働く日本の女性を元気にするブログby WOMenらぼ(ウーマンラボ)

エン・ジャパンを『世界で一番、女性が活躍する会社にするプロジェクト』に参加する女性メンバー達のブログです。


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「世界で一番、女性が活躍する会社」の実現をめざす、エン・ジャパン。【 WOMenらぼ 】では「女性社員満足度」100%に向けた施策を検討・実施しています。

 

成果を測る指標として、毎年「女性社員満足度調査」を実施。2012年から実施を始めた本調査も、今年6回目を迎えました。そこで、女性社員満足度アンケート(2017年度版)の結果をご紹介します!

※今回のアンケートでは、エン・ジャパンの全女性社員の約8割から回答がありました。ご協力、ありがとうございました! 
 

調査結果概要

•    総合満足度は、4年連続上昇。69%が満足と回答して、過去最高を更新。
•    項目別満足度、会社へのロイヤルティに関連する項目が急上昇。仕事のやりがい、成長感、職場のコミュニケーションへの満足度は変わらず高い。
•    役職が上がるほど、満足度が上昇。女性マネージャーの満足度が非常に高い結果に。




総合満足度

4年連続上昇。69%が満足と回答して、過去最高を更新。


2014年から4年連続で上昇。2017年度は69%の女性社員が満足していると回答しました。

具体的には、下記のようなコメントが寄せられています。
 

○手を上げれば、様々なミッションに挑戦できる環境のため。
責任ある仕事を任せてもらえるので、自分で作っていく楽しさがある。
○組織が大きくなってきたことから、新たなポジション・キャリアも増えて、自分が希望するスキルや経験をつみやすい環境になった。
男女で差別なく、能力がある人や会社の想いを汲んで仕事をしている人が、きちんと評価される組織だと思うため。
○仕事に対してみんな前向きで、同じ方向を見て仕事に取り組めているという実感が持てるから。
人間関係に悩んだことがほとんどない。派閥や社内の利害関係などに左右されず、同じ方向を見て仕事ができる仲間に恵まれている。
○部内のコミュニケーションが円滑で、仕事がしやすい。体調を崩したときにフォローしていただけたことが大きかった。「もちつもたれつ」という組織に大事な要素がある職場だと思う。
○画一的だった働き方がこの10年間で大きく代わり、多様性のある働き方を推進する会社になってきているため。以前からよいと感じている点は維持し、不安だった点は改善されている。
残業時間も職場環境も過去と比べものにならないくらい改善している実感はあります。


一方で、勤務時間の長さや家庭との両立を不安視する下記のような声も挙がっています。

○仕事は成長できる環境にあり満足だが、仕事量と勤務時間、給与のバランスが悪いと感じる。
○成長実感ややりがいは充分にありますが、それと同様に労働時間の長さにより、体力的なキツさを感じます。
残業が非常に多く、プライベートの時間が確保できない。



Q:エン・ジャパンでの現状の職業生活に対する総合的な満足度を教えてください。(経年比較)



 

項目別満足度

会社へのロイヤルティに関連する項目が急上昇。仕事のやりがい、成長感、職場のコミュニケーションへの満足度は変わらず高い。

項目別の満足度は、会社へのロイヤルティに関連する項目すべてが大幅に前年よりも上昇しました。

― 理念の共有と共感:88%(+6%)
― 経営情報の公開:88%(+15%)
― 会社への今後の期待:74%(+14%)

またエン・ジャパンの女性社員が「働く上で重要視をしているポイント」で毎年トップ3に入る「仕事のやりがい」「仕事を通じた成長感」「職場のコミュニケーション」の満足度は、それぞれ75%、80%、84%と高い水準で推移しました。

もっとも満足度が低い項目は「労働時間・休暇の適切さ」(45% 前年比+10%)、「多様な働き方を実現する制度・風土」(50% 同+2%)でした。いずれも前年比で改善が見られます。


Q:各項目の満足度を教えてください。    
 
 

属性別に差がある項目

役職が上がるほど、満足度が上昇。女性マネージャーの満足度が非常に高い結果に。


属性別に満足度を見ると、役職が上位になるほど満足度が向上していることがわかります。「現状の職業生活における総合的な満足度」では、メンバークラスの社員が68%の満足度に対して、マネージャー(課長職相当)は、80%まで上昇しました。


Q:エン・ジャパンでの現状の職業生活に対する総合的な満足度を教えてください。(属性別)


Q:各項目の満足度を教えてください。  (属性別)
 

 

今後のキャリアイメージ

4割の女性社員が管理職意欲あり。

今後のキャリアイメージを質問すると、「ジェネラリスト(管理職)」が、2012年から18ポイント上昇しました。
 
2014年と2016年に外部講師を招いた女性のキャリア講演、2016年には管理職向けに女性マネジメントに関する研修も開催。2017年からは管理職候補者向けのマネジメントスキル研修を実施。このWOMenらぼブログでも管理職を務める女性社員のインタビューを数多く紹介してきました。結果、想定しているキャリアの実現可能性で「実現できそう」というポジティブな意見は、2012年から21ポイント上昇しました。

Q:今後どのようなキャリアを積んでいきたいですか?興味のあるものを教えて下さい。(複数選択可)


Q:今後想定するキャリアは、当社で実現できそうですか? 
 
 
 ---

いかがでしたか? 

