回答します!

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毎回毎回PW忘れて散々です('A`)

1年半経って更新されるBLOGなんて聞いた事無いですよね(汗)


ということで、お久しぶりです!

皆さま元気でいらっしゃいますか?


開いていなかった間に、質問が来ていたのですがメール機能が

停止になっているようなので、こちらで回答します。


Q. 私は普通科の進学校に通うのですが、留学って頑張れば

出来ますか?英会話教室とか行ってないんです。

語学部とか入らなくても大丈夫でしょうか




A. 出来ます(きっぱり)


実際、このブログの最初の記事を読んでくれれば分かると

思いますが私がまずそうでした。


キレイ事に聴こえたらごめんなさいですが、私みたいな

怠け者は強い意志を継続するということが非常に苦手で、

出来れば苦労なんてしたくない。

毎日のほほんと暮らせるならそのほうがいいや、面倒臭い

ことはしたくないと常々考えているダメ人間なので(-_-;;)

だからこそ追い込まれる環境が私には1番良かったと

思っています。日本語を(母国語)喋れない環境なんて

考えただけでゾッとしましたけど、なんとかなりました。


あと、思い切りも大事だなと思いますね。


他にも読者登録してくれている方のブログを見ると、

私より細かく書いてあるので非常に役に立つと思うので

参考にしてみてくださいね。


勿論進路によって違ってきますので(大学、大学院等)

その時はまたお知らせ下さい゚+.(・∀・)゚+.゚

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気付けば1年…(・∀・;)

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1年ぶりにブログに戻ってきました。


ログインパスワードを忘れてしまい大変でした(汗)


この1年、海外に出る事が無くそろそろ異国の地が


恋しくなってきたので、冬休みにどこかにいこうかな~


と考え中です☆


皆さんはどんな生活をしてますか?


1年半アメリカに行ってた友人が帰ってきました☆


久々に今度会うのですが楽しみ!


成長が分かると嬉しくなります。


お土産話をここに書けたらなーと思っていますので


お楽しみに(・∀・)






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勘違い

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ご無沙汰していました。
私用でバタバタしていたのもので…

更新が遅れてしまいました。(言い訳です)


今日は「きっと留学したら英語が話せるようになる!」

そう思っている方の為に私の体験談を書こうと思います。


これは私を含め、私の両親も留学前に思っていたことです。

思っていましたというか…

ハッキリ言って私の場合はうぬぼれていました(苦笑)


海外に行く=英語が話せるようになる(勘違い)


生まれも育ちも日本。

暮らしている地は田舎。

外国人は中学生時代1週間程訪れていた

研修の先生しか知りません。

学校では『英語の授業』でしか

『英語を勉強する』事が無いので

話せる訳がありません。

【勿論今の学力レベルは当時より

上がっていると思いますが】


私は英語が苦手でした。

文法はちんぷんかんぷん。過去形、前置詞、動詞等で

説明されてもさっぱり分からない。

カセットテープを聞きながら授業を進めていくのですが

テープが何を言っているのか聞き取る事も出来ませんでした。

元々私は勉強が好きな方ではなく、予習復習はしたことが

ないので当たり前といえば当たり前なんですが‥。

(自慢になりませんね)


