昨日のブログの続き

後に日本代表までになる妻の親戚の方が、小学生の頃にあるチームのセレクションを受けたときの話です。

300人以上もいるセレクション受験者は、数回行われるミニゲームの結果で50人に絞られ、その後、保護者とともに面接、しばらくはチームに帯同し、ある程度の期間を過ごした後で、最終的には5名だけが合格となるのだそうですが、

当時の監督、都並監督が後日話してくれたという選抜基準が実に興味深い

50名に絞られたメンバーに技術の差なんてほとんどありません。そこから測る才能は『出られない時にどれだけ真剣に努力できるか』です。

セレクションに通るような子は皆、お山の大将だった子です。人生においてサッカーでうまくいかなかったことがないような子たちばかりです。

でも、サッカーは出られないことの方がはるかに多い。

そこで腐らずに努力できるかどうか。

腐らずに努力し続けていれば必ず芽が出るとは限りませんが、腐らずに努力すること、それすらできない者は100パーセント芽が出ません。

昨日も書きましたが、プロになるような人の練習(=努力)はそれはもう異次元のレベルです。

そんな彼らのように努力しろと言いたいわけではありません。

周りから評価される人とはどういう人か、という点で勉強になるとは思いませんか。

高校は中学とは違い、同じような技術のメンバーが揃った集団です。そりゃ、1位で入った者と最下位で入った者との差はあるでしょう。でも、それでもその差はわずか。

似ているとは思いませんか、今回の話に。

もし不遇な状況、思うような結果や評価をもらえない時、

そこで踏み止まって、どれだけ前を向いて頑張れるか。

そりゃあ結果は良いに越したことはありません。努力したなら結果もついてきてほしいと願うのは当然です。

でも、努力の見返りは結果だけに限らない、と思うのです。

結果がついてこなくとも、次に向かって努力するその姿勢は、いつしか周りからの信頼という、かけがえのないものを得ている。そう思えるエピソードではないでしょうか。

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