【 WOMenらぼ 】では調査結果や社員の声をもとに、具体的な取り組みを検討していきます。今後も本ブログでご報告していきますので、ご期待ください。 
 

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こんにちは。WOMenらぼ編集部の塩冶(えんな)です。

 

今回ご紹介するのは、エン・ジャパンで派遣のお仕事探しサイト「エン派遣」の営業として活躍中の峰田。派遣会社のパートナーとして、登録する派遣スタッフの採用支援を行っています。

 

2003年に新卒で入社してから、「目標の売上を達成しなかったことがない」ほど常に高い成果を上げ続けてきた彼女が歩んできたのは、ほかの誰とも似つかない唯一無二のキャリア。

 

二度の出産、子育て中に二度の異動、一度の退職を経て、現在はちょっと変わった勤務形態(*)で働いています。

 

*…火・金曜日は9:15~13:15、月・水・木曜日は9:15~16:15の時短勤務。

 

なぜ、このような働き方を選んだのか? ライフステージと共に変化してきた彼女のキャリアを追ってみたいと思います。

 

<Profile>

2003年、新卒でエン・ジャパンに入社。派遣会社を支援する部署の法人営業としてキャリアをスタート。2009年、人事部へ異動し中途採用を担当。一度目の出産・復帰後は労務担当となり勤怠管理や子会社の給与計算などを行なう。二度目の出産・復帰後は再び派遣会社支援の部署へ戻り、営業として活躍中。2人の男の子をこよなく愛するママ。

 

 

|がむしゃらに働いた新人時代。

 

―本題に入る前に、エン・ジャパンに入社した頃のことを教えてください。

 

2003年に営業として入社して、立ち上がったばかりの派遣会社支援事業部(※)へ配属されました。事業責任者・リーダー・メンバーの3名しかいない小さな組織。そこに私を含め新入社員が3名配属されたんです。

 

※派遣会社の事業支援を行なう部署。派遣会社に登録する派遣スタッフを増やしたいと考える派遣会社が主な取引先。登録者を集める手段として、「エン派遣」のサイトに求人広告を掲載する提案を行なう。また派遣法改正に関する情報提供など包括的な支援を行い、派遣会社の良きパートナーとなることを目指している。

 

 

―エン派遣(当時:[en]派遣のお仕事情報)が、サービス開始から3年目の頃ですよね。

 

そうです。派遣会社に電話をしても、全然認知してもらえていなくて。「え?聞いたことないけど…」と言われてしまう。

 

そんな状態で新規のお客さんを開拓していました。また、営業メンバーが少なかったので、すでに取引のあるクライアントもいきなり新入社員に引き継がれて。5月頃にはすでに30社以上担当している状態でした。

 

入社後の研修ではずっと転職サイトについて教わっていたので、派遣業界やサイトの基礎知識なんて全然なくて。リソースも足りないから「現場で学べ!」という感じ。きつかったけど、とにかく与えられたことをしっかりやろうと思って、めちゃくちゃ頑張りました。

 

 

―立ち上げフェーズの事業での働き方って気になります。

 

とにかくがむしゃらに働いただけです(笑)。24時間平等に与えられていて、就業時間も決まっている。どうせ同じ時間を費やすなら、絶対楽しい方がいいし、成績も残したいし、評価やお金ももらいたいじゃないですか。

 

でも、休日は絶対に仕事をしたくなかった。だから、必ず時間内にやり切る!と決めていて。トイレに行く暇も惜しむほど集中して働いたら、お腹の中がおかしくなって倒れたことが2~3回あります(笑)。さすがにやり過ぎだけど、とにかく時間内で集中してやり切って、スパっと帰るし、休日には絶対やらない。そういう働き方をしていました。

 

 

―ストイックですね…。悩んだり、「もう嫌だ!」と思ったことはないんですか?

 

同期にはそういう子もいたかな。新規電話をかけたくないから、天気予報ダイヤルに電話して架空の会話をしていたり…! 嫌だなって思う気持ちはもちろん私にもあったけど、逃げていてもいつかやらなきゃいけないわけで。

 

 

|不器用さは、努力でカバー。

 

―峰田さんの仕事観の軸ってなんでしょう?

 

「努力なしでは何も得られない」ってことですね。

 

陸上をやっていた小学生の頃。初めて大会に出たとき、同い年の子に負けたことがすごく悔しかったんです。そこからの1年間は、みんなよりも1時間早く練習に行くようにしました。その結果、ハードルで市内1位になれた。

 

努力は裏切らない、努力をしていれば勝てるんだという原体験がある。だから、嫌だなと思うことがあっても、努力は必ずするんですよね。

 

天才肌な人っているけど、私は全然そういうタイプじゃないし、機転もきかない。だから準備をものすごく念入りにします。

 

たとえば商談準備。新人の頃は自分とお客さんとのやり取りを予想して、会話形式ですべて書き出していました。そうしておかないと、予想していなかったことを聞かれてもとっさに答えられないから。うまく切り返せる自信がないから、しっかり台本を作るんですよね。

 

結婚して、プライベートでは朝ご飯もお弁当も夕ご飯も、1ヶ月分の献立を全部考えています(笑)。

 

子どもがパン給食の日は朝食をご飯にするなど、細かく計画された献立表。いつも手帳に入れて持ち歩いている。

 

 

―えー!そこまで準備するなんて、すごいですね。

 

考える作業を1回で済ませれば、ぼけっと朝起きても、すぐにご飯の用意ができる。起きてから考える時間なんてないんですよね。夕ご飯も、その日の気分で変えられるほどレパートリーもないから。

 

過去に子どもが食べて美味しいって言ってくれたものをメモしておいて、次月の献立に組み込んだり。機転がきくタイプではないことを自分で分かっているので、努力でカバーしています。全力で走るために、入念な準備は欠かせません。

 

 

|初めて、努力では得られないものがあると知った。

 

―営業として高い成果を上げ、リーダーになり、社長賞(*)を受賞。輝かしいキャリアを歩んでいる中で、「辞めたい」と思った時期があったそうですね。

 

