A DAY IN THE LIFE 1

テーマ:
新年度がスタートしても俺には特に目新しい変化もない

相変わらずくすぶり続けているだけ

自分の子どもに「お前の親父はな、」って胸を張って仕事やら、生き方を語ることができるか

まだ子どもも連れ合いもいない俺にとってはまだままだ先の話かもな

けど、今、この時間は確実に繋がっていく

10年、20年、とにかく俺の墓場までずっとつきまとってくる

どうにか動き出さなきゃな

なんて思いつつ

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誰に頼まれたわけでもないけど一昨日辺りから知り合いの曲をremix中

難しいなぁ

remixなんて初めてやるんだけど、他のクリエイターの人はどうやってんだろう

それはremixに限った話じゃないけど
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a valediction

テーマ:
おまえのバスの三連音が

どんなぐあいに鳴っていたかを

おそらくおまえはわかっていまい

その純朴さ希みに充ちたたのしさは

ほとんどおれを草葉のようにふるわせた

もしもおまえがそれらの音の特性や

立派な無数の順列を

はっきり知って自由にいつでも使えるならば

おまえは辛くてそしてかヾやく天の仕事もするだろう

泰西著名の楽人たちが

幼齢弦や鍵器をとって

すでに一家をなしたがように

おまえはそのころ

この国にある皮革の鼓器と

竹でつくった管とをとった

けれどもいまごろちょうどおまえの年ごろで

おまえの素質と力をもっているものは

町と村との一万人のなかになら

おそらく五人はあるだろう

それらのひとのどの人もまたどのひとも

五年のあいだにそれを大抵無くすのだ

生活のためにけずられたり

自分でそれをなくすのだ

すべての才や材というものは

ひとにとゞまるものでない

ひとさえひとにとゞまらぬ

云わなかったが、

おれは四月はもう学校に居ないのだ

恐らく暗くけわしいみちをあるくだろう

そのあとでおまえのいまのちからがにぶり

きれいな音の正しい調子とその明るさを失って

ふたたび回復できないならば

おれはおまえをもうもう見ない

なぜならおれは

すこしぐらいの仕事ができて

そいつに腰をかけてるような

そんな多数をいちばんいやにおもうのだ

もしもおまえが

よくきいてくれ

ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき

おまえに無数の影と光りの像があらわれる

おまえはそれを音にするのだ

みんなが町で暮したり

一日あそんでいるときに

おまえはひとりであの石原の草を刈る

そのさびしさでおまえは音をつくるのだ

多くの侮辱や窮乏の

それらを噛んで歌うのだ

もし楽器がなかったら

いゝかおまえはおれの弟子なのだ

ちからのかぎり

そらいっぱいの

光りでできたパイプオルガンを弾くがいゝ

kenji
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06 向 07

テーマ:
2006年。すげー長かった
少なくとも短いとは感じない

1年でもそうなんだから
一生を生きるってとてつもなく長い
最近改めてそう感じる

先が見えない
久々にそのことがおっかない

多分、きっと違う道もいろいろあったんだと思う
それを問いかけてみても「え?だから?」
としか答えは返って来ない

2007
向き合う。

人と
時間と
物事と
何より自分と
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最近見るのは同じ夢ばかりだ

テーマ:
「そいつはただ、独ぼっちだっただけさ


自分以外の誰ともゲームを楽しめない


夢の中で生きているような


そんな男だった」



「お前は幸せを見たことがあるのかい?」




「自分が見たり聞いたりしたことだけが全てじゃない


それにだ


お前が疑いもせずあると信じてる"それ"が


嘘じゃないとどうして言える」



「俺は誰なんだ?


どこまでが俺の意思だ?」



「お前という男は実在しないんだ


自分や他人の記憶を照らし合わせたときに


それらしきものがなんとなく在るというだけだ」



「自分が自分である為には驚く程多くのものが必要なの


他人を隔てる為の顔


それと意識しない声


目覚めのときに見つめる手


幼かった頃の記憶


未来の予感」



「今までお前さんが生きてきた証が全て夢だとしたら?


