追憶12 | 幻想百物語

幻想百物語

猫を愛するApple教信者。
絵を描いたり、小説を書いたり、菓子作りや家庭菜園をやったりしている。

 黒いローブを纏った十三人の大人たちに囲まれ、俺は月明かりの中、中世の城そのものの建物群を結ぶ回廊を歩いていた。
 彼等は皆、歳を経た魔法使いなのだろう。まとめ役である一人の老人が先頭に立ち、その後ろにヴィクトリア朝を思わせる時代錯誤な正装をした俺が、それぞれ六人の魔法使いに挟まれて並び、そこから少し離れて、楊とフォーマルハウトが肩を並べて続いた。
 やはり、二人とも正装であり、フォーマルハウトはいつものお気に入りのステッキと丈の長い軍服のような法衣を着ていて、楊は昨日と同じに髪を束ねて、小さな太極図の刺繍がしてある中国風の長衣を着ている。
 黒き集団は誰も口を開く者がなく、あたりはしんと静まり返る。時々、中庭の草木がたてるさざめきがこの場所の静けさを引き立て、十六夜(いざよい)の冷たい光に照らされたその光景はまるで葬列のようだった。
 緑深く、煌く水を湛えた外堀に二重の城壁。星空に向かってそびえる幾つもの塔が覗き込む城内は一つの街のように広く、用途別に建てられた宮殿や兵舎があり、趣向を凝らした庭園があたりを囲っている。
 俺たちは正門から直結する迎賓用の前宮(フロントパレス)エリアから、城の主が居住する後宮(セントラルパレス)エリアへ移動し、謁見の間がある大聖堂(カテドラル)へと到達する。
 何故、謁見の間が大聖堂(カテドラル)と呼ばれるのかは分からない。しかし、城の敷地内で最も古く、最も大きい建物だという。
 それは目も眩むような巨大な石造建築。近づけば近づくほど、その大きさに圧倒される。
 中に入れば、見事な彫刻の施された大きな石材が、緻密な計算のもとに整然と並び、壁となり柱となり、大きな空間を支えていた。
 俺は黒曜石の床から染み出す冷気に凍えながら、思わずぽっかりと口を開けて装飾の施された高い高い天井を見上げた。
 両脇には背の高い大きな窓がいくつも張り付いて、奥へ奥へと続き、正面の大公家の紋章が織り込まれた豪奢なタペストリーの下では銀の玉座がぼうっと光をたたえていた。
 その階段状に高くなった玉座の横に、片膝を抱えて座り込み、本を読んでいる青年がいた。彼はこちらに気がつくと立ち上がり、読みかけの本を玉座に放ると親しげな笑みを浮かべて壇上から降りてきた。
「やあ、待っていたよ」
 あまりに遠すぎて、小さな木霊のように聞こえたその声は銀の鈴のように響く。
 黒い集団は聖堂の中程まで進み出て突然立ち止まる。そして、先頭にいた男が速やかに左側にはけると、それに倣って他の者たちも左右に散開した。なぜならば、君主自らこちらへ歩み寄ってきたからだ。
 周りにいた大人たちが口々に「殿下」「殿下」と慌てて跪き、頭(こうべ)を垂れた。
 すっかり取り残された俺はいつの間にか隣にいた老紳士に促されて両膝をつく。
 窓から差し込んだ月光がふわりと青年を照らし、彼の華奢な体躯をよりはかなげに見せ、完璧なまでに左右対称の整った顔を囲んだプラチナブロンドは絹のように輝いた。
 誰もが目を奪われる天使像のような容貌に、やや不釣り合いな大きめの口は、常に微笑むように口角が上を向き、人懐こい印象を与えた。しかし、彼の美しいアーモンド型の目は血の池を思わせる赤い光に満ち、地獄の魔王を彷彿とさせた。
 俺は感嘆からか、畏怖からなのか、思わず背筋をぞくりとさせる。
「初めまして。僕はソーサリアン・ソーサー。この国の元首を勤めている。本当の名前はもっと長いんだけど、面倒だから変えた。それに、君たちには無理だからね」
 まわりの者には目もくれず、まっすぐにこちらへ歩いて来た彼は、そう言って王侯貴族らしく詰め襟の胸に手を当てて会釈をし、完全無欠の笑みを浮かべた。ちなみに彼が俺に対して会釈をするなどという事は、これが最初で最後であっただろう。
 唖然としたままの俺は彼の奇態な言動にも気づけずに、ただ、その人間離れした美しい顔を見上げるばかりだった。
「君にはこれからプロフェッサー・ファーマルハウトの後見のもと、魔術師としての勉強をしてもらう。もちろん君たちにとって、普通の教育も重要だと理解しているから、協力は惜しまないつもりだし、人間(ヒト)としての経験は得難い財産でもあるから、推奨している。──それに、君はもう理解しているね? 自分が 『特別』だと言うことを」
 彼は戸惑うばかりの俺にかまわず、否、意図的に無視をして矢継ぎ早に言葉を続けた。
「『特別』?」
 俺には様々な『特別』がついて回っていたから、彼がどの『特別』の事を言っているのか分からなかった。だが、それが全てなのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
「期待している」
 短い言葉とともに、君主らしい威厳に満ちた眼差しが、俺の頭上に注がれた。
 そして、彼は俺の視線を誘導するように玉座の方向、左側と右側を交互にゆったりと片手を差し伸べた
 俺はその時、初めて気がついた。
 玉座の左側、銀糸の縁取りが美しい、白い法衣を頭からすっぽり纏った仮面の男がいることを。
「彼は『右(ライト)』。僕は常に二人の特別な騎士を側近に持つことにしている。だが、『左(レフト)』はもう、ずいぶん長いこと空席になっているんだ」
 俺は人形のように佇む『ライト』を見やり、そして誰もいない『レフト』のあるべき場所に視線を巡らした。
「分かるね?」
 ソーサーは宝石のような双眸をすっと細めた。
「──俺の……場所だと?」
 彼は否定も肯定もせずに、ただ、その美しい顔を向けて俺の瞳の奥を見つめていた。
 ────じわり──じわりと全身の皮膚がちりちりと疼き、腹の奥でなにかくすぐったいものが重たくうねった。
 ソーサーはその場にいる全員を見回し、高らかに宣言する。
「ここに勅令を下す。これより我が有する親権をこれなるフォーマルハウトに移譲し、この少年を公式に魔術師見習いと定める」
 広大な空間に彼の金属質な声が響き渡り、その声に応えてその場にいた全員が受諾の証に頭を垂れた。
 心に巣喰っていた喪失感と絶望が、未来への希望によって隅っこへと追いやられ、幼い俺の中に野心が目覚めた瞬間だった。

 ──俺から家族を奪い、居場所を奪った能力(ちから)──
 ──俺の障害でしかなかった能力(ちから)──
 ──それを使って、もう一度、俺の居場所を取り戻してやる──

 ──そして、もう誰にも『不必要』だなんて言わせはしない──


 ────……二度と……二度と言わせはしないんだ────



To be continued……