追憶2 | 幻想百物語

幻想百物語

猫を愛するApple教信者。
絵を描いたり、小説を書いたり、菓子作りや家庭菜園をやったりしている。

 あの時と同じ懐かしい煙草のにおいがする。
 飛行機のファーストクラスで初めて空の旅をした時の事だ。
 施設に預けられて一年もたたないうちに保護者が決まったのだ。
 専門の施設でも、もてあました俺に付随する問題を許容、対処できる環境と能力を持ったところだと、迎えに来た男は手短に言った。
 男は黒いシャツに黒いズボン、薄手のロングコートと目深にかぶられた帽子まで、全て黒ずくめで、まるで鴉のような男だった。墨のように黒くて無造作にのびた髪と無精ひげに、鋭すぎる切れ長の目も闇のように黒い。薄暗い路地裏で突然出くわしたならば、あの有名な『切り裂きジャック』を連想したかもしれない。
 そんな男が小さな少年を連れている。俺はアメリカ人で彼は中国人だったから親子には見えないし、なによりも彼はとても子持ちのようには見えなかったから、VIPばかりが同席する客室内では異様に浮いた存在だった。
 男は必要な事以外は全く口をきかず、俺に随行するだけで世話などする気は毛頭なかったらしく、機内で食事をする時も、眠る時も、通路向かいの見知らぬ老夫婦がいろいろと世話を焼いてくれた。
 その度に男は彼らに意外なほど礼儀正しく礼を言った。

 俺はきっと嫌われているのだろう。
 彼は仕事でこうしているのであって、本当は俺の事を面倒だとでも思っているのだ。別にかまわないけど。

 目的地に到着すれば、基準に見合ったような里親が待っている。わざわざ人を雇ってよこすような人ならば、きっと子供に恵まれない裕福な夫婦なのだろう。そいつらと親子ごっこをしてやればいいんだ。

 しかし、本当にそうだろうか?

 実の親ですら投げ出した俺の問題を許容する人々。
 そして、この奇妙な男を使いに出した人々。

 実に奇妙だ。早く気づくべきだったかもしれない。

 現実離れした俺のまわりで、非現実的な世界が動き出そうとしていた。



To be continued…