言葉と心

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今日は言葉と心について

 

言葉というものは力があります。 

 

少し考えてみていただきたいのですが、あなたが頻繁に日常生活の中で使う言葉は何でしょうか?

 

日常生活で発している言葉 それは心の中を占めている思いであることが多いものです。

 

例えば、迦音の場合は、会社の先輩で、どうでもいいレベルのことから「どうせ私は嫌われているから」 「私のこと嫌なのね」という人がいます。

 

この先輩、嫌われてないです。別に好かれてもいなければ嫌われてもいない、どちらかというと存在感の薄い人です。

 

が、しかし、本当にどうでもいいレベルのことで「どうせ私は嫌われている」「どうせ私はいやがられている」と言います。

それを聞いて回りの人間は、特に嫌われてないのに、相変わらず卑屈な人だなあ・・と思っているのですが

 

彼女の心の中には、彼女が認識している、していないは置いておいて、「私は私が嫌い」「私は人に嫌われても仕方がない」という思いがあるのだと思います。

 

また、ある男性は、二言目には「僕は負けず嫌い」と言います。

負けず嫌いというとかっこいいかもしれませんが、あまりに頻繁に言うところから察すると、「人に負けてしまう自分は嫌い」なのでしょう。

実際、一見強きに見える発言が多いのですが注意深く聞いていると、真意はネガティブ発言がベースになっています。

 

 

否定的なことばかりを言う人の心の中は怖れで占められ

 

批判ばかりする人の心の中は、不完全な自分への罪悪感、うしろめたさがあり

 

自慢ばかりする人の心の中は、自分で自分の価値を認められない、そのままの自分では愛されないという思いがあり

 

暴言を吐いて人を傷つける人の心は怖れと叫びたいほどの苦しみに満ちている

 

そう考えたら、暴言を吐いて私を傷つけた人の心は苦しかったのだなあ・・と理解できたりもしますが..暴言って暴力ですよね・・

 

暴言を吐く人はそもそも自分は優れた人間だと思いすぎており、相手を理解しようとしない傾向にあると、心理学の本で読んだことがあります。 

自分にとって理解できない話しを、鼻で笑ったり、変な顔して聞いたりする傾向にあるそうで、まさにそうだなあと思います。

 

また、高ぶった感情を暴言を吐くことで、自尊心を満足させているのだとも・・・

 

忍耐強い人は、思いやりを持って言葉を選ぶことができるのだと・・・ その通りですね。

 

で、昨夜考えてみました。 私が最近頻繁に発している言葉は何だろう・・と

「眠い」 でした・・・ 特に今週は「眠い」ばかり言っています。私の心は眠いのだろうか・・ 寝たいんだ・・

 

お写真は家の近くで撮ったつつじです。 つつじも、もう終わりが近づいていきたなあ。

 

 

 

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