この瞬間もな」



「教えてくれ


お前は誰だ?


なぁ、俺は誰なんだ?」



「思い出をその記憶と分つものは何もない


家で待っている女房や娘が本当にいるかどうか


いや、そもそも自分は未だに独り者で


どっかの部屋で家族の夢を見てるんじゃないか


それを確かめてみたくはならないか?」



「神は死んだそうだが


お前らの方はどうだ?」



自分の記憶が自分のモノじゃないなら 存在なんてまるでただの映像みたいだ

a lost thing

テーマ:
わすれもの

京都の、日本が誇るべき、エレクトロニカ・アーティスト

レイハラカミ

彼の未CD化音源を集めた『わすれもの』



静寂の音

寂しさが歌ってるような声

冥王星の冬の夜

誰もが知っている景色

http://www.sublimerecords.net/html/news2006/idcs1020.html

I's eyes

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■目(眼、め)とは、動物がもつ光の感覚をとらえる器官。

 脊椎動物の光受容器である眼は、魚類から哺乳類にいたるまで、基本的にはレンズ(水晶体)とフィルム(網膜)をもつカメラに似た構造をなす。図に人の眼の構造(左眼の水平断面)を示す。眼球の直径は約20mm余り、外側は鞏膜きようまくとよばれる厚さ約1mmの強い膜でできており、それによって眼球内の圧力(約2気圧)を保っている。眼球の前面に透明な角膜があり、外界の光は角膜を通って、前眼房水、水晶体、硝子体を経て網膜に達する。角膜表面および水晶体を通過することで光は屈折し、網膜上に結像する。鞏膜の下に脈絡膜とよばれる血管と色素に富む黒い膜があり、眼球内に光が洩れ入るのを防いでいる。脈絡膜は眼球の前面で虹彩を形成する。虹彩の中心にある開口部が瞳孔であり、瞳孔の大きさの変化によって光の量を調節する。瞳孔と虹彩の背後にカメラのレンズに相当する水晶体がある。光学系としての眼の光軸は、網膜の中心窩かを通る視軸からわずかに(約5°)ずれている。
(出典:有斐閣 心理学辞典)

 構造

(出典:wikipedia ---- http://ja.wikipedia.org/wiki/目)

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■目は口ほどに物を言う
 
 情のこもった目つきは、口で話すのと同じくらい気持ちを表現する。

 eyes are as eloquent as the tongue.
(出典:大辞林)

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:多くの生体にとって眼を通して得られる視覚情報はかなり重要なものであると同時に行動や思考はその情報によってかなり制約される

試しに映画DVDの映像ファイルと音声ファイルを1秒くらいずらして再生してみる(やり方はいろいろあるけど一番簡単なのは、PCのDVDプレイヤーとVLCやQTなんかの動画再生ソフトで同じディスク(ファイル)を軽くずらして再生して、モニターする方のプレイヤーの音量を消す)とかなり違和感を感じるはず

ただ、これが例えば音源と映像のソースが別なものでやってもあんまり意味はない

というのも人間は常に”統合”された状態を無意識的に選択する傾向がある

感覚統合理論では、各感覚器を通して複数の刺激が入り、生体はそれを統合して、反応として動作をし、その結果がフィードバックされて行動が調整されるとしている。このとき、統合がうまくいかないと適応障害が生ずると言われている

要素に還元できない、まとまりのある一つの全体がもつ構造特性

つまりあるべきところにあるべきものがない、もしくはズレて存在しているということは生体にとってストレスになりうる

動画Aを知覚要素に還元するなら(かなり大雑把に)映像aと音声aとなり、
映像a+音声b、もしくは映像b+音声aはまとまった1つの動画として認識されない

はなから別なものとして認識されたものはその意味で統合され得ないから不快感はそれほど大きくならないというわけだ


:目は上のように視覚情報を得る為の器官であると同時に、その外観そのものが視覚情報として大きく作用し得る何ともワンダーな場所だと俺は思うのです

インプットとアウトプット両方の機能を持つ器官は目だけじゃないかな

「目は口ほどに物を言う」と言うが、実際、人間の「目」の持つコミュニケーションツール、もしくは印象形成の役割は大きい


:'60~'70にかけてのグラムロックやニューウェーブのスターたちを数多く撮影してきたフォトグラファーMick Rock


シド・バレット、デヴィット・ボウイ、クィーン、ルー・リード、イギー・ポップ…、彼らにに共通するのは妖艶なメーク、色鮮やかで露出度の高い衣装、そして当時としては過剰なまでにショーアップされたステージといった強烈なビジュアルイメージ

