魔界が宿っているのですよ。その魔界に満ちたページを開いて、中身に触れて、そうか、と納得すれば、その魔界が自分に行き渡ってしみ通って自分が魔界づけ、邪気まみれになるのは当然です。

そうして邪気にまみれた結果として想念がおかしくなるのです。だからアンチの書いたものなど読んではいけないのです。どんな本、どんな活字も、著者の持つ霊界、あるいは神界、あるいは魔界を写していて、読んで納得して受け容れると、その文章の持つ霊界が読者の中に入るのです。

(次回に続く)

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相変わらず、プロアンチ(=金で雇われて、いやがらせをする連中、アンチワールドメイト的発言を繰り返して、ワールドメイトの活動を妨害しようとする人達)が、ワールドメイトに関する中傷、ウソ、虚偽の話を垂れ流しているようです。

今回は、「サルでもわかる世界中に愛をワールドメイト入門」というブログについて、書いてみますが、このタイトル、以前売れていた本か何かを真似してつけたタイトルなのでしょうが、実際にブログを見てみると、「サルにもわからない、書いた本人にしか理解できない妄想オンリー異常基地外ブログ」というのが本当のところではないかと思います。

今回も、この基地外ブログの「雌鳥ブラスバンドと名乗る管理人」が何も根拠・証拠を提出して証明することができない、つまり「明白なウソ」を一見本当であるかのように書いていますね。ここまでウソを書き続けるには、やはり何か相当な精神的な異常さか、相当なウソつきの癖とか(一般には虚言癖といいます)、とにかく普通でない精神的な異常さがあるのではないかと思わざるを得ませんが……。

普通でない人が、平気でいくらでも書き込みできて、活字になっているものだから、それを真に受けて信じてしまう人が出てきてしまう、というところが、やはりこのインターネットの世界の大きなマイナスであり、まだまだ書き手の素性のことにまで想像力を広げないで、書いてあることをすぐ鵜呑みにしてしまう人が多いことの危険性をもっともっと周知徹底していかなければならないな、と思います。

この「雌鳥ブラスバンドと名乗る管理人」がウソを書き込む時の書き方には3つのスタイルがあるようです。

ウソの書き込み方の第1のスタイルは、
「深見東州(半田晴久)先生が、こんなことを言った」と書いて、批判する。

ウソの書き込み方の第2のスタイルは、
「ワールドメイトでは、こんなことをしている」と書いて、批判する。

ウソの書き込み方の第3のスタイルは、
「ワールドメイトの会員と□□には、このような共通点がある」と全く奇妙で歪んだ独特な意見を書くことです。

第1のやり方ですが、言ったか言わないかに関して、全く確認などしていないし、筋の通ったことを書いていないのがこの「雌鳥ブラスバンド」の特徴です。その上、ウソだと自覚しているのにどんどん好き放題に書き込みしているのです。そういうわけなので、この「雌鳥ブラスバンド」と名乗る管理人は、本当に精神的におかしい、あるいは正常でない人なのだ、と言わざるを得ません。

本人が実際に言ったのではないことを「あなたはこのように言いましたね」と決めつけて批判するなど、ただの病的な妄想であり言いがかりでしかありません。(いいがかり=根拠の無い口実を作って相手を困らせること)そんなものは書けば書くほど異常さが暴露されるし、当然そんなブログなど読む価値なんかないわけです。

とにかくこの「雌鳥ブラスバンド」と名乗る管理人は、ワールドメイトに対して、深見東州絵先生に対して、妨害行為をしたいだけだ、ということなのです。

第2のやり方ですが、これも基本的には第1のやり方と同じです。架空の話を作り出して、それを中傷の対象とするのですから、妄想癖もここに極まれり、ということでしょうか。ワールドメイトではそんなことは実際にはやっていませんよ、というようなことを勝手に妄想して、「ワールドメイトではこんなことをしている、あんなこともしている」と書き込むわけですから、要は、これも単なる「言いがかり」でしかないのです。とにかくワールドメイトのごく普通の活動を故意に悪し様に取り上げて、その活動に因縁をつけているだけに過ぎないのです。

こういう虚偽の申し立てに基づく誹謗中傷を延々と続けてきているわけですから、病気でないなら、金をもらって副業(もしくは職業)としてやっているとしか考えられません。だからプロアンチ、と呼ばれることになるのです。

