↑クリックをお願いします↑

2009年11月21日 00時23分58秒

民主党と官僚     ― A.A.

テーマ:A.A.


官僚化した政治家
選挙用マニフェストが原因で、民主党連立政権がモタついている。その一つが官僚依存からの脱却するという方針である。民主党が野党時代、財務官僚を日銀総裁に登用しようとした自民党政権にイチャモンを付けていたことがアダとなっている。

民主党は、日銀総裁の場合は「財金分離」、つまり財政担当者に金融政策を委ねることに問題があったからと釈明している。しかし財務省と日銀の間では、人事交流が行われている。このことから分るように既に財務官僚が金融政策にも関わっているのである(一方、日銀マンは財政政策に携わっている)。

国民にとっては、財政政策と金融政策がうまく噛み合っていることの方が重要で、日銀が独立性を保っているかどうかはどうでも良いことである。そもそも「財金分離」はインフレ時に問題になることである。国が発行した国債を中央銀行にどんどん買わせることの弊害を阻止することが目的である。しかし20年ちかくデフレ経済が続く今日の日本で、ことさら「財金分離」を主張する者は世間知らずの観念論者である。むしろ政府の財政政策に逆らうように、日銀の独立性を盾に金融引締めを行った速水日銀みたいなものこそ批難されるべきである。


「官僚依存からの脱却」の背景の一つに官僚の性悪論があると考える。官僚が、政治を歪め、自分達の利益だけを追求していると映るのである。たしかにそういう事もあろう。しかし政治家が、官僚を攻撃することで、マスコミや庶民から喝采を受けることを計算している面が強い。小泉政権以降の自民党も、選挙が近付く度に官僚批難を繰返していた。


筆者が官僚に抱く問題点はこのような些末なことではない。一番問題にするのは07/5/7(第480号)「日本の公務員」から07/6/4(第484号)「金・銀の産出量と経済」で説明したような、意識しているかどうかを別にして、日本の官僚組織が本能的にデフレ経済を指向していることである。これは歴史教科書にもはっきりと見てとれる。例えば荻原重秀のように改鋳を行った政治家は、インフレを起した悪徳政治家の代表として記される。

財務省も、大蔵省時代と違って完全に緊縮財政指向になった。このことは大蔵省・財務省出身の政治家の傾向を見ても分る。昔は大蔵官僚出身の政治家にはむしろ積極財政派が多かった。池田総理、福田総理、宮沢総理、そして相沢英之氏などである。特に福田元総理は財政均衡派と見られていたが、オイルショック後の世界的な不況に際して、積極財政を展開した。財政再建を目立って唱えていたのは大平元総理くらいのものであった。やはり消費税導入以降、大蔵省・財務省にはマクロ経済はどうでも良いという雰囲気がまん延しているのであろう。


民主党は、政策決定に「官僚を入れない」という方針である。国会答弁からも官僚を排除するという。筆者は政治家が官僚をうまく使いこなせば良いと素朴に思う。本来、政治家は、例えばデフレ指向に傾きがちの官僚に対して、「それは間違い」と大きな指針を示すべきと考える。

しかし今日、事業仕分などに見られるように、政治家がむしろ官僚の仕事を担うようになった。官僚を信頼しない政治家の方が今日官僚化しているのである。デフレを好む官僚と官僚化した政治家しかいない日本が、デフレ経済から脱却するのは「夢のまた夢」の話になっている。



公務員の天下りの根絶
二番目の官僚の問題点は常識がないと言おうか、末端の情報に疎いことである。端的なこの例として法務省が裁判員制度のテレビCMに酒井法子氏を起用したことが挙げられる。地元の者なら誰でも「この人選はヤバイ」と思ったはずである。案の定、問題が起ったのである。しかし世間知らずは法務省の官僚に限ったことではない。

ところが大蔵省・日銀の過剰接待が問題になって以降、事実上、公務員と民間人が交流することが禁止されている。このようなことを続けておれば、官僚はますます世間に疎くなる。筆者は奇妙な法律が増えたのもこの事が影響していると考える。そう言えば規制緩和や構造改革で経済が成長するという「嘘話」に真っ先に飛びついたのも、末端の経済を知らない官僚達であった。

筆者は新卒者を公務員に直接採用することに問題があると考える。世間がこれだけ複雑になっているのだから、例えば公務員の採用条件に「最低3年以上の社会経験が必要」といった項目を加えれば良いと考える。裁判官も同様であり、このような採用条件にすれば、裁判員制度など不要である。

以上の二点が日本の官僚組織の最重要な問題点と筆者は考える。しかしこのようなことを日本のマスコミが問題として取上げることはない。むしろマスコミは次に触れる「公務員の天下り」などに人々の関心を向けようとしている。


民主党は、マニフェストに掲げた「公務員の天下りの根絶」というスローガンに振り回されている。「根絶」といった極端な表現を使ったことで自らの首を絞めている。まるで政権交代は起らず、自分達の野党時代が続くとでも思ったのであろうか。


まず日本の定年制度の話から始める。民間で55歳の定年制度が一般化した明治の時代の平均寿命は50才くらいであった。つまり事実上の終身雇用であった。また公務員には定年がなかった(ただし退職金割増による勧奨制度というものが今日はある)。このような時代は今日のような「公務員の天下り」が問題になることはなかった。

しかし日本人の平均寿命がどんどん伸びため色々な問題が起るようになった。民間は定年を60才に延長した。しかし年金支給開始年齢が上がっているので、定年がさらに延長する可能性がある。ただし民間は50才台の前半で給料のピークが来るような賃金カープに変えている。一方、公務員は退職の勧奨年齢まで俸給が上がり続ける給与体系になっている。


「公務員の天下り」だけが問題になっているが、民間でも大企業は子会社を沢山作って退職者のOBの受け皿にしてきた。子会社の中にはOBの受け皿を主な目的に作られたものもある。親会社が資材を購入する場合は、これらの子会社を通した形にし、子会社にマージンを落としこれをOB退職者の給料に充てていた。

ただ20年もデフレ経済が続き、大企業は子会社をどんどん作るわけに行かなくなった。子会社も生え抜きの者が育ち、簡単には親会社のOBを受入れられなくなった。一方、官の方は国費でOB退職者の受け皿となる公益法人を作り続けている。このように退職者の待遇で官民の格差が大きくなった。もちろん大企業より雇用条件がずっと劣悪な中小・零細企業の従業員にとっては、「天下り」なんて夢の世界の話ということになる。


職員より役員の数の方が多い公益法人が目立っている。また国が無意味な資格制度をどんどん作り、これを公益法人に所管させている。とんでもないことにこれらが民間の経済活動を邪魔しているのである。

一般国民が「官」に不満を持つのは当り前である。しかし「公務員の天下りの根絶」をしなければ何事も始まらないという民主党の方針も問題である。今日、これ以外にもっと重要な経済問題があるはずである。



来週は、今問題になっている政治の官僚依存を取上げる。



                   ― 経済コラムマガジン09/11/16(593号)より転載 
                    http://www.adpweb.com/eco/index.html

コメント

[コメント記入欄を表示]

コメント投稿

コメント記入欄を表示するには、下記のボタンを押してください。
※新しくブラウザが別ウィンドウで開きます。

一緒にプレゼントも贈ろう!

powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト