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またまた、個人的な変な意見を書きます。

今回はメディアの話。私自身がメディア系の会社をやって、制作プロダクション、リサーチ、人材などの会社をやってきたので、内部もよく知っています。逆に学生ベンチャーということでおもしろがられ、逆に実際大手メディアの社員の人よりも、各社のメディアの上層部の人たちと広くお会いする機会は多かったと思います。

日本はマスメディアの報道の自由度が低いと国連特別報告者のNGOの人間が言ってますね。

言論の自由というのはとても大切です。

でもマスコミ、マスメディアというのは、大変影響力があるから、それ自体が怖いですよ。

マスメディアの論調と、喫茶店の横の席で話してるおっさんの意見は、ほとんど同じです。

わたしは、かつて大量に登録者を抱える人材会社をやっていたので、自社内で「聞き耳機関」みたいな、横で話してる声を集約して、リサーチする部隊を作ろうかと思った事があり、実験してみると、だいたい人の話題は世間話はマスコミの言ってる事とほぼ同じ。


また現代は、ネットメディアやSNSが出てきて、誰でも発信することができるようになったが、その分、嘘情報があまりにも多い。

実際、自分も嘘をよく書かれたからわかる。例えば、自分の会社が○○組(暴力団)系だとか、谷本は破産を経験しているだとか。○○組系などというのは、まったく根も葉もなく、火のないところにも煙は立つのを実感しました。たしかに大阪出身だから近所や学校OBに、やーさんはたくさんいたが、今は全く関係してないですよ。

また私は、大学も、職業も、幅広くやってみたいと思って生きて来たので、大・小、複数の職業や会社の立ち上げや経営に関与してきました。いろいろ関与しているので、会社によっては、成功も失敗もありますが、会社が失敗しても、個人としては、必死で借金を返すなど、責任をとってきたつもりですから、破産(借金の踏み倒し)をしたなどといわれると心外です。また私が経営してきた会社の中には、辞任した後に、精算された会社はありますが、それは辞めた後のことで、私個人は破産したことはないのです。

最近もありました。ネットニュースで、もうずっと前に辞任した会社の一つの、人材派遣免許が報告不備で失効した事が書かれていたのですが、その事業主が私のままになっている!もう社長も私の次の次の人なのに。ただこれは、嘘とういよりは、間違いで、会社も「事業主はすでに谷本ではありません」よと訂正して、処分した役所も認めてくれたのですが、リリースは済んだあとなので、もう訂正しても、どうしようもない。役所関連のプレスリリースのものでさえ、そんなもんですから。



この私の事例は個人のもので小ネタで、被害はないですが、これが仕事の信用に関わるものなら大変です。ネットは間違いでも、ずっと残る。

また取り敢えずネットを調べてどんな人や組織か見てみる、という安易な「信用調査」をする人も多いです。でもネットに転がっている情報はいい加減なものも多いということは気にしておくべきです。

あと社会系の話しでは、よく事件で逮捕されたら、それで犯人確定みたいに報道されますが、当然裁判で有罪になってからが、犯人として認定されるわけで、被疑者の段階では、まだどうかわからないのに、ニュースでは(昔の呼び捨てとちがって、一応容疑者とつけてはいますが)あきらかにその時点で犯人扱いはされ、社会的制裁が加えられます。

だから実名報道は、よっぽどでないと、よくないと思います。もし誤認逮捕で無罪でも、ネットではずっと残る。また、たとえ有罪でも、その刑に服したあとは健全に社会復帰させるべきなのに、ネットではずっと残る。だから一生犯罪者のレッテルはつきまとう。重罪で再犯の可能性のあるような大変危険な人物は公的にチャンと線を決めて監視するのはありとしても、そうでない人は社会的制裁がありすぎる。

職業が公務員だったりすると(社会に大きな影響力がある高官は別だけど、例えば水道局の人や環境局の人、公営バス地下鉄などの人などは、一般人と言っていいと思う。もちろんこれは職業差別ではなく逆差別を受ける危険があるという意味です)、ネタ的に話題性があれば、軽微な罪で、かつ被疑者の段階でも、実名を出されるが、それは、やめた方が良いと思う。

例えば、以前、ある公営事業の職員(公務員といえば公務員)の二十歳そこそこの若い人が、「以前から交際していた17歳の県立高校生を自宅に招きいれ、みだらな行為をした疑いで逮捕」と実名報道されていました。これなんか、単に妙齢の彼氏と彼女が部屋でHをしただけの話であって、実際にはよくある話ではないでしょうか?暴行をしたわけでも買春をしたわけでもない。でもこう書かれると大変な犯罪者に見えます。この人が消えないネットも含めて、実名報道でうけた社会的制裁は、社会の実態を考えると、厳しすぎるような気がします。

話しは、またまたそれますが、18歳未満のみだらな行為を禁止した、いわゆる「淫行条例」自体も疑問です。18歳時の性体験のアンケートなどを考慮すると、膨大な犯罪者がいることになります。また女性は16歳から結婚できるので、判例では結婚をしてるか婚約してれば、みだらではないと判断してるらしい。でも単なる恋愛交際での性的行為はみだらなんですって。遊びとの境目がはっきりしない。よくあるセリフの「ずっと一緒にいようね」とか、言い合ってたらどうなんでしょう?婚約として認定され、みだらではないとされるのでしょうか?そのへんも含めて微妙だとは思いませんか?

条例の決議をする議員先生や、ジャーナリストの人達は、基本的に、ご自身は、とてもまじめな少年少女時代を過ごした方だろうし、親世代でもあるから自分の子どもの事などを考えると「まだまだ子供だ!」って思うのでしょう。でも「おくて」もいれば「おませ」もいる。だから私の様な早熟な子どもの内面はわからないと思います。でも、この条例は見直した方が良いと言っても、時代の流れも反対ですから、非難されるだけでしょうけど。


話しを戻しますが、良く知られていることですが、大出版社も、根も葉もない嘘を平気で書く。

だから、ネット情報ならなおさらです。

しかもネットはタコツボ化する。要するに、自分の好きなサイトばかり見るし、さらに見るサイトの傾向で関連ページが引っ張られてくる仕組みのものが多いから、見るサイト、見るサイト、同様のものになり、思考が偏ってくる。だからネットで政治や社会のことを知る人は完全に洗脳されて偏る傾向にあります。しかも拡散するからなおたちが悪い。

マスメディアは、それを一回解放して、正確な情報を選別する役割を担ってほしいのですが、今のマスメディアは、悪く言えば「イベント屋さん、お祭り屋さん」になりがちです。

マスメディアは、盛り上がる方にばかり飛びつく。国民市民にとっては、本当は、平穏が一番いいのですが、マスメディア的にはこれが一番困る。

合法でも倫理的に問題があるからバッシングするというのも、わからないわけではないが、やはり整備する必要があると思います。倫理的に、、、などと、そんなこといえば、一人ひとり、育ってきた環境、地域の文化など、全員微妙に違う。説得の仕方でどちらにでも取れる。

一つの正義は、一つの悪を生むのです。このことをわすれてはいけない。そのために、何が悪か、何が善かを、一応線引きするのが法律です。それがあいまいだと、倫理的にという理屈で、それを悪と勝手に規定して、袋叩きに合わすことや、村八分にすることも可能だ。それであれば、なんのための法律かわからない。最近は政財界でもマスメディアでも、イジメエンターテイメントだらけです。


それと殺人事件のニュースは盛り上がります。その絶頂は戦争です。ミサイルのボタンを押すのは権力ですが、民主主義なら押させるかどうかは、結局国民の盛り上がりが決めるのです。そして国民の盛り上がりを作るのはやはりマスメディアなのです。戦争ですら、国民の盛り上がりが、作るのです。マスメディアは、とりあえず盛り上がりを作りたいものだから、余計危険なのです。

また権力側も情報公開しているが、官報や全役所のリリースのすみずみまで目を通す人なんていない。だからマスメディアの情報に頼ってしまう。

マスメディアが権力の犬だと言った人もいますが、私はそこまでは思っていないですが、たしかに記者クラブなどで、官員と個人的に仲良くなるし、そこから出てくる情報がほしいから、結果的に権力のいうことが記事になりがちだとは思っています。しかも、盛り上がる内容を取ろうとするから、内容も偏る。

もっと言えば取り上げる内容も偏り過ぎています。国会や役所の会議なんかを直接見ていると、メディアで取り上げられていないことを話し合ってることも多いです。結構凄い法律をバンバン通したりしています。でもマスメディアで取り上げられてないことは、町中で話題にはならないのです。

ほとんどのマスメディアは、一般の営利企業だから仕方ないかもしれないが、あれだけジャーナリストが権力の監視役だと言っているのだから、すくなくとも本当に国民のためになる取材を選別してほしい。

ただ根本的に、権力側の議員や自治体首長は主権者たる国民市民の代表です。それを監視するメディアは国民市民の代表ではない。主権者の国民市民はだれもそのマスメディアの会社に監視を委託などしていないのです。そこに、メディアの方自身も、国民市民自体も気が付いてほしい。だからマスメディアの方々には、自ずから知る権利を持つ国民の代表として監視をしているという気分にならずに、そう国民市民に思われるように頑張って頂ければと思います。

だから理想は、マスメディアの報道にたよるよりも、選良首長が内部監視機関がきちんと機能しつつ役所を統治してくれることですが、それはあまりにも危険なので、そこで提案です。

メディアが第四の権力と言われるほど影響力があるなら、本来国民の選挙を経た議員の傘下にあるべきだが、それではメディアの権力への監視能力が減り、権力への介入だといわれるだろうから、せめて、NHKの会長人事などは、首相の選任の経営委員会の互選での人事システムではなく、受信料を払ってる国民が直接役員を選任するべきだし、メディアの倫理審議会みたいなものは、最高裁判事のように、公的な国民審査を導入してほしいと思います。

谷本真邦
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セルビアに出張してきました。

私は駐日モンテネグロ名誉領事館補佐官を兼任してますが、モンテネグロは、旧ユーゴでセルビアモンテネグロから独立した経緯もあり、縁が深い隣国なので、初めてではありません。

日本の大使館もモンテネグロにはまだなく、駐セルビア大使館が、モンテネグロを管轄しています。
つまり私の仕事上の本国であるモンテネグロに出張にいくときに、日本側の大使にお会いするような時は、セルビアに行かなければならないのです。

なお、そういうことなので、モンテネグロに渡航される日本人の方は、パスポートの紛失などには注意してください。もちろんセルビアにある日本の大使館が何とかはしてくれるのですが、自分から大使館にかけこみたくても、そのためには国境をこえなければならず、当然パスポートがなければ、セルビアに渡れず、かなり待つ必要があるなど、大変なことになってしまうからです。

このセルビアはまだコソボ問題も解決せず、基本は明るい楽しい人たちが多いのですが、やはりお酒が入ると、米国批判など政治や戦争の話が多いのが現状です。中年くらいの方はほとんど内戦経験者で、男性は実戦経験者で命からがらだった人も多いのです。

セルビアの大統領の娘婿の方も、飲むとアメリカのお話になります。この方もまわりの中で唯一奇跡的に生き残った方だそうです。

しかし、セルビア人と語ると、日本人というだけで、とてもよくしてくれます。

それは、まず明石さんの存在です。明石さんとは、もちろん日本人初の国連職員の明石康さんです。国連事務次長・事務総長特別代表として、ユーゴ紛争に介入した時のトップをつとめられた方なのですが、この際の空爆決定の遅さから、NATO側としては批判され政治力を失われたのですが、セルビアでは、初めてセルビアの意向も理解してくれた西側の人物として英雄のように言われる方も多いのです。立場が変われば全く違う評価です。政治や外交などはそんなものです。

そして、なによりも、サムライ・カミカゼの存在です。

これは中東など、他の国でもよく言われることです。

日本人は誇りある勇敢な民族であると。

(まあこれは人それぞれでしょうが)私は海外で、日本人だからと馬鹿にされたり、嫌われたり、差別されたりすることは、ありませんでした。

これは、日本人がお金持ちだからだとか、おもてなしの精神で良い人だからだとか、技術力があるから、などではありません。世界の各民族はそれぞれに誇りを持っています。海外では、これはむしろ日本人以上です。だから、そんなことで尊敬はしてくれません。

日露戦争で勝利した時代の軍人さんはもちろんですが、太平洋戦争では命を賭しても、結果的には敗戦し、しかも米国に占領された後、戦前よりも国民は豊かになりました。だから、ある意味では、犬死にのようにも思われる先人たち。

でも、私はこの特攻隊の方々をはじめ、戦争で犠牲となった多くの方々が、私たち現在の日本人が、一定の評価をしていただけている原因になっている事も忘れてはなりません。

もちろん平和主義者ですから、戦争は二度としてはいけないと思います。

それに政治は理念の優劣ではなく「結果」ですから、多くの国民を犠牲にし、国土を焼け野原にさせた、戦時の指導者の判断は誤りだったと考えています。

でも、かつて現地で戦った人たち、特に現場で国を憂いながら命を投げ出した若き先人たちは、決して間違ったことをした人ではないと思っています。

しかし、今の日本人は、セルビアをはじめ、各国が抱いているような、そんな誇り高き勇敢な民族であるのか、疑問ですね。あらためて考えてみないといけません。

谷本真邦

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あまり、このブログでは、具体的な仕事の話は書かないようにしていましたが、読んでみたいというリクエストがあり、少しくらいは、書いてみようと思います。

基本はフリーランスな独立外交官というか、国際アクティビストを目指しているので、WFM世界連邦運動や、FOUN国連の友、駐日モンテネグロ名誉領事館など、あちこちにフリーエージェントとして国際的な機関に所属させてもらい、仕事をしています。

国連の友は、国連NY本部広報局承認期間で、NYのUNプラザに本部を持ち、UNEP創始者のひとりであるノエルブラウン氏や、国連職員としては元国連事務次長や総会議長特別顧問・自国の外交官としても国連安保理議長やユニセフ理事会議長などを歴任したアンワルルKチョウドリ氏らが代表や理事として、国連とメディア・エンターテイメントの架け橋となる非常におもしろい活動をしています。日本でも元有名プロデューサーの方が中心となり大手広告代理店、音楽界、スポーツ界などと連携して活動をしています。私もチャウドリー氏から女性の輝く社会を目指すOne Woman キャンペーンの正式モデレーターなどを拝命されたことをはじめ、著名な方々とともに、様々なプロジェクトを担当させて頂いて活動しています。国連の友の活動はHPなどを見てもらえばよくわかると思います。

今日お話ししたいのは、この関係で、あるCATVの「国連コーナー」の解説や、イベントでのモデレーターを担当させて頂いてますが、画面に映ったり、表に出る側だけでなく、制作をする側を知った方がいいということもあり、このTV番組のロケにおいて、NYの国連本部で発表するためのメイキングのカメラを持たせていただきました。

これまでもメディア系の企業を経営していたこともあるので、製作サイドにいることもあったのですが、実際は涼しい応接間で発注したり契約したりするだけで、直接ロケでカメラを持つことなんて、はじめてでした。

しかし、これらに携わっている人の中には、本当に仕事が出来る人がいる。もちろん多数の人は普通の人ですが、ときおり、素晴らしく優秀な方がいる。

例えば、もう撮る前から、完全に出来上がりのイメージが頭に入っていて、それを出演する芸能人や、登場するゲストから、上手ーく引き出す、ディレクターさん。

それに、あらゆるところに気配りをして、気持ちよくさせつつ、先読みをして、段取りをバンバンこなしていく、タレントのマネージャーさん。

これまでは、すごいタレントがあるスターや、天才的な能力をもつ大物プロデューサー、それにすばらしく聡明で権勢を誇っておられる政財界人ばかりに目がいってましたが、こういう、今まで気づかなかった「本当に仕事ができる人」がおられることに、とても感動しました。

ということは、こういう方々は、他の様々な世界の各分野にもおられるのでしょうね。

このことに、あらためて気づきました。

それに比べたら、私もまだまだ、学んで行かないといけないと本当に反省しています。

私自信ももちろんですが、私のグループにいる人たちも、どんどんこういう仕事ができるひとたちを見習って吸収していってほしいものです。

谷本真邦

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このブログは、はじめは、私が代表をつとめる団体のために作ったものですが、そのうち、私の個人的ブログになってしまいましたね。