*…四半期に一度、シンボリックな活躍をした社員に与えられる賞。峰田は、入社3年目で「ベストリーダー賞」を獲得した。

 

はい。入社5年目のときに結婚をして、子どもがすごく欲しかったんです。でも、なかなか授かることができなくて。流産を繰り返していたので、もうこのまま仕事を続けるのは無理だなと思って、「辞めたいです」と上司に話をしました。

 

そうしたら、「うちの会社が好きなんだったら、辞めるんじゃなくて、他の部署に行くという選択肢もあるよ」と言ってくれて、他部署への異動を掛けあってくれたんです。それで、当時あった「限定正社員」として人事に異動しました。

 

異動後は、9~18時で勤務し、残業なしで帰るという働き方に。給与はかなり減りましたが、とにかく子どもが欲しかったので、仕事の負荷を減らしたくて。異動して2年後にようやく念願かなって子どもができたときは、本当に嬉しかったですね。

 

長男出産から2年後に次男を出産。産休から復帰するタイミングで再びエン派遣の営業に戻り、週4日の時短勤務という働き方を選択しました。

 

 

優しくて頼りになる長男(左)と、お兄ちゃん大好き、ひょうきんな次男(右)。

 

 

―なぜ、その働き方を選んだのですか?

 

次男が市から医療証が出るほどの喘息で。毎日朝と夜に吸入をしないといけないほど酷かったんです。

 

週5日フルで保育園に行かせると体調を崩すから、1日ゆっくり休ませる日をつくりたい。だから週4日で働きたいんです、と会社の復帰面談のときに正直に相談をしました。

 

週5日勤務なのに「結局峰田さんは週4日しか来ていないよね」となるのが嫌だったんですよ。だったら、週4日できちんと勤務したくて。

 

会社としては、一旦持ち帰らせてください、ということになって。後日、「契約社員かつ営業職」であれば週4日でも働けると言ってもらいました。

 

3年以内にまた正社員に戻り、週5日勤務してくださいね、という約束つきで。3年あれば次男の喘息も良くなるだろうからという理由でした。それでまた、エン派遣の営業になりました。

 

 

―復帰のタイミングでの異動に、抵抗はなかったのでしょうか?

 

なかったですね。私の中では週4日というのが絶対条件だったので。それ以外のことに関しては「これじゃないと嫌」というのはなくて。

 

週4日という条件さえ認めてもらえるなら、エン・ジャパンで働き続けたいと思っていました。

 

 

―なぜ、そこまでエン・ジャパンが良いのでしょう?

 

エンの人と商品が大好きだから、ですね。

 

これまでお世話になった上司や、一緒に働いてきた人たちみんなが大好きです。足の引っ張り合いなんて全くないし、良いものを共有し合う文化がある。

 

たとえば、「こんな風に提案してみたら上手くいった」とか。これって素晴らしい文化ですよね。

 

それに、エンの商品はどれも自信を持って提案できるものばかり。私はエン派遣を主に扱ってきましたが、心からお客さんに薦めたくなる商品なんです。営業として、これほど幸せなことはないと思いますね。

 

 

―復職されてからの2年間、常に高い成果を上げられていましたよね。そんな峰田さんが半年間お休みされたときは少し驚きました。

 

きっかけは、長男の小学校入学でした。

 

長男を保育園に入れるとき、家から遠いところにしか入れなかったんです。だから、その保育園から同じ小学校に行く子が一人もいなくて。近所にも友達がいない中で、一人で入学をして、一人で学童に行くっていうのは、彼にとってきつすぎるだろうと思ったんですよね。

 

何事もスタートってすごく大事で、そこがダメだと全てが崩れていく。だから絶対一緒に見守りたくて。もしもうまくいかなかったら、すぐにサポートしてあげたい。そう思って会社に相談し、半年後に復帰する前提で一旦退職をしました。

 

 

―長男のために、退職の決断を。半年間だけと決めていたのですか?

 

はい。4月~9月の半年間があれば、夏休みまでカバーできるから。

 

彼のネットワークをきちんと把握しておきたかったんです。どういうお友達と遊んでいて、どういうママがいて。困ったときはこのママに連絡すれば何かしら情報が得られるとか。

 

保育園のときと違って、小学校に入ると行動範囲も一気に広がるので。そういうことを知っておかないと、何かあったときに連絡がつけられないですよね。

 

実際、長男が小学校に入ると、「あ、家にいるお母さんもいるんだ」っていうことを知るんですよね。家に帰れる子がいるんだ、でも僕は学童に行くんだ。それはママが働いてるからか…みたいな。

 

だんだん自分の意志も出て来るじゃないですか。その意志はむげに出来ない。

 

今までは結構、私の都合に合わせて一心同体で動いていたけど、彼にも個としての主張が出て来る。それをすべてではなくても、話し合ってある程度尊重してあげないと、今度は彼の生活が成り立たなくなる。

 

そういう背景があって、復帰後の現在は、火・金曜日は9:15~13:15、月・水・木曜日は9:15~16:15の時短勤務で働いています。

 

 

―キャリア選択の軸は、常にお子さんなんですね。

 

はい。その軸は絶対にブレません。

 

今までの人生は、すべてを努力でカバーしてきたんですよね。でも、努力では得られないのが子どもだったんです。

 

子どもって授かりものだから、すぐに出来る人もいれば、私のようになかなか出来ない人もいる。

 

やっと出来た!という感じだったので、家庭優先というよりも、「子ども優先」という気持ちが強くて。仕事優先か子ども優先かと聞かれたら、間違いなく子ども。

 

もちろん、仕事のときは全力でやります。ただ、子どもの笑顔がないと仕事で全力が出せないんですよ。だから、子どもの笑顔を優先せざるを得ないというか。子どもを泣かせてまで仕事をしても、絶対に仕事に集中できない。仕事に全力で取り組むためにも、子どもを優先しています

 

 

―優先というのは、具体的にはどういうことですか?

