真夜中の大声 …介護日記#4 のつづきですが、投稿日つけよりも前の話になります。

 

16日の土曜日に退院、救急車での搬送後の帰宅騒ぎから、なんとか2日経過。

 

その16日の救急車で搬送される少しの時間の間に、近くの介護統括センターへ行って介護申請をしてきました。

 

でも、運悪く土・日・月と連休。

 

市役所にその申請の書類を提出していただけるのは、早くて19日(火)。そして、その申請書を受け付けてから、手続きを経て、実際に調査に来て下さるのが1月後。

 

それは百も承知なのですが、事態は急を要していた事も確かです。

 

だって、こんな状態になって帰ってくるとは想像しなかったんです。

多少、足腰は弱るだろうとは思っていたのですが、まさか圧迫骨折で動けなくなるほど痛みが出るとは!!

 

それでも、痛みどめが効いていれば、なんとか動けることも幸いし、介護認定が下りる前に、娘のツテを頼ってケアマネージャーさんとも連絡がつくことになり、ちょっとホッとしてたのですが……

 

ケアマネージャーさんと面談できる日より前に、またまた事件が発生!

 

ドタッ!!ドッスン!!

 

ベッドから降りようとして、もたれたテーブルが移動。テーブルとベッドの間に落っこちてしまったんです!

 

 

腰(左の骨盤)の骨を圧迫骨折しているのに!

 

「こんなテーブル、簡単に動いちゃうの知っててなんでもたれたの?!」

 

思わずキツい言葉がでる。(心配だからなんだけど)

 

「起きるのに他に持たれるところがないからしょうがないじゃないか!」

 

「ベッドの手すりがあるじゃん!」

 

認知症を患っているわけではない父。自分の体重ではもたれれば簡単に動くテーブルだと分かっているはずなのに。

 

……起こしてくれと、私を呼ぶことに遠慮したこともあるとは思いますが、夜中じゃないんだし、・・・結構夜中の方が、遠慮なく呼んでくれるという不思議なことが・・・。/^-^;;;

 

ま、言い争ってもしかたないので、対策を考える。

 

そうだ!ス○薬局さんに介護用品コーナーもあったよね?!

 

常日頃、買い物に言っている薬局に介護用品コーナーがあったことを思い出し、主人に相談する。

 

何かもたれるいいものがあるかもしれない!

 

もう、わらをもすがる気持ち。ケアマネージャーさんと会ってからでは、遅すぎる!

 

今!どうにかしたい!

 

少しでも周囲を安全にしてあげたい!

 

(骨折が増えて動けないと、今よりもっと困るからという本音もあることは認めます。/^^;;)

 

ス○薬局さんへ主人と直行しました!

 

そして、ちょうど良さそうなベッドに備え付ける手すりを発見!

 

でも、見本だから、明日営業に連絡して、それから本部に在庫を問い合わせて・・・と言うかいご担当の方に、主人と二人で頼みこみ!

 

ずうずうしいとは百も承知してますが、恥も外聞もないです!

 

欲しいのは、今すぐなんですから!

 

「それじゃ、お貸しするということで、明日ご自宅の方にお伺いして正規手続きを取るということでいいですか?」

 

「ありがとうございます!助かりました!」

 

そうして、今、父は、ベッド横につけたその手すりにもたれ、上手に立ちあがってます。

 

ありがとうございます、本当に助かりました!

 

布団ガード的な手すりはあったんですが、それだと横幅がありすぎて、足がひっかかって上手に起き上がれなかったのですが、やはり介護用のものだけあって、ちょうど良く使えるように出来ているんですね。

 

ひとまず・・・良かった、良かった。助かりました。

 

あとの介護用品や壁に付ける手すりなどは、ケアマネージャーさんとお会いしてから計画たてればいいですね。

その時は、電動リクライニングベッドも借りられますね♪

 

それまでの救護策の手すりですが、ホント、助かりました。

ムリを聞いてくださってありがとうございました。

 

 

 

>>>介護日記#6につづきます。

 

 

前の記事「気分は「クララが立った!」 …介護日記#3」からのつづきです。

 

深夜、何やら隣であるおじーちゃんの部屋が騒がしい。声がする・・。

 

何を言っているか聞き取れないけど、結構大きな声だったから、こ、これは、SOS?!まさかベッドから落ちた?