そして、どちらかというと、実際にしている具体的な仕事や、私生活のことは、ほとんど書かず、考えたことを、つらつら書いています。

というか、言いたい事を、好き勝手に書きなぐっています。

しかも、書き足したくなったら、編集し直したりもします。

つまり考えたことを、「書きたい」から「書いている」だけのものなのです。

かつては、ブログなどではなく、非公開で、メモやノート、日記を書きまくっていました。
それは今も書いています。

これもその延長で、ブログが広まることも想定していません。

読んでいただくことがあったとしても、ご自身のブログを広めることを前提としているブロガーの方が、こちらにも寄って頂いたりしているだけで、本気で読んで頂くことはあまりないだろう、と軽くかんがえていました。

好きに書いているため、もし読んだ方がいるならば、煩雑な内容になっていて、読みにくいと思います。

もちろん、読者を想定するとすれば、
先行改革者(リーダー・イノベーター)向き、
少しだけ先行く者向き、
追随者向き、
専門家向き、
一般(マス)向き・・・
と区分して、分けて書かなければなりません。

でも、思っていることをただ書いているだけなので、その想定もありません。

ただ、具体的に仕事内容などは書いていないため、
基本的に本格的な政策提言などはありません。

そのため比較的一般向きにはなっていると思いますが、
若干は国連などを知っている人にしかわからないこともかかれています。




その上、このブログは、一つのテーマに、複数の別々の話題を詰め込みまくっていたりするので、何が言いたいのかわかりにくくなるとも思います。




しかし最近、これを読んで、「面白いですね」などと言っていただいたりすることがあります。
え、読んでる人もいるの??と思ったりもします。

特に名刺交換した方が検索して読んでいただいたり、かつての友人がたまたま見たりしてくれているようです。

読んでいただけるなら、今後は、もう少し、まとめないとな、と思っています。

これまで読んで頂いた方には、読みにくくて、ごめんなさい。お詫びします。




今後は、ある程度は改善しないといけないかなと思いますし、これまで書いた文も、テーマごとに割って書き直した方がいいかなとも思います。

でも、あーだ、こーだと、ややこしく考えてることを、自己満足で「書きたい」から「書いている」だけなので、ややこしくても、お許しいただけると幸いです。



谷本真邦
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私は、今のところ、ノンパルチザン(超党派)活動をしているので、あまり政治的には偏りたくありません。鳥で例えれば、右翼でも、左翼でもなく、胴体でいたいと思っています。

まあ将来的には、もしかしたら、なんかの党派に入るかも知れませんが。



そこで、ちょっと政治的なことも書いてみます。

平和主義者にしては、革新だけでなく比較的保守政党にもシンパシーを感じる部分もある私ですが、ただ憲法に関しては、一応護りたい派ではあります。




その昔、当時は珍しかった「学際」的な、とりわけ「環境問題全般」をやりたくて、一応どこの大学でも入学できる自信はあったのですが、神戸大学発達科学部人間環境科学科一本に絞り、入学したことがあります。

しかし元は理系の自然環境論コースであったのですが、環境というもの自体は自然現象ですが、当時グローバルな問題の筆頭でもあった環境問題は社会現象であることに気づき、社会環境論コースに「文転」しました。

そしてさらに、グローバルな問題という意味では、環境問題だけにとどまらず、子どものころから平和に興味があったため、憲法学・平和学の先生のゼミに入りました。

この先生は「谷本は朝日新聞を左だと思っているだろう、俺から見たら朝日は右だ」というほどの方でした。本当はもっと学ばせて頂きたかったですが、学生ビジネスが忙しくなり、さらに会社を全国展開するにあたり本社を東京へ移したため、引っ越しをすることになり、結局、休学したあげく、東京の大学に入りなおすことになったので、残念な思いを抱いています。ただ先生には人権や平和の大切さは教えて頂きました。




私は、なぜか子どもの頃から、平和のためには、世界政府みたいなものが必要だと考えていました。

でもその平和を望む原点はどちらかというと、戦争自体に興味を持ったことです。

私は小学校入学前から早熟でしたが、それでも普通の男の子として、戦闘機・戦艦・戦車などが大好きで、図鑑をいつも眺めていました。

小学校時代の話ですが、その頃から、図鑑にとどまらず、戦記物の本を読むようになり、はじめは兵隊さんになりたい、日本には軍がないので外国へ行って戦争に勝つ将軍になりたい、などと考えはじめました。

しかし本を読めば読むほど、知識が増え、だんだん戦争の悲惨さや不合理さを知り、逆に平和主義者になっていったのです。




私はそんな経験があります。その結果、憲法は護りたいと思っています。

日本国憲法は、議員の不逮捕特権など、ナチスの反省もこめてあるし、民主的に人権を守ろうとする配慮は、あちこちにちりばめられていて、良いと思います。




国際協力を志す者は米国の批判をする人もいますが、私は戦争・格差などの問題もあると思いますが、文化を中心に、米国にも良いところはたくさんあると思っています。基本的には米国は好きなんです。

少なくとも日本が負けた時、この日本国憲法をもらって、ソ連の子分にならなくて助かったと思います。

そして日本は降伏し、結果的に日本は幸福になったとさえ思います。

敗戦した結果で、被害をこうむったのは、廃止された華族、財閥、大地主です。

戦前に餓死したり娘を売ったりしていた一般国民は、敗戦後には、ダンスミュージックやロックを聴いて、コカコーラ飲んで、マクドナルド食って、なんだか楽しそうです。

少し自虐的に言うと、日本は故郷を守り、愛する家族を守るためではなく、華族、財閥、大地主を守るために戦ってたの?と言いたくなります。




でも、私は、憲法に関して、少し人と違う発想もあります。

まず、日本国憲法自体が、ある意味で、いい加減なものだと私は思っています。

私はゼミをちょこっと取っただけで、憲法学者ではありませんし、色々学説とかはあるのでしょうが、変だなというくらいは分かります。

直観的にも、大日本帝国憲法の方が格調高く、日本国憲法は甘ったるい作文に見えます。

それに日本国憲法は誰が誰に語っているのかよくわかりません。

憲法は、そもそも国家を拘束するものでしょう。でも主権者たる国民にいい事を言いまくっているわりには、納税や、労働や、教育を与える義務を負う、としています。王様が臣民に言ってるならわかりますが、自分で自分に義務を課すと勝手に決めている文脈なども、意味不明です。




その第一条では、「国家元首」という「国家機関」と規定することさえ不敬であるほどに「神聖」な存在だった天皇を、「象徴」と表現して、君臣一如にしつつ、元首かどうかもあいまいにしてしまって、政治権力から切り離し、かつ国民を統制するために制度自体は残した。

天皇陛下は、保守の方々にとってもそういう存在です。

やはりこの憲法は工夫があって、とても面白い。




ちなみに、今の中東でも、かつてのベトナムでも、なんでもそうなんですが、天皇陛下みたいな存在がないから、敗戦国はゲリラになったり、独裁者がいなくなると内戦になったり、混乱が長期化するのです。

日本は一部共産主義者などを除いて、ほぼ天皇陛下を尊敬していたから、敗戦後も統制をとれたのです。

米国はその事を忘れている。

言ってしまえば、戦争を終わらせ、あらたな民主主義になったのも、天皇陛下のご詔勅あってのことです。

本土決戦を叫んで、敗戦に同意した近衛師団長さえ暗殺した陸軍は、もし天皇陛下が処刑されれば、誰も統制できず、ゲリラとなって、日本はもとよりアジア各地で紛争は続いたでしょう。そしてその混乱にソ連が介入してきて、、、想像するだけでも恐ろしい。

米国は、戦争をしたら、強いから、すぐ占領できて、言うことをきかせられると、日本での「成功体験」が忘れられないようですが、東南アジアでも、中東でも、すぐ戦争をしかけたあげく、結果的には、その処理に悩んでいますが、日本では天皇陛下を残したから上手くいったのですよ。

占領したのは米国GHQではなく、米国とちゃんと取引できた天皇陛下が、戦後の日本をあらためて占領しなおして統治したのですよ。

天皇陛下は、貴族でも、武士でも、時の権力と渡り合うのはとてもうまいのです。

藤原道長も、徳川家康も、マッカーサーも天皇陛下にとっては同じ。「私の身はどうなっても良いから国民を救って欲しい」とおっしゃり、結果的には好感を持って迎えられた。

とても超越しておられるのです。




ただ、戦前の米国のプロパガンダ映画を観ましたが、その内容は衝撃的でした。

「ヒトラー、ムッソリーニ、ヒロヒト」として世界三大悪魔として登場しているのです。

「ハイルヒトラー」と、「ドゥーチェムッソリーニ」と、「天皇陛下万歳」を同列に、この三人を「カリスマ」というか、言ってしまえば「カルト」として、えがかれているのです。

現在の北朝鮮をえがくようです。

学校の軍事教練は今のアフリカの少年兵の問題のようにえがかれています。

やはり日本人として、これはショックでした。

ところが戦後は、戦犯はなぜか、ヒトラー、ムッソリーニ、東條になっています。あきらかに政策変更です。

政治プロパガンダというのは怖いものです。




そこで、そんな素敵な憲法の最大のクライマックス、第9条なんですが、

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

普通に読めば、こんな理想的な文章は、世界最高です。

と同時に、こんなんで大丈夫かとも思われる人も多いでしょう。


それに私は戦後の政府、および外務省を大変評価しています。これは皮肉ではありません。




結構一般的な人とは、反対の評価をすることも多いので、賛同されないことも多いです。

たとえば私は近代日本でもっとも尊敬すべき人は明治天皇と伊藤博文公で、もっとも評価しない人は山本五十六元帥なんです。

山本元帥は人格的にも評価する人が多く、開戦で勝利した後、英雄的に死んだので、あまり批判的な人はいないと思います。

明治天皇は言わずと知れたメイジザグレートです。世界史上まれにみる成功した統治者です。すべてを包みこむ器と強運をお持ちであった。大日本帝国憲法は明治天皇を前提に作られているから良いのです。内閣に輔弼され(ある程度拘束され)つつも、陸海軍を統帥す、というのも、明治天皇ならば、ありなのです。

またトップは当然強運が必要です。関係ないですが、東国原元宮崎県知事を例にとると、ご自身は、そのしゃべり能力と、知名度を生かし、自県のセールスでは大変活躍されましたが、鳥インフルで悩まされるわ、口蹄疫は発生するわで、宮崎県はこの人が知事の時には大変困難に陥った。これは運が悪いとしか言いようがない。この人がもし都知事になっていたら東京に災害が来るのではなかろうか、と言えば言い過ぎかしら。でもいずれにせよ、トップは運が強くないと、当然民はその人の運に振り回されるのだから。

次に伊藤公は、何せ政治が上手かった。貧しい生まれにも関わらず教養があり、かつ明るく柔軟で、英国など強いものを活用し、妥協しつつも、利権はある程度確保して、明治日本をけん引し、一等国にしたのです。封建時代を知る当時としては奇跡的に権力の側から議会・政党を作るなど、民主化にすら貢献した。

韓国では悪者になってるが、この人を殺してしまって、併合され、伊藤公が朝鮮には朝鮮文化を大切にという考えもどんどん壊されていった、という事実は忘れられている。「太閤秀吉公ももう少し学があれば、私みたいになれただろう」というくらい自身にも自信もあった。

欧米などでは伊藤博文の名を知らぬものは多いが、世界の革命家・大政治家として名を残していないのが不思議です。

日露戦争だって、対米戦争なみに無謀でしたが、その時も、恐露病者とまで言われて反対した伊藤さんは、やるときはやる。米国に仲介を頼んだ金子堅太郎、山縣有朋に金を出させてロシア革命工作をした明石元二郎、外債募集に成功した高橋是清なども周りにいて、上手く戦った。だから乃木・児玉、東郷らの将軍の勝利も生きたのです。結果日本は辛勝した。



でも昭和は違った。山本五十六は少なくともハーバードに留学して、米国の潜在的実力を知っていたにも関わらず、押し切られて無謀な戦争の突破口を開いた。陸軍青年将校のように勝ちまくっているナチスドイツに心酔して錯覚するならわかる。

エリート官僚の典型の東條もどうすることもできなかったでしょう。

でも知識も実行能力もある山本が、早期講和を念頭において、真珠湾攻撃をしかけるなんて、馬鹿なことをやっちゃうのは、よくないよ。

しかも山本は、やれば負けると言いまわっていたらしいではないか。東郷提督は、明治天皇に必勝を約束した。そう考えると、必敗の提督が山本だ。提督がそんなんじゃ勝てるわけないわな。

近衛首相や広田元首相などの重鎮に、2、3年は暴れまわってみせるが、その後は自信がもてないから、早期講和をしてくれと言ってたというから、あきれる。

例えて言うなら、のび太が、ジャイアンを、背中から蹴って、あとですぐ仲直りしてね、なんて・・・出来るわけないじゃないですか。そんなのは子どもでもわかる。


そして、状況をわかっていたならば、天皇陛下、永野軍令部総長、嶋田海軍大臣らに対し、腹を切って命令にそむくべきだろう。それが連合艦隊司令長官たる山本の唯一のできることだったはずです。己の実行した作戦のせいで、後に焦土と化す日本は想定できたはずです。

北にしても、南にしても、当時の軍事戦略、外交政策が本当に信じられない。謀略をしつつ、ひらすら独り占めしようだなんて、なんていう戦略だ。

そんなことをすれば有色人種ということで、多少見下されつつも、せっかく仲間に入れてくれた先輩先進国たちにボコボコにされるにきまってるではないか。指導者の勘違いと、プライドと意地、そして過度な自信と欲望のせいで、焼け野原にされた国民は悲惨です。

国際連盟脱退時には、せっかく松岡全権が名演説をして、英国などが妥協案を持ち掛けてきて、逃げ道を出してくれたにも関わらず、また全権も何とかそれにのろうと本省に懇願しても、当時の内田外相はそれを認めず、結局脱退せざるをえず、国際社会から締め出された。

その松岡も三国同盟にソ連を引き入れて、英米から身を守ろうなどという、とんでも外交戦略をとろうとしたので、驚きだ。

こないだまで同盟国で皇室王室の交流も盛んだった英国や、たっぷり金を貸してくれていた米国をうらぎり、すぐ政策をころころ変えて勢力を広げるあぶなっかしいヒトラーや、共産主義のスターリンと組もうなどというのは正気の沙汰ではない。

また、政治や外交の「正義」というものは、流行を見極めないといけないのです。国内だって戦国時代と今では、正義や公共哲学は、全く違うでしょう。世界社会も同じなんです。戦前の日本も筋論だけでいうと間違っていない。アジアを侵略したという人もいるが、日本は欧米諸国から奪ったのです。だから保守の人が言っていることも間違いではない。でも残念ながら流行おくれだったのです。

第一次大戦後、世界の雰囲気は一変した。それまでは、どこの国家も王様の個人所有みたいなもので、強いものよしの、植民地奪い合い合戦みたいな世界だったが、第一次世界大戦で殲滅戦の悲惨さから、雰囲気が変わってしまった。

だからその後にもまだ、植民地を拡大しようとした日本は完全に出遅れしまったのである。

ドイツも第一次大戦のしかえしをしただけなのだが、やりすぎた。昔だったら政治的天才のヒトラーは、ナポレオンに比すべき英雄だっただろうが、世界史の雰囲気からすると、流行おくれだったのである。

話はそれますが、ヒトラーは、演説やプロパガンダの能力がすごく、国民が心酔して、選挙で独裁者になったように思われているが、それは少し違うと思う。たしかに演説はうまいし若者や女性の心を奪う演出には長けていたが、彼はもともと一揆を起こして政権をとろうとした人だし、それに失敗してから合法的に選挙に政策転換したが、大統領選挙でも負けているし、もともと政権獲得時でも党の議席も過半数をとってなかった。

