なんて書いても、なかなかいそうにありませんが…。

実は、僕は上記小学校卒業生なのですが、この度、同窓会を開くことになりました。

現在、フェイスブックなどで参加者を募集しているのですが、もしかして、このブログをご覧の方で、お心当たりの方がいらっしゃれば、是非メールなどいただければと思います。

卒業後35年?!
いやはや、何だか、全く成長していない感じもあったりするのですが、びっくりするぐらい時は経っているのですね。

フェイスブックで、同級生の現在の写真とか見ていると…、と、まあこれは人のことは言えないわけで(^_^;)

時は平等に過ぎていってますな~。

と言うわけで、ダメもとで、アップしてみます。
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MBSアナウンサー西靖さんと

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先日、MBS毎日放送のアナウンサーであり、僕も出演させてもらっている「ちちんぷいぷい」のメイン司会を務めている西靖さんと、食事を初めてご一緒しました。
西さんは、長くメイン司会者だった角淳一さんからメイン司会を引き継ぎ、現在は月曜から金曜まで、連日生放送をこなしておられます。かなり大変だと推察されますが、趣味も幅広く、釣りや山登り、スノボなどにも興じておられるようです。
仕事ばっかりして、それを口実にな~んにもしない僕とは大違い!同性の僕から見ても、かっこいいナイスガイです。

西天満にある、鮨ろくさんという、大変美味しいお店でお鮨を頂きながら、よ~飲んで(それは僕だけか!?)よ~しゃべり、大変楽しい時間を過ごしました。

西さん、お付き合い、ありがとうございました。

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winny作者金子さん無罪祝勝会

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みなさん
あけましておめでとうございます。


さて、新年一発目の投稿は、めでたい席のご報告。

昨年年末、12月19日、最高裁第三小法廷は、ファイル共有ソフトwinnyの製作者、金子勇さんが著作権法違反幇助の罪で起訴された事件について、無罪を言い渡した大阪高裁判決に対し、検察官が申し立てた上告を棄却しました。
これにより、金子さんの無罪が確定しました。

平成16年9月1日の第一回公判から、長く続いた裁判は、弁護側の完全勝利として、幕を下ろしたのです。

僕自身、副主任弁護人として、永く裁判に関わって来て、最後を無事に無罪判決で終わることができて、本当に良かった。何より、本判決により、ソフトウェア開発が安易に著作権法違反幇助になるという悪しき先例となることが防がれ、ソフトウェア開発者が萎縮することなく開発に専念できることになったことが、何より良かったと思います。

また、個人的には、金子勇という、本当に純粋な技術者が、汚名を払い、名誉を回復したことが、喜ばしいことだと思います。

と言う訳で、今日はその金子さんも交えた、弁護団による無罪祝勝会となりました。

良かった!
金子さん、本当におめでとう!

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金子さんと。隣は主任弁護人秋田真志弁護士
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荒野の七人

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「午前10時の映画祭」西宮TOHOシネマズ、先週は「荒野の七人」でした。


いや懐かしい!
子どもの頃、「土曜映画劇場」というのがありまして…。
何人か解説の人は変わりましたが、僕がよく見ていたのは、映画評論家の筈見有弘さんが解説をしていた頃。
今調べると、1974年から75年のほぼ1年間だけだったようですが、何故か僕の記憶の中の「土曜映画劇場」は、筈見さんの解説の記憶しかほぼありません。

74年から75年と言えば、僕が10才から11才。
小学校4年生から5年生。
ほんまに映画が好きになり始めた、ちょうどど真ん中の時期です。

前年73年の正月映画、洋画では「燃えよドラゴン」、邦画では「日本沈没」が大ヒット、翌74年には「スティング」「パピヨン」、その正月には、「大地震」「エアポート75」などのパニック映画が公開されていました(ちなみに、「エクソシスト」も公開されていましたが、びびんちょなガキだった僕は、怖くて見に行けませんでした…)。

僕自身は、73年(小学校3年の時)両親に連れて行って貰った(確か千日前の映画館)「ポセイドン・アドベンチャー」で、決定的に映画が好きになり、そこからは、とにかくテレビでやる映画は軒並み見るような小学生となっていました。

そして、74年には、最早友達と二人で映画館に映画を見に行っていたりして…(;^_^A

とにかく、映画が大好きになった頃でした。

そんなときに、「土曜洋画劇場」は、確か1時間半の枠で大作を沢山放映してくれていました。
「大脱走」なんかも、「土曜ー」で初めて見たのではないかと思います(前・後編2週に分けての放送でした)。

そして、「荒野の七人」。

いやあ、はまった。
むちゃくちゃおもしろかった。
このころは、多分この映画が、黒澤明の「七人の侍」のハリウッド版だということも、そんなには分かっていなかったと思います。ただただ、7人のガンマンが、自分の名誉や栄光のためではなく、貧しい農民のために、命を掛けて戦う、そのストーリーと、七人の個性がすばらしく、子供心に「なんておもrろい映画なんだ!」とはまりまくりました。
エルマー・バースタインが紡ぐ音楽も素晴らしかった(いつまでも耳に残り、今だに聞くと元気が出るテーマ)

そして何より、「大脱走」とこの映画で、スティーブ・マックイーンの大ファンになりました。
格好良かったなあ。
俊敏な動き、時としてみせる寂しげな表情、そしてガン捌き、どこを取っても一級品でした。
(ユル・ブリンナーの誘いを聞いて、「今、何人だ?」「1人」と答えたブリンナーに、黙って二本指を出すところなんか、見るたびに自分も同じようにしてしまいます。今でも!)

