160901 巣立ち

テーマ:
今年は幸せな事が多いよう気がする。ここ数年、親戚が集まるとなると悲しみ事が多い。その様な年頃であることは事実だが、あまりにも続くと気がめいる。
そんな数年間であったが、今年は、脛齧り1号が社会に出で「脛齧り」を卒業した。また甥っ子1号がめでたく結婚。そして9月1日、脛齧り2号が一年間の留学に出発である。
脛齧り1号、あらため「1号」は取り敢えず職を得たものの、更になんやら模索中でしばらくコミニケーションが必要だと感じているが、1号もその意識はあり、あまりびっくらさせらる事はなさそうで安心している。しかし1号の考えている事を最初に聞かされたときは「ビックラコ!」でした。どんなことでもやりたいようにやればいいのである。
「甥っ子1号」は、律儀な奴で結婚前に嫁さんつれてわざわざ挨拶に来たのである。こちらも緊張したが、その緊張感はきっと「1号と脛齧理2号が結婚相手を連れてくるときの緊張感」だろうと思い、事前に練習させて戴けたことに感謝である。幸いに優しいそうな嫁はんで安心した。きっと幸せになるだハズである。
脛齧り2号はほぼ1.5年ぐらい掛け、学校卒業を2年遅らせる覚悟で留学準備、アルバイと奨学金で資金を調達、努力して獲得した留学枠である。その過程では僕とも喧嘩をしたこともある。僕は留学には全く賛成であるが準備課程で独りよがりなところがあり、その関係性がおかしくなった時もあり、今も微妙である。留学先は世界で一番古いと言われている大学。一体何を勉強してくるのか知らないけど、まあ好きなようにやればいいのである。


脛齧り1,2号たちには昔から言っている事は、
「自由には責任と覚悟が必要」、
「何をやってもいいが、日本人として恥をかくな」、
「ゲリラに捕まって命乞いしても、僕は税金で助けてくれとは日本政府には言わない。すまぬが国益の為死んでくれ」、である。
そして最後には、「もし現場に行けるのであれば、おもえらの骨は俺が拾う」、である。

『人生の主人公はその本人であり、幸せになる「義務」がある』。人生が終わるときに後悔はしてほしくない、「精一杯生きた人生だったと思ってほしい」というのが、彼らに対する唯一の想い、願いである。

それこそ、日本に居ようが外国に居ようが、いつ何が起こるかは誰も知らない。またその時にどのような状況に置かれるかも誰も知らない。それが寿命と言うものである。

最後に義弟が僕の骨を拾ってくれるそうだ。義弟には感謝である(笑)。

さあ、僕もすがすがし秋の青空を突き抜け宇宙に飛び出す、勝負の時が来たかもしれない。

ありがとう。


AD