しかし彼は副首相案などを保守派から提示されても妥協せず、軽い神輿にみせかけて首相になり、またそのとき党は二人しか閣僚ポストを得られなかったのに、そのポストや国会の火事などを最大限利用して、全権委任法を通させ、反対派を粛清し、その強気さと政治的天才性で、すべてを自勢力に取り込み独裁者になったのです。

その後も強気一筋で国債をすりまくって失業者を減らし、条約を無視して軍拡をして欧州を制覇したが、やはりそんな無理をしていたら、しっぺ返しがくるのです。

また人種差別政策もよくなかった。彼は自身の政治的成功のためには何でもする男だ。あれだけ共産主義を赤いペストなどと言っておきながらスターリンと不可侵条約を結んだり、そしてあっさりそれをやぶったり。だから人種差別を言うと人気が出るからそれに邁進たから、逆に人種差別が政治的に不利になるならやめたような気もするが、結局民族浄化みたいな収容所での虐殺などはやりすぎなのはもちろんのこと。とはいえ米国だって一般市民が暮らしている街の上に平気で原爆を落とすし、ソ連も中国も自国民だって大量に殺す。政治はともすれば狂気を生むからどっちもどっちだ。英米とソ連に挟み撃ちにされて、終わってしまった。


私は国会議員の不逮捕特権というのはとても大事だと思う。国会議員というのは国民から選ばれた立法者であり、とても大切な存在です。

それがないと政府に邪魔な議員はすべて逮捕してしまって好きに法律を作れてしまう。
基礎の基礎ですが、生活をしてると忘れがちです。今はみんな選挙違反ぎりぎりで政治家になっている。弁士とか言ってポスターを張って、政治活動と称して政策ビラを配っている。こんなのは政府がやる気になれば、全員選挙の事前運動だとして公職選挙法違反で逮捕しまくれる。しかも公職選挙法違反で有罪になれば公民権が停止されるから、もう主権者ではなくなる。

議員定数削減にも反対です。増やしてもいいくらい。定数削減はまさに民主主義を減らすことです。議員の給料や政活費が高いなどとケチなことを言ってると、すべて行政府が権力を握ってしまいますよ。もしかしたらこの雰囲気も官僚の高等戦術かもしれない。

日本の国内の貧しいエリアにも光を当てようとするのは、そこに選挙権を持つ人がいてそこから国会議員が出るからだ。世界には貧しいところに光があたらないのは、世界議会がなく、世界社会の有権者と代議員がいないからなのです。

私は国民から選ばれた議員には、それこそ一人ひとりシンクタンクを持たせるぐらいの税金をかけて、議員が法律や予算をまとめられる実力をつけてほしい。そして逆に行政府を軽くするという方が民主主義にとって良いと思う。

私は官僚の方々も個人としては立派な人が多いと思っているから、逆にどんどん国会に出て国民の信を得て、そちらで立法するようになってもらいたいと思っています。

立法の府と言っている国会ではなく、それを執行する行政府が法案を持ってきて、国会はそれを通すだけとか、予算委員会で、予算についての計算の審議ではなく、政治家個人のスキャンダルの話をしているなどとというには、違和感を感じませんか?私は子供の頃からそれが不思議で仕方ありませんでした。


そんなことですが・・・戦後の政策に話を戻します。

結局、喧嘩して「ぼこぼこ」にされた米国の「子分」になって、「親分」に貢物を送りつつ、その親分を「客」にするという、ある意味「ずるいやり方」で、こちらの方は痛快です。

プライドの高い海兵や士官学校上がりのエリート将校には出来なかったのですが、意外にも官僚は、そんな技が出来たんですね。

「へへーっ、お代官様!」と小判をおくりつつ、「お前も悪よのー」と言われながら、うまい汁を吸う時代劇の越後屋のようです。

そして、軍事同盟でソ連の脅威から守ってもらいつつ、さくっと、車やオーディオを売りまくって稼ぐ。

戦後民間ベンチャーも多数育ったし、解体された財閥系の企業も株式公開会社として復活し、大きく経済発展した。

気づけば米国親分は、子分の日本の「良いお客」にされていたのです。

実際、プライドは捨てないといけないかもしれないが、プライドを持って焼け野原になるより、良いと思います。

というか、武士道ではないかも知れないけれど、商人道としてのプライドを持っても良い。

少なくとも、この戦後政府のおかげで、私も好き勝手に生きてこられたことは、まぎれもない事実です。ありがたいことです。

そして、湾岸戦争などで、「お前も戦争を手伝え」と、米国親分から命令された時は、「これは親分から言われた憲法ですぜ、だからやりたくても血は流せません」と逃げる。

最高です。

しいて言えば、湾岸戦争の時は、日本はお金を出しても人は出さないと敬意を表されませんでしたが、逆にいえばお金をいっぱい出してる大スポンサー様なのだから、キャンプでバスケをしながらミサイルのスイッチを押すだけの多国籍軍のみなさんには、「もっと日本を厚遇しろよ、下手な広告会社だって、もっとスポンサー様を大事に扱うよ」とは思いましたが。




それに、もっとすごいのは、日本は自衛隊という陸海空軍という戦力を持っているにも関わらず、持たない、これは軍ではないと、言い切るところです。

これはすごい。

これだから、戦後70年戦争をしなくてすんだのです。




私は元防衛大臣の先生から、日本も、自国を守り、世界の平和を守ることのできるような、普通の国にならないといけない、と言われたことがあります。

私は、日本が「軍を持ってても、軍は持たない」と平気で言い切る「普通ではない、異常な国」だからこそ、ずっと平和で、しかも経済発展して、私自身も兵隊に行かずに済んでるんです。

もし普通の国だったら、今頃、戦争をしながら、家族は貧しい、普通のアジアの敗戦国民です。と生意気にも答えました。

そうじゃないですか?




我が国の憲法は、元々「自国の法律の大家」が作ったわけではないんです。「外国の民政局」の人たちが一週間ほどで作った、いい加減な文章なんですから、実態とかけ離れていてもいいじゃないですか。そのおかげで言い訳もできるんだし。だから守りましょうよ。せっかく便利なのに、もったいないですよ。

あえて言います。これは「理想」の絵すら事にすぎないんです。だから「現実」とかい離していても、掲げておくべきです。

目指すべき理想なんです。

不真面目ですが、目指すべきものは、嘘でも、おいておくべきです。

真面目に、現実どおりに文章を合わせれば、どんどんハードルさがっちゃいますよ。




あと国際貢献でいえば、日本の主権から完全に離すのも手です。

私は、本当は日本は戦うよりも、ロジなどで技術や物量で協力する方が世界のためにも良いと思っています。

しかし、どうしても、世界の敵である極悪テロリストと戦わねばならないなら、世界司令官の下に、軍事力を差し上げるしかない。

日本出身の自衛官でも、いったん日本人をやめてもらって、大量に傭兵になってもらう。

そうして日本は、「国権の発動たる戦争」は絶対しない。

国権は、こちらからみたら正義でも、交戦国からは悪であって、相手国も自分は正義だからです。

私はすべての戦争、すべての人殺しを正義ではなく犯罪にしたい。

だから、もっとも理想は世界から完全に戦争をなくすことです。

でも人間も生物である以上、ならず者は出てくるかもしれない。でもその時には世界が委任した世界裁判所が認めた警察軍事行動なら、完全に相手は世界の犯罪者なのだから、いくら戦っても、それは正義といえる。国というある種の私的組織の問題ではないのです。

それなら憲法には抵触しないでしょ。その軍事行動は国権ではなく、世界権、人間の自然権なのだから。

世界連邦運動の原点、1947年に出されたモントルー宣言では、世界各国の独自の軍備は全廃して、世界警察を設置するとしています。

まあ、今は国連しかないけど、すくなくとも、国連事務総長でも誰でも良いけど、安保理で決議した、国際司令官の下の軍事行動なら、国権とはいわないから、憲法を変える必要ないじゃないですか。

そんなこんなで、米国親分への言い訳はいくらでも考えられますよ。

だから、憲法を変えるのはやめましょうよ。




でもそんなに米国親分の言うことをきかないといけないなら、日本人にも大統領の選挙権欲しいな。この際ハワイみたいに州になっちゃえば、選挙権ももらえるのに。1億人以上いて、個人金融資産1500兆円もあるのだから、日系は米国最大の一大勢力になりますぞ。

おっと、これは言い過ぎですね。日本国という国家は大切ですねー。




でもこれだけは言いたいです。

どこの大国でも、世界警察になることはできない。なぜなら、その国以外の人には、政治参加権(選挙権)がないから、その政府に警察の役割を委任したわけではないのです。

全人類に選挙権をくれる国なら、世界警察と認めてあげれられるけどね。




谷本真邦

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「ノマド」とともに、「フリーエージェント社会」という言葉が流行ってますよね。

私はまさにそれを実践してきましたし、これからも実践したいと思っています。




私自身の活動で言えば、何度も大学へ行きながら、起業をしたり、公的な立場の仕事をしたり、たまにはメディアや芸能界に関与したりもします。

私は、一般的な「国連事務局常勤職員」や「日本国政府省庁キャリア官僚」などの「正規の役人」ではありません。

でもモグリというわけではありませんよ。いろんな制度を応用・活用してもらいながら、NYなど海外にいる国連高官から正式に国連関連のキャンペーンや、プロジェクトのチーフなどをそれぞれ嘱託・任命されたり、独立した支部的な承認非政府組織を設立することを承認してもらったり、外国政府から名誉官職として外交業務を委嘱されたりして、フリーエージェント的に働いてます。こういう形を望んでいたのです。

実務家の「官嘱託特務機関」として、「平和的な007」みたいなものになりたいですね。

政策提言者や諮問機関として「国際アクティビスト」や「国際ロビィスト」でもありたい。

もちろん、政治家=公務員の立派な人も良いですが、ガンジーやキング牧師のような、無位無冠の政治運動家に憧れます。

しかも、今のところ、超党派・超宗派です。




でも官の機関といえば、日露戦争の明石機関や、日中戦争時の悪名高い土肥原機関みたいに、ほとんど軍人がするものです。

現代の国連でも、「国連嘱託」といえば、特別顧問や特使などを除けば、治安維持軍をイメージします。

民間人では、昔の政界の黒幕が、青年期の、浪人時代にやっていた例はありますが、現在の日本にはほとんどいません。これは相当特殊な立場です。




有名な人で言えば、明治維新の坂本龍馬などはそういう立場だったのでしょう。太平洋戦争時の笹川良一氏や児玉誉士夫などもそうですね。

ちなみに児玉誉士夫氏というのは、ロッキード事件以降、金に汚い反社会勢力のドンみたいに言われ、良い例ではなくなりましたが、元々は志士です。

(自称)日大専門部卒で、それ以前の労働者時代から、頭山満氏や赤尾敏氏、上杉東京帝大教授、創価学会創設者などそうそうたる右翼の人と交流し、右翼団体を転々としたり、自分の独立青年社を組織したりして、政治運動をしました。政府にも認められ、外務省情報部嘱託として、三井財閥系の王子製紙の社員になりすましたりしながら日本とアジア諸国を行き来して奔走。そして事業家兼芸能プロデューサーでもあった笹川良一氏が創設し総裁をつとめる日本の「ファシズム政党」の国粋大衆党の東亜部長として衆議院議員選挙に立候補したり(結果は児玉氏は落選。なおこの時に笹川氏は当選しているので厳密にいうと笹川氏は官嘱託というよりは普通に政治家ですが・・・)、この笹川氏をはじめ様々な官民の大物のバックアップで、民間人ながら外務省・内務省・陸軍・海軍の嘱託を歴任、北一輝配下出身で学生運動家から特務機関となった許斐氏利氏らと連携して、児玉機関を設置し、そして勅任官(将官)待遇、内閣参与にまで出世し、一介の無名の青年が、わずか数年の間に、指導者を対象とするA級戦犯に指名されるほどの要人となりました。この児玉機関で調達した海軍資産を払い下げられ辻嘉六氏を通じて自民党の前身の自由党(のちの首相の鳩山一郎氏が作り吉田茂氏が引き継いだ政党)の結党資金を拠出し、さらには大学の創設に関与したり、広告業界やレジャー業界を牛耳ったり、極左勢力に対抗するため全国の暴力団や宗教団体をまとめようとするなど、政財界の黒幕となりました。

当然、平和運動に携わる私は、主義思想や、やる内容も、戦時や冷戦時代の彼と私は全く違いますが、正規の役人になるよりは、こういう嘱託機関みたいな形で、公的な関わり方をするのは良いなと、ずっと思っていました。

脱藩浪人の維新の志士にもあこがれました。

その方がしがらみがなく、自分の信念に命を懸けられるからです。




現代は、「新しい公共」として、官庁だけではなく、市民社会の政策提言や実働を通じた、公共への参加が進んでいます。

国家の連合会である国連も、NGO(非政府組織=ノンガバメンタルオーガニゼーション)の参加(協議資格)を認めています。

また国連機関には、各国に「駐在事務所」のほか、「国内委員会」もありますが、これは官庁内におくものもありますが、民間団体との連携という形も進めています。

日本にも、有名な日本ユニセフ協会などやUNHCR協会などがありますね。そのほかにも日本国連協会などもあります。しかもこういう「協会」の世界国連協会連合会などの世界組織もあるんですよ。

こういう風土はぜひ進めていきたいですね。

ちなみに日本ユニセフ協会が「ニセ物」なるネット情報が出回りましたが、もちろんニセ物ではありません。親善大使の芸能人が贅沢な家に住んでるなどと「寄付を流用」してることを連想させる情報もありますが、それも関係ありません。芸能活動で稼いだものでしょう。たしかに講演などで稼ぐのにあたって親善大使という肩書が有利に働くことはあるでしょうが、それは寄付金とは関係ありません。たしかに日本ユニセフ協会は、厳密にいうと国連児童基金(UNICEF)とは別ですが、ここと提携したきちんとした組織です。国連児童基金は役所なので駐日事務所は日本の政府からの拠出金の窓口にはなりますが、民間からの寄付を受け取る窓口としては、民間法人が必要なのです。またある程度の経費はかかります。なんでもかんでもボランティアだけでは協力活動は続きません。慈善活動であっても、広報・通信関連費用はもちろん、人件費だってある程度は認めないと継続した活動はできないのです。このようなネット情報で、「困っている人への寄付文化」に悪影響を及ぼすことは残念なことです。

関係ないですが、ここに皇族の方が、「宮」をとった名字で普通に働かれていたりしていたので、おどろきました。

あと国連で有名な日本のNGOは先述の笹川氏が設立した日本財団です。先述の児玉氏の親分筋の日本最大のファシズム政党の党首で衆議院銀でしたが、戦後は戦犯容疑で不起訴となって以降は、競艇という公営事業をはじめ、これを財源としている公益財団法人のため完全な民間組織とはいえないですが、それでも国連活動に大きく寄与している政府以外の組織です。

この笹川氏は、国連や、あちこちの大学で、その名を残しています。たとえば国連笹川環境賞(UNEP)、国連笹川健康賞(WHO)、国連平和大学奨学金、ハーバード笹川奨学基金、オックスフォード笹川奨学基金、フレッチャー笹川ホールなどなど。

そのほか、国連で有名な日本のNGO(?)といえば、創価学会や立正佼成会などの宗教団体です。

欧米では寄付文化があるため、二人のビル(クリントン、ゲイツ)の財団や、ジョージソロス財団など、政財界からの多額の寄付基金があり、NGOが育ちますが、日本ではこれが少ないため、モーターボート競走ギャンブルという独自財源を持つ日本財団などしか、有力なものがありません。やはり商売をしないと、本当にノンプロフィットでは、国際協力はできないのです。

世の中に良いことをするためには、お金が必要なのを、もっと理解をしてもらう必要があると思います。政府には納税者の理解、NGOには寄付をした人の理解が必要なのです。活動には人件費がかかるのです。しかも国際協力であっても現地に行かずにロビー活動をする人や事務をする人もいること。そして、これらの人件費をある程度高額でないと優秀な人材が集まらないこと。これらは、なかなか理解されないかもしれませんが、これを理解してもらわないとなかなか国際協力や慈善事業は発展しません。

日本のNGOは、まだまだ財源面で厳しいものがあります。

そういう意味で現時点では、まだ日本は、補助金・助成金など官主導でないと難しいですね。

そのためNGOの中でも、政府から委託を受け、GCO(政府協力組織=ガバメント・コーポラティブ・オーガニゼーション)といえる組織や、特殊法人なども多く、これが現代の官嘱託ですかね。

政府にとっても国際協力を任せられるNGOは便利です。しかしそれ以上に、私的には、政府は直接国益を代弁せざるを得ませんが、そこから自由なNGOは世界協力に柔軟に対応できるのです。だからNGOは大切なのです。




官嘱託に話を戻すと、WFMの会員にもなられている伊勢崎賢治氏なども、大学院を渡り歩きながらインドで市民活動家となり、その後NGO職員や、大学教授などをされていますが、その間しばしば国連や外務省などからDDRなどで呼び出され、他国の知事に就任されたりと、活躍されていますよね。

現代の官嘱託特務機関は、これらの方々が近いかな?




