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2012年05月25日

落合介護主任

テーマ:職場環境
やはり「名監督」は「名選手」だった方がすっきりだ


このブログでも、
「名選手、名監督にあらず」ライクな記事を書いており、
名選手が、名監督になるためには、
マネージャーとしての「学び」が必要だと、
くどくど伝えている。

ふと、思ったのだが、
「現場経験ゼロの、介護主任」が成立するのか?
ということだ。

1軍経験がないプロ野球選手が、1軍の監督ができるのか?

に近い感覚であるが、
近代的で、科学的なマネジメントを駆使すれば、
「できまっせ」という輩もいるはずだ。

事実、今のプロ野球は、経験よりもデータ重視志向にあり、
配球、バッティングコース、守備範囲、出塁率、コース別打率など、
重箱の隅をつつくデータが蓄積され、
それを現場で生かせる人材もいる。

カードゲームと化したプロ野球は、
監督の手腕よりも、バックヤードの分析力だったり、
営業力の方が、むしろ重要だったりするのだ。

で、現場経験ゼロの介護主任の件だが、
私は、「成立しない」と考えている。

もし、成立するなら、
落合を介護主任にすれば、
超ハイソサエティな現場が作れるのかって言えば、
おそらく無理だろう。


・・・ん?



落合主任?



えっ?




めっちゃ、おもろいやんか!


続きは明日・・・

2012年05月24日

介護現場の文化レベル

テーマ:職場環境
昨日の記事の補足であるが、
介護リーダーは「四面楚歌であれ」ということを、
言いたかったのではない。

しかし、現場全体に横たわる、
利己的な雰囲気とベクトルは、
四面楚歌になっても、拒絶し続けるという
確固たる「意思」が必要だ、と言いたかったのだ。

そうだそうだ。

メランコリックにならずに、
知らず知らずのうちに、
現場全体が、利用者の方向を向いて、
しかも、向上することが当たり前になるには、
それ全体を「文化」とし、
文化レベルで、介護の質を語ることが大切だ。

つまり、

「サボれない空気感」

みたいなものだ。


例えば、30年前のサッカー日本代表は、
「負けて当たり前」だったので、
本当は、走ることが求められた場面でも、
走らずに成立していた。

が、今では、そんなプレーをしたら、
一発で、ザッケローニに叱られ、
二度と呼んでもらえない。

文化とは、そういうことだ。




2012年05月23日

介護ランボー

テーマ:人材育成
政治でも、会社でも「交渉ごと」というのは、
実に、大変な作業である。

そもそも、交渉の前提には、
互いの齟齬があるけども、
その主張を調整し、妥協し、落とし所を探ることでの
結論を得たいという両者の思いがある。

が、

どちらか、片方でも、
「絶対、自分の主張は曲げないぞ、コノヤロー」
という、ナチズム的な思いがあれば、
もはや、交渉でなくて、
互いの主張の確認となり、
やることだけのことになる。

交渉ごとの担当者は、
相手が、前者なのか、後者なのかを瞬時に見極め、
前者であれば、一刻も早く「落とし所」を探り、
後者であれば、「当り障りのない出口」を探す。


でも、本当のネゴシエイターは、
後者を前者に変え、
しかも、知らない間に、主導権を握っている。

実は、このロジックは、ミドルマネジメントと、
ほぼ同じだと、思っている。

リーダーというのは、その仕事のほとんどが、
介護であるのだが、それ以外は、ネゴだ。


福祉・介護の人材マネジメントブログ


ハイハイ



つまり、介護リーダーにおける、
仕事とは、ネゴであり、介護しながらのネゴなのだ。


対部下、対上司、対利用者、対家族、対ケアマネ、対・・・


介護リーダーは、ランボーみたいな、
四面楚歌で仕事をしているのが
「通常」の在り方なのかもしれない。




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