例えば最近の例としては、「ワールドメイトでは、土下座祈願という体罰を行っている」と書いてみたりするわけですが、これなど時流におもねる、いかにもワールドメイトで体罰が流行っているかのような、したがっていかにもおかしげな団体であるかのような印象を読者に与えることを意図した、完全な捏造の良い例です。もちろん「土下座祈願という体罰を行っている」事実など無く、この「雌鳥ブラスバンド」の主張は100%ウソです。

ワールドメイトでは、先日、立ってもよし、椅子に座ってもよし、正座してもよし、とにかく自分の好きな姿勢で、世界平和や日本国民の安寧を祈願するべく、一人一人が神様に祈りを捧げようという呼びかけをしました。神様と向き合うことが宗教的活動の原点であり、そう呼びかけることで一人一人が持っている信仰心が自然に発露すると考えるからです。

これを通称「土下座祈願」と呼びますが、もちろん、強制ではなく、したがって無理矢理させられたり何か暴力が伴ったりすることなどは、全くありません。

「立ったり、椅子に座ったり、正座したり、と自分の好きな格好で、世界平和や日本国民の安寧を祈る」だけです。しかも、希望する人だけが参加すればいいものだったのです。参加しなかった人も大勢いました。

こういう、宗教的な活動をとりあげて、「体罰だ」と言ったりするのが、この「雌鳥ブラスバンド」という管理人のものの言い方なのですから、このようにちゃんと説明した上で考えてみれば、この管理人のものの言い方が実際には全く信用できないものだということがよくわかります。

第3のやり方ですが、
「ワールドメイトの会員と□□には、このような共通点がある」と全く奇妙で歪んだ独特な意見を書くこと、これなどは、以前、「ワールドメイト会員と、魔法少女まどか☆マギカ」には共通点がある、と書いたりしていた時がありましたが、実際、一つも共通点などありません。要は、妙なこじつけをやって、なんとかして読者にワールドメイトについての悪印象を持たせることに汲々(きゅうきゅう)としているだけなのです。

私からすれば、「こじつけの美学」を追求しているようにも感じられますが、妄想癖が強すぎて、結果として異常なものにしかなっていないなあ、という印象です。

とにかく「良くないという印象を与えたい」「おかしい団体だという先入観を植え付けたい」という行為に終始しているのがプロアンチのやっていることなのです。

要は、最初から、誹謗中傷悪口批判、そして根拠のない言いがかりしか書かれていないプロアンチのブログなど読むに値しないのです。そんなものに何か本当のことが書かれているかと思って目を通すなど時間の浪費でしかありません。

基地外な管理人が書いた基地外な文章など読まないことです。事実など何も知らない人が妄想で書いているだけなんですから、「事実勝負なんてできるわけがない」というのが、プロアンチの連中が書いているブログの中身の実情なのです。
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ネットで先日見かけた、「頭のおかしな人の判定基準」というのが面白かった。

これ、そのまんま、自称「元会員」に当てはまるのでは?
特に「元会員ブログ」のコメント欄を読んで、あたまクラクラしてる人には分かりやすい解毒剤になるかも…

でも、読んだことない人は、この後も生涯「元会員ブログ」なんて見なくていいからね。霊障で頭がお花畑になるだけ~だから。

それではその「判定基準」を。


頭のおかしな人の判定基準

・「みんなの意見」「他の人もそう思ってる」など、自分の意見なのに他人もそう思ってると力説する人


他人が自分とは違うという事実が受け入れられない人です。自分の意見が通らないとコピペや荒らしなど無茶をし始めるので見かけたら放置してください。


・根拠もなく、他人を見下したり、差別したりする人、自分で自分を褒める人


他人を見下すことで自分を慰めようとする人です。実生活で他人に褒めてもらう機会がないがプライドだけは高いとか、匿名の掲示板しか話し相手のいない人です。可哀想なので放置してください。


・自分の感情だけ書く人


「~~がムカツク」とか自分の感情を掲示板に書くことに意味があると思っている人です。何がどのようにムカツクのか論理的に書いてあれば、他人が読んでも意味のある文章になりますが、そういった論理的思考の出来ない人です。もうちょっと賢くなるまでは放置してあげてください。