話を戻しますが、いずれにせよ、私は、事業家をしつつ、正規の役人にならずに、公的な仕事にも関わり、やりたいことを実現する。

そういう働き方をしていきたいと思います。

辞令一本でどこにでも飛ばされるエリート官僚よりも、その方が自分の仕事が出来ると。

もともと外交官になるつもりだった出光佐三氏も同じことを教えられ、出光興産を創業されたらしいです。

こんな立場になりたかったのですが、私も奇跡的に実現していってます。そんな状況に感謝していますし、自分にも誇りを持っています。




また私は、事業家として、大きくなりたい、大きなことをしたい、大きな組織を経営したいなどという欲望もあります。

それは、大きくなければ、大きな影響力はもてない、影響力がないと社会を良くする事ができないからです。もちろん個人的ではなく公共のための欲求ですよ。




ただ、大きな組織といっても、個人の労働者としての視点からみれば、必ずしもこれからは新卒採用・年功序列・終身雇用は減少し、雇用は流動化するでしょう。

もっと言えば、フランスの思想家で政治家のアタリも言っている国境を越えた劇場型社会になると思います。プロジェクトごとに、各アクターが集まり、仕事を遂行して、千秋楽を迎えると解散する。

ただしこういった社会では、偽物の情報が氾濫するので、それを取りまとめる機関としてのマスメディアや監査組織がますます重要になりますし、それに強固な組織としての信用がないので、保険会社がますます必要となっていきます。




そういう意味では、個人は「本物」になるために、専門的能力を常にブラッシュアップしいかないと、プロジェクトに参加できない。

逆に言えば、能力があれば、背景がどうであれ、採用される世の中になります。

ある意味、フェアな世の中になってきたんですね。

そこで生き残るためにも、みなさんも、ぜひ、個人の能力をブラッシュアップしていってください。

フリーエージェント社会は、決して楽な生き方ではありませんし、まして働かなくても暮らせるという意味での自由業ではありません。

自分の意思や、仕事に対して、認めてくれる社会を常に探し、そして契約するのがフリーエージェント。

もし完全な組織人であれば、好き勝手な事を言ったりはしたりする事は出来ません。常に意思と違ってもそれに従順に合わせなければなりません。フリーなら、言えるのです。意見の合わない組織とは決別し、認めてくれる社会をさがし続けるのです。そのためには相当自分を必要とされる能力が必要なので、楽どころか大変な厳しさです。

でも、これをこなせれば、こんな幸福な時代はないでしょう。ですから来たるべき時代にそなえ、研鑽していきましょう。






いろんな事をやってきた私の活動は、一見脈絡がないようにも見えますが、究極の目標があり、それは(何度も書いているように)「世界を一つにする事」です。現代の「天下統一」「世界維新」です。誇大妄想や理想主義と言われようとも、それが信念です。




ただ、私は、こういった大きな目標を持っていますが、それは人生の「長期目標」にしようと思っています。

人生は目標を持った方が良い。

しかも短期から長期と時間軸で分けた方が良い。




そして長期目標は、漠然としたものであればあるほどいい。

私のように「世界を平和にすることに貢献する」とか。

人によっては「笑ってくらしたい」とか「カッコよく生きたい」でも良いと思います。

こういうものは、死ぬまでぶれない方が良いと思います。




もちろん、完遂するのが理想ですが、それはたぶん難しい事もあるかもしれません。

でも考えてみれば、世界、つまり大宇宙の長い歴史から見れば、人の一生なんて、ハナクソどころかケシツブ以下です。

自分から見れば、その人生こそが世界だから、大事に見えているのだけなのです。

でも人生を、自分の理想の実現を目標とするのではなくて、その生涯の目標に対して、どこまで近づけたかという「修行」や「ゲーム」と考えると、人生はますます楽しいものになるでしょう。

どうせ人の一生なんて大した事ないんですから、楽しくやりましょう。




もちろん、それだけではなく、「中期目標」も作ります。つまり数年くらいの間に何を目指すのか?それは長期目標のツールを形成することです。はっきり言ってこれは長期目標を見失わなければ何でも良いのです。

例えば東京から大阪を目指すのに、飛行機もあれば、新幹線もあれば、車も、徒歩もあるように。




そして「短期目標」も大切です。これは中期目標の下、今まさに何をすべきか?現実を見て、コツコツやることです。今月の、今週の、今日の、目標ですね。




これらを並立させないといけないと思います。




また長期目標は漠然としてる分、ぶれてはいけないですが、中期や、短期になればなるほど、時代や環境の変化や要請とともに、柔軟に形を変えて、ローリングしていかなければなりません。固定化すれば逆に潰れやすいのです。



今を、悩んでる人は、こう考えてください。

自分の人生の目標は何か?まずこの長期目標を決めてください。

そして書きましょう。

それに対し、自分のやっていることが、どうしてもうまくいかないとする。

ならば、人生の目標のベクトルだけは変えずに、今やっている方法を、柔軟に変えるのです。

それは夢を捨てるのとは違います。

例えて言うなら、目的地は変えずに、飛行機を降りて、電車に乗り換えるだけです。そして結局は目的地へ向かってるから、大丈夫なのです。

短期目標はどんどん曲げればいいのです。




あと人生は死ぬまであります。当たり前ですが。とんでもない奇跡もあるので、決してあきらめず、死ぬまで生きましょう。

だから今うまくいかなくても、死ぬまで挽回のチャンスがあります。
何度も言いますが、年は関係ない、死ぬまで人生はあるのです。

そして、いよいよ死ぬ寸前になったら、自分の人生を振り返り、「どこまで出来たかな?大して出来なかったよな。ではまた来世にかけよう!」と笑えば良いのです。

そんなものでしょう。




谷本真邦





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私は今夜は空港で寝ました。明日も空港で寝る予定です。
朝の飛行機ならホテルより、節約で空港で寝るのも楽しい。
今は世界中の空港でもどこでも快適に寝る事が出来ます。

私は紛争地で銃弾が飛び交う下でも平気で寝られると言われた事もあります。
実際は多忙でゆっくり寝る事なんてあんまりないんですけどね。



今も、出張続きの旅暮らし。「世界人」でありたい私は、家に帰る事はほとんどありません。世界中飛び回って転々として暮らすのが大好きなのです。

カッコ良く言えば、PT、ノマド、マルチハビテーション・・・。
冗談で「ポジティブ・ホームレス」と言ったこともあります。

大学も掛持転々、仕事も掛持転々・・・と以前かきましたが、住居も、何でも掛持転々なのです。(女性も掛持転々?)

これは、一生続けたいです。

しいのみ学園の昇地三郎先生の様に、100歳になって世界一周、大学講演旅行をはじめ、107歳で亡くなるまで続けました。まさに生涯現役です。憧れますよね。



国連・NGOや、関与している事業会社、そして大学などの、定例会議やイベントをまず起点にして、旅スケジュールを組みます。

普通に連絡をとりあってると、都内にいると思っている人も多いようですが、意外に海外に滞在中だったりもします。

だから常に電話は切れてたりするので、別のコミュニケーションツールでのやりとりが助かるんです。

友人との待ち合わせも海外でするのが楽しい。次は「NYのダコタハウス前集合ね」などと。

週末の弾丸ツアーも楽しい。今の私の場合は、イベントへの出席などの出張がほとんどですが、遊びモードの時期などは、毎週のように週末はリゾート地に出かけたものです。

たとえば、ベースが東京にあるとして、土日に休みがある人は、金曜の夜に仕事終わりで空港に直行し、夜便に乗れば、アジアやミクロネシアなどなら、まる土日丸二日楽しめます。月曜朝に帰ってそのまま仕事へ行くのです。眠い、きついなんて言わないでね。


余談ですが、グアムやサイパンは、「安・近・短」と言って、ハワイやバリなどに比べても、しょぼい、みたいなイメージはあります。またグアムなら沖縄に行くわという意見もあります。

もちろん沖縄も好きなんですが、何と言ってもグアムサイパンは、日本からわずか三時間で行ける「アメリカ=西洋」です。文化の違いも楽しめるし、海の美しさは他のビーチリゾートに比べ全く遜色ない。GWに渋滞の中、都内から軽井沢の別荘へ行くより早いかも。

またリゾートの中でも特にマリンスポーツが好きだったので、出張のついでに、世界中のあらゆるビーチリゾートを訪れましたが、結局すぐ行ける事を理由に、グアムサイパンに最も多く行きました。実はグアムは意外にもビーチ通の日本人には、かなりのリピート率で人気があります。私もグアムだけで、もう数十回は行ってます。グアムは一時期毎週末行ってたので、入国審査で「お前本当は仕事で来てるだろう」と、よく止められましたよ。当然ハワイも好きなので、何回も行きましたが、やはり時間がかかるので、仕事モードに入ると多忙で行きにくくなります。そういう利便性もふくめて、グアムの素晴らしさを、もっとプロモーションする必要があると思います。



私は、リゾートが好きです。

海などの水辺も好きですが、山や温泉もなんでも大好きです。

ホテルもいいですが、別荘もいい。

軽井沢や箱根などにある、万平ホテルや富士屋ホテルの様な、クラッシックなホテルも歴史やセレブのストーリーなどもあって、楽しさ倍増です。

別荘を借りたりも良くします。

海外ではバケーションレンタルと言って、あいてる家を人に貸す文化があります。日本の別荘地には空家状態で荒れ果てている別荘がたくさんあります。また別荘に着いた途端、掃除と草刈りからはじめるなんて大変です。そのためにも貸し出した方が管理面でも都合がいい。法的な問題も緩和させて自己責任契約と保険で対応できるようにした方が合理的ですね。私もそのうち、貸別荘事業をやってみたいと思っています。

古代ローマ時代から、洋の東西を問わず、市民=貴族=武将=領主=素封家などのエリート層は、地方の荘園・田園の城(マナー)で暮らし、都会の政治に睨みを利かし、何かあれば「いざ鎌倉」ではせ参じる、というカントリージェントルマンの生活が理想とされていました。

西武財閥創業者の堤康次郎氏は、サラリーマンにもこういう貴族的生活を体験してもらおうと、箱根や軽井沢に500円別荘を開発したのが、プリンスホテルグループのはじまりです。

ちなみに軽井沢は私も好きなのでちょくちょく行きますが、あそこはもともとキリスト教関係者が別荘地として開いただけあって、自然とともに質素な暮らしをするのがいい。セレブも大衆でも関係なく、静かにお茶をのんで本でも読んで過ごすのに向いています。夜になるとお店も何にもなくて真っ暗というのがいいのです。華美なものは、日光や箱根・熱海の方が似合う。そのため大衆向けの施設ができて、大渋滞になるのはつらいです。

まあ私自身は、今のところ多忙なので、ゆっくりリゾートで長期滞在することは不可能で、転々とするノマド暮らしが向いていますが、せめてもの・・・ということで、むりやり弾丸ツアーか、会議や作業などの仕事は別荘ですることで、リゾートを楽しみました。

私も鎌倉の古民家別荘がありますが、鎌倉古民家でベンチャーを起業する「カマコンバレー」などもはやっています。



また都会も好きです。労働者は職住隣接で、タワーマンション(団地)などに大量の人を詰め込んで暮らさせるという生活のあり方も、ネガティブではありません。

自然は自然として残し、人はどっかに集中的に住むという方が、よっぽど合理的です。地方の活性化とか言って、地方を中途半端に都会化させるのは無駄な気もします。物資だって、あちこちに運ぶより、一か所に運ぶ方が燃料代もかからないし。

なので、都会とリゾート(自然)の役割を、使い分けるのが良いあり方だと思います。



ただ先祖代々との思いから郷土愛の強い人が気になります。その気持ちは理解できますので、大切にしないといけないと思いますが、災害・紛争・政情その他の危機において、移動できない人は、かなりリスクを背負うことになります。その時々で便利の良い所で暮らす事が出来れば、社会にとっても本人にとっても、都合が良いものです。



21世紀は、ノマドの時代。

しかもエコ・サステイナブル、ミニマリスト、そのベースにあるフラット化・シェアする社会の時代だとも言われます。

それに対して、かつての20世紀は大量生産・大量消費の時代。しかもバブリーなものも花盛りでした。

私も元々、何でも所有するのが好きなので、会社もいっぱい設立し、支店もあちこちに作り、家もあちこちに持ってしまいます。しかもバブリーなものも大好きです。高級マンションに、豪華な別荘。高級車に、クルーザー、チャーター機。ブランド物。そしてご馳走に、美女たち・・・などなど。

だからどうしても物が溜まってしまいます。



でも欲ばりな私は、逆説的にいうと、20世紀式も、21世紀式も、その両方を経験したいと思い、あえて、「断捨離」にも挑戦しました。

しかも、今は公的な仕事を中心にしているため、贅沢はしない方が良いタイミングなので質素な暮らしをしてみるには一番の時期です。



元々会社経営者時代、麻布に会社の関連施設として複数の物件があり、そこにも色々な物を置いていたのですが、社長を退任した時に、当然そこの使用もやめました。

そして、このGWに、大量の物を捨てました。

湘南鎌倉に一戸建ての家が二軒あったのですが、そこをやめ、そこにに置いてあった大量の物を処分したのです。

湘南の物件は6LDKの庭付き平屋で、外にある倉庫も含めると、相当物を置ける場所があったのですが、そこを埋め尽くす、物、物、物。

ほとんどは家具、服、小物、そしてメディアセンターか?という位の大量の本やDVDなどのソフト類。

ブランド物などの高級品もあったのですが、買い取り業者に売るなどとまじめに考え始めると全て捨てたくなくなるので、何も考えず、一気に捨てました。

それでも一部は京都の実家へ送り、日常使うものは都内の倉庫を借りて入れ、サーフボードやギター・シンセ・MTR・ターンテーブルなどは人にあげて、すっかり空家になり、きれいさっぱりです。

車は、8人乗りの大型乗用車だったので、後進の社長が経営している会社に、社員寮から現場へと送迎する車として寄付しました。


とりあえず私は一旦身軽になりました。

持物も、スーツとカジュアルとパジャマ替わりの服の三種類だけ。クリーニングに出す間の予備があれば何とかなります。ワイシャツと下着や靴下などはまとめ買い。

仕事関係などの書類は、究極はサーバーにデータを入れてさえおけば、あとは端末をどっかで借りれば事足りる。図書館に行けば大量の本もタダで読めるし。

そして物を捨てるとともに、しばらくは質素に暮らそうと思います。



旅暮らしをしている間、高級ホテル暮らしをしたこともありましたが、まあそれも今でも大好きですが、実際は仕事をして寝るだけだから、雨露を凌げさえすればシェアハウスなどで十分だとも思います。

移動も自家用ジェットやファーストクラスなどに乗らずともLCC乗り継ぎでどこでも行ける。街でも運転手つき高級車なんかやめて、今は電車バスかカーシェアリング。その方がエコで合理的。船は乗る事それ自体が目的だから別ですけどね。

