フォト短歌Amebaブログ

フォト短歌Amebaブログにお越し頂き感謝申し上げます。
他のブログサイトから引っ越して参りました。
当ブログサイトは、写真と短歌、ときおり詩などもコラボしたフォト詩歌などを随時紹介して参ります。


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本日、一関文化センターを会場に、平成28年一関地方短歌会(新春短歌大会)が行われた。
選者は宮城県在住の斉藤梢(コスモス)先生。
30余名の参加者の下、互評、選評と和気藹々、楽しく大会は進められた。
仕事の都合もあり、なかなか短歌大会への参加は厳しい私だが、極力参加するように心掛けている。
人それぞれ思いも違えば解釈も違う。時にはハッとするような新鮮な感覚や、感動を覚えたりもする。
勿論酷評された時には内心穏やかではないが、それも一瞬のことだ。「なるほど、そんな見方もあるのか」と、次なる詠歌に活かそう(殆ど活かされていないのが実態)と思うのである。

互評、選評がひと通り終わり、天・地・人・佳作の入選者発表があった。
残念ながら私の作品は番外だったが、嬉しいことに、天賞に輝いたのは日頃お世話になっている一関短歌同好会(游の会) の会長、千葉利英 さんの作品だった。

<天賞>
千葉利英(一関市)
剪定の刃先に飛び出す蜂五匹一直線にわれに向き来る

<地賞>
山平新子(一関市)
生かされて八十ニ歳の誕生日「お芽出とう」って名残雪舞ふ

<人賞>
千葉利ニ(一関市)
春蒔きの花と野菜のカタログを炬燵に眺め予後を籠もりぬ

<佳作賞一席>
菅原優(宮城県栗原市)
尖んがりて葱は静かに伸びている月かげ注ぐこの夜半にも

<佳作賞ニ席>
千田庄子(奥州市)
寡黙なる夫と向かふ雛の膳むすめ二人のはしゃぐ幻

<佳作賞三席>
千葉喜恵(東山町)
雪景色藤の古木の幹太く鎧着たように此処に生き抜く

<佳作賞四席>
佐藤政勝(川崎町)
函館へ青函トンネル抜けるとき思い出さるるかの洞爺丸

<佳作賞五席>
佐々木満綺子(花泉町)
久久の湯宿に背中流し合ふ東京に職の決まりし孫と


因みに私の拙歌は
師の曰くあらたな事に挑む時「身の丈半の本を読むべし」
http://hiraizumi.info/essay.web/


今回はカメラを車中に置きっ放しだったので、以前撮り置きしてあった蜂の写真に千葉利英さんの短歌を書き込み、フォト短歌に代えたい。


フォト短歌「蜂五匹」




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まさかと思うような、耳を疑うような出来事が飛び込んでくる。春の珍事とでも云おうか。
IS参加の若者やら、まさかの不倫騒動やらと。中でも耳を疑ったのは他でもない児童首絞め事件だ。
兵庫県加古川市の70代男性が、タバコのポイ捨てを注意した小学1年生の男子小学生(6)の首を絞めた暴行事件である。
まったく信じ難い蛮行だ。
暴行罪は2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、傷害罪では15年以下の懲役または50万円以下の罰金ということになるが、もしこタバコのポイ捨てをシンガポールでやった場合、それのみで185万円の罰金刑に処せられる可能性があるとのことだ。
それにしても呆れた話しだ。今更ながら。


フォト短歌「ポイ捨て」

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日本現代詩歌文学館(篠弘館長)の記念誌が発行されたと、今朝の地元紙(岩手日日)に載っていた。
当館は、明治以降の詩、短歌、俳句、川柳などの作品や資料を全国から集め、研究する全国唯一の詩歌専門の文学館である。
当館では、毎年、前年度刊行の詩・短歌・俳句の3部門の著書の中から、最も優れた作品に対し、日本現代詩歌文学館賞を与え、顕彰している。
その入賞作品や受賞者から寄せられた喜びの声などを一冊に纏めたものとのこと。
A5判、725ページ。全国の文学館や市内外の図書館でも閲覧できる。

また、当館では、先日の3月19日から6月5日迄の二ヶ月半、寺山修司や岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称された塚本邦雄の直筆の書や色紙、三島由紀夫との書簡などの遺品を、特別企画 として展示されたとのこと。是非とも、今度寄った際にはそのいずれにも触れてみたい。



