喜如嘉の芭蕉布と自然布ツアー •城間びんがた工房見学 / 琉球染織巡りの旅 その1 のつづき(^-^)/

城間びんがた工房を後にして宿泊先のJALプライベートリゾートオクマへ向かいます。
喜如嘉の更に北にあり那覇からは約2時間。遠い~(°д°;)
沖縄には何度も来ているのですが、ここまで北に来たのははじめてです。

この日はウエルカムパーティーが開かれました。

ツアーを取り仕切ってくださった大井川葛布の村井龍彦先生と良子先生とカメラ

良子先生の装いは、シルクラブの「いとなみの自然布展Ⅱ」にて拝見した葛布のきものに
黄檗と紫鉱(正倉院御物にもあるラックカイガラムシの樹脂)で染められた葛布の女袴。
葛布の独特の光沢は経糸には綿や絹をつかい緯糸の葛布は撚らずに織られることから生まれます


平良敏子先生です。重要無形文化財保持者(人間国宝)でいらっしゃいます。
敏子先生は戦争中は女子挺身隊として倉敷で働いていらっしゃいました。
戦後、沖縄に帰る際に旧倉敷紡績社長であり大原美術館2代目理事長の大原総一郎氏と
民芸運動の外村吉之助氏から「沖縄の織物を守り育てるように!」と叱咤激励されたことにより、
今日まで喜如嘉の人たちと芭蕉を育て、芭蕉布づくりの技を高度なものへ確立させ、かつては
庶民のきものであった芭蕉布を工芸であり芸術の域まで高められます。


乾杯のご発声は平良美恵子先生ビール
喜如嘉芭蕉布事業協同組合理事長であり沖縄県立大学非常勤講師でもいらっしゃいます。
敏子先生のお嫁さんに当たる方です。このツアーでは美恵子先生のお話を聴く機会が
たくさんあったのですが、ユーモアがあり明瞭な説明と芭蕉布に対する真摯な想いに感銘を
受けました:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


古代織産地連絡会の皆さまによるご挨拶。詳しくはシンポジウムのレポートにてご紹介します。


このツアーの参加者はきもの愛好家というよりも、つくり手の方が多かったです。
初期のきもの学会に似ているのかも…。
この日のパーティーには、きものの方がたくさんいらしたのですが、仕事としているのでは
なくても、ご自分で染められたり織られたものをお召しになっている方がいらっしゃいました。
若いキレイなお嬢さん方もご自身の作品を着ていらしてとても素敵でした!

きものを着た人は壇上で自分の着ているきものについての説明することに。
私は今回の沖縄旅行は琉球ものでコーディネートを考え用意しました。
パーティーのために着替えたのは、久米島紬に故知念貞男先生のグンバイヒルガオの紅型の帯。
絣の名称については美恵子先生がご説明くださいました。


京都市立芸術大学美術部教授のひろいのぶこ先生とカメラ
久米島紬つながりです~♪ 次の日にはひろい先生の講演会がありました。


素敵にお年を重ねた方々ですが、お召しの芭蕉布はさらにお母さまやおばあさま
から譲られたものだそうで、超年期が入っているものも。
これだけの本物の芭蕉布の着姿をみることは貴重な機会。

触らせていただくと、張りはあるけれど柔らかい。
浮き立つような感じも折れてしまいそうな危うさもなく着心地はよさそうでした。
しかしやはり対丈向きですね。
生地アップを撮らせていただきました。




芭蕉布をお召しになられた喜如嘉の方々によるエイサー。
エイサーは絣文様の芭蕉布を着て女性だけで踊るもの。三線はなく歌と小太鼓だけです。

最後はみんなで踊って。


【1月25日夜の装い】 きもの生活していると1日3回は着替えます(^_^;)

久米島紬に故知念貞男先生のグンバイヒルガオの紅型の帯。
瀬底島ではグンバイヒルガオをみることができました!

縮緬無地の帯あげは加藤萬、帯〆は龍工房

砂浜に咲くグンバイヒルガオ。葉っぱが軍配に似ているからだそう。なるほど!
沖縄の方言ではアミフィーバナ、ハマカンダーともいうそうです。
※べにきちさんからメールで教えていただきました。拓也さんありがとうございます!


旅はまだまだつづきます(^-^)/
初場所レポートのつづきは把瑠都の断髪式のあとぐらいに。

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