 

たとえば、仕事は家に持ち帰らない。そのために、就業時間内に死ぬ気でやりきる。子どもが熱を出したときには、初診は必ず私が小児科へ連れていく、とか。

 

辛いときこそ、そばにいる。子どもも、辛いときには安心できる人のそばにいたいはずだから。

 

 

 

 

|素直になって相談してみたら、助けてくれる人がいた。

 

―子どもを優先するために、完全に家庭に入るという選択肢もあったのではないかと思います。なぜ、働き続けるのでしょうか?

 

辞めるのは別にいつだってできるから。まずはチャレンジしてみないと分からないよね、っていうスタンスなんです。

 

私の母親もバリバリ働いていたんですが、私が高校生くらいのときに、色々なことが重なって「やっぱり辞めようかな」と言ったみたいで。

 

そのとき私が「辞めるのはいつでも出来るから、とりあえず続けてみたら?」と言ったらしいんですよ。私は全然覚えていないんだけど(笑)。

 

 

―すごい。

 

今でも母親が、「あなたが私に言ったみたいに、辞めるのはいつでもできるし、あのとき辞めなくてよかったなって思うよ」と言っていて。だから、とりあえずやってみて、ダメだったらそのとき考えようと思いながら働き続けています。

 

とはいえ、ずっと同じ形で働き続けるのはやっぱり難しかった。だからその都度相談をして、働き方を変えさせてもらってきました。

 

私の働き方って、傍から見たら「なんて自由な人だろう」と思われるだろうけど(笑)。やってきたのはシンプルに、とにかく、やれるときに全力でやって成果を出す。そうすると必ず誰かが見てくれている。精一杯、ストイックに働く時期って必要だと思うんです。

 

でも、自分のライフスタイルが変わったときには、素直に正直に、包み隠さず相談をする。

 

「今自分はこういう状況で、こんな問題に直面していて、すごく困っている。でも、こういう勤務形態だったら乗り越えられると思っている。それって可能でしょうか?」って。

 

そうすると、助けてくれる人がたくさんいて。私は救われつづけているんですよね。当時相談をした方々には、今でも気にかけてもらっていて。本当に感謝しています。

 

 

―成果を出していたからこそ、周囲も協力的だったのでしょうね。

 

そんなにすごい成果は出していないけど…。でも、今「子どもを優先します」って言い切れるのも、それまでに全力で仕事をしていたから。

 

もう本当に、死ぬ気でやったので(笑)。そこで燃え尽きてなかったら、「まだやれる」って思い続けて、シフト出来なかっただろうなと思います。

 

私のように、ライフステージの変化を迎えたときに働き方に悩む女性って多いと思うんです。みんな、そうなったら一人で解決しようとするというか…。会社に相談をせずに、退職する決断をしている人も多いのかなと思います。

 

でも、素直に相談したら、助けてくれる人がいるよ!って。一応言ってみればいいのに!って思いますね。

 

がむしゃらに働き、困ったときには、諦めずに相談をする。それが良い気がします。どう?だめかな?(笑)

 

 

―ライフステージの変化があっても、働くことを諦めなかった峰田さん。「がむしゃらに働く時期を経験すること」「一人で抱え込まずに相談をすること」が大切なのだと分かりました。貴重なお話を、ありがとうございました!
 

 

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「自分らしいキャリアを歩む」といっても、”自分らしさ”に気づいている人がどれだけいるだろうか。自分の強みは何か、今の仕事に自分は向いているのか、新たな職種への挑戦はアリなのか…結果として、能力の限界を感じてしまう人もいるだろう。

「自分らしさがわからないなら、まずは求められる成果を120%出したほうがいい」

 



そう語るのは、エン・ジャパンで新規事業の営業リーダーを務める柴本だ。2005年に中途で入社。福岡支社からキャリアをスタートさせ、地元の中小企業の採用をサポート。東京へ異動してからは大手企業の専任となり、トップセールスにのぼりつめる。

2012年に営業企画職へ転向してからは、営業ツールの作成から新人研修まで営業の支援に関わるさまざまな施策を企画実行。新人育成の分野でも高い評価と実績をつみあげてきた。

そして、2017年。ふたたび営業の道へ。さまざまな職種・場所で高いパフォーマンスを発揮し続ける柴本に、自分らしいキャリアの歩み方を聞いてみた。



|不確かな可能性よりも、今を見据える大切さ

働いていると、自分にとって「仕事」とは何かを考え、悩むときがあると思う。柴本がその悩みにぶつかった時、見つけた答えは「人に求められ続ける」ということだった。

「将来に対する明確なビジョンがない中で、無理にでも自分の進む道を決めようと思ったこともあった。ただ、とりあえず立ち止まったり、環境を変えたら何とかなると思えるほど不明確な未来に期待もできなくて。

 

それよりも、今いる環境で力を尽くして、自分がやりたいことを見つけた時「任せたい」と思ってもらえる人でありたいと思った。」

そのためには、今いる環境で成果を出し続けることが何よりも大切だ。大きなことでなくても良いと彼女は言う。まずは与えられた目標を達成すること。その上で、何があればもっと喜ばれるのか、相手の役にたつのかを考える。

 

「自分の仕事のその先に、どんな価値があるか」。それを頭においておくことで、何が求められているのかはおのずと見えてくる。結果を積み重ねていくことで、チャンスも、キャリアも、自然と引き寄せられてくるのだ。



|成果を出し続ければ、必ず誰かが見つけてくれる

 