そんな私が海外に行ったら絶対喋れるようになるんだ!と

勘違いな期待を胸に膨らませ飛び立ちました。


勿論、着いた空港で顔が青ざめたのは

言うまでもありません。


私の話せた英語は


『ハロー』『サンキュー』『バーイ』『オーケー』コノ位です。


この程度でよく受け入れ側の高校が入学許可を

出してくれたなぁ…と思いますが、当時は試験も無く

『入学できますか?』『OKです』という簡単な入学でした。


今になってみれば簡単に入学できたことを救いに思います…

何も話せない私が試験を受けて入学することになっていたら

イギリスに渡る事は無かったでしょう。


4単語しか知らない私はまずヒースロー空港

(ロンドンにあるイギリスの空港)で泣きそうになりました。

何も話せない自分が初めて悲しくなった瞬間です。

入国審査官は容赦なく私に質問してきます。
私は手に持っていたパスポート、入学許可証、航空券、

入国カード全てを審査官に

渡し後は何を聞かれても、うんとも寸とも言わず

ただ黙ってました。

見かねた審査官は旅行客の日本人を呼び、私に通訳。

丁寧に教えてくれたあの日本の方には今でも感謝しています。

何とか入国審査をクリアーし、学校へ向かいました。


【学校までの道程でも色々あったのですがここでは省きます】


学校へ到着し、お世話になる寮長さん、校長先生にお会いし

挨拶をしましたがやはり何を言ってるのかサッパリ…。

さすがに何も話せないというのは、学校側にも大きなプレッシャー

だったようで先生方も困っていました。

ご飯を食べるにも1人で行けません。

寮長に言われて同年代のイギリス人が

連れていってくれるのですが、話しかけられても全く意味が

分からず普段良く喋る私が無言状態。

到着日は日本語が通じないホームシックと孤独な自分から

逃げたくなり部屋で気が済むまで泣いて、

泣きつかれた私は両親に無事に到着した連絡も

入れずそのまま寝てしまいました。


泣きじゃくったせいか翌日にはスッキリしていて、

いよいよここから私の格闘です。

4単語しか話せないのでは、全く意味が無い。

もっぱらジェスチャーで会話。

どんなにオーバーリアクションだろうとお構いなし。

恥は捨てとにかく意思表示。

英語が話せない私のレッスンカリキュラムが組まれ

時間割を渡されました。
授業は全部英語レッスン。

高校の勉強うんぬんの前に話せなければ授業に

参加出来るわけもなくとにかく英語、英語、英語漬け…。


辞書とにらめっこの日々が続きました。

2ヶ月が経った頃気付いた事がありました。

先生との会話中になんと!4単語しか話せなかった私が

I see』とあいづちを打っていました。

これには自分でもビックリ!

同時にとても嬉しかったです。


無意識の内に口から出ていたんですね。

脳で理解し言葉として発する…という事は、

耳から単語を覚えていたんです。
日本では予習、復習なんてしたことなかった私が、

自ら進んで勉強に取り組む姿勢を誰よりも両親に見せたいと

思っていましたが、普段の生活状況を電話で

話す位でしたから日本に居る親に今話したところで

信じては貰えない気がします。


話しがそれてしまいそうなので、戻します。


私はイギリスの高校に3年居ましたが、

やはり3年いても悠長な英語を話すには程遠く、

友人達と話すには問題無い程度にまで伸びましたが

政治経済の話しになるとついていけず…

うーん。もっと勉強しなきゃなという気持ちでした。

でも、私の場合は最初から全く英語が話せないという

状態が良かったのかも知れません。

勿論努力をする事が何よりも大事というのは言うまでも

ありませんが、ひたすら黙々と勉強をするのでは無く

とにかく「分からないなら聞く」聞き方が分からないと

ひるむ事はせず聞く。聞く。聞く。


後で友達に聞いた話しですが

「何度もしつこく聞いてくる日本人」と当時は

思われていたそうで…(‘A`)

確かにしつこかったです。


現地に行くだけで英語が話せるようになれば

何の苦労もなく済みますがそう簡単にいきません。

1度聞いただけで覚えてしまう天才ならともかく、

人の3倍努力しなければ理解が出来ない私にとって

海外に行って英語を話せるようになるのは

嫌いな勉強に打ち込むパワーが必要でした。


生活に困るから話せるようにならなきゃと、

いつも追い込まれていたように感じます

自分を追い込んだお陰で友人も出来、

寮生活という規則に縛られた生活でしたが、

それなりに楽しく過ごせた事は

やはりいい思い出です。


努力無くして成功は無い


これから留学する方々の中で

何も喋れない状態でいきます!という方も

居ると思います。


少しは勉強していきなさいと言われるかも

しれませんが自分で決めてみてはどうでしょうか?


