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テーマ:
Miki Ando: The Message Through Skating


$世界のフィギュアスケート


安藤美姫の復帰・・・最後の競技生活となるかもしれないシーズン・・・人々が囁き合う通り、彼女の復帰は私たちを幸せにすると同時に、そこに含まれる事実が私たちを少し寂しくさせる。
フィギュアスケートにはいつもそのようなマイスター達の存在があり、それによって私たちは幸せを感じる。しかし、そこには常に終わりという悲しい現実もある。たとえそれがどんなに美しくとも、終わりはやって来る・・・

美姫においては、単にスポーツ的パフォーマンスについてだけ書くのは間違っているだろう。安藤美姫とフィギュアスケートは、それ以上のものなのだ。日本の多くのフィギュアスケーターたちと同じく、彼女にとってのこのスポーツの大部分は“アート”であり、そこに自身の持てる肉体、そして精神の最大限の力を注ぎ込む。
勿論、彼女が2007年と2011年に世界女王に君臨したという経歴に加え、他多くのビッグイベントで勝利を修めてきた事実は、彼女のパフォーマンスを理解する上で非常に重要な基準になるであろうが、しかしそれが最も決定的な基準とはならないはずだ。

美姫の殆どのプログラムがドラマティックであるということが、何よりも良く物語っているだろう。彼女はこのスポーツの、最も難しい技術的エレメンツの多くを完璧に行うことが出来る。しかし彼女のパフォーマンスが人々を魅了するのは、そのことだけが理由ではない。それよりも何かずっと大きいもの、何かずっと深いもの。それが何であるか、私はずっと適切な言葉を見つけようとしているが、未だ上手くいっていない。

氷上の安藤美姫は単にプログラムのテーマを表現する完全なる表現者というだけの存在ではない。内なる闘い、彼女の奥深くからの気持ち、感情。その内側を表現しているのが彼女なのだ。


$世界のフィギュアスケート


だからこそ、ドラマティックなテーマが彼女にとても良く合うのではないだろうか。彼女は何かを伝えようと、彼女にとって大切な何か、私たち見ている者たちと分かち合いたい何かを伝えようとしているかのようだ。きっと安藤美姫のパフォーマンスは、私たち全ての人間の生活の中で必然的に存在しているあらゆる困難な瞬間を、その動きと音楽を通して私たちに伝えようとしているのだろう。

フィギュアスケートを単なるスポーツとして見ている人たちの中には、このような推論を受け入れることなど出来ない人もいるであろうことを私は十分承知している。しかしそうではない人もいる。氷の上で起こる全ての事に、無意識のうちに深く共感することが出来る人たち。またこのような人たちは無意識に、美姫のスケートを通して彼女が訴えかけるものを、その内面から理解する。彼らにとっては、それが真のメッセージなのだ。

素晴らしい真のアスリートだけが、見る人を別の意識の世界へ誘うことが出来る。
アーティスト。ただ役を演じるというだけではなく、精神の全てを注ぎそのテーマに浸りきる。そして全身全霊を傾けたマイスター達は、その後そこから抜け出す困難さを味わう。彼らマイスターにとっては、体力面での回復は苦もないことだが精神面での回復はそうはいかない。だから、この私たちの住む陳腐で懐疑的、そして実利的世界が、時に彼らにとって非常に苦しい世界になってしまう。

しかし美姫のような人が完璧に心を決め準備が整った時は、他の追随を許さない。安藤美姫が持つテクニックは、ただ彼女の内面の感情の強さと深さを強調する。彼女は冷たい氷の上で伝えるため、フィジカルな痛みを黙殺する準備は出来ている。彼女は確かに伝えられ、そして彼女は再びそうするだろうと私は思う。

スポーツの観点から見た時の彼女の新しいシーズンがどうなるか、というのを気にしているのではない。しかし私は多くの人たちがある一つのことで彼女のパフォーマンスを楽しみにしていると確信している---彼女からメッセージを受け取りそれを共に感じ合えることを。
そして彼女のメッセージが何を伝えているかは、それぞれの胸に響いた通りに受け取ればいい。

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