 

 

慌てて起きて、壁を隔てた隣の部屋だけど、行くにはぐるっと回らなければいけない構造。

 

ともかく、急いでおじーちゃんの部屋を覗いてみた。

 

すると・・・

 

なんだか平穏そのものな感じの雰囲気。

ベッドに腰掛けてうつむいて何やらブツブツと結構大きな声で呟いている。

 

「どうかした?」

 

一応聞いてみた。

 

「あ?あー、おかあちゃんか。一人で(おむつ)パンツ穿きかえれたよ。ズボンも濡らさなかったよ。」

 

と、すごくうれしそうな笑顔。

 

「あー………良かったじゃん!自分でできたんだね!えらかったじゃん!」

 

「うん。起こしちゃってごめん」

 

「いいよー、なんでもないのなら」

 

そして、部屋に戻って横になる。

 

しかし、一度目が空いたらなかなか眠れないのが私。

 

………ごろごろ……ごろん…………

 

隣はまだ何かブツブツ言ってる。

 

でも、たぶん大丈夫。

 

緊急性の無いその声に、見に行く必要はないと、横になったままで眠ろうとする私。

 

でも、眠れない。

 

………

 

仕方ないんだけどね、怪我がなかっただけいいよー。

 

そう自分に言い聞かせていると

 

「#%$&$&$’$#!」

 

TVがついた!しかもいつも通りの

 

大音量!!

 

 

おおーーい!さっきの”起こしてごめんね”は、なんだったのぉ?
口先だけ?

 

と思うも、入院する前から夜中の大音量はいつもの事なので、今さら文句を言ってもムダだと諦め、布団をかぶって右を下にしたり左を下にしたり。

 

…でも、幸いにもそのうち、夜中だったことに気付いたのか、止めてはくれましたが、すっかり完璧に私の眠気はどこかへ行ってしまってました。

 

ということで、起床時間がなんとスーパー早朝の2時10分位(@@;

完全に寝不足です。

 

前日も、12時少し過ぎに目が開いて、おじいちゃんの様子をみたり、ごろごろしていたりで、4時過ぎごろにようやく眠れて、再び目が覚めたら6時半ごろだったという・・・・寝不足が続いてます(苦笑)

 

文句を言っても仕方ない。なるようになるっきゃないと思っているスタートしたばかりの介護生活。(笑)

 

母は、自宅療養せずに逝ってしまいましたが、その分父をしっかり面倒みたいと思います。

 

祖母が8年間ずっと寝たきりだったので、うーーーん・・・まだなんとか動けるだけいいですね。

 

今日も読んでくださってありがとうございました。m(__)m

 

>>>ス○薬局さん、ありがとう …介護日記#5につづきます。

 

おーーい!と呼ぶ声、父娘で目指す青空 …介護日記#2 のつづきです。

 

救急車で搬入され、痛みどめの頓服と座薬で痛みを和らげてもらって帰宅した父。

ベッドになんとか寝かせ、夕食の支度をしていると、大きが声が飛んできた。



「おかあちゃん!おかあちゃん!」

 

何事?!

 

一大事?!

 

何が起きた?!

 

と思って青くなって走っていくと…(といっても数歩です)

 

「立てた!自分で立てたよ、おかあちゃん!」

 

はい、一瞬、思考停止しました。安心して気が抜けたのと、そして…

 

おじーちゃん自身だけで動く事ができてほっとしました、ホントに。

 

なにしろ体格の良い人です。

 

そしてわたしは、最近ぎっくり腰ぎみで、良くなってきたかな?と思うとまた軽くぎっくり、がつづいているので、とてもではないですが、抱きかかえられないんです。

 

救急車で運び込まれたときまでは、痛みで寝がえりでさえ打てなかったんですから。

 

「良かったね、やったじゃん!」

 

「うん!うん!」

 

と、ベッドに腰掛けて、涙ぐみながら何度も何度もうなづいているおじーちゃん。

 

もうそれ見てたら、こっちまで涙がにじんできた。

 

「良かったねー、自分で起きれたね!」

 

気分は、きっとアルプスのハイジの名場面
「クララが立った!」そのものなんだろうと思った私です。

 

だから、思わず大声をあげて私を呼んだんですね。

 

そうだよね、自分だけじゃ起き上がれないと思ってたのが、がんばってなんとか起き上がれたんだから、嬉しいよねー。

 

その状態を一番気にしていたのは、おじーちゃん本人。きっと私以上に心配だったのでしょうね。

 

「このまま一人で動けなくなったらどうなるんだ?」ってね。

 

「その調子でがんばれ、おじーちゃん!」

 

肩をぽんぽんと叩いて、「もうじき晩ご飯だからねー」と、部屋から立ち去る私の背中を追うように、嬉しげな「動けた、動けた~~」という声が続いてた退院した日の夜でした。

 

最後まで読んで下さってありがとうございます。m(__)m

 

>>>真夜中の大声 …介護日記#4につづきます。

 

退院してその日に救急車で搬送 …介護日記#1のつづき)

 

退院同日に救急車で搬送後帰宅。自宅にて様子を見ることになった父90才。

 

痛みどめでなんとか動けるようになったものの、約1月間の入院生活のせいだろうと思える身体の動きの不調。

 

 

動かせないもどかしさ

 

動けない悔しさ

 

なんでこんなになっちゃったんだ?

