西アフリカのマリ共和国を旅するゴリラの日記。

~この日記は、アフリカマリ共和国をウルルン滞在してきた壮絶??な記録である。

??こどもたち

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今日は朝からガイドのユスゥフとボートで移動して探検するやくそくをしていた。

現地人がツーリストを見たことがないような名前の無い小さな村を詮索する約束をしていた。

しかし 今日は朝からどうも調子が悪い・・・腰が痛く咳もでる。頭も痛かった。

僕は「まさか!?」と焦りを感じた。

アフリカを詳しいバックパッカーから風邪を引いたと思ったらマラリアだと思った方がよいと教えられていたからだ。

とりあえず夕方薬局に行った。水銀の体温計を買うと計る前からすでに42cを振り切っているではないか・・・きっと暑すぎてすでに気温が42cを超えているのだろう。夕方 日陰でこんな温度がでるのだから日中のマリが恐ろしくなる・・・

さて体温を測ると38.5cになっていた。マリでは暑すぎて自分の体温が上がっているかどうかは体温計が無ければ分からないのだ。

僕は焦る焦る病院に行くことにした。

僕が焦っていた理由の一つは、自分がマラリアではないかという焦りによるものであるがそれ以上に注射針からC型肝炎にでもなりやしないだろうかという焦りの方が大きい。

病院に行くとまず説明にとてつもない時間を費やすこととなった。ここの意志は英語を全く話せないのだ・・・幸いに指で指すフランス語という便利な本を持っていたのでここに来て初めて大活躍したのだった。



診療をした後、きちんと包装されていた針で指をさしそこから出てきた血で血液検査をする。 20分後 結果は・・・POSITIVE と診断された。

僕はとても喜んだ。

マラリアについて詳しくない僕は、帰国をまじかに迎え飛行機に搭乗させてくれるだろうか??など変なことで焦っていた。(マラリアは伝染病ではないので発病していても帰国できます。)

するとうさんくさそうなマリ人意思が 指を横に振りNO!!NO!!とジェスチャーする。

POSITIVEとは前向きな・・・という意味なので僕は前向きにやっていけるよ!!みたいな良い意味かと思っていたのだが、マラリアが前向きに進んでいるという意味のようだ・・・ しかしきわめて軽いマラリアらしい。体調不良ながら軽いから大丈夫!!と聞きいっきにしんどさがふっとんだのだった。。。なんとも単純・・・
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3月9日

今日は民泊している家の近所のおばちゃんやおっさん達とずっと雑談していた。

この国の人たちは本当に全くと言っていいほど働かない。



あるガイドの一日

9時 起床。

10時 雑談。

12時 ツーリスト探しに街をぶらつく。

もちろん探しながら仲間のガイドと雑談。

15時 帰宅後 睡眠。

17時 飯

18時 雑談

21時 睡眠

といった感じだ。





彼らはお金を貯蓄するとか明日の生活を考えたりしない。

今日食べれたら良いという超能天気な集まりなのだ。

そのくせ子供がマラリアになったから金がほしいとか頼んでくるからうざい。

またこんな無気力な国に日本は多額の援助金を出しているのだからホントおれの税金を返せといいたい!!

働かぬもの食うべからず。

そう言いたいところだが僕も人のこと言えないのでこれで終わっておこう。



ちなみに彼らにあなた達の老後はどうするのだ??と聞くと老後は子供が面倒見てくれるんだよ!!その為にも少しでも多くのワイフを作りSEXに励むことが大事なんだ!!と笑いながら言っていた。