  フォト短歌「すました猫柳」


独自CPU開発で学ぶコンピュータのしくみ



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息子の本が届いた。正確には共同研究者の川田裕貴君との共同制作であり、小説やエッセイの類の文芸書ではなく、『独自CPU開発で学ぶコンピュータのしくみ 』という440ページの専門書だ。
本の内容については、独自アーキテクチャのCPUを開発し、そのCPUをFPGA上に実装し、更にはそのCPUのためのgccとbinutilsの移植方法について解説しているとのこと。

経済産業省所管の独立行政法人情報処理推進機構が主催する事業に、「未踏 」という事業がある。
この事業は、若手技術者(学生含む)を対象として、突出したIT人材の発掘と育成を目的としており、審査により採用された若手クリエーターに研究資金を提供し、育てることを目的としている。
息子らは4・5年前(筑波大学在学中)、「Open Design Computer Project」と名付けたプロジェクトを立ち上げ、当事業の採用審査に見事合格した。与えられた1年間の研究期限の間、未知なる分野を切り開くべく研究に没頭した。
試行錯誤の末、モバイル機器に特化したプロセッサアーキテクチャを新たに開発し、そのプロセッサを利用したコンピュータシステムを実現させ開発環境も構築した。

その結果、見事にスーパークリエーター の名誉を授かった。
当年度にスーパークリエーターの称号を授与されたのは僅かに6名。そのうちの2名が彼らだった。
大学卒業時はその実績が評価され、筑波大学長賞表彰の名誉を受けた。
以前から専門の出版社(秀和システム)より出版の話があったようだが、学生だったこともあり、なかなか時間の折り合いがつかず、今迄のびのびになっていたようだ。

息子らの著作とあって、我が家に到着後早速ページをめくってみたが、やはりアナログおやじにはチンプンカンプンである。ただでさえ近くが見えづらくなってきていると云うのに、ましてや専門用語の多さにはとてもついてはいかれない。
もし興味があってチンプンカンプンではないと云う方は、是非とも手にとってご覧頂き、参考にして頂きたい。

独自CPU開発で学ぶコンピュータのしくみ


フォト短歌「天使の梯子」


尺余の岩魚>>


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地元の図書館で調べものをしていた折り、少しばかり時間が空いたので新聞コーナーに立ち寄り、過去の記事に目を通していた。すると見覚えある笑顔がチラッと目に留まった。
早速その記事に目を通してみると、震災の特集記事で、主に被災者支援に尽力された人たちを取り上げていた。
その中で、私の知る北上市在住の高橋静雄(72)さんの支援活動が紹介されていた。
高橋さんは発災直後間もなく、4tトラック満載の支援物資を、自らの運転で何十回となく、北上市と沿岸の被災地とを往復しておられた。当時は燃料すらろくに手に入らない状態にも係わらずである。

その後数ヶ月が経ち、ある程度落ち着いてきた頃、被災者の方々は今後の生活を考えねばならない。
高橋さんはその事も気にかけ、今度はその為の支援として所有するプレハブなどを無償で提供し、被災者の自立支援にも乗り出した。そればかりではない。
被災者の健康を気遣い、運動不足の解消にと手軽にできるペタンク を紹介。ペタンク協会からの支援もあり、大会が開ける程の道具一式を提供された。

震災から5年目を迎える今日、今尚、支援活動を続けておられる。
新聞の記事にもあるように、震災から1ヶ月後、釜石市で炊き出しをしておられた香川県の製麺会社(日の出製麺所 )の三好修社長と知り合った。
その後毎年四国から大量のうどんを送ってこられ、高橋さんは地元の有志と共に仮設住宅に出向き、炊き出し を続けておられるとのこと。
更には栄養のバランスを考慮し、知り合った被災者の方たちを自ら経営する農家レストラン「さん食亭」 に招き入れ、「食育学校」などの支援も続けておられる。

素晴らしいことである。実に凄いことだ。とても言葉では言い表せない程の篤行である。
見習おうにもとても見習いきれないその徳行、善行には、ただただ頭がさがるばかりである。
因みに、4月9日の土曜日、さん食亭にて地元北上市の有志らが集い、山田町の牡蠣養殖業者さんが持ち寄った牡蠣を囲み、被災者の方たちを招いて、励まし、親交を深める交流会を企画しているとのこと。
私も是非参加したいところだが、親類の百か日の為参加出来ず、又の機会に是非参加したいものだ。