「結果を出していれば、必ず誰かが見つけてくれる。それを初めて実感したのが、東京への異動だった」

前職の出版社でも営業の経験はあったが、まったくの異業界。エン・ジャパンでは、日々経営者相手に商談をしながら、求人原稿の取材をし記事制作もする日々。目まぐるしくかわる環境の中で、イチから学び実績を重ねた。

当時は福岡営業所立ち上げのタイミングだったこともあり、新規の取引先の開拓がなにより重要。柴本は誰よりも強いこだわりで、新規取引先の獲得に貢献した。結果、入社2年間で新規掲載社数のセールスレコードを2回ぬりかえるなど、高い実績を上げていった。

その実績が営業部長の目にとまり、東京本社へ異動の打診が来た。「自分の努力は絶対に無駄にならないんだ」。喜びとともに、成果を出し続ける意味を実感した。

異動先では、これまで経験していなかった大手企業への支援を担当。同じ営業という職種なのに、求められるスキルはこれまでとはまったく異なる。「ここで学べるものはすべて学びたい」。そんな思いで、またイチから必要な要素を吸収し積み重ねていった。

リーマンショックが起こった2008年。その影響から日本全体も不景気に陥る中、柴本は社内でも圧倒的No.1の売上をあげて全社MVPを獲得。

 

名実共にトップセールスとなり、高い評価と賞賛を集めていた柴本だが「このまま同じことを繰り返していて良いのか」という葛藤があった。



|トップセールスがぶつかったのは、漠然としたキャリアへの不安


営業として求められる成果はだしているし、これ以上のレベルアップも期待できないと彼女は感じていた。

 

「これからのキャリアをどう描いていこう……」。そんな悩みの中、自分が興味のあるものを仕事にしようと考えた。そこで興味をもったのがコーチング。入社以来”面倒見がいい”と言われることが多く、教育に関わる仕事は向いているかもしれないという自覚があった。

「当時は本を読んだり、セミナーに参加したりコッソリ活動していて。そんな時、自分がすごく尊敬しているコーチング会社の社長から「ぜひ一緒に働きたい」と直接オファーが来た。新しいスキルを身につけるには転職が早いと思っていたところがあったから、正直これはチャンスだぞ!と思った」

しかし、柴本がエン・ジャパンを離れることはなかった。自分以上に自分のキャリアや将来を考えてくれる上司や同僚の存在。そして、まだこの会社で出来ることがある、求められているという実感が、彼女を引き止めたのだ。

常に未来をみすえて次のキャリアを考えることは良いことだ。しかし、単純に「環境を変えたい」「何かもっと好きなこと、得意なことがあるかも」という考えだと、結局どこにいっても変わることはできないと柴本は言う。



|求められないのは、本当に環境のせいなのか

 



「働いている中で、会社と相性の良い時期・悪い時期はあって。周囲から求められ引き立てられることがなくなると、多くの人は漠然とでも転職を考えるようになると思う。

 

そんな時に向き合うべきは求められる結果を残せていない自分なのに、つい目が外に向いてしまう。そのままだと何も解決にはつながらないし、移った先でもまた同じ負のループにハマる」

それを打開するのは、求められ続ける人材であり続けること。そのために必要なのは、自分自身の成長を止めないことだ。

 

彼女は次のキャリアとして、企画職への異動を選んだ。それは、求められ続けるために伸ばすべき能力や活躍できるフィールドがそこにあったからだった。

きっかけは2人の先輩からの言葉。

「売上はすごいよ。でも、それって本当に柴本だけの実力なの?」


「個人に対しての提案力は高いと思う。でも、それをマスに対して発揮することはできる?」

瞬間的な成果ではなく、本当にこの経験が彼女自身の力になっているのか、伸ばすべき能力がまだあるのではないかと気づかされた。

「自分はもっとやれる」。出来ないことがあることに気づき、改めて自分の歩むべき先が見えてきた。


|求められた先に、新しいキャリアがある

 



エン・ジャパンの企画職は、事業戦略を営業活動に落とし込む役割を担っている。そのため仕事内容は多岐にわたるが、正解がない仕事だけに常に社内外の動きを見ながら調整をかけていかなくてはならない。ステークホルダーの実現したい方向性を実現するためには何が最短なのか、トライ&エラーを繰り返した。

企画職としても高い評価を得て、キャリアに一区切りがきたタイミングで事業部長からまたしても声がかかった。打診先は新規事業の営業リーダー。

 

常に高い成果をだしていることだけではなく、「柴本とだったら目標を追っていける」「絶対成果をだしてくれる」。そう思わせる仕事への取り組み方と実績が、次のキャリアを引き寄せたのだ。

「正直5年のブランクもあるし、また営業をするとは思わなかった(笑)でも、結局どんな仕事も、求められ・喜ばれることがすべてのベースにあると思う。それを実現するために、職種もポジションも正直関係ないと私は思うんだ。期待して任せてくれる環境があるのは幸せなこと。自分が働き続ける意味がある限り、どこでも成果は出せるし、どんな活躍でもできると思う。

実際企画職から営業にうつって、今だからこそ "あの企画もっとよく出来たな" "この観点があればいけたんだ" という発見もある。働くということの根本は一緒だから、これまでの経験もこれからの経験も、すべてが繋がっていることを今改めて感じているよ。」


華やかなキャリアや圧倒的な成果。それを実現できているのも、常にその環境で求められる成果をだし続けているから。人から求められる人材となることで、キャリアは自然と開けてくるのだ。

 

[取材・文]木村翠

 