ちょっとした移動ならば、私が「モバイルオフィス」と呼んでいる重い荷物を持って、歩いていけば、ジムなどへ通わずとも運動になる。それに以前からエレベーターやエスカレーターは使わず階段を駆け上がるようにしています。

もし、仕事で一刻を争うほど急ぐなら、「社会の側」が素早い移動手段を用意してくれる。


またダイエットと健康を考えれば、ご馳走なんて食べない方が良いんだから、野菜と小魚中心の粗食をよく噛んで食べればお腹は満足。それに濾過機と水筒を持ち運べば水道水も飲めて生きられる。



だから、事業をしたり、家族の養育などがある、などというのを除けば、生きていくのに、お金なんて、そんなにかからないんですね。

仕事をしまくって、質素にくらせば、必ずお金は作れます。

とはいえ、私は事業とかをやっちゃうから、むちゃくちゃお金がかかり、結局生活費で節約した分などは微調整程度にすぎなくなるんですが。それでも質素倹約の「精神」が大事だと思います。



しかも本当に大事な物は、健康で働けることと、自分を理解してくれる人がいること。
私はこのことには、とても恵まれていて、めちゃくちゃ幸福です。感謝しています。



まあ、とはいえ所有欲の強い私はまた経営者になれば、良い物をどんどん増やして行く事になるでしょうけどね。

また20世紀はアメリカが作った大量生産・大量消費の時代とステレオタイプに言われていますが、昔から共産主義やスピリチュアルな文化もあったし、ヒッピーやバックパッカーなどもいたのだから、いつの時代も、このような大量生産消費と、エコで質素な生活文化は、並立していくのだと思います。

私もこれを行ったり来たりして生きていこうと思います。


現代はシェアする文化がさかんです。合理的で良いですね。ただし、これも一つの商業的仕掛けです。以前も書きましたがシェアと言っても、そのシェア資産には所有者がいて、一人利益を上げている。FBやグーグル、それにUberなんかが情報をシェアするといっても、そこには強固な大株主がいて利益を上げている。カーシェアだって、シェアハウスだって、何でもかんでも資本家がオーナーとなって支配している。結局このシェア文化も、だれかが支配者となって、被支配者を動かしているという関係性で成り立っているのです。


ただ、これからは、社会制度と科学技術が発達させれば、支配者が辛く、被支配者が幸福になる時代になるでしょう。どう考えたって、「FBに踊らされて情報を吸い上げられている被支配者」の方が楽しんでいて、ザッカ-バーグのほうが、お金や支配権はあっても、働きまくって、責任を持たされて、きついに決まっている。

身近な例で言えば、友人のCAが言ってましたが、飛行機が好きでなったけど、お客の方が絶対飛行機を楽しめると言ってました。ましてもっと偉くなって航空会社の社長になれば飛行機なんて全く楽しめず、マネジメントに専念しなければならない。

また、このGWにも、みんなが遊んでいる間に、その遊び場で必死でサービスしている店員さんは辛そうだった。でも彼は、管理者、つまりその空間の支配者だ。だから支配者側は辛いものなのです。

それでも私は、その店員のように、GWに働いていたい。

なぜならそのお店では、ある意味、その店員さんが主人公なのだ。そうなりたいではないか。しかも店員さんは稼いでいる。遊んでいる人はお金を減らしている。そんな考えの私のような人は「支配者向き」なのでしょう。

未来は科学技術とシステムの向上により、人間は働かなくてもよくなります。つまり、そのシステムの管理者、つまり支配者側は、被支配者を十分に生かせるだけの資源を大量に生産をすることが可能になります。

そして被支配者は楽をしてサービスにフリーライドできるようになるでしょう。

格差が問題ではなく、格差があっても誰でも生きていけるようになればいいのです。

あとは「辛い支配者」になるか「楽な被支配者」になるかを、自分自身を鍛え磨くことで、上にも下にも行き来できるようにするべきです。それに多数の被支配者が少数の支配者を選べるようにしないといけません。そうしなければ当然搾取がはじまります。被支配者が哲人王たる支配者を選び豊に暮らす世界になるでしょう。

その日は近いと思います。

たぶん大半の人はそうだと思いますが、休んで楽しみたいというような人は「被支配者向き」なんだと思います。こういう社会でバランスをとれれば良い社会になっていくんではないですかね。

谷本真邦



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私は起業家でもあります。なんかこれもWFMのブログというより私の個人ブログと化してますますから、せっかくなので、ここで私の起業家の面も、書いてみたいと思います。

もちろん、私は事業一本で生きてきたのではありません。「産学官民 学働遊合等」という形が好きで、学んだり、事業をしたり、官民の立場で公的な仕事をしたり、遊んだりしながら、生きていきました。複雑な人生が好きなのです。これからもそうしたいと思います。「一人・新しい公共」を目指しています。

私は何度も大学に行ってますが、その分、学生時代から、働いています。しかも国連NGOなどの仕事をしたりしつつ、起業も何度もしました。

大学も掛持転々ですが、事業会社も掛持転々なのです。

私自身が投資をしたり、直接金融をはじめとした出資を受けたり、成功もしましたし、失敗もしましたし、それでもめげずに再起もしました。

さらに起業したあとも会社を買収したり売却したり、部下に経営を譲ったりしながら、掛持転々とする、いわゆる「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」のはしりだだったと思います。

私がはじめて起業をかじりだしたのは、まだ十代のころで、音楽が好きで、音楽イベントのオーガナイズをはじめたり、ディスコのパーティーを企画してパー券(パーティー券)をさばきだしたのがその始まりでした。まあこれは小遣い稼ぎでしたが、それにしても子供にしたらびっくりするような金額のお小遣いが稼げました。

大学に入り、社会貢献をしたかった私は、「世界の革命」の様な誇大妄想的な事も考えましたが、まずは、かつての学生運動時代や、バブル期のインカレサークルなどに比べて、元気がなくなってきたと言われた若者たちを活性化させるための、若者の代表になろうとして、ビジネスモデルを構築しました。

この頃、神戸大学の数理情報環境論コースで、’95年の夏の課題レポートで「インターネットのビジネスの可能性」について書きました。まさにこの年Windows’95が発売され、スタンフォードでヤフーが創業された年でした。当時は私は神戸大学に在学していましたが、なんとなく「西」の地方で、ビジネスのイメージもある大学だったので、スタンフォードで起業する人の気分でした。

今は知る人も少なくなった「プレゼンボード」に切り貼りした企画書から、今では珍しくなくなりましたが「分厚いカッコいい表付の事業計画書」などをバンバン書くようになりましました。

ただ、どうもPC系(いわゆるIT系)の起業は、当時はnerdな「おたく」文化のイメージがあり、のめり込むのに抵抗があった上に、ハード面での性能が悪さにイライラすること、この上ない。

それに今のSNSである「コミュニティーサイト」も構築しましたが、まだ一般化されていなかったので、全くなかずとばずでした。

ただ当時私は、FBみたいな不特定な名簿の様なものや、ゲームなどではなく、「Party」と呼んでイベントサークルのPaty+政党のPartyみたいに、人が集まるだけではなく統合できる社会みたいなものをネット上で拡散しながら取りまとめる事をたくらんでいました。

また起業仲間も、ニューメディアということでインターネットTVをはじめましたが、回線インフラがしょぼく、まともに動画が流れず、これもだめ。

大手商社の友人も社内ベンチャーでECサイトを構築しましたが、これもうまくいきませんでした。楽天の登場前の話です。

どれも早すぎたんですね。7、8年遅ければよかったのにね。



そこで私は、もうしばらくは学生のリアルネットワークで行こうと思い、その前からやっていたイベントサークルをヒントに、サークル連合会みたいなもので合同イベントを開催したり、クラブ(ディスコ)をオープンし、携帯電話やセレクトショップや旅行の販売、それに人材派遣に熱中しました。イベントもナンパなものから、投票率アップキャンペーンのイベント様々な企画もしました。首相になった大物政治家を招き、クラブイベントで踊ってもらったり、大手レコード会社の歌手オーディションの審査委員長をやってもらったりと、若者と政治を結びつけるイベントなどもたくさんしてもり上げようと頑張りました。

ここでの工夫は、店などのリアルな拠点で、若者を集め、様々な情報提供を行ったことです。そしてそのお店では、飲食や物販以外にも、日雇いアルバイトの紹介面接所を兼ねました。

人材派遣だけでなく人材紹介や業務請負にも参入しました。当時の人材派遣は、技術者などのプロ化を目指すものが多かったのですが、私はフリーターやバイト学生のプロを集めることを目指しました。要するにバイトだけどしっかり働くよ!というものです。

また、ソーシャルネットワークという意味でも、アルバイトとは雇用関係が生まれるため、個人情報やスケジュールなどの行動パターンが取れる上に、人を動かせるという、単なる名簿ではないネットワークが築けるというメリットがありました。

さらに「自社のアルバイト」という労働力を担保に、物販購入費用の建て替えを行うビジネスモデルを作りました。簡単に言うと、アルバイトで実績をつければ、アルバイトの予約を担保に、旅行でも携帯電話でも、お金がなくても手に入るというビジネスモデルです。

いわゆる某大手がM&Aして参入した金融会社と組み、無人機などをお店やアルバイト紹介の拠点に置くかわりに、アルバイトをせずに、飛んだら(音信不通になったら)与信情報でブラックリスト化させるなどの手を打つとともに、「飛び率」を計算しても十分に採算がとれると確信しました。

またアナログな方法としても、「戦前の軍を参考に」、少人数のユニットを組ませたり、クラブでアルバイトスタッフと自社のコンパニオンとの合コンなどの交流にもつとめ、「飛んだら仲間に迷惑がかかる」とか、「はずかしい」と思わせる戦略でした。

なお、参考にした軍の発想というのは、私自身はもちろん経験してませんが、老人の証言などを聞いて、軍人が玉砕したのは、天皇陛下のためというよりは、班(ユニット)の戦友のためなんだろうと思います。仲間がみんな命をかけているのに自分だけ嫌だと逃げるわけにはいかない・・・みたいな心理が生まれたと思っています。この気持ちを戦争に使うのはダメですが、それを仕事から逃げないために使う、という良い形で再現させようと思いました。

さらにこの当時「若者はコミュニケーション能力が足りない」とも言われましたので、教育にも参入しようと、その母体となる芸能スクールの東京オーディションスクールを買収し、著名な映画評論家だった水野晴朗氏に、取締役兼校長になって入社してもらい、「(恋愛も就職も・・・)人生全てオーディション」というキャッチフレーズで、芸能人やアナウンサー養成のほか総合就職活動対策などのスクールを始めました。要は学生やフリーターはいつまでも、そうではない。うちで働いているのは、プレ社会体験であって、いつかは社会人として一人前になる。そのための教育を施そうと考えたのです。

しかもその頃には、NTTドコモが携帯にメールをはじめインターネット技術を載せるという情報があり(i-modeですね)、これで、アルバイト、物販、教育サービスなどを統合する、インターネットによる総合コミュニティーサイトが構築できる、しかもこれは一般の若者にも普及すると考え、外資系コンサルなどの協力で、ビジネスモデルを構築し、技術的にも完成させ、特許もとりました。もちろんその頃はレンタルサーバーなどもなく、全て自社サーバーDBです。だからお金はかかりましたよ。

そして、これらの事業で「若者を活性化するのだ」とビジョンを描きました。

お金がなくても、学び、遊び、欲しいものが手に入る。そしてそれを稼いで返す、というビジネスモデル。

当時はバブル崩壊後の不況の時代でした。そこで2000億円の不良債権に1000億円をつっこみ、1000億円圧縮するなどと言う馬鹿げた金の使い方をするなら、100万人の若者に10万円づつ与信を与えてみよ、と。そうすれば若者は10万円を消費する。そしてそれを仕事という生産活動で返すという、何という経済活性だろうか。

会社としても、物販サービスによる消費と、人材事業で、二重の利益が上がり、投下資本に対する収益は大変高いビジネスだったのだ。



同時に、直接金融にも目をつけました。バブル崩壊で間接金融は疲弊していました。

その中でバブルの帝王として有名だったTさんが、株式という直接金融で再起をかけようとされているのを知り、私もこれからは米国式に「資本と経営の分離」で拡大発展させる事を考えました。

そして「一番儲かるビジネスは、ミサイルを売る事でも石油を売る事でもなく、会社を作って売る事だ」と気づき、これで資金調達を考え始めました。会社という「商品」は、現在価値+将来利益も価格に反映するから、ものすごく儲かるのです。これは当時の日本にはまだあまりない考えでした。



その頃私は、すでに関西から東京へ出ていました。全国展開をするために東京に本社を置きました。当初は在籍していた神戸大学に飛行機で通学していましたが、多忙で長く休学し、のちに東京の大学に入りなおします。

そして会社は、小規模会社を複数化させるグループ戦略をたて、全国展開・海外進出をしながら資金調達をしていきました。

また、ソフトバンクの孫正義社長のIPOに関与したN証券の常務の方に、「経営手腕やリーダーシップは孫正義同様の器だ」などとおだててもらい、そしえ実際に巨額の投資をしていただいたり、自分の人脈は全てあげるとおっしゃって頂きました。そしてこの方の紹介などで、多数の上場会社の創業者の方々から「投資したい」と言っていただいたり、取引相手になっていただいたりして、私も調子にのってきました。

そんなこともあり証券会社幹部の方々からの誘いで「初の学生起業家の在学中の上場」を目指すことになりました。そして、これまでの事業会社とは別に、IPOだけを目的とする会社を作る事になったのです。

そして大手監査法人から無限適正をもらい、大手証券から主幹事の申し出を得て、上場寸前までいきました。

そのころは、米国ではITバブルまっさかり、そして孫さんが米国のナスダックを引っ張ってこようとしており、さらに、これに対抗して東証ではマザーズ市場創設の計画が発表され、第一回説明会に証券会社の幹部のおじさんと一緒に参加したりもしました。

その時は、赤字でも、企業規模が小さくても、暴力団関係者が関与する会社でも、ITベンチャーであれば、IPOさえすれば大変な株価がつきました。

だから私の狙い自体は正しかったと思います。



しかし・・・ここで穴がありました。商売は調子に乗ると穴に落ちる。

私の会社では、当時の米国で行われていた、創業者以外に外部から経営の専門家を招くという戦略を参考にして、経験のある方々を登用してみましたがそれが失敗。

また株が多くの一般投資家に流れたり、上場のタイミングがずれてITバブルが崩壊してしまったり、さらには過度なIT投資がたたり、様々な事情でIPOはかなわなくなってしまいました。



各界の専門家、特に経営陣を招くというのは、+-ありましたが、トータルでは失敗でした。元外資系金融、元外資系コンサル、元高級官僚、元日銀、元大手メディア、元大手商社、元評論家など、いわゆる絵に描いたような綺羅星の面々に入社いただきました。

もちろんほとんどは素晴らしい方でしたし、私も「年などは関係ない」という日頃の自論は封印して先輩を立て、それなりに調整役に徹したと思っています。

しかしそれでも、一部の役員の方は、私の事を全く何も理解されず、単なる「ガキ」だと思って真意を全然汲み取っていただけず、しかも大手出身の方は、まともすぎるやり方と、海千山千の投資家や実業家と称する連中にだまされやすい人が多く、お金ばかりかかりうまくいきませんでした。やっぱりスタートアップは自分自身の開発独裁の方がよかったかなと思いました。



また、株が個人投資家に広まるという事自体は、米国の投資クラブ的に一般の富裕層の投資家もベンチャーを育成させるというエンジェル文化を根付かせるという意味で、最初は是でした。

ただ、私の会社の場合は、会社に投資をさせたのではなく、株のブローカーさんが、学校買収の時に別の会社へ出て行ったうちの株を、「もうすぐ上場する。大変な高値がつく可能性がある。」ということで、個人のお金持ちたちに売却しまくった、というのが事実でした。

そうして、多数の個人の権利者が増えると、もしもその中に暴力団関係者などの反社会的勢力がいたらどうするのだ?、全てを調査把握できない!、などといわれ、厳しい状況を招いたのです。