以下は、高橋さんのことを私が知る範囲でホームページやブログで紹介したもの。
いわての大将「ひたすらな愛情
理想の循環型農法
箸の動きも軽やかと
ただひたすらな愛
未だまだ続く被災者支援
土いじりが好きな面々
助け合いの精神
助けあいの心

本当はもっとあったが、借用のサーバーがダウンした為、その全てのデーターを失ってしまった。


 フォト短歌「5年目の朝」


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三寒四温、ニ寒五温、今年は春の訪れが早い。
春の彼岸入りは明日の17日(木)。ご先祖様のお墓参りはさて何時にするか。予定が次から次と入ってくるので優先順位を決める必要があるが、まずはお墓参りを優先したい。


フォト短歌「夕陽と白鳥」



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東日本大震災の悪夢から5年、早いようで長い、長いようであっという間の5年間だった。
沿岸部被災地の嵩上等の土木工事もかなり進んでいるようだ。津波に呑み込まれた元高田松原の北側にあった沼地の、再度の遺体捜索を望む声が高まっている。
高田市の遺体発見に至っていない200余名の行方不明者がおり、その行方不明者のご家族からの要望があるという。今迄は復興の妨げになるのを気遣って黙していたようだ。
一刻も早く、ご家族の元に戻れることを祈るばかりである。

5年前の震災発生の今日、各地で夢あかりなどの追悼の行事が催された。
地元の一関や平泉でも開催され、一関は市役所前、平泉は毛越寺 を会場に行われた。
以前にも幾度となく当サイトで紹介しているが、毛越寺は送り盆に法灯会が行われ、被災者の鎮魂と世界平和を祈願する行事がある。
今年は、3月11日には初の「3.11平泉浄土のあかりin毛越寺」が行われるとのこと。元朝参りや参拝の度に元気や活力を頂戴し、恩のある毛越寺に行くべきかと悩んでいた。
しかしながら以前Facebook上で、「一関・追悼夢あかり」に参加すると参加表明をしていたことから、一路、一関会場へと車を走らせたのだった。

一関会場の認知度も高まり、年々参加者も増えているようだ。
人数が増えれば増える程、一丸となる哀悼の念が更に強まり、増幅されて沿岸部の被災地へと届くのではないだろうか。

全員での1分間の黙祷の後、毎年参加の杉の子クラブ(平泉小学校合唱団)と一関修紅高校音楽部の生徒らによる『しあわせを運べるように』『花は咲く』の2曲の合唱があり、子供らの愛くるしい歌声が会場に響き渡った。
更なる哀愁を誘い、会場に集った皆の心が一つになり、被災者を想う愛惜の念が更に膨らんだのではないだろうか。最後に、全員で『花は咲く』を合唱し、会場を後にしたのだった。


フォト短歌「哀悼の歌」

その他の写真>>




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東日本大震災から間もなく5年目を迎える。各地で、犠牲者の追悼イベントが企画されている。
岩手県一関市では午後5時半より、一関市役所前の噴水広場で「一関・追悼夢あかり 」が行われる。

また、平泉町でも毛越寺の境内を会場に、「3.11平泉浄土のあかりin毛越寺」が行われる。
毛越寺は、震災のあった2011年のお盆より、毎年8月16日の送り盆に被災者の鎮魂と世界平和を祈願し、境内の大泉が池に灯籠を浮かべる法灯会 (ほうとうえ)が行われている。それに加えて4日後の3月11日(金)にも、「平泉浄土のあかり」として500個の夢灯りを境内に並べ、被災者の鎮魂と世界平和を祈願する。

ご周知のとおり、平泉は奥州藤原3代、特に初代の藤原清衡公が唱えた浄土思想を脈々と継承し、今に至っている。
西暦1126年(天治3年)、中尊寺を草創した事情などを記した落慶供養願文(正確には嘉暦4年から建武3年前後に藤原輔方や北畠顕家らによって書き写されたものとされ、原本は残っていない)が今も大切に保管されている。そのなかで、全ての霊、つまり人であるなしに係わらず、生を全うできなかったあらゆる生き物の魂を全て平等に浄土に導きたいと願う想いが、根底を成している。 