全部自称元会員に当てはまるじゃんか。

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最近支部におかしな郵便物が送られてきたみたいですが、

「『自分達だけが正しい』とか、『私だけが正しい』といった言い方をする人がいて、『本当にその言葉通りに正しかった』、ということはだいたいの場合、起きない」

というのが、経験から学んでいる世の中の普通の人の意見ではないでしょうか。

ですから、「あなたは間違っている、そして私だけが正しい、(あなたの間違いを正してやるから)あなたに質問したい。ぜひ答えてみて欲しい」といった乱暴な議論を提起する人は、だいたいの場合正しくないことが多いし、そんな話につきあうのは時間の無駄にしかならないのです。

袖すり合うも多生の縁、と言いますが、これは「どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も、偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるものだ」くらいの意味だとすると、これを読んでいるあなたがどこかの宗教団体に入っているのも、やはり前世、あるいは前々世からの御縁(ごえん)で、今生出会って、共鳴したり納得したからでしょう。

人それぞれに、自分と縁のある宗教に出会って馴染んでいっているというのが、本当のところではないかと思います。

相手の宿縁を否定する必要もないし、こちらのいろいろな御縁に文句をつけられる筋合いもないというものです。

深見東州先生が、神道・仏教・儒教について、述べておられる内容が、名著「神霊界」の中にあるので、今回はそちらも紹介してみたいと思います。


引用ここから
----------------------
神儒仏をふまえ至誠を貫徹 以上でだいたいのところはおわかりいただけたと思うが、最後に、神人合一への道を神儒仏の観点から見てみたい。

 わが国の精神文化を形成している要素は、大きく分けて、神道、儒教、仏教の三つであると前述した。このほかにも道教や回教、キリスト教、あるいは近代ヨーロッパイズムなども少なからぬ影響をもたらしているようではあるが、神儒仏に比べると、その歴史的影響力ははるかに小さいといわざるを得ない。

 ところで、その神道、儒教、仏教のそれぞれの教えは、第二章でも申しあげたとおり、神様が創造されたこの宇宙森羅万象を次元別に象徴的に表現している。

 つまり、多く分けて神様は神界と霊界と現実界の三界を創造されたわけなのだが、この三つの世界について、神儒仏の三宗教がそれぞれ分担して教えているというわけなのである。すなわち、理屈抜きで神霊や御魂の世界に重きを置いているのが神道であり、人間の想念世界と霊界のあり様に重きを置いているのが仏教であり、現実世界に生きる人の生き方、人の道を説いたのが儒教というわけである。

 したがって、第二章で申しあげたことの繰り返しになるが、神儒仏をバランスよくとらえていくのが、主神の御心にかなった生き方なのである。

 そして、日本の歴史上、これを最もうまく活用し、しかも見事に行うことにより、我が国の基(もと)を築かれたのがほかでもない、あの聖徳太子なのである。彼が、如何に素晴らしい神道家であったかの論述は、またの機会にゆずろう。

 ところで、私が、季刊誌『YES、ワールドメイト』に霊界小説「聖徳太子の日々」を連載していたのも、この理由による。彼の立場を借りて、求道の糧となる主神の教えを敷衍するのが最も適切にして当(とう)を得ていると思えるからである。

 ところが、神道家は神と神霊と日本意識に偏しており、霊能者は全ての原因を霊界と霊障に求めようとし、儒教は何でも常識と形式で判断し、神界や霊界の実相を無視する。これもやはり、独善と偏見に陥っているといわざるを得ない。

 現世で解決しなければならないことは現世で解決し、霊界を見たほうがいいときは霊界を見、神様にお伺いを立てるときは、祈ってお伺いを立てる。これが神儒仏のバランスのとり方である。そして、これこそが宗教次元における「中」の要諦なのである。

 また、神儒仏のバランスを保ちながらこれを貫き通すには、誠の道ひとすじに生きるしかない。誠の道とは天の道であり、人の道であり、人の心の道である。全ての道を成らす一本のキーであるといえる。

 四書五経の中でも最高位にある、『易経』と『中庸』のエッセンスを凝縮すると、この「誠」の一次に帰結するのである。 神道や聖徳太子の人生観に、最も影響を与えているのが、『中庸』と『易経』の順ではないかと考えている次第である。-------------------
引用ここまで

この後にも、先天の修行の奥義がさらりと書かれていたりして、読めば読むほど、本当に名著だと実感することしきりなのですが、長くなり過ぎてもいけないので、今回はここまで、ということで。

