家族を知る

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豪州に住む夫の兄が息子を連れて義母宅に遊びに来ている。
実に4年振りとなる。
義兄は基本、とても優しい人である。
女性に牛乳1本持たせないほど優しく気が利き、私はこの人が義兄で嬉しいと思う程である。
但し・・・義兄の嫁が一緒でない時のみ。

嫁は自分の夫がどんな女性、それが例え従妹であっても元同僚であっても旧友であっても、自分の夫と話込む事を嫌う。
常に横にいて、夫の首に両手を回し頬にキスをしながら「この人は私の物なのだ」アピールが凄い。
だから嫁が一緒に来る際は、義兄と話す事がほとんど許されない私。
そのため、義兄の考えなどを実はちゃんと聞いた事がそんなに無いのである。

今回、義兄が嫁と結婚して以来初めて嫁抜きで渡英した。
義兄も嫁が一緒にいるとリラックスできない様子であるし、何よりちゃんと時間をかけて義兄と話す事が出来ている。

そんな義兄の旧友がイギリス南部から義兄に会いに来た。
義兄は元海軍で、旧友らも元海軍である。
共に潜水艦に乗り、様々な任務を経て退職した。
どんな職務だったのかは機密であるから聞く事はできず、彼らは墓まで持って行かねばならない。
しかし、義兄も旧友らも、共に様々な傷を持って辞めたのである。

旧友が当時の写真を持って来た。
濃紺のセーラー服に制帽、輝かしいまでの白い歯を見せて写っている若かりし海軍たち。
そら、こんな制服で海から上がってきたら、海辺の女はイチコロなるわ・・
当時は立ち寄る各国々の港町に彼女がいたと義兄が言っていたが、それも納得・・・

義兄も旧友らにも息子が出来た。
そんな話の流れから、「もしも我が息子が陸海空軍に入りたいと言ったらどうするか」という話題になった。
「絶対に反対する」と口を揃えて言った。
自分達が志願し海軍に入る時も、両親は死ぬほど「アカン」と反対したと言う。
それでも入った。
がしかし、「今となれば、何故あんなに行きたいと思ったのか、何故あんなに両親の反対を押し切ってまで入ったのか覚えてもいない」と義兄は言った。

「自分らのような傷はおってほしくない」「任務に行けば、生きて会える保証はない。そんな仕事と分かって送り出せない」と義兄らは言った。
それでも自分達も同じように両親や妻から見送られ、任務に就いていたのである。

私はこの義兄と家族になって10年以上になるが、こんな話はした事がない。
義兄に会えて良かったと思う。
義兄から「弟(うちの夫)と君(私)だけに母の世話を押し付けるのは公平ではない事は十分承知している。だから母と距離を置いて付き合ってくれれば良い。自分は豪州で何もできないから、何も言えないし。次に英国で母に会う時は、母の葬儀かも知れないから、今回は来て良かった」と言った。

両親が老いゆく事に気をもみながら、自分の決めた結婚で異国の地に住む。
何も手伝えない自分を責めてみたり焦ってみたり、それが何にもならない事も重々承知の上でである。
それは義兄も私も同じ事。
せめても近くにいる私に何か言いたかったのだろうと思う。

私は義兄を安心させてやらねばと思った。
「私は義務であなたのお母さんと付き合っているのではない。そうしたくてやっているだけ。だから寂しい思いはさせないから安心して」と言葉をかけた。
私とてそれが100%本心ではない。
自分の日本の母に同じ事と同じ時間がかけられたら、どんなに自分をラクに出来るだろうか・・・そう言いたかったが言えなかった。
誰しも複雑な思いで生きているのだと思う。

そんな会話をよそに、義母が私に1キロのマシュマロを手渡した。
「何ですか?」と言った私に、「これでロッキーロードを作って!!私、あれ大好きやから」と言った。
自分でやれよ・・と殺意を持って笑顔で作る。


危険なまでに砂糖の多い「ロッキーロード」↑。
溶かしたチョコにビスケット、マシュマロ&ドライフルーツを混ぜて固めるだけ。
こんな週末である。

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