ちょっぴりうらやましいかも・・・




僕は最近、近所のマリ人ととても仲が良い。

ただで朝晩の飯をいただける仲にまでなった。

かなり気に入ってもらえているようでこの辺の人から「ヨシー ヨシー」と呼ばれる。

ちなみに僕の名前がよしのりであるが名前を言うのがめんどくさいのでマリ人にはヨシと教えている。

ここに来て多くのマリ人と接することが出来てほんとにうれしい。

今まで中々現地の人と仲良くなることは難しかった。

言葉の壁もあったしどこに行ってもガイドガイドで僕自身もちょっぴりマリ人をうざく思ったこともあった。

海外に行って絶対やってはいけない勘違いは、その国でだまされたりボラれたからといってその国を悪く思ってはいけないということだ。

どこの国にも詐欺師や悪い奴はいるものだ。

発展途上国ともなるとツーリストを対象にお金を稼ごうとする人がたくさんいる。

僕達ツーリストが接するほとんどはそういう印象の良くない人たちばかりだろう。

ガイドであったり、タクのうんちゃんであったり土産屋であったり・・・

そういう人たちから少し外れてみれば普通に生活している人たちに会える。

今回僕はそういう一般の人たちと密に接することができたことがマリに来てからもっともうれしい出会いであった気がする。

お金が無くなったおかげで僕はホテルで泊るのを止め、この場所に民泊することにした。

お金が残り少なくて本当によかった。と考えるのは僕だけだろうか・・・・



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3月8日

お金が無い為、僕は今日もモプティをうろつく。

最近では顔見知りのマリ人がとても増えた。

彼らは超陽気で会う人会う人と挨拶をする。

そのため仲良くなりやすいのだ。

さらにここ2週間僕は日本人を見ていない。

それくらい日本人ツーリストが少ない為、モプティで日本人はかなり浮くのだ


歩いていると適当に群がっているマリ人に呼び止められAfican Teaをごちそうになって適当なコミュニケーションを取ればまた他の場所へ移動する。

もちろん言葉は、全くといっていいほど通じないのでジェスチャーのみである。

彼らは空手や柔道・カンフーが世界最強の格闘技だと思っているようで僕が空手の真似をしたりするととても喜ぶ。

この前はマットを引いて柔道を教えてやるといつしかとてつもなく多くのマリ人が見学で集まっていた。

一本背負いをするととてつもない歓声であった。

彼らは音楽とダンスが大好きである。

だから一日中町中にマリの音楽が鳴り響き彼らは口ずさんでいる。

何か食べ物を買ったりするとき僕は冗談で泡踊りを踊ったりすると彼らはオオウケしておまけしてくれたり安くしてくれたりするのだ。

音楽やダンスが好きな人ならきっとマリの生活を楽しむことができるだろう。





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相変わらずクソ暑い。

連日40度を超える中、日照りも激しい。

こんなにくそ暑いのに僕は旅を初めてから一度も冷房にあたっていない。

というか冷房を受けれるのはくそ高いホテルのみで車の中やバスの中はまさに生き地獄だ。

300mも歩けば喉がカラカラになる。

僕は一日に5Lの飲み物をのまなければ死にそうになる。ちなみにマリ人は全く水を飲まないのでホントびっくりである。

あまりの暑さに我慢できず今日は恐れていたニジェール川で泳ぐことに。



ガイドのハミドゥ(源氏名 マサユキ)とドゥザと3人でニジェールで泳いだ。

モプティ側の岸は少し汚いが反対の岸まで行けば水の流れは早く意外にきれいな気がした。もちろん川は濁っているものとす。

30分もすれば子供たちは集まってきた。

ツーリストが川で泳ぐのはホントめずらしいらしい。

子供たちと鬼ごっこをした後いつものように??川に生おしりを浮かべた写真を撮り沐浴を終えた。

これで世界で2つの有名な川でお尻だけを浮かべた写真撮影に成功した。

いつか世界中の有名な河で写真を撮り写真集でも出したいものだ。



帰り際、僕は神アッラーにお祈りをした。

「どうかA型肝炎になったりしませんように・・・」

苦しいときの神頼みとはまさにこの事だろう。

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3月6日 はーー お金がない・・・ 今日から節約の為、民泊に変えた。