ミック・ロックはその時代を写真という媒体で1つの文化としていった最重要人物








「かなり昔から、人の顔に興味があったんだ。多分アシッドやなんかのせいだねぇ…。人の顔がいくらでも変わるのを飽きずにずっと見てた。顔はその人によって全部違うわけだし特徴に溢れているし。」

彼の被写体に共通しているのは、いずれも目に狂気とも何ともつかぬ正体不明の力が宿っているということ

mick rockと直接の関係はないが、pink froyd/brain damageのPVでは眼球のアップ映像が効果的に使用されていた(ここでは1つの意味記号としてだが)

:さまざまな顔面表情の写真分類をもとに、シュロスバーグ(Schlosberg, H.1952,54)によって提案された感情の基本次元で、快—不快(pleasant / unpleasant)、注目—拒否(attention / rejection)の 2 軸と、それらに直交する賦活水準(degree of activation)である睡眠—緊張(sleep / tension)の軸からなる感情の3次元モデル

この顔面表情の決定因子として重要なもののひとつに眼輪筋がある

眼輪筋とは、読んでそのまんま眼の回りの輪っか状の筋肉

眼球の毛細血管が炎症を起こしてたり、光の量によって瞳孔の大きさが変化するが表情形成において眼球自体はほとんど変化しない


:個々人の目は他の全ての器官と同様に2つと同じものはない…実際にそんなことを調べた人間はいないと思うから何とも言えないけど

確率の問題で言えば、相当低い




市川海老蔵

この人の目が持つ力は凄い

彼を見ていたらある友人を思い出した

同じような目をしてたなぁ、なんて

イリーガル

テーマ:

ゴジラ。



あまりに直球勝負(言い換えればそのまんま)なジャケットから思わず、「オフィシャル?」という妙な期待感を抱いてしまうこの佇まい。


45回転。塩化ビニール。針が着地。聞き覚えのある重々しいあのホーンズ。咆哮。モノクロの質感溢れるセリフ。 デケデケ。。。走るベース。。。。


まるっきりacidリバイバル以降のclick techno。


オフィシャルはオフィシャルでも、もちろん円谷プロじゃなくて、ドイツに本拠地を置くれっきとしたprogressive な technoレーベルtrum のオフィシャル。

このレーベルは去年、technoシーンを中心に各方面から熱狂的な支持でもって迎えられたNathan Fakeがremixシリーズを含め、立て続けに作品をリリースしてたりするが、なんとなく印象は地味。ただ作品はどれも良質なnice shit。




やらかしてくれたのはAdam Kroll。


ラップトップ構成のファンキーかつミニマルなリリースが続いた、わりと正攻法なclick系のアーティスト。trumからドロップされた過去の作品は田中フミヤ氏がwireでプレイしたことなんかも相まって、under-groundなシーンではまぁまぁ注目・人気を集めている(はず)。


よくも悪くも意外性という面ではインパクトは大きい。


とりあえず購入。


何だかな~。


音が。軽いというか。安い。。。


33回転にするとabstructとしてnamb,saidrum辺りと相性が良さそうな音になるんだけど、いかんせん声がスローモーション。間抜け。


「ゴジラ」のサントラを作曲した伊福部昭さんが逝ってしまうのを狙ったかのようなリリースの時期、世界的な評価を受けているとはいえ明らかなマーケットの想定。←technoがこんなにもてはやされているのは、ドイツか中国か日本かくらいだという話…。