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こんにちは。WOMenらぼ編集部の塩冶(えんな)です。
 
今回ご紹介するのは、「エン派遣」の営業として活躍中の谷山。派遣会社が登録スタッフを集めるための求人サイトである「エン派遣」というサービスを通じて、「1人でも多くの求職者が希望に合う仕事に就き、生き生きとはたらける」ことを目指して日々奮闘中。

1児の母であり、時短勤務ながらも業績はフルタイム勤務時の2倍。その成果が評価され、四半期に一度、シンボリックな活躍をした社員に贈られる「社長賞」を受賞しました。
 
出産・育児休暇を経た女性社員は、仕事内容が限定されたり、昇進の道のないキャリアコースを選ばざるを得なかったりする「マミートラック」とは真逆に映る谷山の姿。「女性活躍」推進のシンボル、バリバリ働くストイックなママのような印象を受けがちですが、実は彼女のキャリアは、決して順風満帆というわけではなかったそうです。

では、彼女はこれまでどのようにキャリアを歩んできたのか。彼女のキャリアの出発点である名古屋支社勤務時代からご紹介したいと思います。
 


<Profile>
2009年に新卒でエン・ジャパン入社。名古屋配属。派遣会社を支援する部署の法人営業としてキャリアをスタート。2014年4月、パートナーの転勤を機に東京へ異動し、間もなく出産。現在は同部署において、時短勤務をしながら大きな成果を上げている。その生産性の高さは社外からも注目され、雑誌の取材を受けたほど。日々、クライアント・ユーザーと真摯に向き合いながら仕事に取り組んでいる。


 
|チャレンジしなかった、名古屋時代。

 


 
-新卒入社から5年目まで、名古屋にいた頃のことを教えてください。
 
名古屋で過ごした時代は、宝物でもあり、後悔や反省も沢山あります。
 
5年間、ほとんど変化のない環境でした。ほぼずっと同じお客さんを担当していて。お客さんのことをよく理解しているから、商談準備もスムーズに出来てしまう。お客さんも、「いつも頑張ってくれているから」と発注してくれる。あまり努力をしなくてもやっていけたんです。
 
それに、4年目まではずっと私が組織の中で一番下だったんですよ。5年目になって初めて後輩が入社してきて。

当時の上司に「谷山、OJTとかやらないの?」って言われたんですけど、「私そういうのいいです」と断ってしまったんですよね。特に深い考えもなく、しんどそうだからとか、多分そんな浅はかな理由で。とにかく変化もチャレンジもしない5年間でした。
 
途中で環境に飽き始めていることに気づいたんです。仲の良い先輩や同期に「東京に行きたい!」って言っていましたね。今思えば単純すぎる理由なのですが、東京はマーケットも大きいし、大阪で同じ大学に通っていた友人たちが東京に進出していくのを見て、私もみんなと一緒に東京へ行きたい!と思っていたんです。
 


-そして入社5年目、パートナーの転勤を機に東京へ。
 
はい。念願かなって、憧れの東京へ行けることになりました。ただ、そのとき私は妊娠していたので、「何で今なんや」とは思いましたけど(笑)。妊娠8ヶ月で転勤し、すぐ産休に入りました。
 

|パニック状態だった、復帰後の半年間。


 


-復帰後は相当大変だったそうですね。
 
もう、本当に死ぬんじゃないかと思いました(笑)。

 

今だから笑って話せますが、当時は本当にギリギリで。同じ部署なのに、今までやっていたことが全く活かせない。名古屋での最後の2年間は、慣れだけで8割の仕事が出来てしまっていたんですよね。あのときに学んでいなかったツケが来たなと思いました。
 
担当するお客さんの規模も大きくなり、従来のやり方では通用しないことばかり。今までは求人一つひとつに対して、派遣会社へ改善提案をすることが出来ましたが、扱う求人数がケタ違いになり、「Excelを使って分析する」ということを初めてやったんです。

「応募数が多い求人の特徴は?」「この求人に応募してくれたユーザーはどんな人たちなのか?」など、全体の傾向を定量的に確認し、課題を明確にしていく。やったことがないことだらけで、パニックになっていました。

あまり大きな声では言えませんが、子どもが寝てから朝までExcelをいじっていたこともあります。ただでさえ慣れない子育てで疲れも溜まっているはずなのに、仕事のことで頭が一杯で寝ていられなかったんですよ。


|出来ない自分をさらけ出す。

 



さすがに2週間も3週間もそういう日々が続くと、ちょっと気持ちが参ってきて。復帰して半年が経つころ、上司に「私、もうピンチなんです」ということを思い切って告白しました。
 
そのとき有志で参加していた社内のプロジェクトも降りて、上司との面談で「今こういう状態で辛い」ということを吐き出して。その日はもう頭を冷やそうと思って、お客さんとのアポもキャンセルさせていただいて。もう1回ゼロからやり直そうって決意した、それが復帰後半年くらいの出来事ですね。
 


-今の谷山さんからは想像がつきません。ずいぶん思い切りましたね。
 
はじめは勇気がいりましたけど、もうかっこつけてる場合じゃない!という状況だったんです。このままでは社内にも家庭にも迷惑をかけてしまうと思って。とにかく言おうって思いましたね。
 


-さらけ出したことで、どのような変化がありましたか?
 
周りも分かってくれているから、自分は今出来るところまで頑張ろう。今は甘えさせてもらおうって思うようになりました。肩の力を抜いて仕事に向き合えるようになった気がします。
 
すごく恥ずかしいので言いたくないんですが、入社7年目にして、上司に1日のタスク管理表を見てもらっていたんですよ。こんな年次になっても周りの皆が助けてくれるし、大丈夫だって自分に言い聞かせました。
 
でもこんなに甘えてばっかりじゃいけないから、その分はいずれ必ず返そうという思いで振り切って。「すぐに成果を出さなきゃ」という気持ちを一旦リセットできたのが大きかったですね。


周りも私がピンチってことを分かっていたので、すごく声をかけてくれて。声をかけられるたびに、本当に沢山の人にお世話になったから、簡単に辞めるなんて言っちゃいけないと思いました。絶対いつか返さなきゃという思いが強くなりましたね。


 
|「迷ったら、困難な道を選ぶ」の原点とは?