ガイド ハミドゥにお金が無いことを話すととても協力的に節約を協力してくれた。

いつもはすぐにボロウとしてくるが困ったときはやさしいのがマリ人のようだ。



ちなみにここはモプティーの中でも民家が建ち並ぶ住宅街である。

住宅街というととても格好良く聞こえるかもしれないが、もちろん一軒一軒家は泥で出来ていて、トイレはボットンでうんこをいれるには小さすぎる穴である。

牛や馬のうんこがあちこちに落ちていて最近では素足で踏んでもあまり気にならなくなった。

相変わらずハエが多く常時20匹くらいのハエが僕の周りをうろついてうっとおしい。





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今日はトンブクトゥからモプティに移動。

トンブクトゥではガイドにかなりぼられてしまいお金がかなり減ってしまった。

マリ人は、とても交渉上手でかつ、かなり足元を見てくる。

例えばどうしてもタクシーで移動しなければならないところでは、例え1000CFAで移動できる距離なのに関わらず平然と30000CFA要求してくる。

またガイドはかなり情でお金を要求してくる為、日本人には苦手な人が多いだろう。

以前行ってきたインドはかなりぼってくるが交渉のうまさは圧倒的にマリという感じか??

とりあえず明日からは貧乏生活を始めなければならない。

僕のお金の使い方には相変わらず問題があるようで今後も永遠の課題となりそうだ。



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3月3日 その3 Alco ‘s children have malaria

夜、寝る前になるとアルコの子供たちがやたら咳をして嘔吐を繰り返していた。

寝る前の静けさが一層彼らを苦しそうに見えさせた。

僕はアルコに「なぜ子供たちは咳をするのか??」

とジェスチャーで聞いた。

彼らはマラリアだという。

しかも彼にはお金がなく病院に行くことも薬を飲むこともできない。

マリ人の話によるとマラリアにかかったマリ人のうち80%は病院に行き20%は病院に行けずに亡くなるのだという。

彼らはその20%なのだ。

ひどいマラリア(熱帯性マラリア)にかかると発生して3日で亡くなってしまうという。

子供たちはかなり弱っていた。

僕はとても悲しくなった。

アルコの子供ゆえにさらに悲しさが増した。

こんなに毎日一生懸命祈っているのに・・・

5人の子供のうち3人はマラリアにかかっている。

僕はとても後悔した。

フランスで抗マラリアの薬を買っておけば彼らの命は助かるかったかもしれないからだ。

僕は泣きながらアルコに謝った。

「I’m sorry。 I have no medicine.」

ひたすらその言葉を繰り返した。

彼は笑ってうなずいてくれた。

とてもさみしかった。





この夜、僕はあまり眠れなかった。

これから死を迎える人たちを見て、自分の死が恐くなった。

僕は今まで自分の死を恐れていないつもりだった。

何年も昔、友達と喧嘩をした時、友達は僕にコンパスの芯を突き刺そうとしてきた。

僕は笑いながら

「刺してみろよ!!」

と言い放った。

きっとあの時は自分が死ぬかもしれないということを現実に見れていなかったのだろう・・・



僕はずっと死について考えていた。

僕とアルコとどちらが生きているにふさわしいのだろう・・・・

僕が生きている方がたくさんのお金を稼げるだろう。もし亡くなったらたくさんの保険金が入るだろう。

お金で価値を決めてしまうと確実に僕の方が価値が高い。

しかし僕は今まで生きることを当たり前にしてきた。

それに対しアルコは毎日、自分が生きていることに感謝しもっと生きたいと祈っているのだ!!

そう考えるとアルコの命が僕より遥かに尊いものである気がしてしまう。







朝、 僕は4時に目が覚めた。

子供たちが苦しそうに咳込んでいたから目が覚めた。

アルコは朝の4時からすでにお祈りを始めていた。

僕も起き上がり彼とお祈りを始めた。

今日生きているということがほんとにありがたくうれしかったのだ。



「今日という日をありがとう。」

僕はアッラーにお礼を言った。









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3月 3日 その2 Where is Allah??

