フォト短歌Amebaブログ

フォト短歌Amebaブログにお越し頂き感謝申し上げます。
他のブログサイトから引っ越して参りました。
当ブログサイトは、写真と短歌、ときおり詩などもコラボしたフォト詩歌などを随時紹介して参ります。


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「生命尊重」の思想を基盤として、多くの村民の命を救った岩手県和賀郡沢内村(現・西和賀町)の名村長(故・深沢晟雄元村長)の生涯を綴った『村長ありき』の著者で、現一関市立図書館名誉館長の及川和男(80歳)さんが、この度、3・11の悲劇を忘れぬようにと、『浜人(はんもうど)の森2011』(本の泉社、四六判、128ページ)を著した。

及川館長は、他にも『鐘を鳴らして旅立て』『米に生きた男』など、児童文学やノンフィクション作品50作の著書を世に出している。
私は昨年の8・9月、2回に亘りエッセイ・随筆の書き方上達講座(一関図書館主催)を受講し、的確な指導を頂戴した。成果の程はさておき、非常に勉強になったことは謂う迄もない。謂わば弟子の一人(勝手に思っている、迷惑だろうが!)でもある。

前出の著書は、宮古市重茂半島のある森に、齢(よわ)い300年を越えるケヤキの老木と、津波で両親を失い、震災孤児となった洋人との心の会話をとおして、人間と自然との関わりあいを表現した児童文学作品である。
非常に読みやすく、自然への畏敬の念を想起させる作品の一つだと私は思っている。

3・11の大震災で、震災孤児となったのは岩手県だけでも94名、親と死に別れた遺児は481名にものぼる。
多くの子供らが最愛の親や家族を失い、今猶露頭に迷っているのが現状だろう。
「父ちゃんに会いたい、母ちゃんに会いたい」と、一人になった時は特にそう思うだろう。
そんな愛惜の思いから、洋人らは老木のケヤキの傍に2本のブナの木を植樹した。
1本は父ちゃん。もう1本は母ちゃんを想い、偲んで……。

洋人よ、君はどうして木を植えることを思いついたのだい?「この前、ケヤキさんに、自分にできる何かをすることだって、教わったでしょ。
おれ、考えたよ。自分は今何をしたいのか、考えたよ。
勉強することも、遊ぶことも、いろんなこともしたいけど、いちばんしたいことは、父ちゃんや母ちゃんに会いたいっていうこと。それがずっと心のおくの方にあるの。
でも、それ、できないことだよね。でも、その心、すてられない。困ったよ。こんなに考えつめたことなかったよ。それでさ、お墓サ会いにいったの。
でも、いやだった。悲しくなるばかりで。元の家の跡にも行ったよ。でも、同じだった。
お墓やガレキじゃだめなんだ。
それでまた考えたよ。そのうちに、自分がケヤキさんに会いに来ると、なぜか心がおちくことに気がついて、あ、ここサ木を植えようってひらめいたの。生きてる木を植えたなら……」
                                                   本文より

因みに、今回発行の「浜人(はんもうど)の森2011」の印税全てが、震災遺児・孤児を支援するいわての学び希望基金に寄付されるとのこと。  



フォト短歌「浜人の森」
      
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お袋から、「歯の痛み止めを買ってきてくれ」と頼まれたので、久しぶりに東山町に行き、薬局を探した。
暫く東山方面には来ておらず、どこに薬局があるのか記憶に無かったので町中をグルっと見て回った。
ところがどの薬局も、カーテンを閉めきっていた。

止む無く、近く(柴宿)で開業する親戚の歯科医院に相談しようかと思ったが、今日は生憎の日曜日。
はてさて困ったものだと思いながら国道に出てみると、薬王堂の看板がちらっと見えた。
久しぶりに来たので気付かなかったが、これで助かった。

直ぐ様自宅に戻ろうと思ったが、折角なので知人が営むたい焼き屋「げいび渓やき茶屋 」さんに寄ってみることにした。
久しぶりに来たので、メニューは多少変わっていたが、店主のたのやさんは相変わらず元気そうだった。

お袋の歯痛が気になりながらも、たい焼き屋さんに来て手ぶらで帰るのも失礼だ。
しっかりとお土産を買って帰ることにした。

定番の餡入りのたい焼きと、アップルパイならぬ「アップルたい」、それにヨーグルト入りの3種類、10個程購入することにした。
自宅に持ち帰り、歯が痛むお袋に見せるのも気が引けたので、親爺にこっそりと渡し、残りはそそくさと縁側に持って行き、ポカポカ天気の下、本を片手にパクついていたところ、気がついたら全てなくなっていた。

因みに、餡入りは勿論美味しいが、ヨーグルト入りもまた美味い。でもそれ以上に気に入ったのが、アップルパイならぬ「アップルたい」だった。


フォト短歌「たい焼き君」

写真のはヨーグルト入り

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先日のNHKプロフェッショナルに、ロボット開発では世界的権威の山海嘉之教授(筑波大学)が紹介されていた。
サイボーグ型ロボットのHAL(ロボットスーツ)はあまりにも有名だが、人間の意識を微弱な生体電位信号として感知し、作動する機能は、医療や介護、特にリハビリの分野で注目を集めている。