外タレが足しげくagehaに通うのはそういう現実もあるらしい。あくまでも聞いた話。

ただ、デトロイトでテクノを聴いてる人間なんてほとんどいないらしい。

友人がmovment(デトロイトのフリーフェス。DJやアクトにはdetroit technoのシーンをはじめとしたそうそうたる面々が)から帰ってきたとき「客のほとんどは外から来た人間だったな」なんてことを言っていた。


trumもそろそろ勝負をしかけにきたのか、under-groundレーベルとしてのスリリングなお遊びなのかは判断しかねるけど、裏面の”hangeki”を聴きながら12inchのレコードジャケットを眺めて、「まぁ有りでしょう」と独り笑ってみた。

2006年 小さな地球の旅

テーマ:

いま一瞬 自分が何処にいるのかわからないような感覚


見慣れない風景に 何か 見覚えのある景色


名前なんか知りうるはずのない人の顔や声


日常の周期からズレた体感温度


目に映る光の色 花や木の形 街の声 野良猫の顔


まとわりつくような湿気が 妙に高揚感を煽り 浮き沈みを繰り返す


くたびれた両足 その付け根 体 そして両手はそれでも うかれ


果てには気の向くままに


いま この その 一瞬に 識た 認た 景色を 1つでも逃がさないように


その 一瞬の 次の 永い 一瞬に 聴こえてくる 音を見失わないように


閃きに見捨てられぬように 黙り込んで 眠りもせず


感覚から繋がった感情を精製する


街角の歌うたいが紡いだ rionの声に


酔った体が涙を流したり


ボロボロのそれを支えてくれる奴ががいたり


まだまだ 知らない感覚がそこかしこにあることと


それを乗りこなすことへの喜びを また ひとつ また ひとつ


その一瞬に

時既に遅し

テーマ:

"tight"


DJ Yas,DJ Quietstormというhip hop界における一筋縄ではいかないつわものDJ2人が主宰するUnderground Hip Hopパーティ。

エレクトロニカやブレイクビーツ、アングラ・ヒップホップなどなどを貪欲に飲み込み、既存のヒップホップ・パーティ(いわゆる”ホーと言え”なMCや新譜大好きDJのパーリー)とは違う切り口と多角的な視点で、自分達なりの音楽の楽しみ方を提示してきた人気イベント。

東京のアンダーグラウンドシーンを代表するパーティーの1つだろう。


代官山AIRから渋谷ROOMへと場所を移しながらも、去年で7周年を迎えるというロングランナーなわけだが、それを記念して縁のあるDJたちのmix音源がkemuri puroductionからリリースされたのが去年の4月。その面子がヤバイ。

DJ YAS, DJ 刃頭(ha-zu),DJ Kensei, そしてTBHRからDJ DYE

しかし、その頃といえば、おれが忙殺されかけていた時期と重なるわけで、そんな情報が耳にはいってくるわけもないわけで。


1、2ヶ月後にリリースを知った時はシリーズ6~9の全てが当然のようにsold out。

そのときは聴くと欲しくなっちゃうと言う子供の理論で、「見なかったこと」にしたわけだが。




昨日。

フラーッとCisco recにリンクしてみると、DJ DYE『tight9』が2006.1.25に再発されている。(つまり3,4日前)。

が。”want!!!~ただ今品切れ中”の表示が鈍く光る。


虚脱。


なんだかんだで聴いてしまいました。


DJ KLOCK氏がDJミックスとハードウェア・レコーディングを駆使して、revirth音源を”再び生まれ変わらせた”問題作Org 3 Mixed

ここでも使われていたILL-Bの”ぶっ飛んでくれ”がannui dubの冒頭のシンセの嵐からインフィニティにループするド頭に、ビートが重なるまでの永い瞬間に脳が気を失いそうになる…ヤバイ!