また、 願文の一節にもあるように、「聚蚊之響尚成雷 千僧之聲定達天矣」つまり「集まった蚊の羽音は雷鳴を成し、千僧の読経は天まで届く」の如く、大勢の想い、願いが一つに集まることによって、必ずその想いや願いは天に届くのではないだろうか。
是非とも集まって、天に召された犠牲者に皆さんの想いを届け、早期復興の実現と世界平和を祈願して頂きたい。

<3.11平泉浄土のあかりin毛越寺日程>
日時:2016年3月11日
    15:30 スタッフ集合、浄土のあかり設置開始
    17:00 浄土のあかり点灯
    17:15 開場・開会式
    19:00 毛越寺 本堂にて法要
    19:30 閉会式、
    20:30 後片付け終了、スタッフ解散
場所:毛越寺境内 岩手県西磐井郡平泉町平泉大沢58 電話:0191-46-2331
主催:特定非営利活動法人みんなでつくる平泉


フォト短歌「希望の灯り」

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2007年(平成19年)12月7日、東海道本線共和駅(愛知県)のホームで、当時91才、重度の認知症を患う男性が線路側との遮断の為のフェンスを通り抜け、電車に跳ねられて死亡すると云った痛ましい事故があった。
事故に伴い発生した損害について、JR東海は損害賠償請求の民事訴訟を起こした。
勿論当事者は重度の認知症の為、判断能力は無いに等しい。そのことから民法713条の「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にあ る間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない」との条文により、本人の賠償責任は問われることはない。

しかしながら次項の第714条の「責任無能力者の監督義務者等の責任」により、JR東海側は賠償責任を家族に求めた。
それを受けて一審の名古屋地裁は妻と長男に対し、請求全額(約720万円)の賠償を命じた。これに対して、二審の名古屋高裁は妻のみに対して約360万円 の減額請求を言い渡した。ところが、当時介護、監督にあたっていた妻も85歳の後期高齢者。しかも要介護1の身障者だった。ましてや事故現場となった線路 とホームを挟むフェンスの戸が施錠されていなかった。そのJR東海側の管理の甘さも後押しして、不服申立てを行ない、結論は最高裁に係属された。
その最高裁の判決が先日(2016年3月1日)結審を迎え、一審・二審判決の賠償命令を退け、家族側の賠償責任が免れる判決がくだされた。

この判決は人道的見地からみても妥当であり、優勝劣敗をよしとする非人道主義的立場を排斥した格好となった。
弱者の保護、擁護、救済と云ったヒューマニズムを想起させる賢明で的確な判断であったと私は思う。
日本は法治国家として、法律の遵守、厳守を基本とする清廉で潔癖な国家だが、本来の法は、弱者を助け、擁護することに重きを置くべきであるにも係わらず、 現行の法制度の中には矛盾があり、弱者救済の認識が軽んじられる法律も少なからずあるように思えてならない。
「保身」と云う意味に於いて、最後の砦、或いは拠り所として裁判所があり裁判があると思うのだが、一審や二審での判決は法の遵守に重きを置き過ぎてか、人道的な配慮が欠けているように思えてならない。
もっとも、その為にも上訴審があるのだろうが。

監督責任を問われた家族は、認知症患者の看病だけでも既に限界にあった筈。監督責任云々を問われても、四六時中完璧に監視することなどまず不可能に近い。
そんな状態の家族に、賠償による更なる負担を課すのはあまりに酷いと云わざるを得ない。
たまたま今回の家族は財力があるとのことだが、それでも個人としての立場を鑑みると、賠償命令は酷だと云わざるを得ない。もっとも財力の有無に係わらず、公平な判断が望まれることは云うまでもない。

厚生労働省は、2025年には認知症の高齢者が700万人と、今より1.5倍に増えると試算している。
明日は我が身、誰とても起こりうる可能性が絶対にあると云うのが紛れもない事実である。
そんな意味でも、今回の最高裁での判決は、今後ますます進むであろう高齢化社会の憂事に対するアンチテーゼとして、方途をしっかりと示してくれたと云えるのではないだろうか。


フォト短歌「雁」


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