脳卒中などを引き起こし、身体の麻痺で苦しんでおられる患者さんに対して、リハビリを補助することにより、脳神経機能の回復や治療につながるとのこと。
今迄のリハビリでは想像だにできなかった身体機能の改善が確認されるとのことだ。
特に、今迄は治癒の為の有効的治療法は確立されていない難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんにとっては、山海教授による待望の画期的開発は、烏羽玉の闇を照らす一筋の光明に違いない。  

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フォト短歌「山海教授」
             

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1月20日の大寒の夜、岩手県西磐井郡平泉町大沢の天台宗別格本山「毛越寺」で、除災招福や五穀豊穣などを祈願する常行堂二十日夜祭が、厳かに、そして熱く行われた。
下帯姿の厄男(42歳の厄年)らが、平泉駅から毛越寺迄の間、松明(火を灯す前)を振りかざしながら練り歩く。
沿道にはふるまい酒を用意した地域住民らが待ち受け、練り歩く厄男たちに振舞うのが慣習となっている。
酒を煽った厄男たちは、歩を進めるごとに酔が増し、益々勢いづいている。

毛越寺門前にたどり着くと、そこで松明に火が灯される。正門をくぐり抜け、境内に入ると、松明の火を振りかざし、火の粉を散らしながら行列を組む火祭り「火たきのぼり」が雄壮に始まる。
行列は毛越寺本堂を横目に、大泉が池西側の遊歩道を右方向に迂回しながら進むと曲水の宴 が行われる遣水周辺で焚かれている護摩の炎の前を通り、クライマックスの蘇民袋争奪戦が繰り広げられる常行堂へと、奇声を発し、気合を入れながら厄男たちは進んで行く。

魔多羅神が祭られる常行堂の何処かに、福をもたらすとされる蘇民袋が隠されている。
争奪戦開始の合図を受けた厄男たちは、蘇民袋の在処を探す為一斉に常行堂内になだれ込んでいく。
最初に見つけた者が外に運び出し、いよいよ争奪戦が始まる。
一年で一番寒い大寒(ちょっと暖かめの夜だった)の夜だが、その熱気で、辺りは急に気温が上がったように感じる。

私も今から十数年前、厄男としてこの争奪戦に参加したが、実に楽しかった。
思い出に残る一日だった。雄叫びとともに、男の熱き血潮をたぎらせ、本能むき出しの闘争心がメラメラと湧いてくるのを肌で感じたものだ。
「あ~、できることならあの頃に戻りたい!」・・・

争奪戦が終わり、静寂が戻ると、常行堂の中では藤里明久毛越寺執事長が中心となる、「田楽踊」「路舞」「祝詞」「老女」「若女禰宜」「花折」「勅使舞」などの伝承芸能「延年の舞」 が厳かに行われ、奉納される。
残念ながら私は、仕事の関係で事務所に戻らねばならず、結局今年も観賞出来ずじまいだった。
来年こそは是非とも最後の最後迄居られるよう調整したい。

下のYouTube動画は当日撮影したもの。平泉駅前に集合し、行列が始まる前の様子から、常行堂前で繰り広げられるクライマックスの蘇民袋争奪戦まで、時系列で紹介している。
だが、残念無念、迂闊にも一眼カメラにバッテリーが入っていなかった。
事務所を出る直前迄、十分過ぎる程充電したのだったが、うっかり忘れてしまった。
結局今回の撮影は動画のみとなってしまった。
(冒頭のタイトル写真やフォト短歌などは以前撮影したもの)   


毛越寺「常行堂二十日夜祭2014」 Youtube>>



フォト短歌「炎に祈る」  フォト短歌「二十日夜祭」
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フォト短歌「一本のつらら」


「原発さえなかったらこんな生活しなくて済んだのに」と、ある番組の取材に応じた福島原発で被害を被ったご年配の方が、涙ながらに訴えていたのが今でも脳裏から離れない。震災から間もなく3年目を迎えようとしている。
原発で避難した被災者の方々が、一人去り、二人去りと避難所からアパートや老人ホームへと居を移していく。
避難所にあった「小さなふるさと」を去り、孤独という侘しい二文字と対峙する生活を余儀なくされ、全国に散らばった被災者の方々が、痛恨の念を抱えながら、孤独と向き合い、そして今猶苛まれているのではないだろうか。
そんな、あまりにも悲しい、切ない状況をもたらした原発の行く末を、占うであろう都知事選が始まろうとしている。

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今の季節、私は毎朝布団の中から横目でちらりと、部屋のガラス越しに見える蔵の屋根を、一番最初に確認するようにしている。
何故ならば、この時期、夜中にどれだけの降雪があったかを確認するためだ。
それによって雪掻きをするか否かの判断を下すのだが、今朝は、昨夜の帰宅途中からこんこんと降り募っていた事もあり、ある程度の予測はついていた。