あぁあ。聴いてしまった。




DJ Kensei氏の『Tight 7 -Back To 1999 Mix @Cave-』もプレイリスト(Sly & Robbie,East Fatbrush,Carl Craig,LTJ Bukem,etc...)を見る限り、何よりKensei氏がmixしている以上、ヤバくない訳がない。




再発してくれ。頼む。

classic in classic

テーマ:

久しぶりだ~。この編集画面。


色々、色々、色々あって、なんかありすぎてしまって、やっとおれが時間に追いついた。そんな感じだ。


飽和状態だった脳ミソからいらない膿を少しずつ出してって、また新しい事や物や人、それらとの繋がりで満たそうとしている、今はそんな感じだ。


読者登録してくれた皆さん、TBつけてくれた皆さん、ありがとう。

今はまだ把握しきれてないですが、何らかの形でレスポンスします。





まずはちょっと嬉しいニュースから。


地球が誇るテクノ・サイエンティストことRichie Hawtin(リッチー・ホウティン)。


デトロイト・テクノとシカゴ・ハウスの"音の粒"と"ビート"を極端なカタチで抽出し、極限まで加工したようなアシッド・シットを’90前半から展開し、デトロイト、シカゴ、そしてドイツだけでは体現しえなかったであろうテクノを捻出し、それを現在まで牽引してきた。 


昔はスキンヘッドに黒ぶち眼鏡というフューチャリックスな出で立ちだったが、おれが彼を知ったときは金色の髪がなんともインテリジェントな雰囲気をかもし出すナイスガイ。「カリスマってこういうもんかぁ」とか思ったり。


90年代前半には、自らが設立した<Plus 8> レーベルから、サイバーソニック/サーキット・ブレイカー/フューズ/プラスティックマンなど、数多くの名義によるヒット作をバンバン量産。


特にwarpからもライセンスリリースされた、FUSE名義での "Train Tracks"名インテリジェント・アシッド・トラックとして、もはや伝説。



そしてテクノという音楽に新たな可能性を示した、もしくはポテンシャルを最大限に引き出したのはPlastikman (このサイトもヤバイ)だろう。

Spastik

衝撃。

スカスカなリズムはそれでもファンクネスすら感じるグルーヴを生み出し、一聴してそれとわかる808、909のリズムボックスのハイハット、スネアの連打、不安感を煽る上モノのコラージュ。それらが完全なまでなバランスで化合された化学薬品。音と音の隙間が限りなく狂気。

あの石野卓球にも(音のイメージは違うけど)「一家に一枚」と言わしめた、今でいう"クリック"ものの青写真。とは言っても完成度は果てしない。





テクノに新たな地平をもたらした彼は、96年に新たなプロジェクト<Minus> をスタート。その地平からさらに深い場所を目指してテクノ実験を繰り返す。


ここで展開した音響ミニマルサウンドはまさに無我の境地を垣間見させるようなもの。That's are dooooope minimals!!!!

「Minus Orange」では、音源の破壊と再生を極限まで突き詰めサンプリングの可能性を追求。



そしてなんといっても特筆すべきは、合計100以上にわたるトラックをソフトウェアを使って分解し、そこからサンプルやループなどを抽出してトラックを再構築し、一つのミックス・アルバムを完成させるというコンセプトを持つ “DE9” シリーズ(!!!)

その第3弾"DE9: Transitions"

fainal scratch を駆使し、21トラック、延べ140曲以上をカット、ループさせ、縦横無尽にMix。矢継ぎ早に変化していくトラックから聴こえるのはDJ Mixのスタイルを突き詰めた再構築された音像。

またこのMIX CDにはDVDもついていて、中にはエンコード無しでiPodにそのままコピー可能な、256kbpsのMP3ファイルも収録されている。


こういうスタイルやフォーマットから改めて"Technno"は"Technology"の音楽なんだと実感する。


そしてRichie Hawtin は間違いなくそのテクノのために生まれ、生きている人間だ。





そうそうそう。熱くなって一番大事なこと言うのを忘れてた。


そんなテクノ科学者のRichie Hawtin が、近頃開催されるトリノ・オリンピックの冬季競技大会のオープニング・セレモニーの楽曲を担当するっていうんだな、これが。

http://www.higher-frequency.com/j_news/january06_i/17/1.htm


オリンピック素敵。