今見ても、この映画は当時の輝きをまったく失っていません。
もちろん「七人の侍」と比べてどうやこうやはあります。
しかし、ジョン・スタージェスの手堅い演出も相俟って、この映画が素晴らしいことは、変わりません。

荒野の七人 アルティメット・エディション [DVD]/ユル・ブリンナー,スティーブ・マックイーン,チャールズ・ブロンソン

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検察官の起訴に過失認定!

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10月26日、大坂高等裁判所である判決がありました。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201110270025.html



朝日新聞10月27日朝刊
大阪高裁「起訴、根拠なし」 男性無罪、国に賠償命令
2011年10月27日


強制わいせつ致傷罪で起訴され、無罪が確定した大阪府高槻市の自営業の男性(46)が国に約1200万円の賠償を求めた訴訟の控訴審判決が26日、大阪高裁であった。永井ユタカ裁判長は「根拠のない起訴だった」と判断。請求を退けた昨年10月の一審・大阪地裁判決を取り消し、国に330万円の賠償を命じた。

男性は2008年3月に高槻市内の路上で20代女性に背後から抱きつき、足にけがをさせたとして起訴された。09年2月に「証拠がない」として無罪(求刑懲役4年)を言い渡した大阪地裁判決が確定し、男性は国家賠償を求めて提訴。しかし、一審判決は「嫌疑があった」と判断していた。

控訴審判決は、府警が2回にわたり女性に複数枚の人物写真の中から容疑者を選ばせた際、男性の写真だけが2回とも入っていたと指摘。「誘導的な捜査だった可能性があり、当時かなり飲酒していた女性の説明などを根拠に起訴した検察官には過失がある」と結論づけた。男性は朝日新聞の取材に「逮捕されて取引先も失った。検察官はきちんとした捜査をしてほしい」と求めた。(岡本玄)


この事件の刑事事件の弁護人でした。

とにかく、本当に脆弱な証拠、具体的には、極めて誘導的な被害者による犯人識別供述のみで、我が依頼者は検察官によって起訴されました。

被害者が見た犯人を識別するため、警察は良く九人くらいの人が写真が並んだ「面割台帳」なるものを利用して、被害者から供述を取ります。

この事件では、その面割台帳が、極めて誘導的なものでした。

元被告人だけが、他の写真とは明らかに違う、不自然なポーズを取っており、誰が見ても、元被告人が犯人であるかのように見えるのです。

しかし、検察官は、その面割に基づく被害者供述のみで、起訴してしまいした。

刑事裁判では、その捜査のいい加減さが公判で浮き彫りになり、無罪判決が言い渡されました。

検察庁は、控訴もできず、裁判は一審で確定しました。

しかし、そもそも、このように明らかに犯人でない人を逮捕し、そして起訴にまで持ち込んだのは、それを決めた検察官です。

そこで、刑事無罪後、検察官の責任を追求する国家賠償請求を行いました。

これはなかなか難しいことが予想される事件でした。

なぜなら、我が国の刑事司法においては、起訴便宜主義、すなわち、起訴・不起訴は、検察官が専権として、それを決めることが出来るとの建前があるからです。
ある程度の証拠があれば、有罪が確実でなくても、検察官は起訴できるのです。

第一審は、その理屈を前面に押し出して、請求を棄却しました。

しかし、今回の高裁は、検察官の公訴提起に至った際の証拠の評価が、客観的に見て、経験則や論理に照らし、合理性を欠いていると認められる場合には、公訴の提起そのものに検察官の過失があり、違法な場合があるとし、本件ではまさしくこの場合に当たると認定しました。

これまで、検察官の起訴にこの判決のように真正面から過失を認定した裁判例はあまりないと思います。

しかし、検察官が起訴・不起訴という、人の人生を大きく左右しかねない重大な責任を負っている以上、その行為の当•不当もまた、厳しい批判に晒され得るものでなければならないはずです。

その意味で、今回の高裁判決は、検察官の起訴判断について、大きな警鐘を鳴らしたものとして、評価されるべきものとおもいます。

国賠請求は認められましたが、元被告人の人生は、逮捕•起訴により、回復し難いまでに破壊されました。
自営業の取引先を失い、家族を養う為に、アルバイト生活を余儀なくされました。
今も、その状態は続いています。

検察官は、自分の職責が、そのような重大な結果をもたらすものであることを、今回の判決を機に、改めて肝に命じて欲しいとおもいます。