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アンチワールドメイトの特徴として、現在会員である人のブログやTwitterを毎日監視し、それらの内容について不当におとしめる記述を何度も繰り返す、ということが言えます。

アンチワールドメイトの典型例として、「自称元・会員」、「新米薬寿師」、「にゃんこ」などと名乗っている、おそらく会員でない人達が存在します。

彼等は、目的として、ワールドメイトをおとしめ、ワールドメイトの名誉を毀損したいと考えている、と考えられます。

とにかく、ワールドメイトを中傷する活動をずっと継続しているわけです。

しかしワールドメイトには、中傷されるべき要素は、まあ、ありませんね(彼等にとっては残念なことでしょうが)。

ワールドメイトは、やはり、非常に良心的な運営をしていると言えると思います。

ワールドメイトの運営は、基本的に、自由で民主的な個人の権利を大切にしていると言えるでしょう。

普遍的な道徳的価値観に基づいた、「義に生きる」、といった名分は当然あります。ワールドメイトは趣味や勉強のサークルではなく、宗教団体ですから、普遍的な宗教的価値観・倫理観に基づいた道義上の立場というものが存在するのは言を待つまでもありません。

しかし、不当な強制といったものは一切ありません。



結局、アンチワールドメイトが取り上げて中傷できるような要素は、実際のところないので、しかたなく、ワールドメイトの会員と思われる人物のブログやTwitterを見つけては、毎日監視し、徒にもてあそぶしかない、というのがどうやら実情のように思えます。

ワールドメイトの会員にしてみれば、意味不明の因縁をつけられているだけなので、さっさと止めてもらいたいところですね。異常としかいいようがありません。

ところがアンチワールドメイトにしてみれば、ネットにはりついて、悪口・中傷を繰り返すことにしか、毎日の喜びや、やり甲斐を見出すことができないようなのです。リア充にはほど遠い毎日ですね。まあ、毎日よくやるもんです。




ワールドメイトに御縁のあった人達は、誰であれ全員幸せになっていっているということは、現在会員の人であれ誰であれ、どなたでも実感として感じていることだと思います。

アンチワールドメイトの連中は、ワールドメイトのことを監視してネタにして、暇つぶしにすることでささやかな幸せを得ることができているのでしょうか。

彼等から、ネット上の書き込みを奪い取ってしまうと、生活の糧もなくなり路頭に迷い、やり甲斐がなくなり生きている意味を見失うということことなのでしょう。

アンチワールドメイトのみなさんは、24時間ネットに張り付く不健康な生活を卒業して、まともなリア充人生を送ったほうがいいんじゃないんでしょうか。



つまるところ、アンチワールドメイトの皆さんも、ワールドメイト抜きには人生が存立しなくなっているようですね。

普通の会員よりも、ずっとずっと、ワールドメイトに依存しているのが、アンチワールドメイトの皆さんだといえるでしょう。会員であれば、人によって差はあっても、皆主体性をもっていろいろな活動に参加していますよ。

アンチワールドメイトの皆さんはとにかく誹謗中傷・罵詈雑言・中傷行為なしには生きていけないわけですから、本当に不健康な生き方をしているわけですね。


みなさんは主体性をもって、良くないものには近づかないようにしましょう。


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活字になっているものを見ると、さももっともらしく感じてしまって、しっかりした根拠や証拠がなくても、そのまますぐに信じてしまう人は多いのではないでしょうか。

アエラ、2012年10月1日号に面白い記事がありました。

「『ウィキ馬鹿』になるな」という記事から、ちょっとお借りして見てみたいと思います。


引用ここから
----------------------
マーケティング関連会社に勤務する30代の男性が、部下の20代男性社員を伴って取引先企業と打ち合わせをしていたときのこと。部下が差し出したプリントは、インターネット上の百科事典サイト「Wikipedia(ウィキペディア)」の記事をそのまま印刷したものだった。

気心の知れた間柄ならまだしも、取引先に渡す資料がウィキペディアの記事は「ありえない」。


「ウィキの内容は、いわば伝聞のようなもの。それをそのままクライアントには渡さないでくれって、心の中でさけびました。打ち合わせ後に当の本人に指摘しても、『何でダメなんですか?』みたいな感じで」