今は何処に行っても日本人と出くわします。

心強い同じ国の方とお友達になって毎日一緒に過ごす

のも自由ですが、英語漬けの生活は何も分からないと

苦労しますが、その分後で得るものは大きいですよ。


【勿論大学に行かれる方は全く理解できない状態で

行くのは止めないといけませんが】


皆様の留学の成功を祈っています。

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http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/4244627.stm


2005年の4月からイギリス国内で


学生ビザを延長する際の申請費用が


値上がりしたそうです。


郵送での申請は250ポンド(日本円50,000円)


ホームオフィスに出向き申請する場合は


500ポンド(日本円100,000円)

£1=200円計算)


お金ない学生はイギリスから出て行けというのか…


日本国内で学生ビザを申請する際に


必要な費用は7200円。


この違いは…


不正入国を防ぐ目的で、留学生に関する入国規則が改正


されたといってもこれはひどいと思ってしまいました。


留学生(student)としてイギリスへ入国審査を申請する場合


留学先の教育機関が必ず登録されていることが


条件になり、留学先の教育機関が未登録であれば、


ビザの申請が必然的に拒否される…


これから10年後のイギリスが怖いと思いました。


日本で学生ビザ申請を行った方が安価で確実ですが


この規則適用によって、イギリスで教育を受ける方が


今よりも少なくなるのは目に見えています。


テロも多発しているし、安全を重視したい気持ちは分かりますが


個人的に賛成できません。

正しい英文

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友人にいつも上手な文章を書いている人がいる。


読んでいると頭の中に状況、様子が鮮明に浮かんでくる。


なんでこんなにすんなり入ってくるんだろう。


私もそういう風に書けるようになりたい(>_<)


日本語の文章を書くのでさえままならない


私が格闘しているもの…


それは


















『英文』






























英文書類を読んで理解は出来ます。


ただし、正しい英文で返事を書くのが難しい。


正しい英語、atとかonとかaとかanとか‥


ネイティブの外国人の方は


「これは英語圏ではない国の人が書いた英語」


と、読んですぐわかるそうです。


生まれ育って学んだものも違うので仕方ないと


思いますが、でも悔しいです。


日々努力。


本当にそう思います。


責任を持って仕事をする上で、仕事に必要なものだから


完璧にしたい。


負けず嫌いな私の本音です。

天国のMr.様

テーマ:

友人から電話があり彼女のお父様が今回のテロで

亡くなった



泣きながら話す友人を励ますことも出来ず

私まで泣いてしまった。

涙声で会話にならない悲しみの電話だった。



彼女の悲しみを少しでも軽くしてあげたかった。

無力な自分が情けない。



友人のお父様には心からのご冥福をお祈りします。


いつまでも私の心の中でお父様の笑顔は生きています。

天国から温かくご家族を見守っていて下さい。



私がまだ19歳か20歳の頃です。

ロンドンのSOHOで起こったゲイバー爆発事件現場付近に


居合わせた事があります。


週末ロンドンに遊びに来ていた私は友人とチャイナタウンで


昼食を食べていました。


ドーンという音がしたのを聞いて「事故かな?」と。


食事を終えて外に出ると通りすぎる緊急車両を発見。


道を曲がったすぐそばで停車しました。


怖いもの見たさで現場に近づくと既に何人かの人だかりが


出来ていて警察が『入るな』と言っていました。


現場は地下にあったゲイバー。


昼間だったので営業していたのかは分かりませんが、


何人か人が居たのは事実です。


運び出される人達。


改めて日本は平和だと思ったのはこの時が初めてです。


爆発の衝撃でここまでなるのか…と悟ったのもその時でした。

人だかりを掻き分けてもう少し前に出ると、


生まれて初めて目にたものがありました。


それは


人間の腕。


腕のみです。


とっさに目を背けましたが


今でも脳裏に焼きついています。

どんな犯罪者でも生まれた時は子供です。

子供が色々な経験を経て大人になります。


何1つ不自由ない生活をする子供、


逆に貧しい生活をする子供。

人それぞれ境遇は違いますが、子は親を選べず


この世に誕生します。


親からしてみれば子は宝のはず。


自分の子供が犯罪者になる。


自分の子供が被害者になる。


どちらも望んではいません。

人が人の命を奪う。


人間が憎しみを作り出してしまう。


でも無差別で人の命を奪う事は許してはいけません。

平和国日本という称号が無くなる日も近いと思います。

平和ボケした日本人というセリフだけは


今後聞きたくありません。

どうしても許せないもの

テーマ:

私にはどうしても許せないものがあります。


それは


テロ


底知れない悲しみを生みます。


昨日起きたロンドンのテロは余りに衝撃的で…


言葉を失いました。


オリンピック開催地に決定した翌日にテロ。


サミットを狙ったと発表がありましたが


私にはオリンピック開催地に決まって


活気づいている人々を蹴散らすテロにしか


思えませんでした。

イギリスに友人が居ます。


その内1人の親友とも呼べる友人が昨日


「ロンドンへ行ってきます」というメールを私に


送ってきました。


ロンドンから1時間程離れた地で普段は暮らす彼女。


TVで爆発を知り慌てて彼女の携帯に電話を入れました。


3回掛けてコールすらしない状況に耐えられず無事なのか?


電車に乗っているのか?


心臓バクバクさせながら掛け続けました。


やっとコールし後は彼女が電話に出てくれればいい。

「ハロー」と電話に出た彼女の声を聞いて


「大丈夫?」「今何処?」と所在確認。


彼女は最寄り駅に着き切符を買おうとしたら既に


電車は動いていなかったからロンドンに行けなかったと。

神様に感謝!!


家を出るのが普段より遅くなったという彼女。


遅く家を出ていなかったら電車の中で立ち往生するか、


ロンドンに到着してテロに巻き込まれていたかもしれません。


高校時代の友達にも電話を入れると


「寝てた」という返事…


コレにはある意味ガックリ来ましたが何よりも

無事で良かった!!

多くのテロ被害者の方々が居る中で、


自分の友人が巻き込まれて居なかったから


良かったという発言は軽率な発言に聞こえて


しまうかもしれませんが・・・本当に安心した。

テロ被害者の方々には心からのご冥福をお祈りすると共に

1日も早い回復を祈っております。



パートナー紹介

テーマ:

私のパートナーのHPが出来上がりましたので

皆様是非足を運んでみて下さい。

彼女はバレエ留学と語学留学のサポートをしています。


http://ballet-uk.com/index.html


HPを見て頂ければ分かりますが


彼女の仕事に対しての姿勢は私が保証します。


彼女がパートナーとして支えてくれているからこそ私は


やっていけると言っても過言ではない位。


現在イギリス在住なので、年に数回しか会うことが


出来ませんが、お話し好きで親身になって話しを聞いて


くれます。(詳しくは彼女のブログをご覧下さい)


そんな彼女が来月日本にやってきます。


何か相談等あれば是非直接お会いして聞いてみて下さい。


私に連絡をくれてもいいですし、彼女宛に連絡しても


構いません。普段聞けないようなイギリスの話しも


沢山聞けますし(彼女は陽気でとても話しやすいです)


何度も言うようですが、本当に親身になって話を


聞いてくれます。


近い内、彼女との出会いを書きたいと思います。


それと…私のHPは暫く時間がかかって


しまいそうなので出来次第UPします。





留学までの道程

テーマ:

私は小学校、中学校を日本で卒業し高校生活をイギリスで

過ごしました。


『海外にいきたい!』


初めて親に告げたのが15歳の時。


中学校時代は友達と毎日ワイワイ楽しく過ごしていて
楽しい日々に不満は無く卒業してバラバラになるのが

とても嫌でした。
高校受験をするのが嫌で

『海外に行って英語話せるようになりたい!』と

言ってみたものの勿論、親からの返事はNO。

当たり前のことです。


お小遣いで暮らしていた中学生には親にダメと言われれば

お金のかかる行動は出来ません。

渋々近場の高校を受験し合格したので入学することに

しましたが、入学して1ヶ月が過ぎた頃、入部していた部活動も

気持ちの面でおろそかになり退部しました。


何もかもつまんない衝動に駆られたんですね。


学校にも『寝坊』『風邪』を理由にし、

親が共働きだったせいもあり

監視役がいないのをいいことに行かない日が多くなりました。


どうしても『海外に行きたい!』という気持ちが頭から離れ

なかったんですね。


学校をサボり本屋に出向いたり、新聞の広告を読んだりして

留学情報を集めていました。

(当時は現代の様にインターネットが普及してなかったので)



久々に学校へ行くと私の机の中と下駄箱にゴミが入っていました。
何故かクラスの子から無視をされました。
いい加減な私が気に食わなかったんだろうと思います。


私はこれをきっかけに高校を退学することを決意。
親は何度も学校に呼び出されました。
今思えばなんと親不孝なことをしたんだろう…と思いますが、
その反面これで海外にいけるかも!!と

思っていたのは事実。
私は一度コレだ!と思ったら周りが何と言おうと動じない

部分があります。
やりたいからやりたいの!!という傲慢な部分です。



高校を退学してから親に再度自分の意思を告げました。


『海外にいきたい!』


告げたところですんなり『いいよ』という返事は

貰えるわけもなく、当時両親は


『このままじゃこの子は中卒扱いだ』


という私の将来の心配が大きかったようです。


私はもう海外生活を夢見ていました。

海外に行ったら英語話せるようになるんだ!

お金はいくら位かかるんだろう?
でもなんとかなるかな。と稼ぎも無い子供が

根拠の無い自信を持っていました。
英語を話せるようになるには

海外へ行って努力をしなくてはいけないことすら頭には無く

気持ちだけが海外気分(・∀・)


しかし田舎に住んでいるせいか、本屋に行っても

留学についての本は数少なく、周りに海外留学をしている

知人も居なかったので、確実な情報を得ることは困難でした。


高校を中退してから私はよく自宅から6キロ程離れている

祖父母の家に散歩がてら徒歩で訪れていました。

1時間あれば着く距離で、途中に無人駅があります。
そこの無人駅で缶ジュースを買い休憩するのが日課でした。
いつもの様に乾いた喉を潤そうとジュースを買い

無人駅のベンチに座りました。


無人駅には乗車駅証明書が発行される機械が

設置されています。
その機械の上に1冊の本が乗っていました。

本というよりページ数が少なく薄い冊子の様なものでした。
なんだろう?と思い手に取り読み始めました。

中には留学について書いてありました。
表紙に何と記載してあったのかは覚えていませんが、

私がほしかった留学情報が何の本よりも詳しく載っていました。


ページをめくっていると『高校留学』この文字が目に留まり、
日本で中学校を卒業していれば、海外で高校卒業資格を取る

ことが出来ると書いてあったんです。


『海外に行って英語を話せるようになりたい!』とだけ

言い張る私の漠然とした目的に納得出来ない両親の気持ちが

わかったような気がしました。


夜、両親が帰宅しその冊子を見せ
『海外で高校卒業資格を取りたい!』と告げました。
親は『そんなことできるのか?』と不安な様子を

見せましたが、


『高校卒業資格が取れるならなぁ…』


と父親が言った一言を私は今でも覚えています。



それからはとんとん拍子に話が進み、私はイギリスへ

行く事になりました。