7時間も経つとこの砂漠にいることやアルコに対する不安はきれいになくなった。

理由は一つ目に彼は僕に何も求めてこないことだ。

ほとんどのマリ人は僕に何かくれと言ってくる。

二つ目に彼は神聖なイスラム教とであると思ったからだ。

彼は大空に向かって一日に何度も祈りをする。

例えば、トンブクトゥの市街地からこの村に移動する途中でさえもラクダを止めて祈りをしていた。

イスラムの人は一日に5度お祈りをするらしい。しかし彼はもっとお祈りをしているよう思う。

海外で熱心なイスラムの人たちはほんとにいい人が多い気がする。過激派は除くが。。。



アルコとは会話が全くないが一緒にいてなぜか落ち着く人だった。

寝る前彼は神アッラーに向かってまた祈りを始めた。

彼が祈りを終えた後僕はアルコに聞いた。

「Where is Alla??(アッラーの神はどこに居るのですか??)」

彼は空を指差した。そして自分を指差した。

どうやら神アッラーが空の上から自分を見ていると言いたいようだ。

僕はなぜか涙が溢れてきた。

彼はこの何もないサハラを毎日・何年間も同じように歩き同じように祈ってきたのだろう。そして何年もするとこのサハラで静かに目を閉じるのだろう。

それは一見寂しい人生だがただひたすら歩きただひたすら祈り神に感謝し続けるアルコが僕にとってはとても偉大にみえたのだった。







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3月4日

その1 サハラ砂漠へ



トンブクトゥからサハラの小さな村へはラクダで移動する。

途方もなく続くサハラの砂漠に僕は圧倒された。

さすが世界最大!!とほめたたえたいところだがきっとどこの砂漠も途方もなく続くのだろう。

しかし意外にところどころ草が茂っているからびっくりした。

この辺はニジェール川に結構近い上しばしば雨季には雨が降るらしい・・・



僕はガイドといわれるトゥアレグのおっさん(名はアルコ)と二人で移動する。

ちなみにアルコは英語もフランス語も全くといっていいほどほとんど話せない。

今回の旅はラクダで3時間ほど先の村に行くらしい。

30分もラクダで移動するとトンブクトゥの市街の姿は完全にみえなくなり徐々に不安が増してきた。

ここで取り残されると僕は2度と帰れないのだろう!!そんな恐怖が押し寄せる。

あたり一面砂漠・砂漠・砂漠・・・・ こんな見知らぬおっさんとラクダとで歩けば不安になるのもおかしくないだろう・・・

ちなみにラクダで移動するのは楽だ(ラクダ)と思っていたが意外にめちゃくちゃしんどくて落胆(ラクダん)する・・・

現に翌日サハラの小さな村からトンブクトゥにかえったとき治りかけていた持病の痔がかなり広がり歩くのも辛かったくらいだ。

3時間ほど行くと小さな村があった。

村というより家でそこがアルコの家らしく今日はここで寝るようだ。

きっとこの家族に手紙を書いて日本から送っても一生届くことはないだろう。





ちなみに家は藁葺き屋で屋根はあるが壁がない・・・風が吹くと砂埃がすごいのなんのって・・

『This is Africa!!(これぞアフリカ!!)』

心の中で思った。

日本ではありえない生活や体験を強いられるとき、僕はそう思うようにしている。

理由はそう思わないとやっていられないほどストレスが溜まるからだ・・・



さてアルコには5人の子供がいる。

子供たちは僕をかなり警戒して怖がっている。

ここはどうやらあまりツーリストが来ていない村のようだ・・・





ちなみにツーリストが今まで来ているかCHECKの評価方法

レベル1 全く来ていない。=村の人たちが怖がったり怪しそうに見てくる。

レベル2 少し来たことがある。=子供たちが警戒する。

レベル3 ちょくちょく来る。=子供たちが握手を求めてくる。挨拶してくる。

レベル4 よく来る。=大人が金を求め、子供があめやペンを求めてうざい。

レベル5 普通に来る。=みなさん 無関心。

小椋作




夜になると食事が出てきた。

米と変な乾燥した草を混ぜたものである。

口に入れる前から分かったのだが

『くそまずい!!』

僕は今日2回目のアフリカを経験した。

しかしせっかく作ってくれたのでがんばって10口食べた。

そしてお腹が一杯だというジェスチャーをしてお礼をしておいた。

10口もがんばってたべた僕は本当に偉いと思った。

ちなみに彼とは7時間以上一緒にいるが言葉が全く通じないのでまだ3言しか話していない・・・

元気ですか??ありがとう。お腹一杯の三言である。







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