毎日一本ペースでプレスリリースを作成する。骨組み程度ならウィキペディアに頼ることは多い。ただ、「出典=ウィキ」では相手を納得させられない、と自覚を促したが、…

----------------------
引用ここまで


ということで、ウィキペディアをそのまま拠り所にして、何も疑問を感じていないみたいですね。こういう人がどうも多いようなのです。続きを読んでいくと


引用ここから
----------------------
「ウィキには、そう書いてありました」  とその情報を100%信じて強気に断言する人も増えた。ウィキペディアだけの知識で自信たっぷりの「ウィキ馬鹿」だ。
----------------------
ここまで


と、いう具合に、そのまま信じているわけですね。


しかし、実際に使ってみると、どうもウィキペディアの内容を額面通りに受け取るわけにはいかないようです。

例えば、これは私もしばしば実感していることなのですが、日本語版と英語版では、情報の量も、記されている情報の中身そのものも、全然違う「別物」なのです。翻訳したものが日本語版に掲載されているわけではないのです(書き込む人間が英語が出来ないのだとわかります)。

同じ記事の続きに、以下のようにあります。


引用ここから
----------------------
輸入食品会社に勤める30代の女性は、香辛料や調味料の原料を把握するのにウィキペディアを多用している。国内で知られていない食材の場合、日本語版では情報が少ないため、同時に英語版も確認する。

「英語版の方が情報量が多い項目が多い。ざっくりと全体を知るにはウィキで十分です」
----------------------
ここまで


実は、ざっくりと全体を知るためには、英語版を読まなければならない場合が、大変多いのです(日本語版はただのオタクの書き込みみたいなのも結構ありますよね)。

で、ウィキペディアの何が問題なのかというと、結局こういうことなのです。


引用ここから
----------------------
自主性と善意の限界

最大の特徴は誰でも自由に書き込める点だ。新たな項目の記事の執筆や既存の記事の編集が簡単にできる。ただ、自分自身に関する記事の執筆や編集は、記事の中立性を保つため、ルールとして禁じられている。宣伝行為や独自研究の発表の場とて使うことも禁止だ。

ただ、情報の更新を人々の自主性と善意に頼っている半面、その内容が間違っていても誰の責任も追及できない。記述の誤りが指摘されることもしばしばだ。……
----------------------
ここまで


さらには


ここから
----------------------
「ただ、ウィキだけで判断してしまうのは、情報量として危うい。ウィキはあくまで情報ソースの一つ。複数の情報を集めて照合しようとしないことの方が、心配」 

ウィキペディアの信頼度が高まれば、手間をかけて他の資料を探そうとする行為自体が減る。一つの情報だけで判断するようになり、精査をしなくなる。それはウィキペディア以外の情報についても同様に危険ではないか。

情報の「ウラ」を取るのは時間がかかる。だが、いくつもの情報源に当たることこそが個人の情報処理能力や調査能力を高め、多角的にものごとを見る姿勢を養う。

「情報源一つで納得してしまうのは、自己判断力が落ちている証し。SNSなどでデマの拡散に加担しやすい。それに口がうまいだけの政治家や役人に騙されやすくもなります。こうした傾向は、ある意味、ポピュリズムの走りに近い」 
----------------------
ここまで


ということで、「ウィキ馬鹿」はこのポピュリズムの走りだといえなくもないのです。

実際、ネット上の記事を一つか二つ見ただけで、疑問点がすべて解決するほど世の中単純なものではないと思うのですが。


とりわけ、特有の偏見が日常茶飯事で、歪曲された見方について多くの人が何ら疑問を持たない新興宗教に関しては、一つか二つ、自分がすでに抱えている先入観に合致するサイトを見て納得してしまう人が多いのではないかと思います。


世の中、より真実に近いことを知るのには、それなりの時間と手間がかかるのが本当だし、そうした材料を前にして自分できちんと考えようとすると、さらに労力が必要とされます。


わかりやすいもの・わかりやすいことを提示されて、すぐにそれに飛びついてしまって思考停止してしまうというのは、実は危ないことではないでしょうか。

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先日、なんとはなしに「ヤフー知恵袋」を見ていたのですが、その際に、次のような書き込みを見つけました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1072747525