 


-辛かった当時を振り返ると、今はどのように感じますか?

名古屋にいた5年間のうちに、変化やチャレンジをして自分を鍛えていれば良かったなと思います。会社から指示されなくても、自分から新しいプロジェクトを考えるとか、新しい仕事を自分から生み出すくらいのことをやっておけば良かったなと。

 

あと、やっぱりあの時に意地でもOJTやリーダーのポジションを志願すれば良かった、と思いますね。
 
出産して復帰すると、「時短勤務」という変化だけでもすごく大変なんですよ。だから、若いうちに色んな挑戦をして、変化を経験しておいた方が絶対に良いと思います。

 

当時の私は「時間がない」と思っていたんですが、今思えばいくらでも時間がありましたね。子どもが出来て、自分の時間がない今の方が、いろんなことに挑戦しています。
 


-先日チャレンジリーダー(※)に立候補し、11月から正式なリーダーになると伺いました。何故やろうと思ったんですか?

※リーダーを目指したい人が自ら手を挙げ、チャレンジできる制度。年次や経験を問わず、全社員に機会が与えられている。チャレンジ期間を経て成果や資質が認められれば、リーダーになる権利を獲得できる。

変化したい!と思ったからですね。やっぱり名古屋時代の後悔が大きくて。挑戦しない自分はもう嫌だったんです。
 
-どうしてそんなに頑張れるんですか?

私はいつも、「良い汗流したい!」と思って仕事をしているんですよ。すごく熱い感じですけど(笑)。

実は、高校時代に挫折を経験していて…折れそうになったときには必ず当時の経験を思い出します。楽な方に逃げたら良いことない!って痛いほど実感した経験が、自分を奮いたたせているんだと思います。

-どんな高校時代だったんですか?

勉強も部活も頑張るような進学校に通っていました。中学までは、成績も内申点も良くて「谷山さんすごい!」と言われていたんです。でも、高校には自分よりもすごい人たちがたくさんいました。

 

サッカーでブラジルに留学しつつ、東大にも行けちゃうみたいな。自分なんて大したことなかったんだ、と思いましたね。

入学当初はソフトテニス部に入っていましたが、みんなみたいに勉強と部活を両立することなんて自分には出来ないと思って。しんどいから部活は辞めるっていう決断をしたんです、入学して早々に。

でも、勉強一本の毎日になったのに成績は全然上がらなくて。狙っていた志望校にも行けなかったんです。部活を辞めたことによって、頑張ることを諦めるクセがついてしまったんですよね。

高校を卒業するとき、勉強も部活も頑張っていた子たちは、志望校にも受かり、後輩たちにも囲まれて…すごくキラキラした笑顔で卒業していきました。それを見ていて、「私はこの高校生活で何を得たんだろう?」と思ってしまって。

楽な方を選んだらこうなるんだ、得られるものなんてないんだ。「しんどい」とか「自分には出来ない」という理由で何かを諦めてはいけないんだ、って痛感しました。だから、今は頑張れるんだろうなと思います。辛くても、頑張っていれば良い汗かける!って信じています(笑)。

-当時の後悔が、今の原動力になっているんですね。

そうですね。あと、入社当初からずっと思っているのは、「子どもに誇れる仕事をしたい」ということです。

 

子どもがいて制約があるのに、なぜ私はあえて働くんだろう?ということを考える機会が、出産後はすごく増えました。復帰前よりも働く意味が自分の中で明確になって、本当に充実しています。今後も働き続けたいですね。

-キラキラした笑顔が素敵な谷山さん。大きな苦労を乗り越えたからこそ、今とても充実しているということが伝わってきました。貴重なお話をありがとうございました!


 

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ビジネスシーンで語られることの多い「脱・属人化」。エン・ジャパンにも、その重要性を身をもって体験した社員がいます。彼女の名前は、瀧本恵美。入社5年目から営業マネージャーを任され、女性活躍のパイオニア的存在として活躍している人材です。「自分にしかできない仕事じゃないと意味がない」と考えていた彼女を変えた、ある出来事とは?

 

 

<Profile>

2004年に新卒でエン・ジャパン入社。大阪配属。企業の中途採用を支援する部署で求人広告の法人営業として、キャリアをスタート。2007年に営業マネージャー着任後、2008年に東京へ異動。2010年に人材活躍支援事業部へ異動して、新規サービスの立ち上げを経験。現在は、入社後活躍支援のコンサルタントとして多くの大手企業から依頼を受けている。



|頼られること=価値だと思っていた

 

2007年。瀧本は、大阪拠点 求人広告部門で流通業界担当の女性マネージャーとして活躍していました。

入社当初は小心者で石橋を叩いて “渡らない” タイプ。

しかし、朝礼で「自分の失敗体験を赤裸々にさらけだす」というプレゼンが上司や同僚にウケたことをきっかけに自信が生まれ、営業活動にも反映されていったのでした。その結果、流通業界のクライアントを中心に信頼を勝ち取り、同期よりいち早くリーダーやマネージャーといったポストに昇格。まさに順風満帆でした。

「当時は、流通業界のことなら部長陣からも相談されたし、『女性マネージャーといえば瀧本』 みたいな社内イメージも定着していった。“瀧本帝国” なんて呼ばれながらも、業界のことや女性メンバーのことで頼られるのは価値だと思ったし、何より心地よかったんです」