この頃ちょうど暴力団関係者が、さる新規上場会社のオーナーになっていたことが、社会問題になっていました。

そんなこんなで、私の会社は、上場会社なみに株の権利者が多数に膨れ上がっていて、「株主」と称する「投資クラブ権利者」から「俺の金を何に使った?」などとよく聞かれましたが、「ブローカーさんから買ったのだから、そのお金はブローカーさんが使っていて、うちには入ってませんよ」と言いたかった。

経営者としては株主総会できちんと対応しましたが。いずれにせよお金を出した個人投資家はうちの新株を引き受けたことと、発行済み株式を所有する投資クラブにお金を払う事と混同されている人が多かったのです。



また事業計画のアクションプランでも反省材料がありました。当時は、IT投資が盛んで、「Jラインを描く事業計画」と言って、しょぼしょぼ利益をだすより、IT投資をして一旦大きく赤字を出して、その後ぐいーっと売上があがる「J」の文字のような事業計画にせよ、などと証券会社などから言われたのです。

少々利益を出したとて、将来爆発する数字が見えない、大きな投資があった方が、将来の莫大な利益が予想できる、というわけです。

元々は吝嗇家だったのですが、素直にも、その通りに過度な投資をしたのですが、ちょうどそのころに、ITバブルが崩壊すると、赤字はだめで、しょぼしょぼでも良いから常に利益を出してないと・・・などと、大幅に証券会社の引き受け条件は転換しました。



まさに機会を逸しました。



さらにその後の「悪あがき」というか、大株主の関係する会社と、社運を賭けた取引をしたあげく、その会社が倒産し、大きな未払いを生じさせてしまい、資金繰りの悪化を招きました。その未払いの取引先の会社の業務は、電話料金日本一になるほどの一大コールセンターを開設するなどをして大量の若者を動員して事業をしたのですが、その会社自体は元々危険そうな会社だったにも拘わらず、100%オーナーの親会社が、うちの大株主の機関投資家だった、という信用一点にかけて事業提携をしたのですが、その会社が潰れた時、大株主からは「うちも出資させられて損害を被った被害者だ、補てんはしない」というなんとも無責任な返答。

こうして私は大学在学中にして、事業に成功し、そして苦労も経験しました。



そして私は、貯金もはたき、高利借りまで手をだし、親族や仲間の役員にも金を出してもらい、相当の間、辛抱して経営を継続しましたが、結果的には、そのIPOを目指すための会社をはじめ、他人株主の法人群から、いったん身を引きました。このままいくとアルバイトのスタッフの給料すら払えない事態に陥りそうだったので、スタッフに連日説明会を開催し、私は退陣しました。

また、この間私は、グループやチェーン展開の戦略をとって、小規模な会社を多数擁して、事業をすすめていました。元々複雑なことが好きな私は、並列に複数の事をこなすのは得意なのです。そして全国のJCやそのOBの方々の協力で地域ごとに関連会社を分離して売却するなどで、それを支払にあてる事にしました。



しかしこんな苦闘を経ても、私の事業欲はさめず、様々な紆余曲折を経て、全く新たな事業グループを形成して、再起し、その一部の事業会社は、大手広告会社に事業を売却するなどもして、かろうじて上場会社の経営に携わる経験もできました。

事業プロデュースや、M&Aでは当事者としてセルサイドもバイサイドも経験していたので、コンサルタント業務でも役に立てる事もできました。

またこの頃六本木ヒルズが誕生し「ヒルズ族」という言葉がはやったので、私も六本木ヒルズに入居しました。ヒルズとお台場と湘南鎌倉山の別荘などを行き来する一見優雅な生活を送っていましたが、それでもやはりIPO長者がうらやましかったですね。

私より遅く出てきた同じようなビジネスで、私のところより規模が小さかった会社が、上場後、いったんITバブルが崩壊したものの、ふたたび株価があがり、高い株価でM&Aなどをし、どんどん膨れ上がり、メディアでも注目されるようになった頃には、後塵を拝している感じだったので、気分はよくありませんでした。

ただし、この時IPOしたIT企業はライブドアさんやグッドウィルさんを筆頭に、クレイフィッシュさんやリキッドオーディオさんなど、ほとんどが今はもうありません。生き残っている有名企業は楽天とサイバーエージェントくらい。米国ですら、アマゾン、ヤフーなどは残っていますが、やはりAOL、マイスペースなどダメになった企業は多いですがね。どちらかというと、ITバブルよりも後で登場した、グーグルやFB、日本ではゲームに業容を変えたMixi・DeNA・グリー・ガンホー、それにLINEなどが席巻しましたね。

今後も新陳代謝があるでしょう。どうなるかわからないのがベンチャーです。



私は、大きく社会貢献をするために事業をしているのであって、自分の持ち株比率などには、こだわりませんでした。「みんなの会社」などと言うキャッチフレーズも作りました。フラット型や、シェアをする文化を先取りしたかったのです。ジョンレノンなどの影響ですね。

だから株が流れるのを見逃した面は否めない。

資本主義では、あくまでも会社の主権者は株主です。

シェアする時代などといっても、そのシェアされる資産自体には、結局エキスクルーシブライツを持つオーナーがいるという現実はあります。

そのために大変辛い思いをし、一時はその反動で、ベンチャーにおいて資本と経営の分離というものが信じられなくなり、親族縁者などとともに、持ち株会社を作り、株でバラバラになっていた事業と複数の会社をコントロールするようにまとめなおしました。

のちに事業会社の売却の条件として、大手傘下で再び雇われ社長を経験してからは、やはり「資本と経営の分離」というものは、ガバナンスのあり方として、誰がどう統治して、誰がどう運営するのかという、「制度」の問題であることがわかり、今では再び「株で支配せねばならない」という考えはなくなりましたが。



あと、起業家は表には出ない方が良いと思います。

すごい大物や、政治にもかかわるようになって、公人として情報公開をする必要性があったり、必然的に有名になってしまうのは仕方がないですが・・・。

また起業家でも、政治家、あるいはタレントとして、二足のわらじで活躍をする場合も別です。
最近は弁護士・会計士・医師・学者・予備校講師など、異業種からタレントになる人も多いですから起業家でもタレントになる人も出てくるでしょう。

しかし事業のPRのためや、単に目立ちたいだけで、自身のキャラクターをメディアに出すことは反対です。商品を表に出すのは良いですが、社長が目立つのはよくありません。

民主政治家やタレントは自らが商品なので別ということなのです。

学生時代、当時のニュースステーションという番組で特集を組んでくれたり、新聞や雑誌に少し出るだけで、すごい反響もあった経験から、表に出るのはまだ早いと感じ、裏に引っ込むようになりました。学生時代に私が製作に関与した映画でも、業界の大物の方に「君は若すぎてつぶされるよ」とアドバイスされ、自分のお世話になっている年長者の名前を出させてもらったこともありました。

実際ネット社会では、全く根も葉もないデマや嘘が、おもしろおかしく流されます。火のないところにも煙は立つのです。日本は嫉妬の文化なので目立つと足を引っ張られます。今は一億総評論家ですから。


ちなみに、ここで取り上げた大学時代の退任騒動に関して、私が破産したという情報が流れた事もありましたが、大株主がいて一時的に雇われ社長をしていたものを、大株主の意向もあって退任した後、その大株主が委託した管財人によって会社を清算させたという話が、誤解されたものです。

私自身は事業がうまくいかない時期があっても、借金は返済し、再起していますので、その事実は正確ではありません。もちろん大学生の雇われとはいえ、経営者である以上、関係者に心配や迷惑をかけたことは事実ですし、役員にも社長の自分同様に会社にお金をつっこんでくれて結果的には損をさせたことになりました。またその会社の場合は1万円前後の小口の債権者が多数おり、私が会社を退任したために把握できず、もしかしたら漏れがあるかも知れません。しかし、いずれにせよ借金返済は死ぬ思いで行ったので、どうしてもこれには反論したくなります。なお、譲渡制限がかかっている中で、ブローカーさんから株の権利を買った人に関しては、当然会社に記録もありませんし、対応はできませんでした。私の弁護士でさえ、それに対応するなら降りるとまで言ってきました。



私は、直接金融とやりとりしたり、海外投資や、グループ戦略など、複雑な経営戦略が好きです。しかもそして、(メディア企業では)プロデューサー、あるいは顧問という立場で代表者ではない立場でも働きました。そのうえメディアには出ない、などというと、なんか闇の人みたいですね。

しかし、これだけは言いたいのですが、経営や会計に関しても一点のくもりもありません。

こんな事をしてると、たしかに悪い誘いもいっぱいありましたが、それには乗りませんでした。また会計面でも、(会社を部下に譲り事業からいったん撤退する前年である3年前に)税務調査が入り、徹底的に細かく調査されましたが、人材コミュニティー&販売促進事業という強烈に煩雑な事業であるにもかかわらず、「修正ゼロ」というお褒めを頂けるものでした。まあこれは、私というより、うちの当時のとても優秀で人間的にも信頼できる大番頭だった常務と、その下の経理総務をはじめ、すぐれた営業事務をこなしたチームの面々がきっちりやってくれてたおかげですが。



今の時代は、私がすすめたかった時代、つまり起業家が自由に産業革命を起こせる時代に近づきつつあります。

私が起業を始めたころに比べ起業は格段にしやすくなっています。

情報化社会で誰でも事業に参入することができるのです。資金調達もエンジェルやVCなどの直接金融や会社売買も一般化しています。

さらに技術の発展で様々なビジネスのチャンスがあります。業務的なものは当然として、知識的にも人脈作りも容易になり、誰でも起業できる時代になりました。



もちろん、起業しやすい分、競争は激しいです。



しかも、まだまだ、頭の固い大手などは実績のないベンチャーを信頼せず相手にしないなどの壁はあります。

これは、ベンチャーは玉石混交なので仕方がない面がありますが、そのリスクをとってでも、応援してやろうという気概はまだ日本の大手にはありません。100社相手にしてそのうち1社でも大成功すれば99社でコケた分を取り戻せるといったガッツある投資家は日本には少ないですね。光通信さんくらいでしょうか。

でも、光通信さんなんかでも、あんなに荒っぽく投資をし、さらにITバブル崩壊で、株価大幅下落したとき大手金融はぼろくそに言ってましたが、最終的には一部の投資先がハネたので元が取れてるんですね。すごいですね。これが本物のVCです。



余談ですが、米系のVCが成功する秘訣は、投資家が、その技術力や事業力を見れる力があるところです。

それは、米国は雇用が流動化していて、起業家が会社を売却して投資家になるというのはもちろん、技術者なども平気で、役所や金融機関や大学などを渡り歩きます。こんな社会だから金融機関に技術や経営や政治などがわかる人がたくさんいるのです。

逆に大学教授や公職についてた人がエンジェルやVCとして、大富豪にもなったりもしています。これが本当の産学官民連携です。



日本では、大学教授が一般社会を知らないと言われるのと同じで、ベンチャーを応援すべき金融機関の人間も、他の世界や技術を知らない。

だから起業家に投資をするとき、技術や、営業力などを見ることができない。だから「赤信号みんなで渡れば怖くない」式で投資するしかなく、大手VCが投資したら一斉に並んで投資が入ったりするのです。

また、その判断も「製品」ではなく「社長」を見るしかないんです。だから社長が持ち家かどうかとか、社長が昔大手企業につとめていたかどうかとか、社長が以前失敗した経験がないかとか。そんな現在のビジネスモデルと関係ない、くだらないことばかり調べている。

そして事業失敗経験者には金は出ない。失敗のあと、その反省から成長して、素晴らしい技術を作ったとしても、金は出ない。新技術や新製品をチェックできないからです。その事業が流行るかどうかが、わからないからです。

だから日本人はリスクをとらないんです。とれないんですね。一回失敗すると再起が非常に難しいのです。一度の失敗で人生を棒に振る。

それはベースにある固定化した社会を根底から変えないと、簡単には動かないのです。

私も失敗しましたが、超幸運だったので、そこからむりやり再起ができました。これは宝くじに当たるくらいの確率です。しかも大変な苦闘もしてきました。それでも、もちろん再起するまでは銀行などにはいかなかった。十分再起し、実績がともなって、お金が余るようになって、ようやく銀行取引を再開できたのです。



起業は誰にでもできますが、5年後には8割は潰れるといわれます。つまり潰れて普通なんです。成功することが異常なのです。

でも、絶対に失敗はしてはいけないのです。二度と人が相手にしてくれなくなります。

武士は戦で失敗すると斬首されます。起業家もそこは同じなんです。命だけは残りますが、社会的には斬首も同じなのです。なめたらダメですよ。本当に人生を棒に振ります。その苦労ったら想像を絶しますよ。

では、その中でどうしたら勝ち残り成功できるのでしょうか?



ベンチャーはトッププロの世界です。1強の世界です。野球のイチローなどと同じようなものです。いや野球よりももっと厳しい陸上競技の様な世界です。つまりウサイン・ボルトの世界です。

走ることは健常者なら世界中誰にでもできます。その中で世界一にならないと成功者とは言えない。世界10位なんて誰もしらないですしそれでは生活もできない。

もし自分が起業家を志すなら、すぐにでも世界へ出て、ハーバードで首席を取ったり、スタンフォードで博士号を取って、最先端の技術を開発し、世界一流の人脈を作り、NYやシリコンバレーで勝負しましょう。それほどでないなら、夢を見るのはやめましょう・・・。

ロボット、宇宙、バイオ、SNS、アプリ・・・あなたが考えるビジネスアイデアなど、同様のものが世界にはくさるほどあります。その中で最高のものだけが生き残るのです。



・・・と言いたいところですが、それでは酷すぎるので、あえて言うなら、起業しても潰れない中小企業を目指してください。

でも本当にそれくらい厳しい世界なんですよ。

そして、潰さない会社を作るには、秘訣があります。誰でも出来る方法です。



・・・それは「トイレ掃除」です。

は? と思うかもしれませんが、昔も今も事業家はこれです。

会社のトイレ掃除は、松下幸之助氏をはじめ、成功した実業家がよくされている事です。どうやらトイレには商売の神様がいるようです。現実的に言えば、私自身は社員への感謝のつもりでトイレ掃除をしていました。そうすると掃除をしている本人がなぜか気持ちよくなります。某VCの方はトイレをチェックして、隅々まで心が行き届いているとして、投資を決めて頂いた事もあります。だまされたと思ってやってください。



それと「早起き」です。

これに関して、ここで質問をします。
「ウサイン・ボルトと、かけっこで勝つ方法は?」
答えはそう、「先にスタートを切ること」です。

スピードが大事なのは周知の事実ですが、全ての人がその速さについていけるとは限らない。でも結局よく働く人、たくさん仕事をする者が成功するのです。当たり前のことですよね。

起業したい若者や、社会起業家としてリーダーになりたい人は、まず長い時間働いてください。大手に勝つにはそれしかない。

仕事の質を高めるには、量をこなす事です。その中で、アイデアもイノベーションも人脈も生まれ、結果的に質があがります。

何の根拠もなく、切りよく週100時間働く、とか、年5000時間働く、などの時間的目標を作りましょう。私のおすすめは早朝4時半に起きて身支度とトイレ掃除をして、6時から0時まで18時間働き、そのままバタンキューで寝てください。このペースは身体的に気持ち良いサイクルです。

あと起業をする前に貯金をしましょう。そして最初の2年は年中無休・無給で働く覚悟でいきましょう。それに最初は誰でもやる気を持てるのですが、みんなすぐ挫折してしまいます。やはり冠婚葬祭や病気になるなど人間生きていれば思わぬ出来事があり、仕事を休むことがあるものです。それをも乗り越えて、事業が安定するまで・・・これには、少なくとも2年はかかるので、その間くらいはこのモチベーションを維持してください。これもドッグイヤー(古!)の今だから言える事であり、元々は軌道に乗せるまで最低でも5年から10年、下手すれば20~30年はかかりました。これを、きついとか言う人は起業なんてしない方が良い。

