父への報告
2010-11-21 Theme: 思うこと
10年前に他界した父は、30数年前に本を書いていた。
高血圧の民間医療の本。「高血圧を斬る」という本だ。
東京生まれの父が、
福島で小さな内科クリニックを開業し、
高血圧の専門医となり、
以来40年、毎日毎日、患者さんの血圧を測り続けた。
数十年前の医療は、やたらに投薬することが常識だった。
病院に行くと、かかえきれないほど薬をもらう老人をよくみかけた。
そんな中、
長女(私の姉)を手術の際の薬の副作用で亡くした経験もあって、
父は薬に対して非常に警戒する人だった。
私が風邪をひいたときも、1錠では少し多いからと、
4分の1を包丁で削ってくれた。
薬をたくさん出せば、医者は儲かる。
でも、決してそれをやらなかった父。
そして、薬漬けの医療に警鐘を鳴らすため、
薬を使わずに高血圧を治す本を出したのだった。
本は自費出版だったが、話題を呼んだ。
でも出版後はまわりの人に配っただけで、
積極的に売ることはしなかった。
医者仲間からの批判が面倒だと、
新聞からの取材がきても決して応じなかった。
父は、自分の名声のためではなく、
高血圧に悩む人のことだけを考え、
自分の仕事の集大成として本を書いたのだった。
あれから30余年、
信じられないことに、
本は細々とだが、ずっと売れ続けている。
アマゾンでもいまだに買うことが出来る。
「43年間、患者の血圧を測り続けた著者の徹底した問診の経験、調査から生れた労作。薬を使わない高血圧症の治療法を力説。面白くてためになる問診こぼれ話64編を収録。」
父の本のコンセプトは、今も少しも古びていない。
気がつけば、私も本を書いていた。
父よりも、だいぶ華々しい出版になった。


今日、出版して初めて実家に帰った。
真っ先に仏壇に向かい、父に報告。
話題性や取り上げられ方では、
たしかに父を超えた。
でも、移り変わりの激しいインターネットをテーマにした私の本は
売れてもきっと、いいところ1年か2年。
自分が死んでもなお、人の役に立つ本ではない。
長い間、人の役に立つものを提供しつづけたという点で、
私はまだ父の足下にもおよばない。
ただ、自分がこれまでやってきたこと、
大きな犠牲を払いながらも仕事に邁進してきたこと、
それが今回、ようやく1つの形になったことを、
おそらく、父はほめてくれると思う。
高血圧の民間医療の本。「高血圧を斬る」という本だ。
東京生まれの父が、
福島で小さな内科クリニックを開業し、
高血圧の専門医となり、
以来40年、毎日毎日、患者さんの血圧を測り続けた。
数十年前の医療は、やたらに投薬することが常識だった。
病院に行くと、かかえきれないほど薬をもらう老人をよくみかけた。
そんな中、
長女(私の姉)を手術の際の薬の副作用で亡くした経験もあって、
父は薬に対して非常に警戒する人だった。
私が風邪をひいたときも、1錠では少し多いからと、
4分の1を包丁で削ってくれた。
薬をたくさん出せば、医者は儲かる。
でも、決してそれをやらなかった父。
そして、薬漬けの医療に警鐘を鳴らすため、
薬を使わずに高血圧を治す本を出したのだった。
本は自費出版だったが、話題を呼んだ。
でも出版後はまわりの人に配っただけで、
積極的に売ることはしなかった。
医者仲間からの批判が面倒だと、
新聞からの取材がきても決して応じなかった。
父は、自分の名声のためではなく、
高血圧に悩む人のことだけを考え、
自分の仕事の集大成として本を書いたのだった。
あれから30余年、
信じられないことに、
本は細々とだが、ずっと売れ続けている。
アマゾンでもいまだに買うことが出来る。
「43年間、患者の血圧を測り続けた著者の徹底した問診の経験、調査から生れた労作。薬を使わない高血圧症の治療法を力説。面白くてためになる問診こぼれ話64編を収録。」
父の本のコンセプトは、今も少しも古びていない。
気がつけば、私も本を書いていた。
父よりも、だいぶ華々しい出版になった。


今日、出版して初めて実家に帰った。
真っ先に仏壇に向かい、父に報告。
話題性や取り上げられ方では、
たしかに父を超えた。
でも、移り変わりの激しいインターネットをテーマにした私の本は
売れてもきっと、いいところ1年か2年。
自分が死んでもなお、人の役に立つ本ではない。
長い間、人の役に立つものを提供しつづけたという点で、
私はまだ父の足下にもおよばない。
ただ、自分がこれまでやってきたこと、
大きな犠牲を払いながらも仕事に邁進してきたこと、
それが今回、ようやく1つの形になったことを、
おそらく、父はほめてくれると思う。










