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ビスクドール | アンティークの通販店舗
ワールドドール(World-Doll) 店主の佳山です!(^^)!


今日は1月8日なので、

もうすでに、お仕事が始まって、数日が経過している方がほとんどだと思います。

みなさんは、どんなお正月を過ごされましたか?


僕は、ほんの少し余暇を過ごしましたが、ほとんど仕事してました(^^♪



昨年末に告知した通り、本日から、ジュモーの歴史を連載しますね☆


私が知っていることすべてを盛り込みますので、どうぞお楽しみください(^^♪



本日は序章部分だけを紹介します。


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序章


人形に魅せられるというのは、年齢、文化、性別という壁を越えた万人共通の人間の特

性のようです。人形は、宗教的シンボルや最新の流行の調達者としてなどの、様々な役割

を果たしますが、一番最初で重要なことは、子ども世代に愛され楽しまれる遊び道具とい

うことです。人形の魔力は様々な形で現れますが、アンティークドールを収集する喜びに

勝るものはありません。収集家の中で最も探し求められた人形は、19 世紀から 20 世紀初頭

にかけてフランスのジュモーファクトリーで生産されたものです。この連載は、それら人形

についての歴史を絵付きで紹介しています。






私はこの連載の中で、この会社の長い歴史のなかで生産された様々なタイプの人形につい

て示すとともに、鑑定に必要な重要な点について指摘しようと努めています。この連載の中

にあらわれる全ての人形は、ニューヨーク、ロチェスターにあるマーガレット ウッドベ

リー ストロングミュージアムのコレクションからのものです。私はこの連載が熱心な収集

家のみならず、まだ収集を始めたばかりの人々の役に立つだけでなく、ただ単純に美しい

人形を愛する人々にとっても興味深いものであることを願います。


ピエール フランソワ ジュモーは 1842 年に自身の人形会社を設立しました。初期の頃

は、ジュモーにはベルトンという名前のパートナーがいたようです。彼らの名前は 1842 年

から 1846 年までの間、パリ市の商工人名録に一緒に載っており、ジュモー社とベルトンは

1844 年のパリ万国博覧会で人形を出展して、等外佳作を受賞しています。1846 年以降はベ

ルトンについてはもう記載されておらず、1848 年の商工人名録には、住所がパリ市の Rue

Mauconseil 18 番地として、ピエール ジュモーの名前のみが記載されています。






19 世紀中頃までには、人形産業は極めて重要で、ヨーロッパ広域にわたる産業になって

いました。ジュモーの多くのヘッドはドイツから、ワックスショルダーヘッドはイギリス

から来ました。キャラクターヘッドとコンポジションボディーはパリからでした。ストッ

キング、靴、帽子、脚、手、ウィッグの産業さえも、大きな産業に発展しました。(1849

年のパリ万国博覧会の時点では、ジュモーには裁縫師、革職人、衣装職人といった 65 人の

従業員がおり、仕事の都度支払われるディスプレイ専門家もいました。)ピエール ジュモ

ーはフランスを人形産業の世界の中心地にしようと決心していました。


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今日はここまでにしておきますね(^^)/

次回は、もう少し確信に迫ります!


些細なことでも構いませんし、雑談でも構いませんので、

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