実際私自身事業で成功していたころは、遅寝早起き(早寝早起きなら普通の人です)で働きました。平均睡眠時間2、3時間は当たり前。3日徹夜するのも当たり前。耳から血が出るのも覚悟しよう。歩きながら夢を見たりするなんての日常茶飯事。

それにも拘わらずテンションあげて、営業に、会議に、作業に、勉強に、没頭するのです。眠かったら冬でも冷水をかぶれば良いのです。

私は未だにゴルフも麻雀もギャンブルも一切やりません。野球やサッカーなどのスポーツ観戦もしません。マンガやゲームなんて子供の頃以来見たこともありません。家族団らんにあこがれたこともありません。なぜか?嫌いだからではありません。どちらかというと好奇心旺盛なのでどれもやってみたいです。でも仕事をしないといけなかったから、やらなかったのです。

そんなこんなで、事業を志す人は、全てを捧げなければ成功しないよ、という事だけは起業を志す人には伝えたい。普通の生活をしたい人は、普通の人生をおくってください。

常に考えたのは、「一般人でもみな努力をしている。朝も早くから眠そうな目で通勤電車にゆられるサラリーマンオヤジたちを見て、普通のサラリーマンでさえ、過労死するほど働くのだ。成功を目指すベンチャー経営者はそれ以上働かなければならないことは当然の理屈だ。しかも経営者は過労死すればみんなに迷惑がかかるから、死ぬほど働いて、死なない事が重要だ」と。



貯金をはたいて、頭を下げて借金をして、身を挺して働いて、最高のものを作っても、売れなかったらパーだし、自分自身は全く関知していない部下の作ったクレームにも矢面に立たないといけないなど、わざわざ苦労を買うのが起業なのです。

自分は何にも悪いことをしていないつもりでも、トラブルが発生したら、全て自分のせいで、悪の権化のように罵倒されるかもしれない。

それでも世の中を変えたいと信念を持ち、そしてその努力を楽しめるという者だけが起業家として成功するのです。

もし、この程度の努力や、苦労もできない人は、本当に起業はやめてください。社会に迷惑がかかります。



今現在私は、公的な仕事や、勉強が楽しく、企業経営には直接は関与していません。

私の縁者などが株主で関与している会社はありますが、そこでは若手経営者が頑張ってくれていますので、その会社が発展するのを楽しみに見ています。

時代の流れとともに起業でも走って来ましたが、やはり大学や公的な仕事同様、そのダッチロール的な経歴から、花が咲くのはこれからだと思っています。

いずれまた私自身も起業をするつもりです。ただその時は絶対成功させます。やるなら相当の覚悟をもってやろうと思っています。

谷本真邦

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最近、学生の間で、国際協力系ボランティアサークルなどがはやっていて、将来経済協力の分野に進みたいという希望をよく聞きます。それはそれで、大変良い事だと思います。

また日本政府は国連分担金比率に対して日本人職員が少ないから増やそうという目的でJPO制度などで国際機関を経験させようと頑張っています(ネットでデータがいっぱい出てるのでチェックしてみてください)。

こうして日本人が国際貢献をしていくのは大変素晴らしいことです。

ただ、実際の現場では、全く違う声が聞こえてきます。
まず学生をはじめとするボランティアより、専門家が欲しいという声。

それと「国連に、日本人を押し込んでくるのはやめてほしいと、日本の外務省に言っておいてくれ」という声。

これはある元国連高官の先生も全く同じ事を話されていましたが私もよくそれは聞きます。

国際社会は日本に対してお金で貢献してほしいと考えてます。

ただ、私が考えるに、日本が国際社会に対して、人材面で貢献できる方法はあると思います。PKOのロジをはじめ、生活困難地域において必要な「技術力」です。つまり官僚などではなく、自衛隊員や民間も含めた技術者です。

平和主義者の私は、派兵して戦争をするのは反対ですが、戦争をやめさせたり、DDRや、警察消防レスキューで、チームとして、我が国が様々な「隊員」を派遣して貢献をすることが必要だと思います。

やはり我が国の自衛隊の実力はやはりすごい。ある紛争地で自衛隊と、某国の軍隊が一緒にいましたが、あまりの実力の違いを目の当たりにしました。持っている物も違うし。

民間の企業をはじめとする技術力は言うまでもないでしょう。

私は今後の国際社会に必要な日本人の貢献は以下のようなものだと思います。

①前にも書きましたが、調整力のある日本人は、世界人のモデレーターやファシリテーターとしての能力を発揮できるため、国連の事務総長をはじめとする上級職員を政府を挙げて送り出すこと(反日国の拒否権などにまけるな!)。

事務総長が韓国人になれば国連に韓国色が強くなることを見ても、日本人は安保理常任理事国などを目指したりするより、事務次長以上を出す方がよほど世界に貢献できます。これは官邸主導でトップダウンで外交努力をすべきです。

ついでに安保理に関してですが、常任理事国を目指さなくても、もともと日本は、おおむねアジア枠での選挙に強く、一度バングラにまけたことはあるものの、非常任理事国を20年もつとめています。拒否権はどうせくれないだろうし。

また常任と非常任の間くらいの理事国制度を作り、それに入るか?という「改革案」もありますが、それも意味のないものだと思います。

しかも、もし常任理事国になっても、米国の票が二票になるなどと揶揄されたり、以前のパレスチナ問題のように米国と違う票を入れるだけで大きく問題になったりと大変です。


②それともうひとつ、民間技術者や、専門の事にずっと取り組んでいるNGO関係者、それに輜重兵的な自衛隊・警察・消防隊員・医療団など、技術で世界に貢献する事が良い。

なぜ国連が日本人職員を押し込んでくるなと言うのかは、語学力・学位・リーダーシップ・創造力の欠如だといいます。比較的に日本人が苦手とする分野ばかりです。

学位に関して、日本はこれまでは学士がエリートでした。しかも外交官はかつては他の官僚と違う試験で早く試験を受けられたため、東大中退で外務省入省がメジャーエリートでした。在外研修でも必ずしも学位を取得するとは限りません。実際、国連大使/安保理議長や国連事務次長を務めた超エリート外交官の大島大使なども東大中退の「高卒」なのです。

余談ですが、東大法学部では、かつて学部卒で助手(現在の助教)になれました。そして最短3年で助教授(現在の準教授)、さらに10年を経て30代半ばで教授になるというのが最もエリートでした。いわゆる3行教授です(履歴書には、東大法卒・助手採用、東大助教授就任、東大教授就任と、3行書けば済むという意味です)。

そのため博士号を持たない教授や、博士号を取得しても課程を経ていない論文博士がたくさんいたのです。

ところが世界的には学位や社会人としての豊富なキャリアが重視されます。

国連事務局職員も、修士・博士を取得し、実務専門能力を求めるため、向いている日本人が少ない。

ただこれらはP級・D級でも事務官の話です。

日本人はそれよりも国連嘱託特務機関などで非常に貢献できると思う。

国際協力は、もっと多様な人材を必要としており、日本人が非常に得意とする分野もある。PKOロジなどはそれほど高い英語作文能力などを求められるわけではないですしね。

だから我が国政府は、官民問わずに人材を選び、もっと違う形での、国際貢献を考えた方が良いと思います。

谷本真邦


国連治安維持軍とともに

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前に世界を参考にして「年齢関係ない論」を書きました。その続きです。
またバブル時代のお姉さんのお姉さんが老けていた話をしました。

これは日本の事ですが、今はみんな若いですね。
30、40、50代くらいまでは全然カッコいい、キレイの範疇ですね。

今は何でも年をとるのが遅いような気がします。

たとえが極端ですが、かつて私が子供時代、売春は中学生がするものでした。「二十歳を過ぎればもうおばん」などと言われていたのも覚えています。

今からは考えられないですよね、今の十代なんてほんの子供ですから。

さらに今の成人式で、暴れるやつが増えてるといわれましたが、一部の成人式でヤンキーみたいなやつが多いのは驚きました。

あれも子供の成長がおそいからだと思います、かつてのヤンキーは中学生でした、高校デビューは馬鹿にされ、17、18歳で引退したものです。18になって不良だなんて、プロのヤクザになる人を除いて存在しませんでした。みんな社会人として就職していきました。

でも、成長が遅いのは、一概に悪い事ではないかもしれません。

明治時代は、ほとんどの子供たちは、小学校までしか行かなくて、十代で結婚しました。男女ともそうでした。大人になってからでも、50歳にもなれば、老婆や翁と言われたようです。そもそも人生50年と言われていました。

例えば、うちのひいばあちゃんは、ローティーンで結婚がきまり、ミドルティーンで実際結婚しました。まあそれはそれで「ほかの男を知らんから、くらべようがないから、ひいじいちゃんは好きだった」とのことなので結果的には悪くなかったようでしたが、現代では、女子が教育をうけられず、恋愛もせぬまま若くして親の意向で結婚するのは、国際的な問題となっています。そんな状況は、やはり打破すべきだと私も考えています。

でもそうすると、高学歴化とともに、社会進出も高年齢化し、晩婚化が進み、少子化になるのは仕方がないですよね。

今は、誰でも高等教育を受けられるようになりつつあります。米国を見習って大学院に進学する人も増えてきています。それにセックスも18歳未満とすると犯罪ですし、二十歳では、まだみんな学生だからヤンキーがいるのは仕方がないのかな。

だから、成人式は三十歳くらいでいいのではないでしょうか。



個人的な話ですが、私は大阪のあまり柄のよいとは言えない地域で育ちました。

そこでは、頭が良い(勉強ができる)とダメなのです。

私は、小学校の頃までは勉強ができました。高校レベル位なら悠々ついていきました。上級の参考書を買ってもらい、教育テレビの高校の数学などを一人で学んでいました。

今思うとギフテッドに近かったのだと思います。もともと一人っ子で、小学校に入る前の、物心ついたころから、伝記物や推理小説など大人の本や新聞を読み、洋楽を聞いたりしていました。保育園から家に帰ると、新聞を読みたくて、おじいちゃんから、漢字を教えてもらい、利発だと喜んでもらいました。

でも学校へ上がると、馬鹿なふりをひたすらしました。しかもアホなふりをして、実際は勉強ができるというのは「卑怯」だとされて、もっとも軽蔑の対象になりました。

だから本当に「秀才」になってはいけないのです。

私は、本当は勉強ができるのに、アホを無理やり演じないといけないのだから、バランスの悪い変てこなガキになってしまいました。先生にも嫌われたと思います。

中・高校ではより一層それが進みました。

小学校の頃は、はっきり言ってどこの学校でも入試を突破する自信はありました。でも、読書などで世の中のことを知っているつもりになって、詳しくも知らずに、灘・開成・麻布などの進学校は、「ガリ勉つめこみ教育」などと勝手に批判し、私は欧米留学を希望しました。とりわけ英国のパブリックスクールやスイスのボーディングスクールにあこがれました。それ以外にも陸上と水泳の選手をしていて、スポーツが好きだったからスポーツ留学も良いなと思いました。まだ日本から出ないのならば、慶應や学習院などの華やかなイメージの名門ブランド私立学校などへ行きたいと思いました。

私はこれらの学校へ行きたいと親に懇願しました。

そして欧米へ行って「頭脳流出」と言わたいと思いましたし、もし人種差別をするようなヤツがいたら叩きのめしてやろうとか、などを勝手に思い描いていました。

しかしながら当然下町に住む我が家の両親は、反対しました。代々続く中小企業経営者だったこともあり、貧乏ではなかったはずですが、「アホなこと言うな、何が外国留学じゃ、男の子は地元でもまれろ」と言われ地元の中学校に進学させられました。

学者の娘であった母親は少し視点が違い、尊敬する学者などに私を会わせ「この方はミカン箱で勉強して奨学金もらってハーバードへ行き教授になったのよ、お前も賢いなら、そうなればええやん」とか言われました。

勉強は好きで「ハーバード」はいいのですが、残念ながら派手好みで賢くはなかった私は「ミカン箱で勉強とか、そんなん絶対いややー!」と反発したダメな子供でした。



そして、しぶしぶ地元で中学に入学したとき、事件は起こりました。

「勉強のできる子がいじめられる」という地域のため、私は全く勉強せずに、調子に乗り始めていた中1の夏に、18歳の暴力団関係者をトップとする不良グループに、「生意気だ」と、拉致されリンチされてしまいました。

監禁された古びたスナックには、老婆のママがいましたが、その人は、グループのメンバーの親族で、大人のくせに全く助けてくれない。

グループメンバーの「彼女」とかもいましたが、それまで「優しい」の代名詞だった「お姉さん」が、これまた残酷にも助けてくれない。血を見ても笑っているだけです。まあシンナーでほろ酔いだったのでしょうが。

さらに、私が信頼していた「近所に住む喧嘩の強い2つ上の先輩」まで呼び出して、正座をさせて見させることで、「こんな奴について行っても守ってくれないぞ」と、恐怖を与えました。

まあ言葉だけでしたが、「殺してやる、〇〇(身体障害者の蔑称)にしてやる、親も殺す、家も焼いてやる」と散々脅しをかけられました。当時は私も子供でしたし、相手も暴力団に関わっていると聞いていたので本当にこれで死ぬのかな、でもおかあちゃん、おとうちゃんは殺さんといて、とかを思って、泣くというより、鬱みたいになってしましました。

しかも「殴る蹴る」をされたあとも、なかなか帰してくれません。実際に私を「しばいた(暴行の事ね)」のは中3の人でしたが、わからないように手加減してくれてたと思います。それには気づいて嬉しかったのですが、集団暴行をされた経験がある人はわかると思いますが、中途半端なほうが痛いものです。。。

そんな事をされて、(子供の私から見れば、まだ十代とはいえ立派な大人に見える)グループのリーダーに対しては「よくプロの不良が子供にそんなことできるなあ」と、あきれました。

しかも結局目的はその不良グループに入れようとするんですね。それに不良になると、すぐ万引きしてこいとか、かつあげ(恐喝)してこいとか、デシ(シンナー)や単車をへくって(パクって)来いとか言われるのはわかっています。

俺は強い男にはなりたいけど、そんなコネタの悪さをするのはいやでしたし、結果的にはその先輩たちが警察沙汰を起こし、学校に出入り禁止になった事で、グループにも入らずにすみ、私は不良にはならないことを決めました。


だけど、元々向上心の強い早熟な私は「地元のヤンキーなんかにはなりたくない、そんなやつらとはレベルの違う、もっと大物の都会のプロの遊び人になりたい」などと思ってしまい、いかついカッコなどよりも、高級ブランドの服を着こなすことを目指し、ヤンキー番長などではなく広域暴力団トップや政財界の黒幕などにあこがれる、ますますバランスの悪い子供になってしまいました。

当時のまだ子供だった私は、世の中に影響力を与えるのはヤクザの大親分か政財界の黒幕だと思っていました。政治家を動かせる黒幕には警察も頭が上がらないと思いました。それは当時は半ば事実だったでしょう。

逆に言うと私の将来の夢である「世界をよくする実力者になる」ためには、政財界の黒幕にならないといけないと考えました。

ある本に書いてあった「裏に回ってこそ本当の政治」という一文を本気にしました。


そして地元では目立たないようにして、友達もいなくはなかったのですが、彼らとは適当につきあい、それよりも年上の遊び人について回ったり、右翼などに興味を持ったり、年をごまかして芸能関係のバイトをして、東京に連れて行ってもらったりする生活をはじめました。

中三のとき、バイトの関係で、家にちょいちょいヤクザから電話かかかってきたりして、家族が心配し、親族会議が行われたりもしました。

また悪い子どもの集まりで「この中で高校いかんやつ手をあげろ・・・そいつはうちへ就職しろ」とヤクザがスカウトに来ました。

「任侠の道へ入れ!」という台詞を言われて誘われた時には飲んでいたジュースを吹き出しそうになりました。

もちろん私は手をあげず、高校にはいきました。

私は不良にならないと決めていたからです。

ただ大物になりたかっただけなのですlol...