その為に普段より目覚まし時計を早目にセットしていた。
その耳触りの悪いベルを合図に、何時ものように、寝ぼけ眼で土蔵の屋根の様子を窺ったところ、予想通りの積雪だった。
とその時、何時もと違う光景が薄っすらと目に入ってきたのである。
我が家の土蔵は孟宗竹林に囲まれており、その竹やぶの隙間から、木漏れ日のように淡い朱赤色の光が煌々と射しているではないか。実に絶景だった。

その時ふと、枕元にカメラを置いて   続きはこちら>>


フォト短歌「明星」

    
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ここ2日ばかり、朝晩の冷え込みがかなり厳しい。 いやいや極寒、激寒とでも云うべきか。
夜11時過ぎに自宅に戻り、車を降りて外に出てみると、随分冷え込みが厳しい。
外に掛けてある温度計を覗いてみた。するとマイナス11度だった。

「こりゃ~寒い筈だ」
1月20日の大寒の日迄あと5日。それが過ぎれば多少は楽になるのかなぁ・・・。

でも、ここより北はもっと寒い。
「寒い、寒い」なんて弱音を吐いてはいられないのだ。
たかが-11度である。 
されど-11度・・・。


フォト短歌「寒し」


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昨日、菅原神社の境内に於いて、無事、滞りなくどんと祭が行われた。
当神社は、奥州藤原氏によって京都北野天満宮から勧請され、菅原道真公を祭神としている。中国で言えば美髯公関羽。関帝廟?といったところだろうか。
学問の神様菅原道真公を祀ることから、合格祈願にあちらこちらより訪れる神社で、昨日の午前中には受験を控えた地元中学生らの合格祈願祭が行われた。

どんと祭は通常小正月の14日から15日、特に15日に行われるのが一般的だと思うが、今年は何故か12日に行われた。
日曜日、つまり休日を利用してのことだろうと思うけれども、そのお陰で、私も消防団の一員として立ち会うことができたのである。
時代とともに、その様相や形態なども多少変わって然るべきであり、若干の日程変更などは已む無しだと私は思う。

また、どんと祭の「どんと」の語源は、火が燃えるのを「尊(とうと)、尊(とうと)」と囃し立てたことから、その言葉が訛って「どんと、どんと」になったと、どこかのサイトに載っていたが、正しく尊い火祭りである。
その火祭が始まったのは午後2時頃、雪がちらつくなか、神主の祝詞の後に蝋燭の火が厳かに放たれ、各家々から持ち寄られた正月飾りが、少しづつ燃え始めた。

その後次から次と燃え広がり、火はあっという間に炎と変わり、荒々しく上空に舞い上がった。持ち寄った住民らの一年間の無事、無病息災を荒々しくも力ずくで祈るかのような、儼乎たる、荘厳にして厳粛な空気が、辺り一面に広がっていった。
私らは地元の消防団として、最後の小火が消えるまで、その様子を静かに見守っていたのだった。

因みに、平泉町の天台宗別格本山「毛越寺」では、1月20日、二十日夜祭 で行われる。
呉れ呉れも、金属製の物やミカンなどのなま物は持ち込まない方が無難だ。
なにせ後片付けが大変である。

      
フォト短歌「火祭」

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フォト短歌「深雪とロッキー」


この冬一番の寒気が流れ込んでいると云われる日本列島だが、今日の日中は比較的気温が高かったここ岩手県南地域。だが朝晩の冷え込みはかなりのものだ。これでも未だ1月の中旬に差し掛かったばかりで、「この冬一番の寒波」とニュースなどで取り上げられてはいるが、これからが本番だ。
明日は地元の神社で正月飾りなどを燃やすどんと祭があり、私も地元消防団の一員として立ち会わなければならない。

一般的には小正月に行われるのが殆どで、1月15日が多い。私の地区では第2日曜日の12日。他には7日、平泉の毛越寺では20日に行われる。
特に、毛越寺の1月20日は二十日夜祭 といって、献膳式や古伝の常行三昧供の修法が行われ、下帯姿の厄年当祝者たちが、平泉駅前から毛越寺境内の常行堂までたいまつを手に練り歩く。
その後、常行堂の前で蘇民袋の争奪戦が展開され毎年盛り上がるお祭りである。その後常行堂内では、藤里明久執事長を中心とする国の重要無形民俗文化財「延年の舞」が厳かに行われる。


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フォト短歌「キタキジ」


里山資本主義なる著書が巷で人気のようだ。
20世紀の、アメリカを中心に100年をかけて築かれたマネー資本主義に基づくグローバル経済が、ごく一部の世界経済の牽引者たちによって、金融工学に基づく緻密な数学的加工が施されたサブプライム・ローンなどの金融商品が、ニットセーターの一本の毛糸のほつれから、とめどなくほつれ、そしてもつれ、複雑に絡みあった状態となってリーマンなどが破綻した。
それに端を発し、100年に一度と云われる大恐慌を引き起こしたのはつい5・6年前の出来事だ。ある経済学者による今年の予測では    続きを読む・見る>>          
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