さらに、担当クライアントに対しては「手厚いフォロー」と「これまでにない切り口での求人広告の提案」の2つを徹底。何度も足を運んで、さまざまな視点から自社のことを理解して表現しようとする瀧本は、クライアントにとって間違いなく必要不可欠な存在でした。

「手前味噌ですが、クライアントにとっては信頼できる営業だったと思います。私自身、クライアントから頼られることを目標に頑張っていましたし。“自分にしかできない仕事”をしないと意味がないと思って、毎日営業していました」

その結果、「瀧本さんだからお願いしたい」というクライアントを多く支援することに。瀧本自身が理想とするスタイルが、カタチになりつつありました。

 


|“瀧本帝国” は、砂上の楼閣だった


 

そんな瀧本に、転機が訪れます。東京への異動。これまで心血を注いできたクライアントを同僚へと引き継ぎ、大阪を離れることになりました。

東京で働き始めたある日、彼女は部長やマネージャーとの会議で思いもよらぬ一言を耳にします。

「 ”大阪は機能していないよね” って言われたんです。ショックというよりも驚きで」

部長やマネージャーの言葉を証明するかのように、徐々にほころびが見え始めてきたのはその数日後。大阪で担当していた企業から、瀧本へ直接電話がかかってきてしまったのです。

 

「後任の●●さん、大丈夫…?」。

 

瀧本は、このとき初めて自分が大きなミスをしてしまっていたことに気づきます。

「ノウハウはちゃんと残してきたつもりだったんですが、無意識のうちに自分がいないと回らない仕組みをつくりあげてしまっていたんです。瀧本が同行しないと受注ができない、瀧本にしか理解できない業績達成ロジック… 自分たちで考えて行動する思考を奪ってしまっていたのかもしれません。

他にも私が実践していた ”手厚いフォロー” も後任の業務負荷になったり、求人の効果が出ないとクライアントから不満が出たり……最もショッキングだったのは、大阪で一緒に頑張っていた仲間が辞めてしまったこと。ナレッジはブラックボックス化し、瀧本帝国は砂上の楼閣だったということに気づかされました」


それでも、3ヶ月~半年で業績は回復します。瀧本の後任が努力の末、穴を埋めてくれたからです。しかし、「穴をつくった」ということを、瀧本はひとり猛省していました。
 

 

|“自分にしかできない仕事” は、キャリアの足かせになる


 

この出来事は、瀧本の考え方を大きく変えました。「自分じゃないと」から「自分じゃなくても」へ。つまり一般化や汎用化を意識したスタイルへと大きく様変わりしたのです。

「 ”私じゃないとできない” というマネジメントや営業スタイルでは、自分が新しいミッションにチャレンジできない。 ”自分にしかできない仕事” が足かせになるんです」

しかし、これまで属人的に進めてきた瀧本。どのようにして一般化、汎用化を進めていったのでしょうか。

「良くも悪くもプライドはへし折られましたよね。東京で部下になったリーダーたちは、自分より年上で経験値のある男性社員。 ”これってこうだよね?” と聞いても、 ”いや、違いますよ” という答えが返ってくることは日常茶飯事。得意だと思っていた流通業界に関することも、東京のほうが企業数が多いので社員の知識も豊富で……今までのやり方が全く通用しなくなったんです」

普通だったらこれで心が折れてしまうところを、瀧本は違いました。役職問わず営業に同行し、現場を知るところから始めたのです。とにかくクライアントの状況を把握すること。すると意外な発見がありました。

「特にリーダーのような役職者に関してなんですが、自分の知識や経験に基づいた提案が多かったんですよね。”業界では▲▲なので、御社も★★が課題だと思うんですけど、どうですか?” って。

 

一方メンバーたちのほうが、先入観を持たずに真摯にクライアントの声に耳を傾けて、提案しているんですよ。私たちの仕事って、クライアントの声が起点になるんですね。このまま属人的なやり方が浸透してしまうと大阪での ”帝国時代” の二の舞になりかねない、と」

それから瀧本は、エン・ジャパンの営業にとって原点である「ちゃんと聞く」、「いい提案をする」の2つの重要性を浸透させることに力を注ぎました。この2点を意識することで、経験や知識が浅いメンバーでも「自分でもできる」と思えるように。変化のスピードが早い環境下、経験から学んでもすでに通用しない。だからこそ、根底にある考え方を伝えられるようにしたのです。

 

 

|“帝国” ではなく、“組織” をつくれたとき

現在の部署の仲間たちと。

 

 

「 ”帝国” ではなく ”組織” をつくれたのかな、と思います」

自分のなかだけで確立されているような勘やセンスだけでなんとなく指示するのではなく、言語化し、メンバーの力量に合わせてわかりやすく伝えていく。それによって、メンバーからアイデアが上がってくることも増えたそう。瀧本が初めて”組織”をマネジメントした瞬間でした。

「当時の上長からも ”瀧本のところはみんなすごく楽しそう” と言われたのは、それまでとは違う嬉しさがありましたね」

数年の時を経て、瀧本は大手企業に対する入社後活躍支援を手がけています。採用要件を定義したり、組織分析をしたり…と、活躍ぶりはまさにコンサルタント。前例のないミッションに対して、ポジティブに取り組む姿がそこにはありました。


瀧本は最後に「よく爪痕を残したいって言うじゃないですか。でも、爪痕って目立つことじゃなくて、サービスや思想が残り続けることだと思うんですよね」と締めくくりました。「自分にしかできない仕事」から「自分じゃなくてもできる仕事」へ。彼女は今日もクライアントやメンバーたちと向き合い続けます。より大きな爪痕を残すために。


[取材・文]田中嘉人(@yositotanaka

 

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