もちろん中学では、勉強しない子供でしたから、内診書は良くありませんでしたが、小学校の頃から高校レベルの勉強なら理解出来たので、高校入試などは楽勝で、その学区で最もレベルの高い公立高校に入りました(東京や神戸京都などとは違い、大阪では公立のステータスが一般的に私立よりも高いのです)。

しかし高校でも、あいかわらず勉強はせず、スポーツは好きでしたが、それも素行が悪く問題を起こして続かず、好きだったバイクや音楽などにのめり込み、特に音楽は自らイベントのオーガナイズをするようになって小遣いを稼ぐようになりました。

17歳の時に親の会社が倒産したこともあり、とりあえず金を稼ぎまくろうと思いました。こういった感じで、十代のころは、金と女の子をナンパすることしか考えない、すさんだ生活になっていったのです。

ほんとうに中学・高校時代は無駄にしちゃったな、と思います。

全く何も勉強しなかった。ほんとに全くです。あの時ふつうの子の半分でいいからも学んでいたらな・・・と思う事は今でもあります。

私の高校は、旧制大阪第三中学校だったという歴史ある名門校ですが、留年はさせない方針で、無理やり卒業させてくれました。もし他の高校なら赤点+出席不足で絶対に卒業も進級も出来なかったでしょう。

期末テストなんかでは、全科目赤点で、追試、追試で、問題も答えも教えてもらったにもかかわらず、それを見ることさえもしなかったのです。だから私は男子学年ビリ2でした。ビリ1は今でも親友ですが、そいつは追々試なんかにも二日酔いで来ないなどというやつでした。そのビリの彼も卒業はできました(いったんヤクザになっちゃったんだけど、のちに足を洗って堅気になって、あらためて大学から大学院に進学し、今では地方都市で立派にタンクローリーを運転しています)。



なお、私は子供の無理な英才教育は不要だと思います。私自身の経験ですと、そんなのしなくても本やTV(今ならスマホ)などさえあれば、できる子ならばバンバン勉強ができるようになります。
ギフテッドなんて無理に作るものではないのです。

習い事もそうです。私もどうしても欲しくてギターを手に入れた時からは指から血が出て固くなるほど熱中して練習し、はじめて数か月後にはプロとしてスカウトされるほどに上達しました。だけどピアノを買って習わせても全然練習しない子も多いですし、一生懸命練習をしても上達してくれない子もいます。

だから無理強いしたってしょうがないんです。本人がやりたくないなら仕方ない。やっても上達しないならプロにはなれない。

でも人間の人生なんて子供時代にあわててもしょうがない。

そもそも、神童などと言われても「二十歳をすぎればただの人」とよくいわれますし、好きなことや得意なことを見つけて、自分でやるしかないのです。

それに、やっぱり大きく成功する人は大器晩成なんです。

しかし、強いて言えば、せっかくやる気を出している子を環境の面で、つぶさないようにしてあげることですね。



私で言うと環境は良くなかった。

もし勉強をすれば評価される環境であれば、中学高校時代という基礎づくりの時期を無駄にしなくてすみました。

ただ、生きていれば、いつでもやり直しは出来るますし、実際、自分では取戻したつもりだし、別に「後悔」とかでははないんですけどね。



私が子供時代に経験したのは、勉強ができる子はかわいがられず、逆にワルが先生からも可愛がられる環境でした。それは良くないと思います。変な話ですが、向上心があればあるほど、勉強しなくなります。

勉強でも何でも「できる子」が優遇されるのは別に悪い事ではないと思います。どうせ社会に出たら能力あるものが評価される優勝劣敗は現実なのですから。



社会人は、特に(失礼な言い方をすると)「半エリート」「中物」くらいの人たちは、すごいプライドを持っています。

私が起業家だったころ、よく豪邸や高級マンションで開かれるホームパーティーがありましたが、そこにいるのは、プライドの塊ばかりでした。

(言い方は悪いですが、)起業家達はリスクをとらないサラリーマンを「リーマン」と呼んで見下していましたし、サラリーマンのほうも大手企業や外資系金融・戦略コンサルみたいなエリートの人達は起業家達を「胡散臭い」とか「中小企業」だとか「下請け」だとか言って見下していました。

もっというと政治家や官僚は民間を若干見下していましたし、医者は医者以外を若干見下していましたし、芸能人やメディア系の人達は一般人を素人素人と言って見下していました。

ヤクザですら俺たちは男を売る稼業で堅気をパンピー(一般ピープル)とか言って見下していました。

学者はあまりそんなところ来ないし変わった人が多いですがやはりプライドは高いですよね。

おもしろいことにみんながみんな「自分たち」こそがエリートだと思っているんですよね。そして自分たち以外は一般人だと。(もちろん謙虚な良い人もいましたよ、あくまでも個人の感想です。少し大げさに書いています。しかも大物の人達は逆に謙虚な人も多いですが。)

「見下している」など言うと、少し批判めいて書いていると捉えられそうですが、これは逆説的な話で、(不良のエリートのヤクザは例外として)エリートのプライドは、それはそれで悪い事ではないと思います。

自分たちだけが尊敬されている気になって、変な自信を持っていたとしても、少なくとも努力した者や、文化を発展させようとしている人が、誇りを持つ事は、良い事ではないでしょうか。

少なくとも、優秀でまじめな人が、「暗い」(むかしはネクラと言いました)とか言われて、コケにされ、あえてレベルを下げないといけないような社会は、発展が悪くなるような気がします。




私は、大学に入るようになってようやく、勉強の大切さと面白さを思い出しました。

そこからは働きながら、何度も大学へ入り、文系も理系も行きました。

数か所の大学で正規生になり、そのほかにも研究生や聴講生などのような特別学生にもなり、あらゆる講座や研究室に入れてもらいました。それらもいれると十指に余る大学の門をくぐりました。

ダッチロール的に、転々と、幾つもの大学巡りをしているので、それぞれの学風の違いなども味わえてとても楽しい。

その中でもやはり、いわゆる「良い学校」と言われるところは高度な教育研究をしているし雰囲気も良い。なので、受験勉強を努力する意義もあると思う。

ただし、受験には相性があります。誰でもいわゆる「良い学校」に向いているわけではありません。



私自身は、いわゆる「ドラゴン桜」や「ビリギャル」を地でいく「偏差値のジャンプアップ」を、塾講師などにも頼らず、自らの工夫で、経験してきました。しかしそれははっきり言って、自分の個性と受験との相性を活かし、勉強のやり方を徹底的に工夫しただけのことで、なんら珍しい話でも自慢話でもありません。

実際、その「ビリギャル」を見てみると、元々名門私立の(つまり小4レベルだったというのはウソで、受験勉強を一度すでに克服した、地頭がある)女の子が、一時的に環境などの影響で勉強してなかったのを、高校2年からお金をかけて塾に通い、やってみたら普通に大学に合格した・・・というだけの、よくある「やれば出来る子」の話です。

それを塾の講師がひたすら誇張して本や映画にしてビジネスにしているだけで、私から見たら正直、奇跡でも感動話でもありません。

この子が合格した慶應SFCと言えば英語と小論文の試験ですが、元々名門中学に合格する論理力や国語的センスのある子が、その論理力を活かして、英語をひたすらやれば、合格するのは左程難しい事ではないでしょう。

たしかに、その塾講師の、やる気を維持させることに力を発揮されたのは素晴らしい事だとは思いますが、そんな事はプロとしては当たり前の技術であり、本当に地頭がない子を向上させる勉強法を開発されたら、本当に奇跡の話になってさらに良いのですが。



私も東大や慶應にも通いましたが、そういったトップクラスの学校は学問をするには良いですが、それが苦手な人には向きません。

当たり前ですが、これらは昔から「大学」として存在し、つまり一部のエリートを対象とした、学者文化人や、政財界人を養成する学校という伝統を持つので、やはり勉強が好きで得意なければ相性はよくないです。

ただ、今はこれらの大学もマンモス化したために、ある程度勉強ができれば入れるために、エリート養成所というほどではない、微妙な位置付けになっていますが。

祖父など戦前派の世代に聞くと、大学生といえばすでにエリート学者みたいなもので、超難関の旧制高校に入学後は、語学と哲学などの基礎教養をみっちり身につけ、帝国大学に進めば、学生でも研究室を与えられ、教授に学ぶというより、先輩後輩が一緒に自主研究会を作り、たむろしながら自由に学問をするサロンという雰囲気だったそうです。まあ今の博士課程からポスドクみたいなものだったのでしょう。

また慶應は、良い意味で福澤先生を教祖とする宗教のような結束で、少数精鋭で、経済界を牛耳っていくという姿です。

こういう伝統があるため、マンモス化した今でも、この雰囲気だけは、なんとなく残っているので、勉強嫌いやエリートにはなれないと思う人には、やはり向かないでしょう。

ですが、そのような学校以外にも、勉強をじっくり時間をかけてやり直したい人のためのリメディアル重視の学校や、まだ進路が見極められない人のために後期編入学を目指す人のためのリベラルアーツ中心のコミュニティーカレッジや、様々な職業訓練校など、学校側ももっと特色を出すべきです。もちろん監督官庁もそのあたりの融通を効かせてほしいものです。

全国には、ミニ東大が多すぎます。大学と名をつけてステータスを高めることは百歩譲って良いとしても、同じような学問をレベルを変えてするだけなら、偏差値でランク付けされて、Fランなどという侮蔑的な言葉が出来るのです。

実際私は、別々の大学で、同じ名前の科目で、同じ教科書を使った講義があって、そのスピードの違いと、内容の掘り下げ方の違いなどで、大きなレベルの違いだけを感じて、驚愕しました。

それよりも、同じ勉強のレベルを下げて行うのではなく、教育内容自体を変えた方が、もっと特色が出るのにと思います。

学生側も、勉強が苦手でも嫌いでも良いから、相性の良い学校を選び、いずれにせよ、より良い社会生活をおくるための修行を続けられるようにすべきですね。


しかも、これからは、いわゆる「学校歴社会・学閥」というのは無くなっていくだろうと思います。

まず、新卒採用終身雇用でなくなり実力主義になればどの学校を出たから出世するなどということを言ってる組織は崩壊するだろうし、

また、先ほども書いたように、名門大学になればなるほどマンモス大学化しており、学閥などで出世できないほど、あまりにも多くのOBがいますし、それを支える同窓会組織も形骸化してしまっています。

昔は規模が小さかったから、同窓会もつながりやすく、互助組織や親睦会として機能してたのでしょう。

それに、私みたいないくつもの大学に関与する者も増え、どこのOBかなどとは一概に言えないですし。

いくつもの大学に関与する人なんて海外ではふつうです。

ドイツなんて誰でも、教授について、ハイデルベルクだの、ベルリン大だの、ミュンヘン大などと、転々とするのは常識です。


アメリカでも同様です。

アメリカの象徴たる大統領の学歴を見てみれば、例えば、オバマは、オクシデンタルカレッジから、コロンビアに3年編入し、ハーバードのロースクールを卒業しています。

そのハーバードと言えばケネディがシンボルですが、そのケネディにしたって、プリンストンやロンドン大学に通ったのち、ハーバードで学び、駐英大使の父の下で欧州で研究した後、スタンフォードの大学院にも行ってます。

ブッシュは、学部はイェールで、その後ハーバードでMBAを取ってます。

クリントンは、ジョージタウンを出て、ローズ奨学金でオックスフォードに留学、その後3つのアルバイトを掛け持ちしながら苦学してイェールのロースクールでJDを取り、故郷のアーカンソー大学で教鞭をとってます。

もちろん大統領ですから、エリートではありますが、みんなどこのOBなのか、一言では言えないですよね。


日本も、大学間のコンソーシアム提携や、生涯教育にようやく力を入れ始めたので、いずれこういう形になるでしょう。


グローバル化が進むと、「Ph.Dが必要だ」などと学位を求められたり、実際の実力が問われたりするよう「学歴社会」は一層進むでしょうが、どの学校を出たかなんてのはなくなるでしょう。

実際、世界で見れば、どこの大学が「良い大学か」というのは、わからなくなってきます。

昔、さる地方で「俺は熊〇大学だ、×崎大学(ともに国立)と一緒にするな!」なんていわれたこともありましたが、その地域に住む者でないと全くピンとこない。実際、私がいた関西でもそんな傾向はありました。

それが世界になると、全く意味のない議論になります。

例えば、スペインやブラジルの上位5つに入る大学はどこか?なんて聞かれても、住んだことのない人はわからいでしょう?

だから、正直どこでも良いんです。自分を成長させることに合ってるかどうか、だけです。

しかも生涯教育の時代ですから、時間をかけてレベルの高い大学へ、少しづつランクアップすれば良いのです。

また実際のエリート研究機関は、大学というよりも、今後は専門大学院大学などや、シンクタンクがその役割を担うようになっていくでしょう。

もともと国際機関では、例えば国際・開発研究大学院(ジュネーブ大学系列の高等国際問題研究所)の様な機関がありました。

国際機関系の学校は、それ以外でも、世界には色々なカラーの大学があります。開発ならサセックス、外交ならタフツ系のフレッチャースクール、農業開発ならハワイ大など・・・と言うように。何でもハーバードだけが良いわけではないんですね。



ちなみに、私自身は、今後もまだまだ生涯教育(生涯学習)を続けたいと思っています。

世の中には、現役の時よりランクの高い大学院などに進む事を侮蔑的に「学歴ロンダ」なんて言うらしいですが、私はそんな言葉は大嫌いです。

早く学んだ方が偉く、後で学ぶことを侮蔑するなんていうのは意味がわからない。

また学問上の欲求ではなく、単に良い学歴が欲しいだけ、というのを見下すというならば、それは現役でトップ大学に行った者も同じです。むしろ後で学ぶ者の方がより目的意識がはっきりしていると思う。

それに後で行く場合は、現役生と違い、仕事や家庭との両立で勉強1本に集中できない分非常に努力を要します。

また「同じ大学でも、大学院は学部より入りやすい」なんて言って人もいますが、ならば行ってみろと言いたい。選考の方法が違うだけで大学院の方がレベルが高いに決まっているではないですか。

人はどんどん学びを進めていくべきです。

いつからでも学べるし、しかもそれによって社会に役立つ実力をつけないといけません。

文字通り「一生勉強」だとも思います。これは学者の祖父がつねに言ってた言葉です。

ちなみに祖父は、戦前に大学を出て最初のキャリアは裁判官で、戦時には陸軍将校に任官し通訳官から結構なポジションにまで出世し、戦後は石油会社社長を経て、退任後は経営コンサルタントのはしりみたいな存在となり、法律家出身で経営の専門家という立場で、学問行脚をはじめ、一般社会では定年の年齢になってから大学で教鞭をとりはじめ、70歳近くで博士号をとり、晩年を経営法学者として生きた人生でした。私は80歳くらいになっても夜を徹して研究に没頭している祖父を覚えています。見習いたいものです。

人生の前半期は、生まれた家庭の事情や、土地の環境など自分ではどうしようもないこともあります。

しかし成長すれば、あらゆる学び方があります。働きながら学ぶことも一般的になってきました。だからこそ、いつでもどこでも学べるんです。

しかも、これからは情報化社会が進み、通信教育がますますさかんになるでしょう。(日本の放送大学のモデルである)英国のオープンユニバーシティーからはじまり、現代ではMITが先陣を切り、世界の一流大学のオープンコース化がすすみ、世界中どこにいても、いつでも高等な教育がうけられる様になってきた。

もう21世紀は、東大もハーバードもオックス・ブリッジも、単なるコンテンツになってきたのです。そもそも教育は誰かの知恵を占有せずにどんどん広めていくというオープンソース的な発想のものです。人には教え育てたいという自然欲求もある。だからどんどん教育が公開される方向へ向かうのは必然なのです。

環境に影響されることがなく学べる世界。そしてそれが道楽ではなく、社会に還元できるようになればなお良い社会になると思う。



今回の話は、私の様な変わった人で、その地域でないと、理解できない「個人的な話」もあり、しかも逆説的な話でわかりにくく、申し訳ないですが、言いたかったのは「教育は、なんだかんだ言って環境が影響する」、でも「一生勉強するとそれも克服できて良いよ」という事なんです。

谷本真邦




世界のエリートの「梁山泊」、NYにあるハーバードクラブにて。




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