に以下のような書き込みがあったのです。


引用ここから
------------------
心霊ばなしをすると肩が凝ります。ひどくなると頭痛も・・・この掲示板にあまり長くいられません。こういった話が飛び交う掲示板は百物語をしている状態と同じになります。夜中の12時以降は特にいます。ネットを通して、さまざまなものが行き来しているようです。でも惹きつけられやすいせいもあって、こうしてついつい来てしまうのですが・・・
------------------
引用ここまで


深見東州先生は、文学作品、絵画、書、などに、それぞれの気がある、ということをおっしゃっています。それぞれの作品や文字に、霊界がある、という意味です。

ある作品の霊界が素晴らしい世界に通じるものならば、言い換えるなら「明るく楽しく前向きで積極的で発展的」な気分にさせてくれる作品や話題、文字ならば問題ないのですが、その逆であったりすると、読んだ結果良くないものを受け取っている可能性もあるかもしれないのです。

特に、長く会員を続けてきてある程度霊的にきれいになった人が、霊的な影響が少し分かるようになってきて、こういうことを感じたりすることが多いようです。

何かの本やネットのページを見たり、誰かに会ったりした時に、いちいち「具合が悪い」とか「変な感じ」とか、いろいろと言葉に出して言うのはちょっと困りものなので止めたほうがいいとは思います。

しかし、実際には、触れても大丈夫なもの、触れないほうがよいもの、何度でも見たほうがよいもの、絶対に見たり話しをしたり気を向けたりしてはいけないものなど、具体的な良し悪しがある、というのが本当だと思います。

ネット上のサイトやホームページでも、そこで扱われている話題や言葉遣いなどから、自然と、良いものと良くないものがわかるのではないでしょうか。




深見東州先生の「大除霊」の中に、「よい『ふとした感覚』を生むには」というページがあって、そこには以下のように書かれています。


引用ここから
-----------------
理想は、良き「ふとした感覚」を絶えず積極的に見いだして、それを不動のものにするために、哲学する心、思想する心、倫理する心、教養を学ぶ心を従えて、霊覚が、完全に知性というものの牙城を統率しているようにすることだ。 

……(中略)……

ではこの良き「ふとした感覚」を生むためにはどうしたらいいのだろうか。明るく発展的な感覚にし、自分自身のご本霊を発動させるにはどうしたらいいのだろうか。

……(中略)……

第四に少しでもいい神気にふれることである。第五に、少しでも人生を明るく前向きにする言霊の宿る、いい本を読むことである。

……(中略)……

このようにして自分を豊かに明るくし、意欲的で、発展的で、美しく、すばらしい世界を大切にしている人間は、ますますいい感覚といい人、いい認識、いい運気に恵まれるようになるのである。できる限りいい環境に自分を置くことが大切なのだが、…(以下略)…
-----------------
引用ここまで



ということで、この中の「少しでも人生を明るく前向きにする言霊の宿る、いい本」というところの「本」のかわりにいろいろなものを当てはめて考えてみれば、良し悪しがわかると思うのです。

ネットの記事や話題にも当然良し悪しがあるはずです。


自分で一度読んでみて、「がっかりさせられる」「誹謗中傷だ」「陰鬱な話題だ」「極端なもののいいかたをしているページだ」といった印象を持つページは、実はほとんどが「良くないページ、今後二度と見ないほうがよいページ」なのではないかと思います。

こういうページを見た後に、自分の中のプラスの要素、すなわち「明るく楽しく前向きで積極的で発展的」という自分が小さくなったり弱くなったりしていると感じたなら、ほぼ間違いありません。良くないものを受け取っているのです。邪霊が入っているページだと、必ず、「やる気をなくさせる」「お祈りする気持ちを失わせる」という結果になるからです。


そして、実は、プロアンチのページはすべてこの、「やる気をなくさせる邪気」が満ち満ちたページなのです。決して見てはいけないのです。普通はそんなことはわからないかもしれませんが、実は読んで理解した瞬間に頭に「枷(かせ)」がはまるのです。そしてこの枷のせいで、以前のようにお祈りできなくなって、あるいは気持ちが沈んでしまって、ご神業に参加できなくなり、会員を続けるのがいやになってしまうのです。


少しでもいい神気にふれるようにしましょう。そして、少しでも人生を明るく前向きにする言霊の宿る、いい本やいい記事、いいサイトだけを見ていくようにしましょう。本に良し悪しがあるように、ネット上の記事にも良し悪しがあるのです。


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