 

そのくやしさ、もどかしさが、声を荒げさせる。

 

「おーーーい!」

 

トイレに行こうと起き上がろうとするも起きれない。

 

痛みどめで痛みはさほどなくても、身体の自由がきかない。

 

入院する前は、多少、歩行の不安定さがあり、手押し車の世話にはなっていたが、一人で電動カートに乗って外出もでき、家でも食事の支度以外は、全て自分で出来ていた父。

 

もどかしいのだろう。くやしいのだろうと思う。

 

手をかけてしまうことに申し訳なさとさやくやしささなど、いろいろな思いが絡まった表現の父。

 

入院中、初めの頃は抵抗があってなかなかはこうとしなかった、おむつパンツ。退院時くらいにはその抵抗もなくなっていた。

 

でも、昼間にぬらすようなことはなかった。

 

だから、家でもその調子でいけると思っていた。

そう、父も私も。

 

それが、動けない。おむつパンツが重いと感じるほどおしっこをしてしまって変えたくても変えることもできない。

 

自由に動いていた父にとって、それは、それさえもできない自分は、どれほどはがゆく、くやしく、情けなく、怒れてくることなのだろう。

 

穏やかに暮らしていた父にとって、それはどんなにか、衝撃的な事実だったんだろうか。

 

(ふらふら足元もふらつかない)年寄り嫌いだった父だから。

その年寄りに自分もなってしまった・・・涙ぐんでいる表情は、その事実からくる衝撃…なのだろうとどうしても思えてしまう。

 

 

自力で動けなくなった父と、そんな父の世話をする娘は、ともに介護一年生。

 

少しでも自分で動けるようになることが、そんな父娘の目指す青空。

 

 

がんばろうね、おじーちゃん!

 

そう、この言葉が自然に出た。

自然に出せるようになっていた自分に驚く娘の私。

 

理由は、入院するまでお互い反目しあっていたから。
私は……父が大嫌いだったから。顔を見るのも、気配を感じるのもイヤだったほと。

 

その理由は、また少しずつ書いていきますが…

 

ひとまず、つづきは介護の話です。

>>>気分は「クララが立った!」 …介護日記#3 につづきます

 

父90歳、娘の私は今年還暦。

 

肺炎(しかも普通の肺炎で無く、自己免疫システムが自分の肺を攻撃していて白く曇っていたという特殊なもの)で、約1月入院していた父。

(8/25(金)入院、9/16(土)退院)

 

「安静にしていなさい」

 

というお医者様の言葉に、これは、退院後やばいかも?とひそかにおもっていたことが、退院後事実となる。

 

9/16(土)午前中退院。

 

すっかり弱った足腰。でも、病院ではベッドの横に自力で腰掛ける事も出来、トイレまで歩いていけた。

 

 

だからリハビリの予定もなく退院したのだが・・・・・

だたし、要車いす。

 

 

「イテテテテテテ!」

一旦ベッドに横になり昼食はなんとか苦労してベッド横に座って食べることができたのが、夕方大きな叫び声が家中に響いた。

 

「どしたの?」

 

慌ててかけよれば、痛くて起き上がれないという。

 

身体も動かせない状態。

 

抱き起こそうとしても悲鳴をあげて、身体は全く動かせない。

 

その日介護申請に行ってきたばかりだった介護福祉統括センターへ行って相談する。

 

「その様子では、救急車を呼んで、また病院へ戻った方がいい。

 だけど、もしも圧迫骨折だったら帰されてしまうけど・・・」

 

という返事。

 

あいにく3連休の1日目。ベッドに空きがない場合、通常なら他の病院へ

の入院を手続きしてくれると思えることも、難しいかもしれないと言われたとしても、1ミリも動けない父をそのままにしておくわけにはいかず、救急車を呼ぶ。

 

そして・・・・・

 

結局、搬送されて4時間後くらいに、痛みどめの頓服と座薬で、痛みが薄らいだという判断から、帰された。

 

結局心配していた

 

「休日で他の病院と連絡が取れない」

 

「圧迫骨折(腰)は、安静にしているしか方法はない」

 

「今は薬で痛みも和らいでいるから、これで動けるかどうか様子をみてください」

 

というドクターの言葉で、帰宅。

 

そして介護生活1年生の暮らしが始まった。

 

>>>おーーい!と呼ぶ声、父娘で目指す青空 …介護日記#2へつづく