いけてない係長のブログ

昇職したものの、相変わらずいけてない係長のしごとぶりをご報告するブログです。

ポータルサイトのニュース記事で、容赦なく罵詈雑言を実名で書き込む人々。ありゃ完全に対岸の火事ですね。自らの卑しい好奇心を、毒々しいニュースで満たしてもらったお礼さえ言えない人間が、いつああなってもおかしくないことに、なんで気づかないんでしょうね。

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皆様こんばんは。更新が断絶しているのに相変わらず一定のページビューをいただき恐縮しきりの係長です。東京ウサギ小屋にPCを置いてない(入居数の少ない賃貸物件はプロバイダが高い)ことと、わざわざネットカフェで金を払って書くことへの根本的な疑問と、なにより知人の読者が増えたことへの警戒感が、係長をすっかり筆無精にしてしまいました。

 

 

 

子供の頃にはピアノとお習字と学習塾、長じてからは賃金労働と家事労働とアニメに勤しんできた係長の信条は「続けないとすぐ廃れる」。最初は「1日2日くらいまぁええか~」みたいな軽い気持ちに始まり、1週間もすると「もうめんどくせぇな~」となり、1か月経った頃には「え?トイレ?先月掃除したばっかりやで!」と、正常な人の感覚を失うに至ります。

 

 

 

なので今ブログを書いている係長はすでに人ではないのかも知れないですね。人でなしってこういうときにも使うのかね。もっとも「人でなし」って言葉自体、裏切りとか欺きとか確執とか闘争とか、きわめて人間的な行為や場面で使われてる気がするんですけどね。人でなしほど人間的。今回は感覚を取り戻すつもりで、人でなしは人になれるのかみたいな話をします。

 

 

 

人でなしと聞いてまず思い出す話に、むかし豊川悦司と常盤貴子のドラマ「愛していると言ってくれ」で手話がちょっとしたブームになったことがありましてね、当時そういうものにぞっこんだった係長の妹がまだ中学生くらいでしたかね、手話の基本編みたいな本を買ってきたのです。

 

 

 

するとおかんがそれを見つけた途端激怒しましてね。まぁ係長は日ごろから妹を馬鹿にしていたので(今や係長が底抜けの馬鹿になりました)突然燃え広がった対岸の火事を他人事のように眺めてほくそ笑んでいたのですが、おかんの逆鱗に触れた理由がこれまた凄かったのですよ。

 

 

 

「あんたな、こんな流行りに乗っかって何する気や?手話覚えて何する気や?この本の表紙よう見てみ?なんで手話する人同士が男女で、しかもなんでハートなんか描いとんねん?この二人は何や?なんぞやらしいことでもすんのか?こんな本、手話やないと意思伝えられへん人が見たらどない思うか考えたことあるか?人の障害につけこんで気を引こうとするやなんて、そんなもん人でなしのすることや!よう覚えとけこのアホが!バコーン!(打撃音)」

 

 

 

勉強以外の人間性がほとんど育たない高校で学んでいた愚かなことこの上ない係長は、何がおかんのご機嫌を損ねるのか日ごろから全く読めず、この件に関しても、きっかけが何であれ手話に興味を持って勉強しようという気が起こったならそれはそれで殊勝なことだとさえ考えていたのですが、おかんは大衆文化の送り手の意図とは関係なく、それを受け取る側の底の浅さみたいなところを見抜いていたのだろうと思います。

 

 

 

この機に乗じてドラマを連想させるカバーイラストを付けた手話本を売ろうとする連中の根性も、まんまとそれに乗せられて、手話を通じた社会貢献を本気で志すわけでもないのにお金を払ってしまった妹の軽々しさも、また身体障害という、それを持たない者には実感が湧きにくい事柄に対する、社会全体のあまりにも無神経なアプローチも、おかんは全てが大いに気に入らなかったのでしょう。

 

 

 

残念ながらおかんのチルドレンは、おかんの期待に報いるほど賢くもなく、人の気持ちに敏感でもなかったようで、あれから20年以上が過ぎて37才になった今、異性から顧みられることも、結婚することも叶わずフラフラしている兄のほうは、今や頭のてっぺんから足のつま先までどっぷり大衆文化に浸かっております。2次元の絵の女の子を見て喜んでいるような、生きているだけで重罪に値する大不孝者をお許し下さい。……もっとも、許してもらおうと許されまいと変える気なんぞ毛頭ございませんが。

 

 

 

係長は「現実の愛について」で書いたように、非常に世知辛く制度化された愛を交換するこの世界には愛想が尽きて、ただ愛想が尽きたと言っても自殺願望があるわけではなくて(自分で突き刺したり切ったり飛び降りたりする度胸もありませんけど)、そういうしがらみやくびきから自由でありたい、この世の大多数の愛とは違う愛を実践してみたいと、他ならぬおかんの生きざまを見ていて強く感じたのです。

 

 

 

おかんの生きざまとは、一言で表すと不幸耐性です。「人生は10のうち9が辛いこと、楽しいことは1もない」という教訓めいたフレーズを日ごろから口にしてましてね。大意は、耐えていればいつかいいことが巡ってくる、だから耐えろ、というところでしたでしょうか。この言葉は真実だ、他ならぬおかんの言うことだから真実なのだと係長は就職直後くらいまで信じていたのですが、現実は似ているようで全く違いましたね。

 

 

 

世の中のことは公私関係なく10が10全部辛いことです。楽しいことはその向こう側にあり、自分で見つけなければなりません。ただ見つけに行くには辛いことを掻き分けて行かねばならなくて(掻き分けて行くというのは分かりづらいので、フロイトの快原理ではありませんが、楽しいことには常に辛いことがセットでやってくるのでと言い換えましょう)その辛さがもう尋常ではないのに誰ともその感覚を分かち合えないのが、個人の主観のさらに辛いところですね。ただ間違いなく、辛いことに耐えるだけでは、おかんの言う「1もない」楽しいことはやって来ません。

 

 

 

では、辛いことを乗り越えずに楽しいことにたどり着くにはどうするか。実に簡単、金を使えばいいのです。金を使うことによって手に入る楽しいこととは、非常に幅広い概念ですが愛です。係長の考えている無償の愛は無理でも、それに限りなく近い擬似的な愛は金で買えます。「金の切れ目が縁の切れ目」とはこのことを指しているのではないかと思えてなりません。愛についての詳しい議論はさきほどの「現実の愛について」でほぼ書き切ったと思いますのでご参照下さい。

 

 

 

まぁ、そんな次第で、相模原の障害者施設に勤めていた人が施設の人を惨殺したというニュースを聞いて、人でなしとは何なのか、「誰かの幸せを祈った分、他の誰かを呪わずにはいられない」ということについて、あるいは母という存在のバイアスについて考えたりもしましたが、きょうもくじけずに生きていきたいと思います。

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